混合型インスリンは、1回の注射で食後の血糖値上昇を抑えるインスリンと、次の食事までの血糖値を安定させるインスリンの両方を補うことができる、糖尿病治療で広く用いられるお薬です。

しかし、その効果を最大限に引き出し、安全に治療を続けるためには、インスリンの作用時間を正しく理解し、ご自身の食事の時間に合わせて適切なタイミングで注射することが重要です。

この記事では、混合型インスリンの基本的な知識から、種類ごとの作用時間、正しい注射のタイミング、低血糖への対処法まで、専門的な観点から分かりやすく解説します。

混合型インスリンの基本的な知識

糖尿病治療においてインスリン療法は、血糖値をコントロールするための重要な選択肢の一つです。その中でも混合型インスリンは、多くの患者さんの生活に合わせて使いやすいように工夫された製剤です。

まずは、その基本的な特徴について理解を深めましょう。

混合型インスリンの構成要素

混合型インスリンは、その名の通り、2種類のインスリン製剤をあらかじめ一つの製剤に混ぜ合わせたものです。

具体的には、食事による急激な血糖値の上昇を抑える「速効型」または「超速効型」インスリンと、持続的に作用して空腹時の血糖値を安定させる「中間型」インスリンで構成されています。

インスリン製剤の組み合わせ

組み合わせ食後の血糖値を抑える成分空腹時の血糖値を抑える成分
超速効型+中間型超速効型インスリン中間型インスリン
速効型+中間型速効型インスリン中間型インスリン

この組み合わせにより、1日に何度も注射をする必要がなくなり、注射回数を減らすことが可能になります。多くの場合、1日2回(朝・夕)の注射で血糖コントロールを目指します。

他のインスリン製剤との違い

インスリン製剤には混合型以外にも、作用する時間や目的によっていくつかの種類があります。

それぞれの特徴を理解することで、なぜ混合型インスリンが処方されているのか、その理由がより明確になります。

例えば、超速効型や速効型は食直前(または食事30分前)に注射し、食事による血糖値の上昇だけを抑えます。

一方、持効型溶解インスリンは1日1回注射することで、食事に関わらず1日を通して基礎的なインスリン分泌を補います。混合型は、これらのうち2つの役割を1本で担う点が大きな違いです。

主なインスリン製剤の役割

インスリンの種類主な役割注射のタイミング
超速効型・速効型食後の血糖値上昇を抑える毎食前
中間型・持効型空腹時の血糖値を安定させる1日1回または2回
混合型両方の役割を併せ持つ1日1回または2回

混合型インスリンが処方されるケース

混合型インスリンは、注射回数を減らしながらも、ある程度の血糖コントロールが見込めるため、様々な患者さんに処方されます。

特に、1日に何度も注射をすることが難しい方や、生活リズムが比較的規則正しい方にとって有用な治療法です。また、インスリン治療を始める初期段階で、治療への負担を軽減する目的で選択することもあります。

混合型インスリンの種類と作用時間

混合型インスリンには、含まれる成分の組み合わせや比率によっていくつかの種類が存在します。

ご自身が使用しているインスリンの作用時間を知ることは、食事のタイミングを決めたり、低血糖を防いだりするために非常に大切です。

超速効型と中間型の組み合わせ

現在、主流となっている混合型インスリンの多くは、超速効型インスリンと中間型インスリンを組み合わせたアナログ製剤です。注射後すぐに効果が現れ始め、食後の血糖値を速やかに低下させます。

その後、中間型インスリンの効果が持続し、次の食事までの血糖値を安定させます。

超速効型の割合が高い製剤(例 50%配合)は、食後の血糖値が上がりやすい方に適しています。一方、割合が低い製剤(例 25%や30%配合)は、比較的バランスの取れた効果が期待できます。

