強いプレッシャーを感じた時や緊張する場面で、ふと「息がしにくい」「呼吸が苦しい」と感じた経験はありませんか。

多くの方が経験するこの症状はストレスが原因で起こることが少なくありません。

この記事では、なぜストレスによって呼吸が苦しくなるのか、その背景にある体の変化を解説します。

また、息苦しさを感じた時にご自身でできるリラックス法や日常生活で取り入れられる予防策、専門家への相談が必要な場合について、分かりやすく説明していきます。

ストレスと呼吸の深い関係

心と体は密接につながっており、特にストレスは呼吸の仕方に直接的な影響を与えます。

精神的な負担がどのようにして身体的な息苦しさとして現れるのかを見ていきましょう。

ストレスが体に与える影響

人がストレスを感じると、体は「闘争・逃走反応」と呼ばれる緊急事態モードに入ります。これは危険から身を守るために体に備わった古くからの防衛反応です。

この反応により、心拍数や血圧が上昇し、筋肉が緊張します。呼吸もまた、より多くの酸素を体に取り込もうとして速く、浅くなる傾向があります。

ストレス反応の具体例

反応の種類主な症状具体例
身体的反応体の不調頭痛、肩こり、動悸、息切れ、胃痛
精神的反応心の不調不安、イライラ、気分の落ち込み、集中力低下
行動的反応行動の変化暴飲暴食、睡眠不足、ミスが増える

なぜストレスで呼吸が浅くなるのか

ストレス下では主に胸で呼吸する「胸式呼吸」が優位になります。胸式呼吸は肋骨の間にある筋肉を使って行われ、一度に吸い込める空気の量が少ないのが特徴です。

緊急時には素早く酸素を取り込める利点がありますが、この状態が続くと呼吸が浅く速くなり、「十分に息が吸えていない」という感覚につながり、息苦しさを覚える原因となります。

自律神経の乱れと呼吸困難

私たちの体は活動時に優位になる「交感神経」と、リラックス時に優位になる「副交感神経」という二つの自律神経によってコントロールされています。

ストレスが続くと交感神経が過剰に働き、このバランスが崩れます。

交感神経は気管支を広げ、呼吸を速める働きがあるため、常に興奮状態にあると呼吸のリズムが乱れ、息苦しさや呼吸困難感を引き起こすことがあります。

自律神経の働き

神経状態体への主な作用
交感神経活動・緊張・ストレス心拍数増加、血圧上昇、呼吸が速くなる
副交感神経休息・リラックス心拍数減少、血圧降下、呼吸が穏やかになる

呼吸が苦しくなる主な原因

ストレスによる息苦しさは特定の症状や病気として現れることがあります。代表的なものから注意すべき他の病気の可能性まで原因を詳しく見ていきます。

過呼吸(過換気症候群)とは

過呼吸(過換気症候群)は強い不安や緊張によって呼吸が速くなりすぎる状態です。必要以上に二酸化炭素を体外に排出してしまうことで血液がアルカリ性に傾き、血管が収縮します。

このことにより、息苦しさに加えてめまい、手足のしびれ、頭がぼーっとするといった様々な症状が現れます。

本人は息苦しいと感じているため、さらに速く呼吸しようとして症状が悪化する悪循環に陥りやすいのが特徴です。

過呼吸で起こりやすい症状

分類症状
呼吸器系息苦しさ、呼吸が速い、胸の圧迫感
神経系手足や口周りのしびれ、めまい、失神感
その他動悸、吐き気、冷や汗、筋肉のけいれん

身体的要因と精神的要因

息苦しさは身体的な問題と精神的な問題が複雑に絡み合って生じます。例えば疲労や睡眠不足といった身体的な不調はストレスに対する抵抗力を弱め、精神的な影響を受けやすくします。

逆に仕事や人間関係の悩みといった精神的なストレスが自律神経の乱れを通じて身体的な症状として現れることもあります。

どちらか一方だけでなく、両面から原因を探ることが大切です。

他の病気が隠れている可能性

ストレスが原因だと思っていても実際には他の病気が背景にある可能性も考えられます。息苦しさは心臓や肺の病気のサインであることも少なくありません。

安易に「ストレスのせい」と自己判断せず、症状が続く場合や悪化する場合には、必ず医療機関を受診することが重要です。この判断が重大な病気の早期発見につながります。

息苦しさを伴う主な病気

分類代表的な病気
呼吸器の病気気管支喘息、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、肺炎
心臓の病気心不全、狭心症、心筋梗塞
その他の病気貧血、甲状腺機能亢進症、パニック障害

