「ゼーゼー、ヒューヒュー」という喘鳴はないのに、なぜか咳だけが2か月以上も続いている。そんなつらい症状の原因は、もしかしたら「咳喘息」かもしれません。
咳喘息は、その名の通り咳が主な症状となる喘息の一種ですが、典型的な喘息とは異なるため診断が難しい場合があります。
この記事では咳喘息を確定するための診断基準や、呼吸器内科で行うアレルギー検査、呼吸機能検査などの具体的な診察内容について専門医の視点から分かりやすく解説します。
咳喘息とは?一般的な喘息との違い
咳喘息は長引く咳の原因として非常に多い病気の一つです。しかし、一般的な気管支喘息とは異なる特徴を持つため、正しく理解することが重要です。
喘鳴や呼吸困難がないのに咳だけが続く
気管支喘息の典型的な症状である「ゼーゼー、ヒューヒュー」という喘鳴や、明らかな息苦しさが咳喘息にはありません。
主な症状は、しつこく続く乾いた咳のみです。このため単なる風邪の後の咳や気管支炎と間違われやすく、適切な治療が遅れてしまうことがあります。
咳喘息と気管支喘息の主な違い
項目 | 咳喘息 | 気管支喘息 |
---|---|---|
主な症状 | 咳のみ(乾いた咳が中心) | 咳、痰、喘鳴、呼吸困難 |
喘鳴(ゼーゼー) | なし | あり |
自然治癒 | まれにある | ほとんどない |
気道の過敏性が高まっている状態
咳喘息の根本には気管支喘息と同じく「気道のアレルギー性炎症」があります。
この炎症により気道が非常に敏感な状態(気道過敏性)になっており、健康な人なら反応しないような些細な刺激でも咳のスイッチが入ってしまいます。
咳を誘発しやすい刺激
- 冷たい空気、タバコの煙、ハウスダスト
- 会話、運動、笑うこと
- 気温差、季節の変わり目
- ストレス、疲労
気管支喘息への移行リスク
咳喘息を治療せずに放置すると約3割の人が本格的な気管支喘息に移行すると言われています。咳だけだった症状に喘鳴や呼吸困難が加わるようになり、治療がより難しくなる可能性があります。
そうなる前に咳の段階でしっかりと気道の炎症を抑える治療を始めることが大切です。
咳喘息の診断基準
咳喘息の診断は一つの検査だけで決まるものではなく、いくつかの特徴的な症状や検査結果を総合的に評価して行います。
日本呼吸器学会が示す診断基準が基本となります。
8週間以上続く咳
診断の第一条件は他の病気を伴わない咳が8週間以上続くことです。
3週間未満の咳は「急性咳嗽」、3週間から8週間は「遷延性咳嗽」と呼ばれ、風邪の後の咳(感染後咳嗽)などの可能性も考えます。
8週間以上続く「慢性咳嗽」で初めて咳喘息が強く疑われます。
喘鳴や呼吸困難を伴わない
聴診器で胸の音を聞いても喘息特有のゼーゼー、ヒューヒューという音が聞こえないことが診断基準の一つです。
患者さん自身も息苦しさを自覚することはほとんどありません。
気管支拡張薬が有効
これが咳喘息の診断において最も重要なポイントです。気管支を広げる薬(気管支拡張薬)を使うことで咳の症状が著しく改善します。
この反応を見るために診断的治療として気管支拡張薬を処方し、その効果を確認することがあります。
咳喘息の診断基準チェックリスト
診断項目 | 内容 |
---|---|
期間 | 喘鳴を伴わない咳が8週間以上続いている |
聴診所見 | 喘鳴(ゼーゼー、ヒューヒュー)が聞こえない |
アレルギー素因 | アトピー素因が認められることが多い |
治療反応性 | 気管支拡張薬に反応し、咳が改善する |
他の病気の除外
長引く咳の原因は咳喘息以外にも様々です。
