「ランニングをすると咳が止まらなくなる」「スポーツの後に息苦しくなる」といった経験はありませんか。
それは「運動誘発喘息(うんどうゆうはつぜんそく)」または「運動誘発性気管支攣縮(れんしゅく)」と呼ばれる症状かもしれません。
この記事では運動をきっかけに咳や息苦しさが起こる原因と、その特徴的な症状、呼吸器内科で行う診断や治療法について詳しく解説します。
正しい知識と予防法を身につけ、症状をコントロールしながら安全に運動を楽しみましょう。
運動誘発喘息とは?運動後に咳が出る仕組み
運動誘発喘息はその名の通り、運動が引き金となって一時的に喘息の症状が現れる状態を指します。まずはこの病気の基本的な特徴について理解を深めましょう。
運動をきっかけに気道が狭くなる現象
運動誘発喘息(Exercise-Induced Asthma, EIA)は運動中に激しい呼吸をすることで気道が刺激を受け、一時的に狭くなる(収縮する)ことで発症します。
この気道の収縮により、咳や息切れ、胸の苦しさといった喘息特有の症状が現れます。運動そのものが悪いのではなく、運動時の呼吸の仕方が気道に影響を与えるのです。
喘息患者の多くが経験
もともと気管支喘息の診断を受けている患者さんの多くは運動によって症状が誘発されることを経験します。
喘息患者さんでは普段から気道に慢性的な炎症があり、気道が過敏な状態になっています。そのため運動という刺激に対して、より反応しやすくなっています。
喘息ではない人にも起こる
重要なのは普段は喘息の症状が全くない人でも運動時だけ症状が現れることがあるという点です。これを「運動誘発性気管支攣縮(れんしゅく)」と呼びます。
本人は喘息だという自覚がないため、「体力が落ちただけ」「風邪気味だから」などと思い込み、適切な対処が遅れるケースも少なくありません。
症状が現れるタイミングと持続時間
症状の現れ方には特徴があります。多くの場合、運動の開始から5~10分後に症状が出始め、運動を終えてから5~10分後に症状のピークを迎えます。
その後、30~60分ほどで自然に回復することが一般的です。
運動誘発喘息の典型的な症状経過
タイミング | 症状の状態 |
---|---|
運動開始直後 | 症状はほとんどない |
運動中盤~終盤 | 咳や息苦しさが出始める |
運動終了後5~10分 | 症状が最も強くなる(ピーク) |
運動終了後30~60分 | 徐々に症状が回復する |
なぜ運動で咳や息苦しさが起こるのか?
運動によって喘息症状が誘発される背景には、呼吸によって起こる気道の環境変化が大きく関わっています。
気道の「乾燥」と「冷却」が主な原因
運動中はたくさんの酸素を取り込むために呼吸の回数と深さが増します。このとき、普段よりも大量の空気が気道を通過します。
特に冷たくて乾いた空気を一度にたくさん吸い込むと、気道の粘膜から水分と熱が奪われます。この「乾燥」と「冷却」という物理的な刺激が、気道を収縮させる引き金になると考えられています。
口呼吸による空気の刺激
安静時は鼻で呼吸することが多いですが、運動中は呼吸量を確保するために口呼吸が中心になります。
鼻には吸い込んだ空気を温め、湿らせるフィルターの役割がありますが、口にはその機能がありません。このため冷たく乾いた空気が直接気道に届き、より強い刺激となってしまいます。
鼻呼吸と口呼吸の比較
項目 | 鼻呼吸 | 口呼吸 |
---|---|---|
加温・加湿機能 | あり | なし |
気道への刺激 | 少ない | 大きい |
運動時の主体 | 安静時 | 運動時 |
環境因子(気温、湿度、アレルゲン)の影響
運動する環境も症状の出やすさに大きく影響します。
例えば冬のスキーやスケートのように気温も湿度も低い環境で行うスポーツは、症状を誘発しやすい代表例です。
また、花粉や黄砂、PM2.5などのアレルゲンや大気汚染物質が多い環境で運動することも、気道を刺激し、症状を悪化させる原因となります。
こんな症状は要注意!運動誘発喘息のサイン
運動誘発喘息の症状は単なる体力不足による息切れとは異なります。以下のようなサインに気づいたら、専門医への相談を検討しましょう。
運動中~運動後の激しい咳
運動を終えて一息ついた頃に激しい咳が止まらなくなるのは非常に典型的な症状です。