代表的な超速効型混合インスリン

製剤名(例)超速効型の割合特徴
ノボラピッド30ミックス注30%標準的な混合比率
ヒューマログミックス25注25%標準的な混合比率
ヒューマログミックス50注50%食後高血糖の改善をより重視

速効型と中間型の組み合わせ

速効型インスリンと中間型インスリンを組み合わせたヒトインスリン製剤もあります。こちらは超速効型を含む製剤に比べて、効果が現れるのが少し緩やかで、作用時間もやや長い傾向があります。

食事の30分前に注射する必要があるなど、アナログ製剤とは使い方に違いがあります。

アナログ製剤とヒトインスリン製剤の違い

インスリン製剤は、製造方法によって「ヒトインスリン製剤」と「アナログ製剤」に大別されます。ヒトインスリン製剤は、人のインスリンと全く同じ構造を持つものです。

一方、アナログ製剤は、遺伝子工学技術を用いてインスリンの構造を一部変更し、作用時間を調整したものです。アナログ製剤は、より人の自然なインスリン分泌パターンに近い作用を示すように設計されています。

製剤による作用の違い

種類作用発現までの時間注射のタイミング
アナログ製剤(超速効型混合)速やか(約10~20分)食直前(15分以内)
ヒトインスリン製剤(速効型混合)緩やか(約30分)食事30分前

作用時間の個人差について

インスリンの作用時間や効果の強さは、注射する量、注射する部位、その日の体調、食事内容、運動量など、様々な要因によって変動します。添付文書や説明書に記載されている作用時間はあくまで目安です。

日々の血糖測定を通じて、ご自身のインスリンの効き方のパターンを把握し、主治医と相談しながら治療を進めることが重要です。

食事の時間に合わせた正しい注射のタイミング

混合型インスリンの効果をしっかり得るためには、食事とのタイミングを合わせることが何よりも重要です。タイミングがずれると、高血糖や低血糖の原因となります。

なぜ注射のタイミングが重要なのか

混合型インスリンに含まれる超速効型(または速効型)インスリンは、食事によって吸収されるブドウ糖が血液中に入ってくるタイミングに合わせて作用するように設計されています。

注射が早すぎると食事の前に血糖値が下がりすぎて低血糖に、遅すぎると食後の血糖値が十分に下がりきらず高血糖になってしまいます。

このことから、正しいタイミングでの注射が血糖コントロールの鍵を握ります。

朝食前の注射タイミング

多くの場合、混合型インスリンは1日2回、朝食前と夕食前に注射します。朝食前の注射は、その日の活動を始める上で非常に重要です。

  • 超速効型混合インスリン:食事の直前(15分以内)
  • 速効型混合インスリン:食事の30分前

注射をしたら、決められた時間内に食事を摂るようにしてください。「いただきます」の直前に注射する習慣をつけると、打ち忘れや食事の摂り忘れを防ぎやすくなります。

夕食前の注射タイミング

夕食前の注射も朝食前と同様のタイミングが基本です。しかし、夕食後の活動量は日中よりも少ないことが多いため、インスリンの量によっては夜間から早朝にかけて低血糖を起こす可能性があります。

特に就寝前の血糖値には注意が必要です。主治医の指示に従い、適切な時間に注射を行いましょう。

食事と注射のタイミング目安

製剤の種類朝食夕食
超速効型混合インスリン食事の直前(15分以内)食事の直前(15分以内)
速効型混合インスリン食事の30分前食事の30分前

食事を抜いた場合の対応

もし食事を摂らない、または著しく食事量が少ない場合は、自己判断で注射を中止せず、必ず主治医や医療機関に相談してください。

食事を摂らないと食後の血糖値上昇がないため、いつも通りに注射をすると重い低血糖を引き起こす危険があります。

あらかじめ、食事を抜いた場合のインスリン量の調整方法について、主治医に確認しておくことが大切です。

混合型インスリンの正しい注射手技

インスリンの効果を安定させるためには、正しい手技で注射することも必要です。毎回の手順を丁寧に行いましょう。

注射前の準備(インスリンの混和)

