在宅酸素療法中、睡眠時にチューブ(カニューラ)が外れていないか心配になる方は少なくありません。
この記事では、なぜ睡眠中の酸素が重要なのか、チューブが外れた場合の影響と、それを防ぐための具体的な工夫を解説します。
正しい使い方を学び、夜間の不安を解消して安らかな眠りを手に入れましょう。
なぜ睡眠中に在宅酸素が必要なのか
日中の活動時だけでなく、眠っている間も酸素療法を続けることは治療において非常に重要です。
ここでは、睡眠中の体と酸素の深い関係について解説します。
睡眠中の呼吸と酸素濃度の関係
睡眠中は覚醒時に比べて呼吸が浅く、回数も少なくなる傾向があります。
特に深い眠り(ノンレム睡眠)や夢を見ている状態(レム睡眠)では呼吸をコントロールする筋肉が緩むため、体内に取り込む酸素の量が減少しがちです。
健康な人であれば問題ありませんが、呼吸器に疾患がある方の場合、この酸素量の低下が体に大きな負担をかけます。
睡眠段階と呼吸の特徴
睡眠段階 | 呼吸の状態 | 酸素レベルへの影響 |
---|---|---|
ノンレム睡眠 | 呼吸が安定し、深くなる | 比較的安定 |
レム睡眠 | 呼吸が不規則で浅くなる | 低下しやすい |
夜間の低酸素が体に及ぼす影響
睡眠中に体の酸素濃度が低い状態(低酸素血症)が続くと心臓や肺に大きな負担がかかります。長期的には高血圧や心不全、不整脈といった循環器系の合併症を引き起こすリスクを高めることが知られています。
夜間も適切に酸素を補うことでこれらのリスクを軽減し、体の負担を和らげることができます。
睡眠時無呼吸症候群と在宅酸素療法
睡眠時無呼吸症候群(SAS)は睡眠中に何度も呼吸が止まったり、浅くなったりする病気です。この状態が続くと深刻な低酸素状態に陥ります。
SASの治療にはCPAP(シーパップ)療法が一般的ですが、重度の低酸素を伴う場合には在宅酸素療法を併用することもあります。
このことにより睡眠中の酸素濃度を安定させ、合併症を防ぎます。
睡眠中にチューブが外れるとどうなる?
多くの方が心配する「睡眠中のチューブ外れ」。実際にどのような影響があるのかを正しく理解し、過度な不安を解消しましょう。
体への直接的な影響
睡眠中にカニューラが外れると、当然ながら酸素の供給が止まります。その結果、血液中の酸素濃度が低下し、息苦しさで目が覚めたり、起床時に頭痛やだるさを感じたりすることがあります。
短時間であれば直ちに生命の危険に結びつくことは稀ですが、治療効果を得るためには避けたい事態です。
チューブ外れによる主な症状
症状 | 原因 |
---|---|
起床時の頭痛 | 睡眠中の低酸素による血管拡張 |
日中の眠気・倦怠感 | 質の良い睡眠がとれていないため |
夜間の中途覚醒 | 息苦しさによる覚醒反応 |
治療効果の低下とそのリスク
夜間の低酸素状態を防ぐことが在宅酸素療法の大きな目的の一つです。チューブが頻繁に外れていると、この目的を達成できず、治療効果が十分に得られません。こ
の状態が続くと長期的に見て心肺機能への負担が増加し、病状の進行につながる可能性も否定できません。
不安が睡眠の質を下げる悪循環
「またチューブが外れるかもしれない」という不安は、それ自体がストレスとなり、寝つきを悪くしたり、眠りを浅くしたりする原因になります。
その結果、さらに睡眠の質が低下するという悪循環に陥ることもあります。
正しい対策を知り、安心して眠ることが大切です。
夜間にチューブが外れるのを防ぐ工夫
いくつかの簡単な工夫で睡眠中のカニューラ外れは大幅に減らすことができます。ご自身に合った方法を見つけて、今夜から試してみましょう。
カニューラの正しい装着方法
基本ですが、カニューラを正しく装着することが第一歩です。
鼻に入れる2本の突起(プロング)がしっかりと鼻孔に収まっているか、チューブがねじれていないかを確認します。
アジャスター(長さ調節のスライダー)をあごの下で適度に締めることで安定感が増します。
テープや固定具を使った効果的な固定
寝返りなどで外れやすい方は医療用のテープを使ってカニューラを頬に軽く固定する方法が有効です。
皮膚の弱い方は、かぶれにくいサージカルテープやシリコンテープを選びましょう。また、専用の固定具なども市販されています。
固定方法の比較
固定方法 | メリット | デメリット |
---|---|---|
医療用テープ | 手軽で安価 | 皮膚がかぶれることがある |
専用固定具 | 安定性が高い | コストがかかる、違和感がある場合も |
ヘッドバンド等 | 広範囲で固定できる | 圧迫感を感じることがある |
チューブの長さを調整して寝返りを楽に
酸素濃縮器からベッドまでの延長チューブが長すぎたり短すぎたりすると、寝返りの際に引っ張られて外れる原因になります。
ベッドの位置や寝る姿勢に合わせて、チューブに不自然な張りやたるみがないように長さを調整することが重要です。
顔や耳への負担を減らす工夫
チューブが耳の後ろに当たって痛い場合は、専用のイヤークッションやガーゼなどを挟むことで痛みを和らげることができます。
これらの小さな不快感を解消することが無意識にチューブを外してしまう行動を防ぎます。
夜間の在宅酸素装置の正しい使い方
装置を正しく使うことも、安全で快適な睡眠につながります。就寝前にいくつか点検する習慣をつけましょう。
就寝前の装置の準備と確認事項
毎晩寝る前に装置が正しく作動しているかを確認しましょう。
電源が入っているか、設定した流量になっているか、チューブがしっかりと接続されているかなど、基本的なチェックを習慣づけることが大切です。
