在宅酸素療法(HOT)を続けている中で、「酸素を吸っているのに、どうして息苦しいのだろう」「少し動いただけですぐに息が上がってしまう」といったお悩みはありませんか。

この息苦しさは、病気そのものの影響だけでなく、呼吸の仕方が浅くなっていることも一因です。

この記事では、ご自宅で簡単に実践できる「腹式呼吸」と「口すぼめ呼吸」という2つの基本的な呼吸法を中心に解説します。

これらの呼吸法を正しく身につけることで、呼吸効率が上がり、息苦しさを軽減できます。毎日の生活を少しでも快適に過ごすため、今日から一緒に取り組んでいきましょう。

在宅酸素療法(HOT)で息苦しさを感じるのはなぜ?

在宅酸素療法は、体内に十分な酸素を供給するための治療法ですが、それでも息苦しさを感じる方は少なくありません。

その背景には、いくつかの要因が複雑に関係しています。

慢性的な酸素不足がもたらす身体の変化

長期間にわたり体内の酸素が不足した状態が続くと、私たちの身体はそれに適応しようと変化します。特に、呼吸に関わる筋肉が過剰に働き、疲れやすくなる傾向があります。

この筋肉の疲労が、息苦しさの一因となることがあります。

肺や気管支の機能

在宅酸素療法を必要とする方の多くは、肺気腫(COPD)や間質性肺炎など、肺そのものに病気を抱えています。これらの病気は、肺の弾力性を失わせたり、空気の通り道である気管支を狭くしたりします。

その結果、一度に吸い込める空気の量が減り、吐き出す力も弱まるため、息苦しさを感じやすくなります。

息苦しさの主な原因

原因内容身体への影響
呼吸筋の疲労呼吸を補助する筋肉が常に緊張し、疲弊している状態。浅く速い呼吸になりやすく、息苦しさを増幅させる。
肺の過膨張空気をうまく吐き出せず、肺に空気が残りすぎている状態。新しい空気を吸い込むスペースが減り、呼吸が苦しくなる。
精神的な不安「また息苦しくなったらどうしよう」という不安感や恐怖心。無意識に呼吸が浅く速くなり、パニックを引き起こすことがある。

精神的な不安感と呼吸の関係

「息が苦しい」という感覚は、強い不安や恐怖心を引き起こすことがあります。そして、この不安感が、さらに呼吸を浅く、速くしてしまい、息苦しさを悪化させるという悪循環に陥ることがあります。

このような精神的な側面も、呼吸困難の対処法を考える上で非常に重要です。

息苦しさを和らげる基本の呼吸法「腹式呼吸」

息苦しさを軽減するための基本となるのが「腹式呼吸」です。お腹を意識的に動かして行うこの呼吸法は、横隔膜という大きな筋肉を効果的に使い、一度に多くの空気を取り込む手助けをします。

腹式呼吸がもたらす効果

腹式呼吸を習得すると、様々な良い効果が期待できます。特に、リラックス効果が高く、効率的なガス交換を促します。

この呼吸法を日常に取り入れることで、呼吸困難への対処法として役立ちます。

  • 横隔膜の動きが活発になる
  • 肺の奥まで空気が届きやすくなる
  • 副交感神経が優位になりリラックスできる
  • 呼吸に使うエネルギーの消費を抑える

正しい腹式呼吸の姿勢

腹式呼吸は、どのような姿勢でも行えますが、慣れないうちはリラックスできる姿勢から始めるのが良いでしょう。仰向けに寝るか、椅子に深く腰掛けて背筋を軽く伸ばした姿勢がおすすめです。

身体の力を抜き、肩や胸の緊張をほぐしましょう。

腹式呼吸と胸式呼吸の違い

項目腹式呼吸胸式呼吸
主に使う筋肉横隔膜肋間筋(肋骨の間の筋肉)
呼吸の深さ深い浅い
特徴お腹が膨らんだりへこんだりする。リラックス時に適している。胸や肩が上下する。運動時や緊張時に多く見られる。