混合型インスリンは、2種類の成分が混ざっているため、注射の前によく混ぜ合わせる必要があります。

製剤によって混和方法が異なりますが、多くは手のひらで挟んでゆっくり転がしたり、上下にゆっくり振ったりします。

激しく振ると泡立って正確な量が吸えなくなるため、注意が必要です。懸濁液が均一な乳白色になるまで、しっかり混和してください。

注射前の準備物

  • インスリン製剤(ペン型注入器)
  • 専用の注射針
  • アルコール綿
  • 血糖測定器(必要に応じて)

適切な注射部位の選び方

インスリンは皮下脂肪に注射します。皮下脂肪の量によって吸収速度が異なるため、毎回同じ種類の部位に注射することが望ましいです。

一般的に、お腹(腹壁)、お尻(臀部)、太もも(大腿部)、腕(上腕部)に注射します。

このうち、お腹はインスリンの吸収が最も速やかで安定しているため、第一に推奨される部位です。食事のタイミングと効果を合わせやすい利点があります。

注射部位のローテーションの重要性

毎回同じ場所に注射を続けていると、皮膚が硬くなったり(硬結)、脂肪が萎縮したり、逆に増えたりすることがあります。

このような状態になると、インスリンの吸収が悪くなり、効果が不安定になる原因となります。これを防ぐために、注射部位を毎回少しずつずらす「ローテーション」が重要です。

例えば、お腹に注射する場合、前回注射した場所から指2本分(約2~3cm)ずらして注射します。部位を規則的に移動させる計画を立てると、打ち忘れを防ぎ、皮膚への負担を軽減できます。

注射部位のローテーション計画例

期間注射エリアずらし方
1週目お腹の右側上から下へ、毎回2~3cmずつ
2週目お腹の左側上から下へ、毎回2~3cmずつ
3週目右の太ももエリア内で規則的にずらす

注射後の注意点

注射針を刺したまま、注入ボタンを最後までしっかり押し、数秒から10秒程度数えてから針を抜きます。すぐに抜くと、インスリンが漏れ出てしまい、正しい量が注入されない可能性があります。

注射した後は、注射部位をもまないでください。もむとインスリンの吸収が速くなりすぎて、低血糖の原因になることがあります。

低血糖への備えと対処法

インスリン療法を行う上で、最も注意すべき副作用が低血糖です。正しい知識を持ち、いざという時に備えておくことが、安心して治療を続けるために必要です。

低血糖の初期症状

血糖値が下がり始めると、体は警告サインとして様々な症状を出します。初期症状に早く気づき、対処することが重要です。

症状の出方には個人差がありますが、一般的には以下のような症状が現れます。

低血糖の主な症状

初期症状(警告症状)進行した場合の症状
強い空腹感、冷や汗、動悸強い眠気、めまい、頭痛
手足のふるえ、不安感ろれつが回らない、かすみ目

これらの症状を感じたら、我慢せずにすぐに対応してください。

低血糖が起こりやすい状況

低血糖は、インスリンの作用が食事や運動などによる血糖値の変動とバランスが取れなくなった時に起こります。どのような状況で起こりやすいかを知っておきましょう。

  • 食事の時間が遅れた、食事を抜いた
  • インスリンの量を間違えた
  • 予定より激しい運動をした
  • 空腹時に運動をした
  • 飲酒後

低血糖時の具体的な対処法

低血糖の症状を感じたら、まずブドウ糖を摂取してください。ブドウ糖は吸収が速く、速やかに血糖値を上げることができます。

普段からブドウ糖や、ブドウ糖を含むジュースなどを必ず携帯するようにしましょう。

砂糖やチョコレートなどは、ブドウ糖に分解されるまでに時間がかかるため、緊急時の対応としては適していません。まずはブドウ糖を摂り、15分ほど安静にして症状が改善するか確認します。

