食事中や飲み物を飲んだ時、あるいは何の前触れもなく、突然むせてしまい、咳き込むと同時に涙が溢れてくる。そんな経験はありませんか。
一時的なものであれば心配いらないこともありますが、頻繁に起こる、症状が強いといった場合には、何らかの原因が隠れているかもしれません。
この記事では、むせて涙が出る現象について、その原因や考えられる背景、ご自身でできる対処法、医療機関を受診する目安などを解説します。
むせや咳で涙が出るのはなぜ
むせたり咳き込んだりした際に涙が出ること自体は、体の自然な反応の一つです。しかし、その背景にはいくつかの生理的な働きが関わっています。
涙が出る体の反応
涙は、眼球の表面を潤し、保護する役割を担っています。強い咳をすると、顔や頭部の筋肉が収縮し、特に目の周りにある涙腺や涙の通り道である鼻涙管が圧迫されることがあります。
この物理的な圧迫によって、涙腺から涙が押し出されたり、涙の排出が一時的に滞って溢れ出たりすることが、涙目の原因の一つと考えられます。
咳反射と涙腺の刺激
咳は、気道に入った異物や過剰な分泌物を排出しようとする体の防御反応(咳反射)です。
この咳反射が強く起こると、関連する神経が興奮します。涙腺の活動をコントロールする神経も、この影響を受けて涙の分泌を促すことがあります。
特に、激しく咳き込むと、その刺激が涙腺に伝わりやすくなり、意図せず涙が出てしまうのです。
咳反射に関わる神経
神経の種類 | 主な役割 | 咳との関連 |
---|---|---|
迷走神経 | 喉や気道の感覚、咳反射 | 異物刺激で興奮し咳を誘発 |
三叉神経 | 顔面の感覚、鼻粘膜の刺激 | 鼻腔刺激でも咳や涙を誘発 |
自律神経の影響
自律神経は、私たちの意思とは関係なく体の機能を調整する神経で、交感神経と副交感神経があります。涙の分泌は主に副交感神経によってコントロールされています。
咳き込むという行為は、体にとって一種のストレス状態とも言え、自律神経のバランスに影響を与えることがあります。強い咳が続くと、副交感神経が優位になり、涙の分泌が促進されることも考えられます。
むせや咳き込みが起こる主な原因
むせや咳き込みは、日常生活の中のささいなきっかけで起こることもあれば、何らかの病気が背景にあることもあります。原因を正しく理解することが大切です。
日常的な原因
病気とは直接関係なく、普段の生活の中でむせを引き起こす要因は様々です。
食べ物や飲み物による誤嚥
最も一般的な原因の一つが、食べ物や飲み物が誤って気管に入ってしまう「誤嚥(ごえん)」です。
通常、飲食物は食道を通って胃に送られますが、飲み込むタイミングがずれたり、飲み込む力が弱かったりすると、気管に入り込み、それを排出しようとして激しいむせや咳が起こります。
特におしゃべりをしながらの食事や、急いで食べることは誤嚥のリスクを高めます。
乾燥やホコリ、煙などの刺激物
空気が乾燥していると、喉や気道の粘膜も乾燥し、刺激に敏感になります。また、ホコリ、タバコの煙、排気ガス、化学物質の蒸気などが気道を刺激し、咳やむせを引き起こすことがあります。
これらの刺激物は、気道の粘膜に炎症反応を起こさせ、防御反応としての咳を誘発します。
急な温度変化
寒い場所から急に暖かい場所へ移動したり、その逆の場合にも、温度差が気道を刺激して咳が出やすくなることがあります。
これは「寒暖差アレルギー」と呼ばれることもあり、自律神経の乱れが関与しているとも言われます。
病気が隠れている可能性
頻繁にむせたり、涙が出るほど咳き込んだりする場合、次のような病気が原因となっていることもあります。
呼吸器系の病気
気管支喘息、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、気管支炎、肺炎などは、気道に炎症や狭窄をもたらし、咳やむせを引き起こす代表的な呼吸器疾患です。
特に喘息では、特定の刺激に対して気道が過敏に反応し、発作的な咳や呼吸困難が生じます。
- 気管支喘息
- COPD(慢性閉塞性肺疾患)
- 肺炎
消化器系の病気
胃食道逆流症(GERD)は、胃酸が食道へ逆流することで、食道の粘膜を刺激し、咳やむせの原因となることがあります。特に夜間や食後に症状が出やすいのが特徴です。
