「コンコン」という普通の風邪の咳とは違う、「ケンケン」「オウッオウッ」といった奇妙な音の咳が出て、不安に感じていませんか。
特に、犬の遠吠えやオットセイの鳴き声に例えられるような特徴的な咳は喉の奥にある喉頭やその周辺の炎症が原因かもしれません。
この記事では、このような「変な咳」が出る場合に考えられる病気、ごw家庭でできる対処法、そして専門医への受診が必要なタイミングについて、呼吸器内科の視点から詳しく解説します。
その咳、本当にただの風邪ですか?変な咳の特徴
いつもと違う咳が出たとき、それは体が発している重要なサインかもしれません。
普通の咳と「変な咳」は音の響き方や性質に違いがあります。その特徴を理解することが適切な対応への第一歩です。
犬の遠吠えやオットセイの鳴き声に似た咳
このような咳は「犬吠様咳嗽(けんばいようがいそう)」と呼ばれ、特に喉頭や気管の上部が腫れて空気の通り道が狭くなっている時に聞かれます。
空気が狭い部分を通過する際に特徴的な音を発します。特に夜間に悪化する傾向があり、お子さんに見られることが多いですが、大人でも発症します。
変な咳の音の表現と特徴
咳の音の表現 | 聞こえ方の特徴 | 主な原因の場所 |
---|---|---|
ケンケン、コンコン(金属音) | 甲高く、乾いた音 | 喉頭・気管 |
オウッ、ガハッ | 低く、しわがれたような音 | 喉頭・声帯周辺 |
ヒューヒュー、ゼーゼー | 息をするときに音がする | 気管支 |
乾いた咳と湿った咳の違い
咳は痰が絡むかどうかで「湿性咳嗽(しっせいがいそう)」と「乾性咳嗽(かんせいがいそう)」に分けられます。
犬吠様咳嗽は痰の絡まない乾いた咳(乾性咳嗽)の代表例です。一方ゴホゴホと痰が絡む湿った咳は気管支や肺の炎症で分泌物が増えているサインと考えられます。
咳の種類によって疑われる病気も異なります。
咳以外の伴う症状
変な咳が出るとき、他にどのような症状があるかを確認することが重要です。
例えば声がかすれる(嗄声)、息を吸う時にヒューという音がする(吸気性喘鳴)、発熱、喉の痛みなど、伴う症状は診断の手がかりになります。
これらの情報を整理して医師に伝えると、診察がスムーズに進みます。
犬吠様咳嗽を引き起こす主な病気
犬の遠吠えのような咳が出る場合、喉頭周辺の急な炎症を考えます。特に緊急性の高い病気もあるため、注意が必要です。
クループ症候群(急性喉頭気管気管支炎)
クループ症候群は主にウイルス感染によって喉頭から気管支にかけて炎症が起こり、空気の通り道が狭くなる病気です。特に生後6か月から3歳くらいの乳幼児に多く見られます。
犬吠様咳嗽、嗄声、吸気性喘鳴が特徴的な三つの症状です。
クループ症候群の主な症状
症状 | 特徴 |
---|---|
犬吠様咳嗽 | 犬の遠吠えのような特徴的な咳 |
嗄声(させい) | しわがれ声、声のかすれ |
吸気性喘鳴(きゅうきせいぜんめい) | 息を吸う時に「ヒュー」という音がする |
急性喉頭蓋炎
急性喉頭蓋炎は喉頭の入り口にある蓋(喉頭蓋)が細菌感染などによって急激に腫れあがる病気です。
腫れた喉頭蓋が空気の通り道を塞いでしまうため、窒息の危険がある非常に緊急性の高い状態です。強い喉の痛み、発熱、よだれ、呼吸困難などの症状が現れます。
この病気が疑われる場合は、夜間や休日でも直ちに医療機関を受診する必要があります。
声帯ポリープや声帯結節
声の出しすぎや喫煙などが原因で声帯にポリープや結節ができると声がかすれるだけでなく、咳払いや乾いた咳の原因になることがあります。
犬吠様咳嗽とは少し異なりますが、声の変化を伴う咳として鑑別が重要です。歌手や教師など、声をよく使う職業の方に見られます。
アレルギー反応
特定の食べ物や薬剤、蜂に刺されたことなどによる急なアレルギー反応(アナフィラキシー)でも、喉が腫れて咳や呼吸困難を引き起こすことがあります。
