「咳喘息の治療を続けているのに、なかなか咳が治まらない」「薬を止めるとすぐに再発してしまう」とお悩みではありませんか。

咳喘息は正しい治療を継続することが重要な病気ですが、治療効果を妨げる原因や生活習慣が隠れていることも少なくありません。

この記事では咳喘息が治りにくい理由、治療が長引く原因、そして症状を悪化させないための具体的な生活習慣について呼吸器専門医の視点から詳しく解説します。

そもそも咳喘息とは?気管支喘息との違い

咳喘息が治らない理由を考える前に、まずはこの病気について正しく理解することが大切です。

咳喘息は一般的な「喘息」とは少し異なる特徴を持っています。

咳だけが長く続く気道の病気

咳喘息は慢性的に気道(空気の通り道)に炎症が起きている病気です。この炎症により気道が過敏になり、さまざまな刺激に対して咳発作が起こりやすくなります。

風邪をひいた後などに発症することが多く、一度始まると数週間から数ヶ月にわたって咳だけが続きます。

喘鳴(ゼーゼー)がないのが特徴

典型的な気管支喘息では咳とともに「ゼーゼー」「ヒューヒュー」という喘鳴や息苦しさが現れます。

一方、咳喘息ではこれらの症状はなく、唯一の症状が「しつこい咳」であることが最大の特徴です。このため喘息だと気づかずに、長引く風邪だと自己判断してしまうケースも少なくありません。

咳喘息と気管支喘息の主な違い

項目咳喘息気管支喘息
主な症状咳のみ(乾いた咳)咳、痰、喘鳴、呼吸困難
呼吸機能検査正常なことが多い気道が狭くなる所見が見られる
聴診異常な呼吸音はないゼーゼー、ヒューヒューという音が聞こえる

気管支喘息に移行する可能性

咳喘息は喘鳴がないからといって安心できるわけではありません。適切な治療を受けずに放置すると気道の炎症が悪化し、約3割の方が本格的な気管支喘息に移行すると言われています。

そうなる前に咳喘息の段階でしっかりと治療を開始し、気道の炎症を抑えることが重要です。

なぜ咳喘息は治らないと感じるのか?治療の基本

「薬を使っているのに治らない」と感じる背景には咳喘息の治療の特性が関係しています。治療の目的と、なぜ継続が必要なのかを理解しましょう。

治療の主役は「吸入ステロイド薬」

咳喘息の治療の基本は気道の炎症を直接抑える「吸入ステロイド薬」です。この薬を毎日継続して使用することで過敏になっている気道の状態を鎮め、咳発作を予防します。

一般的な咳止め薬は一時的に咳を抑えるだけですが、吸入ステロイド薬は病気の根本である「炎症」に働きかける治療薬です。

症状が消えても気道の炎症は残っている

治療を始めると咳の症状は比較的速やかに改善しますが、これはあくまで表面的な症状が治まっただけです。気道の奥深くでくすぶっている炎症はまだ残っています。

この状態で「治った」と自己判断して薬をやめてしまうと残っていた炎症が再び燃え上がり、咳が再発してしまいます。これが「治らない」と感じる最大の理由です。

症状と気道の炎症の関係

状態自覚症状(咳)気道の炎症
治療開始前あり強い
治療開始直後改善してくるまだ残っている
自己判断で中断再発する再び悪化する

自己判断での中断が再発を招く

咳喘息の治療は症状がなくても根気強く続けることが求められます。

医師が「もう大丈夫でしょう」と判断するまで処方された薬を継続することが、再発を防ぎ将来の気管支喘息への移行を防ぐ鍵となります。

この継続の重要性を理解することが、治療の第一歩です。

治療が効かない?効果を妨げる隠れた原因

真面目に治療を続けているのになかなか症状が改善しない場合、治療効果を妨げる別の要因が隠れている可能性があります。一度ご自身の状況を振り返ってみましょう。

アレルギーの原因物質(アレルゲン)の存在

咳喘息の背景にはアレルギー体質が関与していることが多くあります。

ホコリ、ハウスダスト、ダニ、カビ、ペットのフケ、花粉といったアレルゲンに日常的にさらされていると、気道の炎症がなかなか鎮まりません。

治療と並行して、これらのアレルゲンを生活環境から遠ざける努力が必要です。

主な吸入アレルゲンと対策

  • ハウスダスト・ダニ:こまめな掃除、寝具の管理
  • カビ:水回りの清掃、除湿
  • ペットのフケ:飼育環境の工夫、こまめな清掃
  • 花粉:飛散時期のマスク着用、帰宅時の衣服のケア