それでも改善しない場合は、もう一度同じ量を摂取します。もし意識が朦朧とするなど、自分で対処できない場合は、ためらわずに周りの人に助けを求め、救急車を呼んでもらう必要があります。

低血糖時の補食の目安

補食の種類摂取量の目安
ブドウ糖10g
ブドウ糖を含むジュース約150~200ml

日常生活で気をつけるべきポイント

混合型インスリンによる治療は、日常生活そのものが治療の一部となります。食事や運動など、日々の生活習慣とインスリン療法をうまく連携させることが、良好な血糖コントロールにつながります。

食事療法との連携

インスリン療法を行っていても、食事療法が治療の基本であることに変わりはありません。毎日決まった時間に、バランスの取れた食事を、決められたエネルギー量の範囲で摂ることが大切です。

特に、炭水化物の量を一定に保つことは、食後の血糖値の変動を予測しやすくし、インスリンの効果を安定させる上で役立ちます。

運動時の注意点

適度な運動は、血糖コントロールを改善する上で有効です。

しかし、運動によって血糖値が下がりやすくなるため、低血糖には注意が必要です。運動の計画を立てる際は、以下の点に気をつけましょう。

  • 空腹時の運動は避ける
  • 運動前後に血糖値を測定する
  • 運動の強度や時間によっては補食を摂る
  • 運動中はブドウ糖を必ず携帯する

どのような運動をどのくらい行うかについては、事前に主治医に相談し、安全な運動計画を立てることが重要です。

シックデイ(体調不良時)の対応

風邪や発熱、下痢、嘔吐など、体調を崩した時を「シックデイ」と呼びます。シックデイには、食事が摂れなくても、ストレスなどから血糖値が上昇することがあります。

自己判断でインスリンを中断すると、血糖値が著しく上昇し、「糖尿病ケトアシドーシス」などの危険な状態に陥ることがあります。

食事ができない場合でも、水分を十分に摂り、主治医の指示に従ってインスリン注射を続けることが基本です。あらかじめ、体調不良時の対応(シックデイルール)について、主治医とよく相談しておきましょう。

よくある質問

ここでは、混合型インスリンを使用している患者さんからよく寄せられる質問とその回答をまとめました。

Q
注射を打ち忘れたらどうすればよいですか?
A

注射を打ち忘れたことに気づいた時間によって対応が異なります。すぐに気づいた場合は、主治医から指示された時間内であれば注射をしてもよい場合があります。

しかし、次の注射時間に近い場合や、どうすればよいか判断に迷う場合は、自己判断で注射をせず、必ず主治医や医療機関に連絡して指示を仰いでください。

忘れた分をまとめて2回分注射することは、重い低血糖の原因となるため絶対にしてはいけません。

Q
インスリンの保管方法で気をつけることは
A

インスリンは温度管理が重要な薬剤です。未使用のインスリンは、凍結を避け、冷蔵庫(2~8℃)で保管します。

現在使用中のペン型注入器は、冷蔵庫から出して室温(30℃以下)で保管します。高温になる場所や直射日光が当たる場所に放置しないでください。

また、飛行機に乗る際は、預け荷物の中に入れると凍結する可能性があるため、必ず手荷物として機内に持ち込んでください。

Q
旅行や外食の際はどうすればよいですか?
A

旅行や外食は、食事の時間や内容が普段と異なるため、血糖値が乱れやすくなります。事前に計画を立て、主治医に相談しておくことが大切です。

食事のメニューを選ぶ際は、栄養成分表示などを参考にし、炭水化物の量に注意しましょう。

また、時差のある海外へ旅行する場合は、インスリン注射の時間を調整する必要があるため、必ず事前に主治医に相談し、具体的な指示を受けてください。

どのような状況でも対応できるよう、ブドウ糖や血糖測定器、予備のインスリンなどは常に携帯しましょう。

参考にした論文