腹式呼吸の実践手順

それでは、実際に腹式呼吸を行ってみましょう。まず、片手をお腹の上に、もう片方の手を胸の上に置くと、動きが分かりやすくなります。

息を吸うときにお腹が膨らみ、吐くときにへこむことを意識します。胸の上の手は、なるべく動かさないようにするのがポイントです。

腹式呼吸のチェックポイント

手順ポイント意識すること
1. 息を吐くお腹をへこませながら、ゆっくりと息を吐ききる。体の中の古い空気をすべて出しきるイメージ。
2. 息を吸う鼻からゆっくり息を吸い込み、お腹を膨らませる。お腹に風船があり、それを膨らませるように。
3. 繰り返す「吐く」→「吸う」を自分のペースで繰り返す。吸う時間の倍くらいの時間をかけて吐くのが理想。

パニックを防ぐ「口すぼめ呼吸」の正しいやり方

急に息苦しくなった時や、パニックに陥りそうな時に有効なのが「口すぼめ呼吸」です。この呼吸法は、息を吐く時間を長くすることで気道を確保し、落ち着きを取り戻すのに役立ちます。

口すぼめ呼吸の目的と効果

口すぼめ呼吸は、息を吐き出す際に口をすぼめることで、気道の内側に適度な圧力をかけます。この作用により、狭くなった気道が広がり、肺に溜まった空気を排出しやすくなります。

HOT中の呼吸困難に対する即効性のある対処法として覚えておきましょう。

口すぼめ呼吸の具体的な手順

口すぼめ呼吸は、いつでもどこでも簡単に実践できます。特に、坂道や階段を上る前など、息切れが予測される動作の前に取り入れると効果的です。

口すぼめ呼吸のやり方まとめ

手順方法時間の目安
1. 鼻から息を吸う鼻から「1、2」と数えながら、自然に息を吸い込む。約2秒
2. 口をすぼめて吐く口をろうそくの火を吹き消すようにすぼめ、「1、2、3、4」と数えながらゆっくり吐く。約4秒

息苦しい時にすぐ実践する

強い息苦しさを感じた時は、まず慌てずに立ち止まり、楽な姿勢をとりましょう。そして、この口すぼめ呼吸を数回繰り返します。

呼吸のリズムが少しずつ整い、気持ちが落ち着いてくるのを感じられるはずです。

腹式呼吸と口すぼめ呼吸を組み合わせる応用テクニック

腹式呼吸と口すぼめ呼吸は、それぞれ単独でも効果的ですが、組み合わせることでさらに高い効果を発揮します。

この組み合わせは、呼吸リハビリテーションの基本となる重要な技術です。

組み合わせることの相乗効果

腹式呼吸で深く息を吸い、口すぼめ呼吸でゆっくりと長く息を吐き出す。この一連の流れは、最も効率的な呼吸パターンの一つです。

横隔膜をしっかり使いながら、気道を確保して空気を吐き出すことで、呼吸の効率を最大化します。

動作に合わせた呼吸法

日常生活の様々な動作に合わせて呼吸法を取り入れると、息切れを予防できます。基本は、力を入れる動作の時に「息を吐き」、力を抜く時に「息を吸う」ことです。

例えば、椅子から立ち上がる際に、口をすぼめて息を吐きながら立つと、動作が楽になります。

動作と呼吸のタイミング例

動作息を吐くタイミング(口すぼめ呼吸)息を吸うタイミング
立ち上がる膝を伸ばし体を持ち上げる時座っている時
物を持ち上げる物を持ち上げる時持ち上げる前
階段を上る足を一段上げる時両足がそろっている時

日常生活で呼吸を楽にするための工夫

呼吸法だけでなく、日常生活の中に少しの工夫を取り入れることで、息苦しさを感じる機会を減らすことができます。体力や時間を上手に管理することが大切です。

無理のない動作計画

一日のうちで、何に時間とエネルギーを使うか、あらかじめ計画を立てましょう。急いで動くと息が上がりやすくなるため、時間に余裕を持った行動を心がけることが重要です。

また、動作は一つひとつ区切り、ゆっくり行うようにしましょう。

呼吸を楽にする生活習慣

工夫具体的な内容
ペース配分一度に多くのことをやろうとせず、作業の合間に休憩を挟む。
環境整備よく使う物は手の届きやすい場所に置き、立ったり座ったりの回数を減らす。
動作の工夫椅子に座って着替える、キャスター付きの椅子で移動するなど、楽な方法を見つける。

