糖尿病治療で毎日使う超速効型インスリン。特に「ノボラピッド」と「ヒューマログ」は、多くの方が使用している代表的なインスリン製剤です。

ご自身の治療でどちらか一方を使っていても、「もう一方とは何が違うのだろう?」と疑問に思ったことはありませんか。

この記事では、ノボラピッドとヒューマログの作用時間の違いやそれぞれの特徴、正しい使い方、注意点までを分かりやすく比較しながら解説します。

ご自身の治療への理解を深め、安心して日々の血糖管理に取り組むための一助となれば幸いです。

超速効型インスリンとは?基本的な役割を理解する

血糖値を下げるインスリンの働き

私たちの体は、食事で摂取した炭水化物(糖質)をブドウ糖に分解し、エネルギー源として利用します。

このブドウ糖を血液中から細胞に取り込む際に、ドアを開ける鍵のような役割を果たすのが「インスリン」というホルモンです。

インスリンが正常に働くことで、血液中のブドウ糖濃度、すなわち血糖値は適切な範囲に保たれます。

糖尿病は、このインスリンの分泌が不足したり、働きが悪くなったりすることで血糖値が高い状態が続く病気です。

食後高血糖を抑える超速効型インスリン

食事をすると血糖値は上昇しますが、健康な人の場合、すい臓からタイミングよくインスリンが追加分泌され、食後の血糖値の上昇は緩やかに抑えられます。

インスリン療法では、この食後の追加分泌を補う目的で「超速効型インスリン」や「速効型インスリン」を使用します。

特に超速効型インスリンは、注射後すぐに効果が現れ始め、短時間で作用するため、食後の急激な血糖値の上昇(食後高血糖)を効果的に抑えることが可能です。

主な超速効型インスリン製剤の種類

現在、日本で使用されている主な超速効型インスリンにはいくつかの種類があります。それぞれ有効成分が異なり、ごくわずかですが作用の仕方に特徴があります。

代表的な超速効型インスリン製剤

販売名一般名(有効成分)
ノボラピッド注インスリン アスパルト
ヒューマログ注インスリン リスプロ
アピドラ注インスリン グルリジン

この記事では、この中でも特に使用頻度の高いノボラピッドとヒューマログに焦点を当てて解説を進めます。

ノボラピッドの作用と特徴

作用発現とピーク時間

ノボラピッドは、有効成分を「インスリン アスパルト」とする超速効型インスリン製剤です。注射後、速やかに効果が現れるのが大きな特徴で、食事によって上昇する血糖値を的確に抑えます。

個人差はありますが、一般的に注射してから10分から20分ほどで効果が出始めます。

作用が最も強くなる時間帯(ピーク)は、注射後およそ1時間から3時間の間です。食事のタイミングとインスリン作用のピークを合わせることで、効率よく食後高血糖を改善します。

持続時間と効果の範囲

ノボラピッドの効果が持続する時間も比較的短く、およそ3時間から5時間です。この作用時間の短さにより、次の食事までの間に低血糖を起こすリスクを軽減できるという利点があります。

作用時間が短い分、毎食前の注射が必要になります。

ノボラピッドの作用時間(目安)

項目時間
作用発現時間約10~20分
作用ピーク時間約1~3時間
作用持続時間約3~5時間

ノボラピッドが選択される場合

ノボラピッドは、その速やかな作用発現から、多くの1型糖尿病や2型糖尿病の患者さんの食後高血糖管理に用いられます。

特に、食事の時間が不規則になりがちな方や、食後高血糖が顕著な場合に選択されやすい傾向があります。また、妊娠中の血糖管理や、小児の糖尿病治療においても広く使用されている実績があります。

最終的には、患者さん一人ひとりの血糖値の動きやライフスタイルを考慮して、医師が総合的に判断します。

ヒューマログの作用と特徴

作用発現とピーク時間

ヒューマログは、有効成分を「インスリン リスプロ」とする超速効型インスリン製剤です。ノボラピッドと同様に、注射後の作用発現が非常に速いのが特徴です。

注射後およそ15分以内に効果が現れ始め、食後の血糖上昇に素早く対応します。

血糖値を下げる作用が最も強くなる時間(ピーク)は、注射後30分から1時間半ほどとされています。ノボラピッドと比較すると、作用のピークがやや早く現れる傾向が見られます。

持続時間と効果の範囲

ヒューマログの作用持続時間は、およそ2時間から5時間です。この特性により、次の食事までの間の低血糖リスクを抑えながら、食後の血糖値を効果的に管理することが可能です。

ノボラピッドと同じく、毎食前の注射で食後高血糖をコントロールします。

ヒューマログの作用時間(目安)