喫煙や受動喫煙の影響

タバコの煙は気道の炎症を悪化させる最大の要因の一つです。ご自身が喫煙している場合はもちろん、ご家族など周りの人が吸うタバコの煙(受動喫煙)も治療効果を著しく低下させます。

咳喘息を本気で治したいと考えるなら、禁煙は必須の条件です。

他の病気が合併している可能性

咳の原因が咳喘息だけではない場合もあります。

例えばアレルギー性鼻炎や副鼻腔炎があると、鼻水が喉に流れる「後鼻漏」が咳を誘発します。また、胃酸が逆流して食道や喉を刺激する「胃食道逆流症(GERD)」も長引く咳の原因となります。

これらの病気が合併している場合は咳喘息の治療と同時に、そちらの治療も行う必要があります。

咳を長引かせる合併症の例

合併症主な症状関連する診療科
アレルギー性鼻炎・副鼻腔炎鼻水、鼻づまり、後鼻漏耳鼻咽喉科
胃食道逆流症(GERD)胸やけ、呑酸(酸っぱいものが上がる)消化器内科

【自己チェック】薬の使い方が間違っていませんか?

吸入ステロイド薬は正しく使えて初めて十分な効果を発揮します。

自分では正しく使っているつもりでも、無意識のうちに間違った使い方をしていることがあります。今一度、基本に立ち返って確認してみましょう。

吸入薬を正しく吸えていますか

吸入薬は薬剤の粉末やミストを深く吸い込み、気道の奥まで届ける必要があります。

「吸うタイミングと噴射のタイミングが合っていない」「吸い込む力が弱すぎる」といった理由で、薬剤が口の中に付着するだけで、肝心の気道に届いていないケースが少なくありません。

初回指導時の手順を思い出し、不安な場合は医師や薬剤師に再度確認しましょう。

決められた回数・量を守っていますか

吸入薬は毎日決まった時間に医師から指示された回数を使用することが大切です。

症状が良いからといって勝手に回数を減らしたり使い忘れたりすると血中濃度が不安定になり、気道の炎症を十分に抑えることができません。

毎日の習慣として生活の中に組み込む工夫が必要です。

吸入後のうがいを忘れていませんか

吸入ステロイド薬を使った後は必ずうがいをする必要があります。このひと手間を怠ると口の中に残った薬剤が原因で声がかすれたり、カンジダというカビの一種が繁殖したりする副作用が起こることがあります。

うがいができない場合は水を飲むだけでも効果があります。

吸入薬の正しい使い方チェックリスト

チェック項目ポイント
吸入方法息をしっかり吐ききってから、深くゆっくり吸い込めているか。
用法・用量医師に指示された回数と量を、毎日守れているか。
吸入後のケア使用後に必ずうがい、または水を飲んでいるか。

咳喘息を悪化させる日常生活の落とし穴

治療を妨げるのは病気や薬の使い方だけではありません。日々の何気ない生活習慣の中にも、咳喘息を悪化させる要因が潜んでいます。

ストレスや過労による自律神経の乱れ

過度のストレスや睡眠不足、疲労の蓄積は自律神経のバランスを乱し、免疫機能を低下させます。このことにより気道が刺激に対してより敏感になり、咳発作が起こりやすくなります。

心身の休息を十分にとり、リラックスできる時間を作ることが症状の安定につながります。

気温差や気圧の変化

咳喘息の患者さんは気温や気圧の変化に敏感です。季節の変わり目や寒い屋外から暖かい室内へ入った時、台風が近づいている時などに咳が悪化することがあります。

こうした刺激を完全に避けることは難しいですが、マスクや服装で温度変化を和らげるなどの工夫が有効です。

風邪やインフルエンザなどの感染症

風邪やインフルエンザなどのウイルス感染は咳喘息の症状を悪化させる最大の引き金(トリガー)となります。

普段は落ち着いている人でも、感染症にかかることで気道の炎症が一気に悪化し、激しい咳が再燃することがあります。

日頃からの手洗いやうがい、人混みを避けるなどの感染対策が重要です。

咳喘息の主な増悪因子

  • ウイルス・細菌感染
  • ストレス・過労
  • 気温・気圧の変化
  • アレルゲン(ハウスダスト・花粉など)

症状をコントロールし再発を防ぐ生活習慣

咳喘息と上手に付き合っていくためには薬による治療と並行して、気道に優しい生活を心がけることが大切です。日々の少しの工夫が症状の安定と再発予防につながります。

環境整備の基本(掃除・換気)