アトピー咳嗽、副鼻腔気管支症候群、逆流性食道炎、感染後咳嗽など、似た症状を持つ他の病気の可能性がないかを問診や検査を通じて一つひとつ丁寧に見分けていく必要があります。
診断の第一歩「詳細な問診」
正確な診断のためには患者さんからの情報が何よりも重要です。医師は咳の具体的な様子や生活背景について詳しくお話を伺います。
咳の性質や持続期間の確認
「いつから咳が始まったか」「どのような咳か(乾いているか、痰が絡むか)」「一日の中で特に咳が出やすい時間帯はいつか」といった情報は診断の大きな手がかりです。
夜間や早朝に咳が悪化するのは、咳喘息によく見られる特徴です。
咳が出やすい状況や時間帯
「会話をすると咳き込む」「エアコンの風にあたると咳が出る」「季節の変わり目にひどくなる」など、咳の引き金となる状況を具体的に教えていただくことで、気道の過敏性の存在を推測します。
アレルギー歴や家族歴の聴取
ご自身にアトピー性皮膚炎やアレルギー性鼻炎などのアレルギー疾患があるか、ご家族に喘息やアレルギー体質の方がいるかどうかも重要な情報です。
咳喘息はアレルギー素因を持つ人に多く見られます。
問診で医師に伝えてほしいポイント
項目 | 具体的な内容 |
---|---|
咳について | 始まった時期、音、痰の有無、ひどくなる時間帯 |
きっかけ | 咳が出やすくなる状況(会話、運動、気温差など) |
既往歴・家族歴 | アレルギーの有無、家族の喘息歴など |
気道の状態を調べる「呼吸機能検査」
呼吸機能検査(スパイロメトリー)は肺の働きや気道の状態を客観的に評価するための重要な検査です。咳喘息の診断や、気管支喘息との鑑別に役立ちます。
スパイロメトリー検査の役割
マウスピースをくわえ、最大限息を吸い込んだ後に勢いよく最後まで吐き出す検査です。
この時に測定する「1秒量(最初の1秒間に吐き出せる空気の量)」や「肺活量」などから、気道が狭くなっていないかを評価します。
咳喘息では、この検査結果が正常範囲内であることが多いです。
気道可逆性試験(気管支拡張薬の効果測定)
スパイロメトリー検査で気道の狭窄が見られた場合や、喘息が疑われる場合に行います。
まず一度検査を行い、その後、気管支拡張薬を吸入していただき、15~30分後にもう一度検査をします。
2回目の検査で1秒量が著しく改善すれば気道に可逆的な狭窄がある、つまり喘息である可能性が非常に高いと判断します。
気道過敏性試験
気道がどれくらい敏感になっているかを調べる検査です。
アセチルコリンなどの薬剤を薄い濃度から段階的に吸入し、どの濃度で咳が出たり、気道が狭くなったりするかを測定します。
咳喘息の診断を確定させるために行うことがありますが、検査中に咳を誘発するため、実施できる施設は限られます。
アレルギー素因を探るための検査
咳喘息はアレルギーとの関連が深いため、アレルギー体質の有無や気道のアレルギー性炎症の程度を調べる検査を行います。
血液検査(特異的IgE抗体検査)
血液検査で特定のアレルゲン(スギ、ダニ、ハウスダスト、カビなど)に対する抗体(特異的IgE抗体)を持っているかを調べます。
この検査で陽性反応が出れば、その物質がアレルギー症状の原因である可能性が高いことがわかります。
血液検査で調べられる主なアレルゲン
分類 | アレルゲンの例 |
---|---|
吸入性アレルゲン | スギ、ヒノキ、ダニ、ハウスダスト、犬・猫のフケ、カビ |
食物性アレルゲン | 卵、牛乳、小麦、そば、エビ、カニなど |
呼気NO(一酸化窒素)濃度測定
吐いた息(呼気)に含まれる一酸化窒素(NO)の濃度を測定する簡単な検査です。気道にアレルギー性の炎症(好酸球性炎症)があると、このNO濃度が高くなります。
