一度出始めると止まらない、顔が赤くなるほど激しく咳き込む、夜中に咳の発作で目が覚める。このようなつらい咳は「発作性咳嗽(ほっさせいがいそう)」かもしれません。

特に、百日咳に代表されるこの咳は、単なる風邪とは異なり、適切な対応が必要です。

この記事では、発作性咳嗽の基本的な情報から、考えられる原因、症状の特徴、医療機関での検査や治療法、そして日常生活での注意点まで、詳しく解説します。

発作性咳嗽とは何か

発作性咳嗽とは、その名の通り「発作的に」起こる「激しい咳」のことを指します。

通常の風邪などで見られる「コンコン」といった咳とは異なり、短い咳が連続して起こり、一度始まるとしばらく止まらないという特徴があります。

この咳は体力を大きく消耗させ、日常生活に支障をきたすことも少なくありません。

激しく咳き込む特徴的な咳

発作性咳嗽は、けいれん性の咳とも呼ばれます。息を吸う間もなく、立て続けに「ケンケンケン」と激しい咳が出ることが特徴です。

この一連の咳発作の終わりには、息を大きく吸い込む際に「ヒュー」という笛のような音が聞こえることもあります。この音は特に百日咳で顕著に見られます。

あまりの激しさに、嘔吐や失禁を伴ったり、顔が赤くなったり、目の血管が切れて充血したりすることもあります。

普通の風邪の咳との違い

風邪による咳は、通常、発熱や鼻水、喉の痛みといった他の症状とともに現れ、数日から1週間程度で軽快に向かいます。

一方、発作性咳嗽は、他の症状がほとんどないか、あっても軽いにもかかわらず、激しい咳だけが長く続くことがあります。特に、2週間以上咳が続く場合は、風邪以外の原因を考える必要があります。

風邪の咳と発作性咳嗽の比較

項目普通の風邪の咳発作性咳嗽
咳の出方単発的、比較的軽い連続的、激しく咳き込む
持続期間多くは1週間以内に改善2週間以上、時に数ヶ月続く
伴う症状発熱、鼻水、喉の痛みなど咳以外の症状は軽いか、ない場合もある

発作が起こりやすい時間帯や状況

発作性咳嗽は、特定の状況で誘発されやすい傾向があります。特に、夜間から早朝にかけて症状が悪化することが多く、睡眠を妨げる原因となります。

その他にも、冷たい空気や乾燥した空気を吸い込んだとき、タバコの煙や香水の匂い、会話、食事中など、些細な刺激が引き金となって激しい咳発作が始まることがあります。

発作性咳嗽の主な原因

発作性咳嗽を引き起こす原因は一つではありません。最もよく知られているのは百日咳ですが、その他にも様々な感染症やアレルギー性の疾患が背景にある可能性があります。

原因を正しく特定することが、適切な治療への第一歩となります。

主な原因の分類

分類代表的な原因特徴
細菌感染百日咳菌、マイコプラズマ抗菌薬による治療が有効な場合がある
ウイルス感染RSウイルス、アデノウイルスなど対症療法が中心となる
アレルギー性咳喘息、気管支喘息アレルゲンの回避や吸入薬が重要

細菌感染(百日咳、マイコプラズマ)

百日咳は、百日咳菌という細菌に感染することで起こります。その名の通り、咳が100日(約3ヶ月)ほど長く続くことから名付けられました。

大人が感染すると、特徴的な症状が出にくく、単なるしつこい咳として見過ごされることもあります。マイコプラズマ感染症も、乾いたしつこい咳が長く続くことが特徴で、発熱を伴うこともあります。

ウイルス感染

RSウイルスやアデノウイルス、ヒトメタニューモウイルスなども、激しい咳を引き起こすことがあります。特に乳幼児では重症化しやすく、細気管支炎や肺炎に進行する可能性があるため注意が必要です。

これらのウイルス感染症は、冬場に流行する傾向があります。

咳喘息や気管支喘息

咳喘息は、気道が過敏になって炎症が起こり、咳だけが長く続く病気です。気管支喘息のようにゼーゼー、ヒューヒューといった喘鳴(ぜんめい)や呼吸困難はありませんが、発作的な激しい咳が特徴です。