アレルゲンを減らすための環境整備は咳喘息のコントロールに欠かせません。特に一日の多くの時間を過ごす寝室は重要です。

こまめな掃除機がけや寝具の洗濯・天日干し、定期的な換気を行い、ホコリやダニが少ないクリーンな環境を保ちましょう。

バランスの取れた食事と体調管理

特定の食品が咳喘息を治すわけではありませんが、体の免疫機能を正常に保つためには栄養バランスの取れた食事が基本です。暴飲暴食を避け、規則正しい食生活を心がけましょう。

また、肥満は呼吸器に負担をかけるため、適正体重の維持も大切です。

生活習慣改善のポイント

項目具体的な行動例目的
環境整備こまめな掃除、換気、寝具のケアアレルゲンの除去
食事栄養バランスの取れた食事、暴飲暴食を避ける免疫機能の維持、体重管理
体調管理十分な睡眠、ストレス解消、感染予防自律神経の安定、増悪因子の回避

刺激物を避ける工夫

タバコの煙はもちろんのこと、線香や花火の煙、強い香水、殺虫剤のスプレーなども気道を刺激し、咳を誘発することがあります。

また、アルコールの摂取によって血管が広がり、気道の炎症が悪化することもあります。ご自身にとって咳の引き金となるものを把握し、できるだけ避けるようにしましょう。

咳喘息の治療期間とゴール

「この治療はいつまで続くのか」という疑問は、多くの患者さんが抱く不安です。治療期間の目安と、目指すべきゴールについて解説します。

治療は数ヶ月から年単位で考える

咳喘息の治療は残念ながら数週間で終わるものではありません。気道の炎症をしっかりと鎮め、安定した状態を維持するためには、少なくとも数ヶ月、場合によっては年単位での治療継続が必要です。

焦らず、じっくりと病気と向き合う姿勢が大切です。

治療のゴールは「症状ゼロ」の状態維持

咳喘息治療のゴールは単に咳をなくすことではありません。「薬を使いながら咳などの症状がなく、健康な人と変わらない日常生活を送れる状態」を維持することが目標です。

そして、その安定した状態をできるだけ長く保ち、可能であればより少ない薬でコントロールできるようになることを目指します。

治療段階の目安

ステップ状態目標
初期治療咳症状が頻繁にあるまず症状をなくし、安定させる
維持期症状がコントロールされている良い状態を維持し、再発を防ぐ
寛解期薬の減量・中止を検討する治療が不要な状態を目指す

薬を減量・中止できるタイミング

症状が長期間にわたって安定し、呼吸機能検査などでも問題が見られない状態が続けば、医師の判断で薬の減量や中止を検討することができます。

ただし、この判断は非常に慎重に行う必要があります。自己判断で中断せず、必ず医師の指示に従ってください。

咳喘息が治らないと感じる方へのよくある質問(Q&A)

最後に、治療が長引く咳喘息について患者さんから寄せられることの多い質問にお答えします。

Q
薬をずっと使い続けても大丈夫?副作用は?
A

吸入ステロイド薬は飲み薬のステロイドと異なり、ごく微量の薬が気道に直接作用するため、全身への影響は非常に少なく、長期にわたって安全に使用できる薬です。

正しく使用していれば重い副作用の心配はほとんどありません。

ただし、声がれや口内カンジダといった局所的な副作用を防ぐため、吸入後のうがいは必ず実行してください。

Q
妊娠中も治療は続けられますか?
A

妊娠中や授乳中も咳喘息の治療は安全に続けることが可能です。

むしろ、治療を中断して咳発作を繰り返すことの方が母体や胎児への負担が大きくなる可能性があります。

使用できる薬の種類を考慮する必要があるため、妊娠を希望する場合や妊娠がわかった場合は、必ずかかりつけの呼吸器内科医と産婦人科医に相談してください。

Q
咳喘息は完治しないのでしょうか?
A

咳喘息は高血圧や糖尿病のような体質的な側面を持つ慢性疾患と考えるのが一般的です。

そのため「完治」という言葉は使いにくいですが、適切な治療と自己管理によって薬がなくても症状が出ない「寛解」という状態を目指すことは十分に可能です。

病気がないのと同じように生活できるようになることが現実的なゴールと言えます。

Q
市販薬で対応できますか?
A

市販の咳止め薬や風邪薬では咳喘息の原因である気道の炎症を抑えることはできません。

一時的に咳が軽くなったように感じても根本的な解決にはならず、かえって治療の開始が遅れてしまう可能性があります。

「咳が長引くな」と感じたら自己判断で市販薬を使い続けず、早期に呼吸器内科を受診することが重要です。

以上

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