咳喘息や気管支喘息では数値が高くなる傾向があり、診断の補助や治療効果の判定に非常に役立ちます。
喀痰検査(好酸球の確認)
痰が出る場合に、その中に含まれる細胞の種類を顕微鏡で調べる検査です。
アレルギー性の炎症があると、白血球の一種である「好酸球」が多く見られます。この所見は咳喘息や気管支喘息の診断を裏付ける有力な証拠となります。
他の病気と見分けるための検査
長引く咳の原因は多岐にわたるため、咳喘息以外の病気の可能性を否定しておくことが正確な診断には重要です。
胸部X線(レントゲン)検査の重要性
咳の原因として、肺炎や肺結核、肺がんといった重篤な病気が隠れていないかを確認するために、胸部X線検査は必ず行います。
咳喘息ではX線写真に異常な影は写りません。この検査で異常がないことを確認することが、診断の前提となります。
副鼻腔炎や逆流性食道炎の確認
鼻水や鼻づまりがひどい場合は副鼻腔炎(蓄膿症)が咳の原因になっている可能性があります。また、胸やけや胃酸が上がってくる感じがある場合は逆流性食道炎が咳を誘発していることも考えられます。
問診でこれらの症状が疑われれば、耳鼻咽喉科や消化器内科と連携して診断を進めることもあります。
咳喘息とアトピー咳嗽の違い
アトピー咳嗽は咳喘息と非常によく似た病気ですが、治療法が異なります。
喉のイガイガ感を強く訴えることが多く、咳喘息の診断の鍵となる気管支拡張薬が効かないのが最大の違いです。この治療への反応性の違いによって、両者を見分けます。
咳喘息とアトピー咳嗽の鑑別ポイント
項目 | 咳喘息 | アトピー咳嗽 |
---|---|---|
主な症状 | 乾いた咳 | 喉のイガイガ感を伴う乾いた咳 |
気管支拡張薬の効果 | 有効 | 無効 |
第一選択薬 | 吸入ステロイド薬 | 抗ヒスタミン薬、吸入ステロイド薬 |
よくある質問
咳喘息の診断について、患者様からよくいただく質問にお答えします。
- Q咳喘息の診断は難しいのですか?
- A
はい、難しい場合があります。咳喘息は、喘鳴など特徴的な身体所見に乏しく、呼吸機能検査でも正常なことが多いためです。このため、問診で症状の経過を詳しく伺うことや、気管支拡張薬への反応を見るといった診断的治療が非常に重要になります。長引く咳に悩んだら、専門である呼吸器内科の受診をお勧めします。
- Q検査にはどのくらいの時間がかかりますか?
- A
問診と診察、胸部X線検査、呼吸機能検査、呼気NO測定までで、通常30分~1時間程度です。
血液検査は採血のみですぐに終わりますが、結果が出るまでに数日かかります。
時間を要する検査もありますので、時間に余裕を持って受診いただくとスムーズです。
- Q検査費用はどのくらいかかりますか?
- A
行う検査の種類によって異なりますが、保険診療(3割負担)の場合、初診で胸部X線検査、呼吸機能検査、血液検査などを行うと、おおよそ5,000円から10,000円程度が目安となります。
あくまで目安であり、診察内容によって変動しますのでご了承ください。
- Q診断がついたら、どのような治療をしますか?
- A
咳喘息の治療の基本は気道の炎症を抑える「吸入ステロイド薬」です。
症状が良くなったからといって自己判断でやめず、医師の指示通りに続けることが再発や本格的な喘息への移行を防ぐために最も重要です。
症状に応じて気管支拡張薬や抗アレルギー薬を併用することもあります。
以上
参考にした論文
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