特に周りの人と比べて自分だけ咳込んでいる、一度咳が出始めるとしばらく収まらない、といった場合は注意が必要です。
息切れ、胸の圧迫感、喘鳴(ぜんめい)
運動の強度に見合わないほどの強い息切れや胸が締め付けられるような圧迫感も重要なサインです。息をする時に「ゼーゼー」「ヒューヒュー」という音が聞こえる「喘鳴」が伴うこともあります。
これらの症状は気道が狭くなっていることを示しています。
運動誘発喘息の主な症状リスト
- 運動後に続くしつこい咳
- 息切れ、呼吸困難感
- 胸の痛みや圧迫感
- 喘鳴(ゼーゼー、ヒューヒュー)
症状が出やすい運動・出にくい運動
運動の種類によって症状の出やすさには差があります。
一般的に長時間にわたって高い換気量を維持する必要がある運動は症状を誘発しやすく、断続的な運動は比較的起こしにくいとされています。
症状の出やすさによる運動の分類
出やすい運動 | 出にくい運動 |
---|---|
マラソン、サッカー、バスケットボール | 水泳、野球、バレーボール |
クロスカントリースキー、アイスホッケー | ウォーキング、体操、空手 |
特に水泳は温かく湿った環境で行うため、運動誘発喘息の患者さんにも推奨されることが多いスポーツです。
子供に見られる特有のサイン
子供、特に幼児や小学生は自分の症状をうまく言葉で表現できないことがあります。
「運動を嫌がる」「すぐに疲れたと言う」「スポーツの後に不機嫌になる」といった態度の変化が、実は体の不調のサインである可能性も考えられます。
周りの大人が気付いてあげることが大切です。
診断の流れと呼吸器内科での検査
運動誘発喘息を診断するためには症状の詳しい聞き取りと、客観的な検査を組み合わせて行います。
症状についての詳細な問診
診断で最も重要なのは問診です。医師は以下のような点について詳しく質問し、運動誘発喘息の可能性を探ります。
問診で確認する主な項目
- どのような運動で症状が出るか
- 症状が現れるタイミング(運動中、運動後など)
- 症状の具体的な内容と持続時間
- 特定の季節や天候で悪化するか
- アレルギー歴や家族歴
呼吸機能検査(スパイロメトリー)
スパイロメーターという機械を使い、肺活量や息を吐き出す勢い(1秒量)などを測定します。
運動誘発喘息の患者さんでは安静時の検査結果は正常であることが多いですが、喘息の基礎疾患がないかを確認するために重要な検査です。
運動負荷試験による症状の誘発
診断を確定するために、実際に運動をして症状が誘発されるかを確認する検査を行うことがあります。
トレッドミル(ランニングマシン)や自転車エルゴメーターなどを使って6~8分間の運動負荷をかけ、運動前後の呼吸機能の変化を比較します。
この検査で運動後に1秒量が一定以上低下すれば、運動誘発喘息と診断されます。
運動負荷試験の流れ
手順 | 内容 |
---|---|
1. 運動前の呼吸機能測定 | 安静時の肺の状態を記録します。 |
2. 運動負荷 | トレッドミルなどで6~8分間、決められた強度で運動します。 |
3. 運動後の呼吸機能測定 | 運動直後から数分おきに複数回、呼吸機能を測定し変化を見ます。 |
他の病気ではないことを確認
運動時の息切れは心臓の病気や貧血など、他の原因でも起こり得ます。
問診や診察、必要に応じて心電図などの検査を行い、これらの他の病気の可能性がないことを確認することも正確な診断には重要です。
運動誘発喘息の治療薬
運動誘発喘息の治療は発作を予防するための薬の使用が中心となります。
適切な薬を適切なタイミングで使うことで症状をコントロールし、安全に運動を行うことが可能になります。
発作を予防する薬(運動前の吸入)
最も一般的な治療は運動を始める10~15分前に気管支を広げる効果のある薬(短時間作用性β2刺激薬:SABA)を吸入する方法です。
この薬は即効性があり、気道の収縮を予防する効果が数時間持続します。これにより、運動中に症状が現れるのを防ぎます。
長期的に気道の炎症を抑える薬
運動時だけでなく日常的に咳や喘息症状がある場合や、週に数回以上、予防薬が必要になる場合は気道の根本的な炎症を抑える治療が必要です。
この場合、吸入ステロイド薬などの長期管理薬を毎日定期的に使用します。この治療により、気道の過敏性そのものが改善され、運動による症状も起こりにくくなります。
主な治療薬の種類と役割