咳の他に、じんましん、顔のむくみ、腹痛などの症状が同時に現れるのが特徴です。この場合も命に関わるため、迅速な対応が求められます。
その他の「変な咳」で考えられる病気
犬吠様咳嗽以外にも特徴的な経過をたどる咳や、長引く咳には注意が必要です。風邪と自己判断せずに、原因を特定することが大切です。
百日咳
百日咳は百日咳菌という細菌に感染することで起こります。最初は風邪のような症状ですが、次第に特徴的な咳発作が現れます。
「コンコンコン」と短い咳が連続した後に、息を吸う時に「ヒューッ」と笛のような音(ウープ)が聞こえるのが特徴です。咳発作は非常に激しく、嘔吐を伴うこともあります。
名前の通り、咳が数か月にわたって続くことがあります。
百日咳の経過
時期 | 期間 | 主な症状 |
---|---|---|
カタル期 | 約2週間 | 軽い咳、鼻水、微熱など風邪に似た症状 |
痙咳期(けいがいき) | 約2~6週間 | 特徴的な激しい咳発作(スタッカート、ウープ) |
回復期 | 数週間~ | 咳発作は次第に軽快するが、咳は長く続く |
マイコプラズマ肺炎
マイコプラズマという微生物によって引き起こされる肺炎です。発熱や全身の倦怠感とともに、痰の絡まない乾いた咳が長く続くのが特徴です。
特に子供や若い世代に多く見られますが、家族内や学校などで集団感染することもあります。
咳喘息
喘鳴(ゼーゼー、ヒューヒュー)や呼吸困難はないものの、乾いた咳だけが8週間以上続く病気です。
気道の過敏性が高まっており、冷たい空気やタバコの煙、会話、運動などがきっかけで咳が出やすくなります。気管支喘息の前段階とも考えられています。
逆流性食道炎
胃酸が食道に逆流することで食道の粘膜が炎症を起こす病気です。
胸やけが代表的な症状ですが、逆流した胃酸が喉や気管を刺激して長く続く咳の原因になることがあります。
特に食後や横になった時に咳が出やすい場合はこの病気を疑います。
自宅でできる咳のセルフケア
咳の症状を少しでも和らげるために、ご家庭でできることがあります。ただしこれらはあくまで対症療法であり、原因の治療ではないことを理解しておくことが重要です。
部屋の加湿と換気
空気が乾燥していると、喉の粘膜が刺激されて咳が出やすくなります。加湿器を使ったり、濡れたタオルを部屋に干したりして、適切な湿度(50~60%程度)を保ちましょう。
また、定期的に窓を開けて空気を入れ替えることも大切です。
水分補給の重要性
喉の乾燥を防ぎ、痰がある場合はその粘り気を和らげるために、こまめな水分補給が有効です。
一度にたくさん飲むのではなく、少しずつ頻繁に飲むことを心掛けましょう。喉への刺激が少ない常温の水や白湯、麦茶などが適しています。
咳を和らげる飲み物の例
種類 | 期待できる効果 |
---|---|
白湯・常温の水 | 喉を潤し、刺激が少ない |
麦茶 | ノンカフェインで体に優しい |
はちみつ入りのお湯 | 喉の炎症を和らげ、保湿する |
刺激物を避ける生活
咳が出ている時は喉を刺激する可能性のあるものを避けるのが賢明です。喫煙は最も避けるべきもので、受動喫煙にも注意が必要です。
その他、香辛料の多い食事や冷たい飲み物、アルコールなども咳を悪化させることがあります。
医療機関を受診するべきタイミング
変な咳が出たときに、様子を見るべきか、すぐに病院へ行くべきか迷うことがあるでしょう。
ここでは受診の目安となる危険なサインについて解説します。
すぐに受診が必要な危険なサイン
以下のような症状が見られる場合は喉頭の腫れが強く、窒息の危険性が高まっています。
夜間や休日であっても、ためらわずに救急外来を受診するか救急車を呼んでください。
緊急受診が必要な症状
- 呼吸が苦しそう、肩で息をしている
- 顔色や唇の色が悪い(青白い、紫色)
- よだれが多く、飲み込めない