自分でできるストレス性の息苦しさへの対処法

突然の息苦しさに襲われた時、パニックにならず冷静に対処する方法を知っておくことは、大きな安心につながります。

ここではすぐに試せる基本的な対処法を紹介します。

まずは落ち着いて状況を確認

息苦しさを感じたらまずは安全な場所に移動し、楽な姿勢をとりましょう。椅子に座る、壁に寄りかかるなどして体をリラックスさせます。

「大丈夫、これは一時的なものだ」と心の中で唱えることもパニックを防ぐのに役立ちます。焦って呼吸を速めようとせず、ゆっくりと自分のペースを取り戻すことを意識してください。

基本的な呼吸法「腹式呼吸」

腹式呼吸は横隔膜を大きく動かして行う深い呼吸法です。副交感神経を優位にし、心身をリラックスさせる効果が期待できます。

胸ではなく、お腹を意識して膨らませたりへこませたりするのがポイントです。慣れないうちは、お腹に手を当てて動きを確認しながら行うと良いでしょう。

腹式呼吸のやり方

手順ポイント
1. 鼻から息を吸うお腹が風船のように膨らむのを意識して、4秒ほどかけてゆっくり吸い込みます。
2. 口から息を吐くお腹をへこませながら、8秒ほどかけてゆっくりと息を吐き切ります。

ペーパーバッグ法の正しいやり方と注意点

過呼吸の発作時に紙袋(ペーパーバッグ)で口と鼻を覆い、吐いた息を再度吸う方法があります。

これは血液中の二酸化炭素濃度を戻すことを目的としていますが、やり方を間違えると窒息の危険があるため、現在では積極的には推奨されていません。

もし行う場合は必ず医師の指導のもとで正しい知識を身につける必要があります。

ペーパーバッグ法の注意点

  • ビニール袋は絶対に使用しない
  • 完全に密閉しない
  • 長時間は行わない
  • 心臓や肺に病気がある人は行わない

日常生活で心掛けたいリラックス習慣

息苦しさの根本的な原因であるストレスを減らすためには日々の生活習慣を見直すことが大切です。

ここではストレスに強い心と体を作るための習慣を紹介します。

ストレス源との向き合い方

すべてのストレスをなくすことは現実的ではありません。何が自分のストレスになっているのかを把握し、解決できる問題とそうでない問題を見極めることが第一歩です。

考え方を変えたり、信頼できる人に相談したり、一時的に距離を置いたりするなど、自分に合った方法でストレスと上手に付き合っていく工夫が必要です。

質の良い睡眠を確保する工夫

睡眠は心と体の疲れを回復させるために欠かせません。

毎朝同じ時間に起きる、寝る前にスマートフォンやパソコンの画面を見ない、寝室を快適な温度・湿度に保つなど睡眠の質を高める工夫を取り入れましょう。

良い睡眠は自律神経のバランスを整える上でも非常に重要です。

適度な運動がもたらす効果

ウォーキングやジョギング、ヨガなどの有酸素運動は、気分をリフレッシュさせ、ストレス解消に効果的です。

運動をするとセロトニンという心を安定させる物質が脳内で分泌されます。また、体を動かすことでストレスによってこわばった筋肉をほぐし、呼吸を楽にする助けにもなります。

無理のない範囲で、継続できる運動を見つけましょう。

バランスの取れた食事の重要性

食生活の乱れは心身の不調に直結します。特定の食品に偏らず、主食・主菜・副菜をそろえたバランスの良い食事を心掛けてください。

特に心を落ち着かせる働きのある栄養素を意識して摂ることも有効です。

心を落ち着かせる栄養素と食材の例

栄養素主な働き多く含まれる食材
GABA興奮を鎮め、リラックスさせる発芽玄米、トマト、かぼちゃ
トリプトファンセロトニンの材料になるバナナ、乳製品、大豆製品
マグネシウム神経の興奮を抑えるナッツ類、海藻類、ほうれん草