逆流した胃酸が気管の入り口近くまで達すると、それを誤嚥してしまい、激しい咳き込みにつながることがあります。
アレルギー疾患
花粉症やアレルギー性鼻炎などでは、鼻水が喉の奥に流れ落ちる後鼻漏(こうびろう)が起こりやすく、これが喉を刺激して咳や痰、むせの原因になることがあります。
特定のアレルゲンに反応して気道が炎症を起こすこともあります。
その他(神経系の病気など)
脳卒中の後遺症やパーキンソン病などの神経疾患、加齢による飲み込む機能(嚥下機能)の低下なども、むせや誤嚥を引き起こす原因となります。
これらの場合、食べ物や唾液がスムーズに食道へ送られず、気管に入りやすくなります。
嚥下機能低下のサイン
サイン | 具体的な内容 |
---|---|
食事に時間がかかる | 以前より食べるのに時間がかかるようになった |
食事中にむせる | 特定の食品や水分でむせやすい |
声の変化 | 食事中や食後に声がガラガラする |
涙が出るほどのむせや咳に伴いやすい症状
激しいむせや咳き込みは、単独で起こることもありますが、他の症状を伴うことも少なくありません。これらの付随する症状は、原因を探る上で重要な手がかりとなります。
喉の違和感や痛み
咳が続くと、喉の粘膜が刺激されたり炎症を起こしたりして、イガイガする感じやヒリヒリする痛みが出ることがあります。また、無理に咳をすることで喉の筋肉が疲労し、痛みを感じることもあります。
声のかすれ
頻繁な咳や強い咳は、声帯に負担をかけ、炎症やポリープの原因となることがあります。その結果、声がかすれたり、出しにくくなったりします。
胃食道逆流症でも、逆流した胃酸が声帯を刺激して声のかすれを引き起こすことがあります。
胸の不快感や痛み
激しい咳が続くと、胸の筋肉が疲労し、筋肉痛のような痛みを感じることがあります。また、気管支炎や肺炎、胸膜炎などの病気が原因である場合には、胸の奥に痛みや圧迫感を感じることもあります。
心臓の病気が関連している場合もあるため注意が必要です。
咳と胸の痛みの関連性
原因 | 痛みの特徴 | その他 |
---|---|---|
筋肉痛 | 咳をするたびに痛む、押すと痛い | 激しい咳の後に多い |
気管支炎・肺炎 | 深呼吸や咳で悪化、持続的な痛み | 発熱や痰を伴うことも |
胸膜炎 | 鋭い痛み、呼吸で悪化 | 特定の病気に伴う |
呼吸のしづらさ
気管支喘息やCOPDなど、気道が狭くなる病気では、咳とともに息苦しさや「ゼーゼー」「ヒューヒュー」といった喘鳴(ぜんめい)が現れることがあります。
誤嚥によって気道が塞がれそうになった場合にも、一時的に強い息苦しさを感じることがあります。
こんな時は医療機関へ 受診の目安
むせや咳は誰にでも起こりうることですが、特定の状況下では医療機関の受診を検討することが重要です。早めの対応が、症状の悪化を防いだり、隠れた病気の早期発見につながったりします。
症状が長引く場合
一時的な刺激によるむせや咳は、通常数日以内におさまります。しかし、2週間以上続く場合や、一旦おさまっても繰り返すような場合は、単なる風邪や刺激物によるものではない可能性があります。
特に、原因がはっきりしない咳が続く場合は、医師に相談することを推奨します。
症状が悪化している場合
最初は軽かったむせや咳が、徐々にひどくなってきたり、回数が増えたり、涙が出るほど苦しい状態が頻繁になったりする場合は注意が必要です。
また、咳とともに発熱、胸痛、呼吸困難、血痰などの症状が現れた場合は、速やかに医療機関を受診してください。
受診を検討すべき症状の悪化
症状の変化 | 注意点 |
---|---|
咳の頻度増加 | 日常生活に支障が出るほど |
咳の程度の悪化 | 夜眠れない、会話が困難 |
新たな症状の出現 | 発熱、血痰、呼吸困難など |
特定の状況で症状が出る場合
食事中や食後、あるいは横になった時など、特定の状況で必ずむせたり咳き込んだりする場合も、嚥下機能の低下や胃食道逆流症などが疑われるため、一度専門医に相談することをお勧めします。
また、特定の場所や季節に症状が悪化する場合は、アレルギーが関与している可能性も考えられます。
その他の気になる症状がある場合