- 意識がはっきりしない、ぐったりしている
咳が2週間以上続く場合
急性期の危険な症状がなくても、咳が2週間以上続く場合は注意が必要です。風邪による咳は通常1~2週間で軽快することが多いです。
それ以上続く場合は百日咳や咳喘息、肺炎など単なる風邪ではない他の病気が隠れている可能性を考え、一度医療機関で相談することをお勧めします。
何科を受診すればよいか
大人の変な咳や長引く咳は、まず呼吸器内科を受診するのが良いでしょう。
子供の場合は、かかりつけの小児科に相談してください。咳の原因を正確に診断し、適切な治療につなげます。
必要に応じて、耳鼻咽喉科など他の専門科と連携して治療を進めることもあります。
呼吸器内科で行う診断と検査
医療機関では咳の原因を特定するために様々な角度から診察と検査を行います。これにより的確な治療方針を決定します。
丁寧な問診と聴診
いつから咳が出ているか、どのような音の咳か、咳以外の症状はあるか、といった情報を詳しくお聞きします。
聴診器を使って胸の音や喉の音を聞き、気道が狭くなっている場所や痰の有無などを確認します。これは診断の基本であり、非常に重要な情報源です。
胸部X線(レントゲン)検査
肺炎や肺結核、肺がんなど、肺そのものに異常がないかを確認するために行います。
クループ症候群では喉頭から気管にかけての空気の通り道が狭くなっている様子(尖塔像)が確認できることがあります。
呼吸機能検査
スパイロメーターという機械を使い、息を吸ったり吐いたりして肺活量や気道の空気の流れを測定します。
咳喘息や気管支喘息では気道が狭くなっていることを示す特徴的な検査結果が出ます。
血液検査や喀痰検査
血液検査では体内の炎症反応の強さや特定の病原体に対する抗体の有無を調べます。この検査で百日咳やマイコプラズマ感染症の診断が可能です。
痰が出る場合は痰を調べて原因となる細菌や細胞を特定することもあります。
よくある質問
変な咳について、患者さんからよくいただく質問にお答えします。
- Q子供の変な咳で特に注意することは何ですか?
- A
子供、特に乳幼児は大人に比べて気道が細いため、少しの腫れでも呼吸困難に陥りやすいです。
犬吠様咳嗽が見られたら、まずはクループ症候群を疑います。加湿を心がけ、呼吸の状態を注意深く観察してください。
肩で息をする、顔色が悪いなどの危険なサインがあれば、すぐに医療機関を受診することが重要です。
- Q市販の咳止め薬は飲んでも良いですか?
- A
自己判断で市販薬を使用するのは慎重になるべきです。
特に痰を伴う湿った咳の場合、咳止め薬で無理に咳を止めると、気道内の痰が排出できずに症状が悪化することがあります。
また、変な咳の原因となっている病気によっては市販薬では効果がないばかりか、診断を遅らせる原因にもなります。
まずは医師の診断を受けることを優先してください。
- Q咳がうつる可能性はありますか?
- A
咳の原因によります。
クループ症候群や百日咳、マイコプラズマ肺炎などはウイルスや細菌が原因であるため、咳やくしゃみによって他の人に感染する可能性があります。
咳が出る場合はマスクを着用し、手洗いを徹底するなどの咳エチケットを心掛けることが大切です。
- Q喫煙は咳にどのような影響を与えますか?
- A
喫煙は気道に慢性的な炎症を引き起こし、粘膜の防御機能を低下させます。このことにより、咳が出やすくなるだけでなく、感染症にもかかりやすくなります。
また、咳喘息やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)などの病気を発症させたり、悪化させたりする最大の原因です。
変な咳で悩んでいる場合、禁煙は治療の第一歩と言えます。
以上
参考にした論文
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