アレルギー体質の人に多く見られ、風邪をひいた後や季節の変わり目、寒暖差などで悪化しやすくなります。

その他の原因

上記以外にも、発作性咳嗽の原因となるものはいくつか考えられます。

  • アレルギー性鼻炎(後鼻漏)
  • 副鼻腔炎(蓄膿症)
  • 胃食道逆流症(GERD)
  • 特定の降圧薬の副作用

特に後鼻漏(こうびろう)は、鼻水が喉の奥に垂れ込むことで咳を誘発する状態で、咳の原因として見過ごされがちです。

また、胃酸が食道へ逆流する胃食道逆流症でも、喉が刺激されて慢性的な咳が出ることがあります。

百日咳による発作性咳嗽の特徴

発作性咳嗽の原因として特に注意したいのが百日咳です。感染力が非常に強く、ワクチン未接種の乳児がかかると命に関わることもあります。

近年では、ワクチンの効果が薄れた大人の感染も増えており、家庭内や職場での集団感染の原因となることがあります。

特有の咳の音(レプリーゼ)

百日咳の咳は非常に特徴的です。短い咳が間断なく連続する「スタッカート」と呼ばれる咳き込みがあり、その発作の最後に、息を大きく吸い込むときに「ヒューッ」という笛のような音が聞こえます。

これを「レプリーゼ(whoop)」と呼びます。ただし、大人の場合はこの典型的な症状が出ないことも多く、判断が難しい場合があります。

大人と子供の症状の違い

百日咳の症状は、年齢によって大きく異なります。特に乳児期早期(生後6ヶ月未満)の感染は、咳よりも無呼吸発作やチアノーゼ(顔色が悪くなること)が主な症状となることがあり、大変危険です。

百日咳の年齢による症状の違い

年齢層主な症状注意点
乳児(生後6ヶ月未満)無呼吸発作、チアノーゼ、けいれん咳は目立たないことがあり、命の危険性が高い
幼児・学童特徴的な発作性の咳(レプリーゼ)、嘔吐夜間の咳き込みが激しい
思春期以降・成人長く続く頑固な咳、軽い咳き込み非典型的で診断が遅れがち。感染源になりやすい

ワクチン接種と感染リスク

日本では、百日咳を含む四種混合ワクチン(DPT-IPV)の定期接種が行われています。しかし、ワクチンの効果は永続的ではなく、年齢とともに免疫力が低下していきます。

最後の接種から時間が経過した学童期以降や大人は、再び感染するリスクが高まります。そのため、咳が長引く場合はワクチン接種歴があっても百日咳の可能性を否定できません。

周囲への感染力と注意点

百日咳は咳やくしゃみによってうつる飛沫感染で、感染力が非常に強い感染症です。特に咳が出始めてから約2週間は最も感染力が強い時期とされています。

家族や職場の同僚など、周囲の人にうつしてしまう可能性があります。

特に、ワクチン未接種の赤ちゃんがいる家庭では、大人が感染源にならないよう、咳が続く場合は早めに医療機関を受診することが重要です。

症状から考える受診の目安

激しい咳が続くと、いつ病院に行けばよいのか、どの診療科を選べばよいのか迷うかもしれません。ここでは、受診を考えるべき症状の目安と、受診時のポイントを解説します。

このような症状があれば医療機関へ

単なる咳と自己判断せず、以下のような症状が見られる場合は、早めに医療機関を受診することを勧めます。

受診を推奨する症状の例

症状考えられる状態
2週間以上咳が続いている単なる風邪ではない可能性
咳で夜眠れない、嘔吐する症状が重く、生活に支障が出ている
息を吸うときに「ヒュー」という音がする百日咳やクループ症候群などの可能性

何科を受診するべきか

どの診療科を受診すればよいかは、症状や年齢によって異なります。一般的な目安は以下の通りです。

  • 大人の場合:呼吸器内科、一般内科、耳鼻咽喉科
  • 子供の場合:小児科

咳以外の症状(鼻水、喉の痛み、発熱など)もあれば、まずはかかりつけの内科や小児科に相談するのがよいでしょう。咳喘息などが疑われる場合は、呼吸器内科が専門となります。

医師に伝えるべき情報

診断の手がかりとなるため、受診の際にはできるだけ詳しく症状を伝えることが大切です。以下の点を整理しておくと、診察がスムーズに進みます。

  • いつから咳が出始めたか
  • どのような咳か(乾いた咳、痰が絡む咳、犬が吠えるような咳など)
  • 咳が出やすい時間帯や状況
  • 他にどんな症状があるか(発熱、鼻水、痰、息苦しさなど)
  • 周囲(家族、職場)で同じような症状の人がいるか