むせや咳以外にも、体重減少、食欲不振、全身倦怠感など、体調全般に気になる変化がある場合は、何らかの病気が背景にある可能性を考慮し、医療機関を受診しましょう。
自己判断せずに、専門家のアドバイスを受けることが大切です。
家庭でできる対処法と予防策
医療機関での診断や治療と並行して、日常生活の中でむせや咳を軽減し、予防するためにできることもあります。食事の工夫、環境調整、生活習慣の見直しがポイントです。
食事の工夫
食事中のむせは、食べ方や食事の内容を工夫することで減らせる場合があります。
よく噛んでゆっくり食べる
食べ物を十分に噛み砕くことで、唾液と混ざり合い、飲み込みやすい食塊(しょっかい)になります。また、ゆっくりと時間をかけて食べることで、慌てて飲み込んで気管に入るリスクを減らします。
食事中はテレビを消すなど、食べることに集中できる環境を作ることも有効です。
水分でむせやすい場合の工夫
水やお茶などのサラサラした液体は、喉を通過するスピードが速いため、誤嚥しやすいことがあります。
そのような場合は、とろみ調整食品を利用して飲み物にとろみをつけたり、ゼリー状の水分補給製品を利用したりするのも一つの方法です。また、一口の量を少なくし、ゆっくりと飲むことを心がけましょう。
食事中の姿勢
食事をする際は、深く椅子に腰掛け、少し前かがみの姿勢をとると、食べ物が気管に入りにくくなります。足の裏が床にしっかりとつく高さの椅子を選び、安定した姿勢で食事をすることが大切です。
寝たきりの方の場合は、上半身をできるだけ起こした状態で食事介助を行うことが推奨されます。
食事の工夫ポイント
ポイント | 具体的な方法 |
---|---|
咀嚼 | 一口30回程度噛むことを意識 |
食事時間 | 慌てず、ゆっくり時間をかける |
水分摂取 | むせやすい場合はとろみ剤などを活用 |
姿勢 | やや前傾姿勢、足を床につける |
環境の調整
室内の環境を整えることも、咳やむせの予防につながります。
適切な湿度管理
空気が乾燥すると喉の粘膜が傷つきやすくなり、刺激に対して過敏になります。
特に冬場やエアコンを使用する時期は、加湿器を利用するなどして、室内の湿度を適切(一般的に50~60%程度)に保つよう心がけましょう。
アレルゲンの排除
アレルギーが原因で咳やむせが起こる場合は、原因となるアレルゲンをできるだけ排除することが重要です。ハウスダストが原因であればこまめに掃除をし、寝具を清潔に保ちます。
花粉が原因であれば、花粉飛散量の多い時期の外出を控えたり、マスクや眼鏡を着用したりするなどの対策をとります。
- こまめな掃除
- 空気清浄機の使用
- 花粉対策
生活習慣の見直し
健康的な生活習慣は、体の抵抗力を高め、様々な不調の予防につながります。
禁煙の重要性
喫煙は、気道に慢性的な炎症を引き起こし、咳や痰の原因となるだけでなく、COPDなどの呼吸器疾患の最大のリスク因子です。禁煙することで、咳の症状が改善する可能性が高まります。
受動喫煙も同様に有害なので注意が必要です。
十分な睡眠と休息
睡眠不足や疲労は、免疫力の低下を招き、感染症にかかりやすくなったり、アレルギー症状を悪化させたりすることがあります。
質の高い睡眠を十分にとり、適度に休息することで、体の防御機能を高めることが期待できます。
医療機関で行われる検査と診断
むせや咳の原因を特定するために、医療機関では様々な検査が行われます。問診や診察で得られた情報をもとに、必要な検査を選択し、総合的に診断を下します。
問診と診察
医師はまず、症状がいつからどのように始まったか、どんな時に悪化するか、他に症状はあるかなど、詳しく話を聞きます(問診)。
その後、喉の状態を視診したり、聴診器で胸の音を聞いたりするなどの診察を行います。持病や服用中の薬、アレルギー歴、生活習慣なども重要な情報となります。
問診で確認される主な項目
項目 | 確認内容の例 |
---|---|
症状の経過 | いつから、どんなきっかけで、頻度、強さなど |
随伴症状 | 発熱、痰、鼻水、胸痛、体重減少など |
既往歴・服薬歴 | 喘息、アレルギー、逆流性食道炎、現在服用中の薬 |
呼吸機能検査
スパイロメトリーという機械を使って、息を吸ったり吐いたりする能力を調べる検査です。気管支喘息やCOPDなど、気道が狭くなっているか、肺の機能が低下していないかなどを評価することができます。