薬の種類 | 主な役割 | 使用タイミング |
---|---|---|
短時間作用性β2刺激薬(SABA) | 運動による気管支収縮を予防する | 運動の10~15分前 |
吸入ステロイド薬(ICS) | 気道の慢性的な炎症を抑える | 毎日定期的(長期管理) |
ロイコトリエン受容体拮抗薬(LTRA) | アレルギー反応を抑え、気道収縮を予防 | 毎日定期的(長期管理) |
薬の正しい使い方とタイミング
吸入薬は正しく吸えていないと十分な効果が得られません。医師や薬剤師から指導された手順をしっかりと守ることが大切です。
また、予防薬は必ず運動前に使用し、発作が起きてから慌てて使うことがないようにしましょう。
薬だけに頼らない!運動時の予防とセルフケア
薬物療法と合わせて運動時の工夫や日頃のセルフケアを行うことで、より効果的に症状を予防することができます。
運動前のウォーミングアップの重要性
運動前に10~15分程度の軽いウォーミングアップを行うことは症状の予防に非常に有効です。
体を徐々に運動に慣らすことで急激な呼吸の変化による気道への刺激を和らげることができます。軽いジョギングやストレッチなどが推奨されます。
マスク着用による気道の保護
特に気温が低い冬場などはマスクを着用して運動するのも良い方法です。
マスクは吸い込む空気を温め、湿らせる効果があるため、気道への刺激を軽減してくれます。この簡単な工夫で、症状が大きく改善する人もいます。
環境の選択(気温・湿度・場所)
できるだけ温かく湿度の高い環境で運動するよう心がけましょう。逆に寒冷で乾燥した日や花粉や大気汚染がひどい日の屋外での激しい運動は避けるのが賢明です。
室内プールでの水泳などは最も推奨されるスポーツの一つです。
体調管理とクーリングダウン
風邪をひいている時や睡眠不足の時など、体調が万全でない時は症状が出やすくなります。無理をせず、運動を休む勇気も大切です。
また、運動後にはウォーミングアップと同様に軽いストレッチなどのクーリングダウンを行い、呼吸をゆっくりと整えましょう。
運動時の予防策まとめ
タイミング | 予防策 |
---|---|
運動前 | 十分なウォーミングアップ、予防薬の吸入 |
運動中 | マスクの着用(特に寒冷時)、こまめな水分補給 |
運動後 | クーリングダウンで呼吸を整える |
常日頃 | 体調管理、適切な環境選択 |
運動誘発喘息に関するよくある質問(Q&A)
最後に、運動誘発喘息について患者さんからよくいただく質問にお答えします。
- Q運動を完全にやめるべきですか?
- A
いいえ、その必要はありません。
運動誘発喘息は適切な診断と治療、そして正しい予防策を講じることで症状をコントロールできる病気です。
むしろ適度な運動は心肺機能を高め、長期的に喘息のコントロールに良い影響を与えることもあります。
自己判断で運動を諦めるのではなく、医師と相談しながら安全に続けられる方法を見つけていきましょう。
- Q子供が診断されました。学校生活での注意点は?
- A
学校の先生(特に担任や体育の先生、養護教諭)にお子さんが運動誘発喘息であることを伝え、理解と協力を得ることが最も重要です。
運動前の予防薬の使用や体育の授業での配慮、発作が起きた時の対応などをまとめた書類(学校生活管理指導表など)を医師に作成してもらい、学校に提出すると良いでしょう。
- Q薬はいつまで続ける必要がありますか?
- A
治療期間は個々の患者さんの重症度や、喘息の基礎疾患の有無によって異なります。運動時のみ症状が出る場合は運動前にだけ薬を使います。
長期管理薬が必要な場合は気道の炎症が十分に改善するまで、数ヶ月から年単位で治療を続けることもあります。
定期的に診察を受け、医師と相談しながら治療方針を決めていきます。
- Qどんなスポーツなら安全ですか?
- A
一般的には水泳やウォーキング、武道、球技の中でも比較的動きが断続的な野球などが推奨されます。
しかし最も大切なのは、ご自身(またはお子さん)が「楽しい」と感じて続けられることです。
適切な予防と治療を行えば、多くのスポーツは安全に楽しむことが可能です。どんなスポーツをしたいか、まずは医師に相談してみてください。
以上
参考にした論文
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