項目時間
作用発現時間約15分以内
作用ピーク時間約30分~1.5時間
作用持続時間約2~5時間

ヒューマログが選択される場合

ヒューマログも、ノボラピッドと同様に幅広い糖尿病患者さんの食後血糖管理に使用される薬剤です。

特に、食後すぐに血糖値が急上昇するタイプの患者さんに対して、その速い作用の立ち上がりが有効な場合があります。

また、インスリンポンプ(CSII)療法においても広く用いられています。どちらの薬剤がより適しているかは、血糖値のパターンやインスリンへの反応性など、個々の状態によって異なります。

ノボラピッドとヒューマログの主な違いを比較

作用時間の微妙な差

ノボラピッドとヒューマログは、どちらも優れた超速効型インスリンであり、その作用には大きな違いはありません。しかし、添付文書などの情報に基づくと、作用のピーク時間にわずかな差が見られます。

ヒューマログの方が、ノボラピッドに比べて作用のピークがやや早く、短く訪れるとされています。

ただし、これはあくまで平均的なデータであり、実際の効果の現れ方には個人差が大きいため、体感として明らかな違いを感じない方も多くいます。

作用時間の比較まとめ

項目ノボラピッドヒューマログ
作用発現約10~20分約15分以内
作用ピーク約1~3時間約30分~1.5時間
作用持続約3~5時間約2~5時間

製剤の組成と添加物の違い

有効成分であるインスリンアナログ(アスパルトとリスプロ)が異なるのはもちろんですが、薬剤の安定性を保つために含まれる添加物にも違いがあります。

ほとんどの場合、この添加物の違いが効果に影響を及ぼすことはありません。

しかし、ごく稀に特定の添加物に対してアレルギー反応などを示す方もいるため、注射部位の発赤やかゆみが続く場合は、薬剤の変更を検討する一因となる可能性があります。

臨床現場での使い分けの考え方

臨床の現場では、両剤に優劣があるとは考えられていません。どちらも安全で効果的な薬剤です。

医師は、患者さんの血糖変動パターン、食事の内容や量、ライフスタイル、インスリンへの反応性などを総合的に評価し、より適していると考えられる方を選択します。

例えば、食後すぐに血糖値が上がる方にはピークが早いヒューマログを、比較的ゆっくり上がる方にはノボラピッドを、といった考え方で処方することもありますが、その逆がうまくいくケースもあり、画一的な基準はありません。

もし現在のインスリンで血糖コントロールに難渋している場合は、もう一方の薬剤へ変更することで改善が見られることもあります。

超速効型インスリンの正しい使い方

注射のタイミングは食直前が基本

超速効型インスリンは、その名の通り効果の発現が非常に速いため、食事の直前(「いただきます」の直前)に注射するのが基本です。一般的には食事の15分前から食直前の間に注射します。

食事のかなり前に注射してしまうと、食事による血糖値の上昇よりも先にインスリンの効果が現れ、低血糖を引き起こす危険があります。

逆に、食後に注射すると、インスリンの効果が血糖値の上昇に追いつかず、食後高血糖の原因となります。

正しい注射部位と手技

インスリンは、皮下脂肪の多い場所に注射します。

吸収が安定しているため、一般的には腹部(おへその周り5cm程度を除く)、大腿部(太ももの外側)、上腕部(腕の外側)、臀部(おしり)が注射部位として推奨されています。

  • 腹部
  • 大腿部
  • 上腕部
  • 臀部

毎回同じ場所に注射を続けると、皮膚が硬くなったり(硬結)、脂肪が萎縮したりしてインスリンの吸収が悪くなることがあります。このことをインスリン・リポディストロフィーと呼びます。

これを防ぐため、毎回注射する場所を2~3cmずつずらす「部位のローテーション」が非常に重要です。

注射部位のローテーション例

注射部位吸収速度注意点
腹部速い最も吸収が安定している。
上腕部やや速い自分では注射しにくい場合がある。
大腿部遅い運動すると吸収が速まることがある。
臀部最も遅い吸収が安定しているが、自分では見にくい。

単位数の調整と考え方

インスリンの単位数は、食事の炭水化物量や食前の血糖値に応じて調整することがあります。これを「カーボカウント」や「スライディングスケール」と呼びます。

例えば、いつもより多くご飯を食べる時は単位数を増やし、食前の血糖値が高い時は補正のために単位数を上乗せする、といった方法です。

この調整方法は、専門的な知識が必要なため、必ず医師や医療スタッフの指導のもとで行ってください。自己判断で単位数を大きく変更することは、高血糖や低血糖の原因となり危険です。

