「コンコン」という痰の絡まない乾いた咳が長く続いていませんか。
熱や喉の痛みといった他の症状がないのに咳だけが続く場合、それは単なる風邪のなごりではなく、気道に何らかの異常が起きているサインかもしれません。特に咳喘息やアトピー咳嗽といったアレルギーが関わる病気の可能性も考えられます。
この記事では乾いた咳とは何か、その特徴と主な原因、そして隠れている可能性のある病気と対処法について呼吸器内科の専門医が詳しく解説します。
乾いた咳とは?痰が絡む咳との違い
咳にはいくつかの種類があり、その性質によって原因となる病気を推測する手がかりになります。まずは「乾いた咳」がどのようなものか正しく理解しましょう。
咳の役割と種類
咳は気道内に入ったホコリやウイルス、過剰な分泌物などを体外に排出するための重要な防御反応です。
咳は痰を伴うかどうかによって、大きく「乾いた咳(乾性咳嗽)」と「湿った咳(湿性咳嗽)」の2つに分けられます。
乾いた咳(乾性咳嗽)の特徴
乾いた咳は、その名の通り痰がほとんど出ないか、出ても少量でサラサラしている咳を指します。「コンコン」「コホコホ」といった音が特徴で、一度出始めると発作のように連続して出ることがあります。
気道の粘膜が炎症を起こしたり、過敏になったりしているときに起こりやすい咳です。
湿った咳(湿性咳嗽)との見分け方
一方、湿った咳は気道から分泌された痰を伴う咳のことです。「ゴホンゴホン」「ゼロゼロ」といった音が特徴で、咳とともに痰が出るため、すっきりすることがあります。
痰の色や粘り気は原因となる病気によって異なります。
乾いた咳と湿った咳の主な違い
項目 | 乾いた咳(乾性咳嗽) | 湿った咳(湿性咳嗽) |
---|---|---|
音の表現 | コンコン、コホコホ | ゴホンゴホン、ゼロゼロ |
痰の有無 | ほとんどない、または少量 | あり |
主な原因 | 気道の過敏性、炎症初期 | 気道からの分泌物増加 |
なぜ乾いた咳は長引きやすいのか
乾いた咳は気道が刺激に対して過敏になっている状態で起こります。
そのため、わずかな刺激(会話、気温差、ホコリなど)でも咳が誘発されやすく、咳をすること自体がさらに気道を刺激して、次の咳を呼ぶという悪循環に陥りやすいのです。
このことにより、症状が長引く傾向にあります。
長引く乾いた咳の主な原因
乾いた咳が3週間以上続く場合、単なる風邪ではない可能性を考えます。ここでは長引く乾いた咳の代表的な原因をいくつか紹介します。
風邪の治りかけ(感染後咳嗽)
風邪やインフルエンザなどのウイルス感染症が治った後も咳だけが数週間にわたって続く状態です。ウイルスによって気道の粘膜がダメージを受け、一時的に過敏になっているために起こります。
自然に軽快することが多いですが、症状が強い場合は治療が必要です。
アレルギー反応による気道の過敏性
ダニ、ハウスダスト、花粉、カビといったアレルゲンを吸い込むことで気道にアレルギー性の炎症が起こり、咳が出やすくなります。
この状態が後述する「咳喘息」や「アトピー咳嗽」の土台となります。
胃酸の逆流による刺激(胃食道逆流症)
胃の内容物、特に強い酸性である胃酸が食道に逆流することで食道の粘膜や喉が刺激され、咳の原因となることがあります。
胸やけや呑酸(酸っぱいものが上がってくる感じ)などの症状を伴うことが多いですが、咳だけが症状として現れることもあります。
乾いた咳の主な原因疾患
原因 | 特徴 | 関連する診療科 |
---|---|---|
感染後咳嗽 | 風邪などの後に咳だけが残る | 呼吸器内科、内科 |
咳喘息・アトピー咳嗽 | アレルギーが関与し、特定の状況で悪化 | 呼吸器内科、アレルギー科 |
胃食道逆流症 | 胸やけなどを伴うことがある。食後に悪化しやすい | 消化器内科 |
その他の原因(薬の副作用・心因性など)
頻度は低いですが、高血圧の治療薬の一部(ACE阻害薬)の副作用として、乾いた咳が出ることがあります。
また、精神的なストレスが原因で咳が出る「心因性咳嗽」や、会話中に咳が出やすくなる「習慣性咳嗽」なども長引く乾いた咳の原因となり得ます。