適切な湿度と温度の管理

空気が乾燥していると、気道が刺激されて咳が出やすくなったり、痰が切れにくくなったりします。加湿器などを使って、室内の湿度を適切に保ちましょう。特に冬場は注意が必要です。

  • 適切な温度設定
  • 適度な加湿(湿度40%~60%が目安)
  • 定期的な換気

栄養バランスの取れた食事

食事も呼吸に関わる大切な要素です。栄養バランスの取れた食事は、呼吸筋を含む全身の筋力を維持するために必要です。

一度にたくさん食べると胃が膨らみ、横隔膜の動きを妨げることがあるため、少量ずつ数回に分けて食べるなどの工夫も有効です。

呼吸法を行う際の注意点とタイミング

呼吸法は、正しく行えば非常に効果的ですが、いくつかの注意点があります。ご自身の体調をよく観察しながら、無理のない範囲で実践しましょう。

無理は禁物

呼吸法の練習中に、めまいがしたり、かえって息苦しくなったりした場合は、すぐに中断してください。特に初めのうちは、回数を少なくし、リラックスした状態で行うことが大切です。

頑張りすぎず、毎日の習慣として少しずつ続けることを目指しましょう。

練習に適した時間帯

呼吸法の練習は、心身ともにリラックスしている時に行うのが最も効果的です。例えば、食後2時間くらい経過した時間帯や、就寝前などがおすすめです。

生活のリズムに合わせて、続けやすい時間を見つけてください。

呼吸法を行うタイミング

おすすめのタイミング目的
起床時一日の始まりに呼吸を整える。
食後(2時間程度経過後)リラックスした状態で練習する。
入浴後体が温まり、筋肉がほぐれている時に行う。
就寝前心身を落ち着かせ、安眠につなげる。

体調が悪い時の対応

風邪をひいている時や、いつもより息苦しさが強い時など、体調がすぐれない場合は、呼吸法の練習はお休みしましょう。

無理に行うと、かえって体に負担をかけてしまいます。体調の回復を優先してください。

よくある質問(FAQ)

Q
呼吸法は1日に何回くらい行えば良いですか?
A

決まった回数はありませんが、まずは1日に数回、1回あたり3分から5分程度を目安に始めてみてください。

大切なのは、回数よりもリラックスして正しい方法で続けることです。慣れてきたら、息苦しさを感じた時や動作の前など、生活の様々な場面で自然に取り入れられるようになります。

Q
呼吸法をしても息苦しさが改善しない場合はどうすれば良いですか?
A

呼吸法は息苦しさを和らげる有効な手段ですが、それだけで全ての症状が解決するわけではありません。

息苦しさが増強する場合や、安静にしていても改善しない場合は、病状が変化している可能性も考えられます。自己判断せず、必ずかかりつけの医師やクリニックに相談してください。

Q
家族はどのようにサポートすれば良いですか?
A

ご家族の理解とサポートは、患者様にとって大きな力になります。まず、患者様が息苦しさを感じている時は、慌てずに落ち着いて対応し、背中をさするなどして安心させてあげてください。

また、一緒に呼吸法の練習に付き添ったり、日常生活での動作が楽になるような環境整備を手伝ったりすることも良いサポートになります。

Q
酸素の流量を自己判断で変更しても良いですか?
A

絶対にいけません。酸素の流量は、医師が患者様の体の状態を診察した上で決定した、治療に必要な量です。

息苦しいからといって自己判断で流量を変更すると、体内の二酸化炭素濃度が上昇するなど、かえって危険な状態を招くことがあります。

流量に関する疑問や不安がある場合は、必ず医師に相談してください。

参考にした論文