就寝前のチェックリスト
- 装置の電源はONか
- 酸素流量は指示通りか
- チューブの接続は確実か
- 加湿器の水は入っているか
加湿器の適切な使用と管理
酸素吸入によって鼻や喉が乾燥するのを防ぐため、加湿器の使用が推奨されます。
加湿ボトルには毎日新しい精製水(または一度沸騰させて冷ました水)を入れ、清潔に保ちましょう。不衛生な状態は感染症の原因となる可能性があります。
加湿器の管理ポイント
項目 | 頻度 | 注意点 |
---|---|---|
水の交換 | 毎日 | 精製水が望ましい |
ボトルの洗浄 | 週に1〜2回 | 中性洗剤で洗い、よく乾かす |
装置の作動音への対策
酸素濃縮器の作動音が気になって眠れないという方もいます。
装置をベッドから少し離れた場所に設置したり、延長チューブを活用したりすることで音の影響を軽減できます。
また、防振マットなどを装置の下に敷くのも一つの方法です。
安眠のための寝室環境の整え方
酸素療法を続けながらぐっすり眠るためには寝室の環境を整えることも大切です。少しの配慮で睡眠の質は大きく変わります。
チューブの取り回しを考えたベッド周りの整理
延長チューブが家具に引っかかったり、足に絡まったりしないように、ベッド周りはすっきりと片付けておきましょう。
チューブの通り道を確保することで寝返りがスムーズになり、チューブ外れのリスクを減らします。
適切な室温と湿度の維持
快適な睡眠には適切な温度と湿度が重要です。一般的に寝室の温度は夏場で25~27℃、冬場で18~20℃、湿度は年間を通して50~60%が目安とされています。
エアコンや加湿器・除湿器を上手に使い、快適な環境を保ちましょう。
快適な寝室環境の目安
季節 | 温度 | 湿度 |
---|---|---|
夏 | 25~27℃ | 50~60% |
冬 | 18~20℃ | 50~60% |
光や音を遮断して睡眠の質を高める
質の高い睡眠のためには寝室をできるだけ暗く、静かにすることが基本です。遮光カーテンを利用して外からの光を遮ったり、耳栓やアイマスクを活用したりするのも良いでしょう。
これらの工夫は酸素療法の有無にかかわらず、安眠に効果的です。
カニューラによる皮膚トラブルと対策
長時間カニューラを装着していると、鼻や耳の周りに皮膚トラブルが起きることがあります。日々のケアで予防しましょう。
鼻や耳周りの皮膚を保護する方法
カニューラが当たる部分の皮膚を保護するために、ワセリンなどの保湿剤を薄く塗る方法があります。また、耳の後ろの痛みには専用の保護パッドやクッションを利用すると効果的です。
自分に合った保護方法を見つけましょう。
皮膚保護のアイテム
- ワセリン、保湿クリーム
- イヤークッション、保護パッド
- ガーゼ、コットン
清潔を保つための日々のケア
カニューラは定期的に交換し、清潔なものを使用します。鼻に接触する部分は毎日清拭してきれいに保ちましょう。
また、顔を洗う際にはチューブが当たる部分も優しく洗い、清潔を心がけることが大切です。
カニューラの清掃と交換
ケア内容 | 頻度の目安 |
---|---|
鼻に当たる部分の清拭 | 毎日 |
カニューラ本体の交換 | 医療機関や業者の指示に従う |
皮膚に異常を感じた時の対処法
もし皮膚に赤み、痛み、ただれなどの異常が現れた場合は自己判断で薬を塗ったりせず、まずはかかりつけの医師や訪問看護師に相談してください。
症状に合わせた適切な対処法のアドバイスを受けられます。
睡眠中の在宅酸素に関するよくある質問
最後に、睡眠中の在宅酸素について、患者さんやご家族からよくいただく質問にお答えします。
- Q夜中に目が覚めてチューブが外れていたら、どうすればいいですか?
- A
まずは慌てずにカニューラを付け直してください。その後、再び眠りについても問題ありません。
もし息苦しさや体調の異変を感じる場合は無理をせず、かかりつけの医療機関に連絡しましょう。
頻繁に外れるようであれば、この記事で紹介した対策を試したり、医師に相談したりすることをお勧めします。
- Q装置の音が気になって眠れません。
- A
酸素濃縮器の作動音は慣れるまで気になるかもしれません。装置を隣の部屋に置く、防振マットを敷く、耳栓を使うなどの対策が有効です。
延長チューブの長さなども含め、酸素供給業者に相談すると、良い解決策を提案してくれる場合があります。
- Q旅行や外泊の時、夜間の酸素はどうすればいいですか?
- A
旅行の際も基本的には夜間の酸素療法は継続します。携帯用の酸素ボンベや旅行先でレンタルできる酸素濃縮器を手配する必要があります。
計画段階で必ずかかりつけの医師と酸素供給業者に相談し、必要な手続きや準備について確認してください。
旅行時の酸素手配の相談先
相談先 確認事項 主治医 旅行の可否、診断書作成 酸素供給業者 機器の手配、宿泊先への配送 宿泊施設・交通機関 酸素機器の持ち込み・使用の可否
- Q家族が寝ている間にチューブが外れていないか心配です。
- A
ご家族が心配されるお気持ちはよく分かります。しかし過度に神経質になると、ご本人もご家族も疲れてしまいます。
まずはご本人が安心して眠れるように、外れにくくする工夫を一緒に試してみてください。
夜中に何度も確認するよりも朝起きた時にご本人に体調を確認する方が、お互いの負担が少ない場合もあります。
以上
参考にした論文
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