呼吸を整えるリラックス法

腹式呼吸以外にも心と体をリラックスさせ、呼吸を穏やかにするための方法はたくさんあります。自分に合ったものを見つけて日常生活に取り入れてみましょう。

漸進的筋弛緩法

漸進的筋弛緩法は体の各部分の筋肉に意図的に力を入れてから、一気に緩めることを繰り返すリラクゼーション法です。

筋肉の緊張と弛緩の感覚に意識を向けることで深いリラックス状態を得られます。寝る前に行うとスムーズな入眠につながります。

マインドフルネス瞑想

マインドフルネス瞑想は「今、この瞬間」の自分の感覚や感情に、評価や判断をせずに意識を向ける練習です。

呼吸に集中する瞑想は雑念から離れ、心を落ち着かせるのに役立ちます。数分間の短い時間からでも始められるので、日々の習慣にしやすいでしょう。

アロマテラピーの活用

植物から抽出した精油(エッセンシャルオイル)の香りを利用するアロマテラピーも、リラックスに有効です。

ラベンダーやカモミール、ベルガモットなどの香りは心を鎮め、安らぎをもたらす効果が期待できます。ディフューザーで香りを拡散させたり、お風呂に数滴垂らしたりして楽しめます。

リラックスにおすすめの香り

  • ラベンダー
  • カモミール・ローマン
  • ベルガモット
  • サンダルウッド

専門家に相談するタイミング

セルフケアを試しても症状が改善しない場合や特定の症状が見られる場合には、専門家である医師の診察を受けることが大切です。

ここでは受診の目安や医療機関での対応について解説します。

こんな症状があればすぐに医療機関へ

ストレスによる息苦しさだと思っていても、緊急性の高い病気が隠れている場合があります。

以下のような症状が見られる場合はためらわずに速やかに医療機関を受診するか、救急車を呼んでください。

受診を強く推奨する症状

症状考えられる状態
突然の激しい胸の痛み心筋梗塞、肺塞栓症など
意識が遠のく、ろれつが回らない脳卒中、重度の過呼吸など
顔色が悪く、冷や汗が出るショック状態、重度の心疾患など

何科を受診すればよいか

息苦しさの原因がはっきりしない場合、まずはかかりつけ医や内科、呼吸器内科への相談をお勧めします。身体的な病気の可能性を調べ、必要に応じて心療内科や精神科への紹介を行います。

最初から「精神的なもの」と決めつけず、まずは体をきちんと調べることが重要です。

呼吸器内科で行う検査

呼吸器内科では、息苦しさの原因を特定するために様々な検査を行います。

問診で症状を詳しく聞いた上で、胸部X線(レントゲン)検査、肺機能検査(スパイロメトリー)、血液検査などを実施し、喘息やCOPDといった呼吸器の病気がないかを確認します。

これらの検査により、身体的な異常がないことを確認できれば、より安心してストレスへの対処に専念できます。

よくある質問

ストレスによる息苦しさに関して、患者さんからよく寄せられる質問とその回答をまとめました。

Q
ストレス性の息苦しさは癖になりますか?
A

一度強い発作を経験すると、「またあの苦しい状態になるのではないか」という予期不安から、症状を繰り返しやすくなることがあります。

しかしこれは「癖」というよりも、不安が症状を誘発する悪循環です。

正しい対処法を身につけてストレス管理を行うことで、この循環を断ち切ることは十分に可能です。

Q
子供でもストレスで息苦しくなりますか?
A

はい、なります。

子供は自分のストレスをうまく言葉で表現できないため、頭痛や腹痛、息苦しさといった身体症状として現れることがあります。

学校生活や友人関係、家庭環境などがストレスの原因になることも少なくありません。

お子さんが息苦しさを訴える場合は背景にある心の負担にも目を向けることが大切です。

Q
薬に頼らずに改善できますか?
A

症状の程度によりますが、軽度であればこれまで紹介したような呼吸法やリラックス法、生活習慣の改善で症状が和らぐことは多いです。

しかし症状が日常生活に支障をきたす場合や不安が非常に強い場合には、一時的に薬の力を借りて心身を落ち着かせることが改善への近道になることもあります。

医師とよく相談し、ご自身に合った治療法を選択することが重要です。

Q
仕事中に息苦しくなったらどうすればいいですか?
A

まずは可能であれば一旦仕事の手を止め、静かな場所に移動しましょう。トイレの個室などでも構いません。

そして椅子に座って背筋を伸ばし、ゆっくりと腹式呼吸を数回繰り返します。冷たい水を飲む、窓を開けて外の空気を吸うなども気分転換に役立ちます。

症状が落ち着いたら、何が引き金になったかを振り返ってみるのも良いでしょう。

以上

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