医療機関で行う検査

医療機関では、問診や診察に加えて、原因を特定するためにいくつかの検査を行います。咳の原因によって必要な検査は異なります。

問診と聴診の重要性

まず基本となるのが問診です。医師は、患者さんから伝えられる症状の詳しい情報をもとに、原因となる病気を推測します。

次に、聴診器を使って胸の音を聞き、肺や気管支に異常な音(喘鳴や水泡音など)がないかを確認します。この診察だけで、ある程度の診断がつくこともあります。

原因を特定するための検査

問診や診察で得られた情報から、さらに詳しい検査が必要だと判断された場合に行います。

発作性咳嗽の主な検査

検査の種類目的どのような場合に実施するか
胸部X線(レントゲン)検査肺炎や気管支炎などの有無を確認する肺炎の併発が疑われる場合や、他の肺疾患を除外するため
血液検査炎症反応の程度や、特定病原体への抗体を確認する全身の炎症状態の把握、百日咳やマイコプラズマの診断補助
呼吸機能検査気道の狭さや肺の機能を調べる咳喘息や気管支喘息が疑われる場合

百日咳を診断するための特異的な検査

百日咳が強く疑われる場合には、診断を確定させるために特別な検査を行います。どの検査が適しているかは、咳が始まってからの期間によって異なります。

  • 培養検査・遺伝子検査(PCR法):鼻の奥を綿棒でぬぐって菌を検出します。咳の出始め(2週間以内)に有効性が高い検査です。
  • 抗体検査:血液を採取して、百日咳菌に対する抗体が体内で作られているかを調べます。咳が始まってから2週間以上経過している場合に有用です。

発作性咳嗽の治療法

発作性咳嗽の治療は、その原因によって異なります。原因となっている病気の治療と、つらい咳の症状を和らげる治療を並行して行います。

原因に応じた薬物療法

治療の基本は、原因となっている病気に対する薬物療法です。例えば、百日咳やマイコプラズマのような細菌感染が原因であれば抗菌薬を使用します。

咳喘息や気管支喘息であれば、気道の炎症を抑える吸入ステロイド薬や、気管支を広げる気管支拡張薬が中心となります。

原因別の主な薬物療法

原因主な治療薬期待される効果
百日咳マクロライド系抗菌薬菌の増殖を抑え、感染拡大を防ぐ
咳喘息吸入ステロイド薬、気管支拡張薬気道の炎症を抑え、咳発作を予防する
胃食道逆流症胃酸分泌抑制薬胃酸の逆流を抑え、喉への刺激を減らす

咳発作を和らげるための対症療法

原因に対する治療と同時に、つらい咳を少しでも楽にするための対症療法も行います。

鎮咳薬(ちんがいやく)や去痰薬(きょたんやく)などが処方されますが、発作性咳嗽、特に百日咳の激しい咳には、一般的な市販の咳止め薬は効きにくいことが多いです。

医師の診断のもと、症状に合った薬を処方してもらうことが大切です。

回復を助けるセルフケア

薬による治療だけでなく、日々の生活の中でのセルフケアも回復を早めるためには重要です。十分な休息と栄養をとり、体力の消耗を防ぎましょう。

咳で体内の水分が失われやすくなるため、こまめな水分補給も忘れないようにしてください。

日常生活で気をつけること

治療中や回復期において、日常生活での少しの工夫が咳発作の予防や症状の緩和につながります。ご自身や家族ができることを知り、実践してみましょう。

咳発作を誘発する要因を避ける

どのような時に咳が出やすいかを意識し、その誘因を避けるように心がけます。特に、タバコの煙は気道を強く刺激するため、本人だけでなく家族も禁煙(または分煙)の協力が必要です。

主な咳の誘発因子と対策

誘発因子具体的な対策
乾燥した空気加湿器の使用、濡れタオルを干す、マスクの着用
タバコの煙禁煙、受動喫煙を避ける
寒暖差外出時の服装の工夫(マフラーなど)、急に冷たい場所へ行かない