努力性肺活量や1秒量などの指標を測定します。
画像検査(レントゲンCTなど)
胸部X線(レントゲン)検査やCT検査は、肺炎、肺がん、気管支拡張症など、肺や気管支の異常を視覚的に確認するために行います。影の有無や広がり、気道の状態などを詳しく調べることができます。
画像検査の種類と特徴
検査名 | 主な目的 | 特徴 |
---|---|---|
胸部X線検査 | 肺炎、肺がんなどのスクリーニング | 簡便、被ばく量が少ない |
胸部CT検査 | より詳細な肺の評価、早期病変の発見 | X線より詳細な断層画像 |
アレルギー検査
アレルギーが疑われる場合には、血液検査で特定のアレルゲンに対するIgE抗体の量を測定したり、皮膚テストを行ったりして、何に対してアレルギー反応を起こしているのかを調べます。
原因アレルゲンを特定することで、適切な対策をとることができます。
- 血液検査(特異的IgE抗体検査)
- 皮膚プリックテスト
嚥下機能検査
飲み込みの機能(嚥下機能)に問題が疑われる場合に行う検査です。造影剤を含んだ模擬食品を飲み込んでもらい、その様子をX線動画で観察する嚥下造影検査(VF)や、鼻から細い内視鏡を挿入して喉の動きを直接観察する嚥下内視鏡検査(VE)などがあります。
これらの検査により、誤嚥の有無や原因、安全に食べられる食物の形態などを評価します。
むせや咳に関するよくある質問
- Qむせやすい体質はありますか
- A
一概に「むせやすい体質」というものが遺伝的に決まっているわけではありませんが、いくつかの要因が関与していると考えられます。例えば、生まれつき気道が過敏な方や、アレルギー素因をお持ちの方は、些細な刺激でも咳やむせが出やすい傾向があります。
また、加齢に伴い、飲み込む力(嚥下機能)や咳をする力(咳嗽力)が自然と低下してくるため、高齢者はむせやすくなります。さらに、ストレスや疲労が自律神経のバランスを乱し、一時的にむせやすさを感じることもあります。
生活習慣や環境要因も大きく影響するため、気になる場合は原因を探ることが大切です。
- Q子供や高齢者のむせで気をつけることは何ですか
- A
子供の場合、特に乳幼児は気道が細く、嚥下機能も未発達なため、むせやすいことがあります。食べ物を与える際は、小さく刻んだり、柔らかく調理したりする工夫が必要です。
また、おもちゃの誤飲にも十分注意してください。頻繁にむせる、呼吸が苦しそう、顔色が悪いなどの場合は、速やかに医療機関を受診しましょう。
高齢者の場合は、加齢による嚥下機能の低下が主な原因となることが多いです。食事中にむせる、食べこぼしが増える、声がガラガラするといったサインが見られたら注意が必要です。
誤嚥性肺炎のリスクも高まるため、食事形態の工夫(とろみをつける、刻み食にするなど)や、食事中の姿勢の調整、口腔ケアの徹底が重要になります。
定期的な歯科受診や、必要に応じて嚥下機能の評価を受けることも検討してください。
子供と高齢者のむせ 注意点比較
対象 主な原因 特に注意すべき点 子供 気道が細い、嚥下機能未発達 食物の形態、誤飲、呼吸状態 高齢者 加齢による嚥下機能低下 誤嚥性肺炎リスク、食事形態、口腔ケア
- Qストレスでむせやすくなることはありますか
- A
はい、ストレスが原因でむせや咳の症状が出たり、悪化したりすることがあります。
これは心因性咳嗽(しんいんせいがいそう)や喉頭アレルギー、あるいは自律神経の乱れなどが関与していると考えられます。
強いストレスや緊張状態が続くと、自律神経のバランスが崩れ、気道が過敏になったり、喉に違和感(ヒステリー球などと呼ばれることもあります)を感じたりすることがあります。
また、ストレスが胃酸の分泌を促し、胃食道逆流症を引き起こしたり悪化させたりすることで、咳やむせにつながるケースもあります。
他の身体的な原因が見当たらない場合や、特定の精神的な負荷がかかると症状が出やすい場合は、ストレスが影響している可能性を考慮し、リラックスできる時間を作る、十分な休息をとるなどの対処や、場合によっては心療内काや精神科の受診も検討することが有効です。
- 心因性咳嗽
- 喉頭アレルギー
- 自律神経の乱れ
以上