打ち忘れた場合の対処法

食事の直前に超速効型インスリンを打ち忘れた場合の対処法は、忘れたことに気づいたタイミングによって異なります。

  • 食事の途中や食後すぐ
  • 次の食事の直前

食事中や食後すぐに気づいた場合は、思い出した時点ですぐに注射してください。

ただし、食事の量が進んでいる場合は、通常の単位数から少し減らして注射するなど、状況に応じた調整が必要な場合があります。

次の食事の前に気づいた場合は、打ち忘れた分は注射せず、その回の注射のみを行ってください。二回分をまとめて注射することは、重篤な低血糖を招くため絶対にしてはいけません。

判断に迷う場合は、必ずかかりつけの医師に相談してください。

使用上の注意点と副作用

低血糖の症状と対処法

インスリン療法で最も注意が必要な副作用が「低血糖」です。血糖値が下がりすぎることで、様々な症状が現れます。

低血糖は、インスリンの量が多すぎた場合、食事の量が少なかった場合、空腹時の運動などが原因で起こりやすくなります。

低血糖の主な症状

軽度~中等度重度
冷や汗、動悸、手の震え、強い空腹感、不安感意識がもうろうとする、異常な行動、けいれん、昏睡

冷や汗や手の震えなどの症状を感じたら、我慢せずにすぐ対処することが大切です。対処法は、ブドウ糖(10g)や、ブドウ糖を含むジュース(150~200ml)、または砂糖(20g)を摂取することです。

摂取後15分ほど安静にし、可能であれば血糖値を測定します。それでも回復しない場合や血糖値が低いままの場合は、もう一度同じ量を摂取します。

意識がなくなるような重い低血糖の場合は、自分では対処できないため、周りの人に救急車を呼んでもらう必要があります。

注射部位の皮膚トラブル

前述したリポディストロフィーの他に、注射部位に発赤、かゆみ、腫れなどが生じることがあります。

多くは一時的なものですが、症状が続いたり、悪化したりする場合はアレルギー反応の可能性も考えられます。注射部位のローテーションを徹底するとともに、気になる症状があれば医師に相談してください。

保管方法と有効期限の管理

インスリン製剤は温度管理が重要な薬剤です。適切な保管ができていないと、薬剤の効果が弱まってしまう可能性があります。

インスリン製剤の保管方法

状態保管場所注意点
未使用(開封前)冷蔵庫(2~8℃)凍結させないように注意する。
使用中(開封後)室温(30℃以下)高温や直射日光を避ける。

使用中の製剤は、冷蔵庫から出し入れすると温度変化で効果が不安定になることがあるため、室温で保管します。

一度使用を開始したインスリンは、製品によって異なりますが、通常4週間以内に使い切るようにしてください。

よくある質問

Q
ノボラピッドとヒューマログは自己判断で変更できますか?
A

絶対に自己判断で変更しないでください。ノボラピッドとヒューマログは似た作用を持つ薬剤ですが、効果の現れ方には個人差があります。

変更が必要な場合は、必ず医師が血糖値のデータなどを基に判断し、単位数の調整なども含めて指示します。

インスリンの種類や量を自己判断で変更することは、血糖コントロールを大きく乱す原因となり大変危険です。

Q
食事の内容によってインスリンの単位数を変える必要はありますか?
A

はい、変える必要があります。特に炭水化物の量に合わせて単位数を調整する方法(カーボカウント)は、血糖コントロールを良好に保つ上で非常に有効です。

ただし、この調整には専門的な知識と訓練が必要です。

ご自身の判断だけで単位数を変更するのではなく、まずは医師や管理栄養士に相談し、正しい方法を学んでから実践するようにしてください。

Q
風邪をひいた時(シックデイ)はどうすればよいですか?
A

風邪や発熱、下痢、嘔吐など、体調が悪い時を「シックデイ」と呼びます。シックデイには、食事ができなくてもストレスホルモンの影響で血糖値が上昇することがあります。

そのため、自己判断でインスリンを中断するのは非常に危険です。食事がとれない場合でも、医師の指示に従い、基礎インスリン(持効型など)は継続し、超速効型インスリンは血糖値に応じて調整します。

こまめな水分補給と血糖測定を行い、食事が全くとれない、高血糖が続く、嘔吐が止まらないなどの場合は、すぐに医療機関に連絡してください。

Q
注射を痛くなく打つコツはありますか?
A

いくつかコツがあります。まず、注射器の針は毎回新しいものに交換しましょう。再利用すると針先が鈍くなり、痛みの原因になります。

注射する際は、皮膚に対して針をまっすぐ刺し、ゆっくりと薬液を注入します。注入後はすぐに針を抜かず、5~10秒ほど待ってから抜くと、薬液の漏れを防ぎ、痛みも感じにくくなります。

また、注射部位の筋肉がリラックスしている状態で打つこともポイントです。

どうしても痛みが強い場合は、針の長さを短いものに変更するなどの方法もありますので、医師や看護師に相談してみてください。

参考にした論文