適切な湿度と温度の管理

空気が乾燥すると、喉や気管支の粘膜が傷つきやすくなり、咳が出やすくなります。加湿器などを利用して、室内の湿度を50~60%程度に保つとよいでしょう。

また、室温も快適に保ち、急激な温度変化を避けることが大切です。

栄養と休息の重要性

激しい咳は非常に体力を消耗します。体の抵抗力を維持し、回復を促すために、栄養バランスの取れた食事と十分な睡眠を確保することが重要です。

食事が一度にたくさんとれない場合は、消化の良いものを少しずつ、何回かに分けてとるように工夫しましょう。

マスクの着用と感染対策

マスクの着用は、咳による飛沫の飛散を防ぎ、周囲への感染拡大を予防する上で効果的です。また、自分の喉の湿度を保ち、外部からの刺激(冷たい空気やホコリなど)を減らす効果も期待できます。

咳エチケットを守り、手洗いを徹底することも、自分と周りの人を守るために大切です。

よくある質問

最後に、発作性咳嗽に関して患者さんからよく寄せられる質問とその回答をまとめました。

Q
発作性咳嗽は自然に治りますか?
A

原因によっては自然に軽快することもありますが、百日咳や咳喘息のように、適切な治療を行わないと症状が長引いたり、悪化したりする病気が隠れている可能性があります。

特に咳が2週間以上続く場合や、日常生活に支障が出るほど激しい場合は、自己判断で様子を見ずに医療機関に相談することが重要です。

Q
咳止め薬は効果がありますか?
A

市販の咳止め薬には様々な種類がありますが、発作性咳嗽の原因によっては効果が期待できないばかりか、かえって症状を分かりにくくしてしまうこともあります。

例えば、百日咳の激しい咳にはほとんど効果がないとされています。また、痰を出しやすくするべき状態の時に強力な咳止めを使うと、気道に痰がたまりやすくなることもあります。

まずは医師の診断を受け、原因に合った適切な薬を処方してもらうことが最善です。

Q
家族にうつさないためにできることは何ですか?
A

原因が百日咳などの感染症である場合、家庭内での感染対策が非常に重要です。以下の点を心がけてください。

  • 咳エチケット(咳・くしゃみの際にマスクやティッシュ、袖で口・鼻を覆う)を徹底する
  • こまめな手洗い、手指の消毒を行う
  • 可能であれば、ワクチン未接種の乳幼児や妊婦との接触を避ける
  • 使用したティッシュはすぐに蓋付きのゴミ箱に捨てる

患者さん本人だけでなく、同居する家族も協力して感染対策を行うことが、感染の連鎖を断ち切るために必要です。

Q
完治までどのくらいかかりますか?
A

完治までの期間は、原因や重症度、治療開始のタイミングによって大きく異なります。

例えば、百日咳の場合、適切な抗菌薬治療を早期に開始すれば菌の排出は短期間で止まりますが、咳の症状自体は数週から数ヶ月続くことがあります。

咳喘息の場合は、症状が良くなっても気道の炎症は続いていることが多く、自己判断で治療を中断すると再発しやすいため、医師の指示に従って根気よく治療を続けることが大切です。

以上

参考にした論文

MORICE, A. H.; MCGARVEY, Lorcan; PAVORD, I. Recommendations for the management of cough in adults. Thorax, 2006, 61.suppl 1: i1-i24.

SPANEVELLO, Antonio, et al. Chronic cough in adults. European journal of internal medicine, 2020, 78: 8-16.

KARDOS, P. Management of cough in adults. Breathe, 2010, 7.2: 122-133.

GOH, Chin. Managing cough in adults: is there a serious underlying cause?. MODERN MEDICINE, 2013.

DE BLASIO, Francesco, et al. Cough management: a practical approach. Cough, 2011, 7: 1-12.

HOLZINGER, Felix, et al. The diagnosis and treatment of acute cough in adults. Deutsches Ärzteblatt International, 2014, 111.20: 356.

KARDOS, P., et al. German Respiratory Society guidelines for diagnosis and treatment of adults suffering from acute, subacute and chronic cough. Respiratory medicine, 2020, 170: 105939.

PEROTIN, Jeanne-Marie, et al. Managing patients with chronic cough: challenges and solutions. Therapeutics and clinical risk management, 2018, 1041-1051.

SENZILET, Linda D., et al. Pertussis is a frequent cause of prolonged cough illness in adults and adolescents. Clinical infectious diseases, 2001, 32.12: 1691-1697.

MARCHELLO, Christian S., et al. Clinical management decisions for adults with prolonged acute cough: Frequency and associated factors. The American journal of emergency medicine, 2019, 37.9: 1681-1685.