【要注意】乾いた咳から考えられる病気「咳喘息」
長引く乾いた咳の原因として最も頻度が高く、また注意が必要なのが「咳喘息」です。
放置すると本格的な気管支喘息に移行する可能性があるため、早期の診断と治療が重要です。
咳喘息の症状と特徴
咳喘息は気管支喘息のような「ゼーゼー」「ヒューヒュー」という喘鳴や呼吸困難はなく、乾いた咳だけが唯一の症状であることが最大の特徴です。
風邪薬や一般的な咳止めはほとんど効きません。
咳が出やすい時間帯や状況
咳喘息の咳は特定の時間帯や状況で悪化しやすい傾向があります。ご自身の咳のパターンを把握することが診断の手がかりになります。
咳喘息の咳を誘発する主な要因
- 就寝時や深夜から早朝にかけて
- 季節の変わり目、気温差
- 会話、電話、笑った時
- 運動、タバコの煙、ホコリ
気管支喘息との違いと移行リスク
咳喘息は気道が狭くなる程度が軽いため喘鳴は起こりませんが、気道に慢性的な炎症があるという点では気管支喘息と同じです。
適切な治療を受けずに放置すると、約3割が本格的な気管支喘夕に移行するといわれています。
咳喘息と気管支喘息の比較
項目 | 咳喘息 | 気管支喘息 |
---|---|---|
主な症状 | 咳のみ | 咳、喘鳴、呼吸困難 |
聴診音 | 正常 | ゼーゼー、ヒューヒュー |
治療薬 | 気管支拡張薬や吸入ステロイド薬が有効 | 気管支拡張薬や吸入ステロイド薬が有効 |
咳喘息の診断と治療法
診断は症状の経過や特徴を詳しく聞き取ることが基本となります。治療では気管支拡張薬や気道の炎症を根本から抑える吸入ステロイド薬を使用します。
これらの薬で症状が改善することが咳喘息の診断的な治療にもなります。
【要注意】乾いた咳から考えられる病気「アトピー咳嗽」
咳喘息と非常によく似た病気に「アトピー咳嗽」があります。こちらも長引く乾いた咳が特徴ですが、治療法が少し異なります。
アトピー咳嗽の症状と特徴
アトピー咳嗽はアレルギー体質の人に多く見られます。
咳喘息と同様に喘鳴はなく乾いた咳が続きますが、特に喉のイガイガ感やかゆみ、むずがゆさを強く伴うのが特徴です。
咳喘息との違い
咳喘息とアトピー咳嗽を見分ける上で重要なのが、薬への反応の違いです。
咳喘息に有効な気管支拡張薬はアトピー咳嗽にはほとんど効果がありません。代わりにアレルギーを抑える抗ヒスタミン薬が効果を示すことが多いです。
咳喘息とアトピー咳嗽の鑑別ポイント
項目 | 咳喘息 | アトピー咳嗽 |
---|---|---|
主な症状 | しつこい乾いた咳 | 喉のイガイガ感を伴う乾いた咳 |
アレルギー素因 | 関連あり | 強く関連あり |
有効な薬 | 気管支拡張薬、吸入ステロイド薬 | 抗ヒスタミン薬、吸入ステロイド薬 |
アトピー咳嗽の診断と治療法
診断は症状の特徴やアレルギー素因の有無、薬への反応などから総合的に判断します。治療では原因となるアレルゲンの回避を基本とし、抗ヒスタミン薬や吸入ステロイド薬を使用します。
アトピー咳嗽は咳喘息と異なり、本格的な喘息に移行することはまれとされています。
乾いた咳の原因を見分けるポイント
長引く乾いた咳の原因は多岐にわたるため、ご自身の症状を詳しく観察することが正しい診断への第一歩となります。
咳以外の症状に注目する
咳だけでなく、他にどんな症状があるかにも注目しましょう。
例えば胸やけがあれば胃食道逆流症、鼻水や鼻づまりがあればアレルギー性鼻炎や副鼻腔炎が咳の原因となっている可能性があります。
咳が出るタイミングや季節
「夜寝るときにひどくなる」「春になると必ず咳が出る」など症状が悪化する時間帯や季節は、原因を推測する上で大きなヒントになります。
夜間や早朝の咳は咳喘息、特定の季節の咳は花粉アレルギーが関連している可能性が高いです。
危険なサインを見逃さない
長引く乾いた咳の中には、まれに肺がんや間質性肺炎、結核といった重篤な病気が隠れていることもあります。
次のような症状を伴う場合は放置せずにできるだけ早く医療機関を受診してください。
受診を急ぐべき危険なサイン
- 痰に血が混じる(血痰)
- 息苦しさ、呼吸困難
- 原因不明の体重減少や発熱
- 胸の痛み
呼吸器内科で行う検査と診断
乾いた咳の原因を正確に診断するため、呼吸器内科では問診に加えて必要に応じていくつかの検査を行います。
丁寧な問診と聴診
診断で最も重要なのは、患者さんから症状の経過を詳しく聞くことです。
聴診器で胸の音を聞き、喘鳴などの異常な音がないかを確認します。乾いた咳が主症状の病気では、聴診で異常が見つからないことも多いです。
胸部X線(レントゲン)検査
肺炎や肺がん、結核など肺自体に異常がないかを確認するための基本的な検査です。咳喘息やアトピー咳嗽では通常、X線写真に異常は写りません。
呼吸機能検査と気道過敏性検査
息を吸ったり吐いたりして肺の機能や気道が狭くなっていないかを調べる検査です。咳喘息の診断補助や気管支喘息との鑑別に役立ちます。
また、薬を吸入して気道がどれくらい刺激に敏感になっているかを調べる気道過敏性検査を行うこともあります。
呼吸器内科での主な検査
検査名 | 目的 |
---|---|
胸部X線検査 | 肺の器質的な病気の有無を確認する |
呼吸機能検査 | 気道が狭くなっていないか(喘息の可能性)を調べる |
アレルギー検査 | 原因となるアレルゲンを特定する |
自宅でできる乾いた咳の対処法とセルフケア
専門的な治療と並行して日々のセルフケアで気道への刺激を減らすことも症状の緩和に役立ちます。
室内の加湿と換気
空気が乾燥すると気道の粘膜が刺激を受けやすくなります。加湿器などを利用して、室内の湿度を50~60%程度に保ちましょう。
また、定期的な換気で室内のホコリやアレルゲンを減らすことも大切です。
こまめな水分補給
喉を潤すことは気道粘膜を保護し、刺激を和らげるのに役立ちます。水やぬるま湯、麦茶などを少しずつ、こまめに飲むようにしましょう。
気道を刺激しない生活習慣
タバコの煙は気道にとって最大の刺激物です。禁煙はもちろん、受動喫煙も避ける必要があります。
また、大声で話しすぎたり歌いすぎたりすることも喉への負担となるため、症状が強いときは控えましょう。
咳を和らげるセルフケアのポイント
対策 | 具体的な方法 |
---|---|
喉を潤す | こまめな水分補給、のど飴をなめる |
湿度を保つ | 加湿器の使用、濡れタオルを干す |
刺激を避ける | 禁煙、マスクの着用、刺激物の少ない食事 |
乾いた咳に関するよくある質問(Q&A)
最後に、長引く乾いた咳について患者さんからよくいただく質問にお答えします。
- Q乾いた咳が続く場合、何科を受診すればよいですか?
- A
咳が3週間以上続く場合は呼吸器内科の受診をお勧めします。
咳の原因は多岐にわたるため、咳を専門とする医師の診察を受けるのが最も確実です。
必要に応じて耳鼻咽喉科や消化器内科など他の専門科と連携して診断・治療を進めます。
- Q市販の咳止めは効果がありますか?
- A
咳喘息やアトピー咳嗽が原因の場合、市販の咳止め薬はほとんど効果が期待できません。
原因となっている気道の炎症やアレルギー反応を抑えない限り、根本的な解決にはなりません。
市販薬を漫然と使い続けることで診断が遅れてしまう可能性もあるため、症状が続く場合は早めに受診してください。
- Q子供の乾いた咳で注意すべきことは何ですか?
- A
子供の長引く咳も咳喘息などが原因のことが多いですが、大人とは異なる病気(マイコプラズマ、百日咳など)の可能性も考える必要があります。
また、気道に異物を吸い込んでしまっている可能性(気道異物)も否定できません。お子さんの咳が長引く場合は、まずかかりつけの小児科医に相談することが大切です。
- Q乾いた咳は周りの人にうつりますか?
- A
咳の原因によります。風邪などのウイルス感染による咳は咳やくしゃみの飛沫を介してうつる可能性があります。
しかし咳喘息やアトピー咳嗽、胃食道逆流症などが原因の咳は感染症ではないため、周りの人にうつる心配はありません。
以上
参考にした論文
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