糖尿病治療で持効型(持続型)インスリンを使っている方で、「毎日同じ時間に打つのが大変」「もし打ち忘れたらどうすればいいの?」と不安に感じていませんか。

持効型インスリンは1日の血糖値を安定させるための土台となる重要な治療です。その効果を最大限に引き出し、安全に治療を続けるためには正しい知識が重要です。

この記事では、持効型インスリンの基本的な役割から主な種類と効果時間、そして最も気になる「打ち忘れ」への具体的な対処法まで、専門的な観点から詳しく解説します。

持効型インスリンとは?基本的な役割を理解する

インスリン療法の中でも、持効型インスリンは血糖コントロールの「基礎」を担う、非常に重要な役割を持っています。

1日の基礎分泌を補うインスリン

健康な人の体では食事とは関係なく、血糖値を一定に保つためにインスリンが少量ずつ常に分泌されています。これを「インスリン基礎分泌」と呼びます。

持効型インスリンは、この基礎分泌を補うことを目的としたお薬です。1回の注射で効果が長時間持続し、食事の有無にかかわらず1日を通して血糖値が大きく変動しないように支えます。

超速効型・速効型インスリンとの違い

食後の血糖値上昇を抑えるために食前に注射するのが超速効型や速効型インスリンです。これらは短時間で効果が現れる一方、作用する時間も短いのが特徴です。

対して持効型インスリンは効果の現れ方が緩やかで、作用時間が長いという正反対の性質を持っています。

インスリン製剤の作用イメージ

インスリンの種類主な役割注射のタイミング
持効型(持続型)1日の基礎を補う毎日決まった時間(1日1〜2回)
超速効型・速効型食後の血糖上昇を抑える毎食直前・前
混合型基礎と追加の両方を補う朝・夕の食前など

なぜ持効型インスリンが必要なのか

食事をしていない睡眠中や空腹時でも私たちの体は肝臓で糖を作り出し、エネルギー源として血液中に供給しています。

インスリンの基礎分泌が不足すると、この肝臓からの糖の放出を抑えられず、早朝の空腹時血糖値が高くなってしまいます。

持効型インスリンはこの働きを補い、1日を通した血糖値の安定化に貢献します。

主な持効型インスリンの種類と効果時間

持効型インスリンにはいくつか種類があり、それぞれ効果の持続時間や特徴が異なります。主治医は患者様の状態に合わせて最適な種類を選択します。

インスリン グラルギン製剤

「ランタス」や「ランタスXR」、「アバスパサラ」といった商品名で知られています。世界で広く使われている持効型インスリンの一つで、効果の持続時間は約24時間です。

XRは、より作用が長く平坦になるように設計されています。

インスリン デテミル製剤

商品名は「レベミル」です。効果の持続時間に個人差があり、1日に1回注射する場合と、2回注射する場合があります。

注射する量によっても作用時間が変わるという特徴があります。

インスリン デグルデク製剤

「トレシーバ」という商品名で知られています。効果の持続時間が約42時間以上と非常に長く、作用が安定しているのが大きな特徴です。

このことにより、毎日の注射時間に多少のずれが生じても血糖値が安定しやすくなっています。

主な持効型インスリン製剤の比較

一般名主な商品名作用持続時間(目安)
インスリン グラルギンランタス、アバスパサラ約24時間
インスリン デテミルレベミル12〜24時間
インスリン デグルデクトレシーバ42時間以上

持効型インスリンの正しい打ち方の基本

お薬の効果を安定させるためには毎日の注射を手技通りに正しく行うことが大切です。基本的なポイントを再確認しましょう。

毎日決まった時間に注射する重要性

持効型インスリンは血中濃度を一定に保つことで安定した効果を発揮します。そのため、毎日なるべく同じ時間に注射することが基本です。

朝食後、夕食後、就寝前など、ご自身の生活の中で最も忘れにくく、続けやすい時間を主治医と相談して決めましょう。

注射部位の選び方とローテーション

インスリンは皮下脂肪に注射します。主に「お腹」「太もも」「お尻」「腕(上腕の外側)」が注射部位となります。

毎回同じ場所に注射を続けると皮膚が硬くなる「硬結」を起こし、インスリンの吸収が悪くなる原因になります。

前回注射した場所から指2〜3本分ずらすなど、部位をローテーションさせることが非常に重要です。

注射部位のローテーション例

曜日注射部位の例
月曜日お腹の右上
火曜日お腹の左上
水曜日右の太もも

皮下注射の正しい手技

注射部位を消毒した後、皮膚を軽くつまみ上げ、針を直角に刺します。

ゆっくりとインスリンを注入し、注入後もすぐに針を抜かずに数秒から10秒程度待ってから抜くことで、薬液の漏れを防ぎます。

詳しい手技は、医療機関で必ず指導を受けてください。

打ち忘れた!時間帯別の具体的な対処法

毎日気をつけていても、うっかり打ち忘れてしまうこともあるかもしれません。慌てずに、しかし自己判断せず、基本的なルールに沿って対応することが大切です。

気づいたのが普段の時間から数時間以内の場合

普段の注射時間からそれほど時間が経っていない場合(例えば1〜2時間程度)は、気づいた時点ですぐにいつもの単位数を注射してください。

そして、次の日の注射は通常通りの時間に行います。

半日以上ずれてしまった場合

普段の時間から大幅に時間がずれてしまった場合の対応は、使用しているインスリンの種類によっても異なります。

特にトレシーバのように作用時間が非常に長い薬剤は、ある程度の時間のずれには対応しやすいですが、原則としてまずは主治医に電話などで指示を仰ぐのが最も安全です。

次の注射時間が近い場合の判断

例えば、夜に打つ注射を朝になって思い出した場合など、次の注射時間の方が近い場合は、忘れた分は注射せず、次の決まった時間にいつもの単位数を注射します。

この場合、一時的に血糖値が高くなる可能性がありますが、2回分を一度に打つ方がはるかに危険です。

打ち忘れ時の基本的な対応方針

状況基本的な対応注意点
数時間以内のずれ気づいた時点ですぐに注射する次の注射はいつも通りの時間に行う
次の注射時間に近い忘れた分は注射せず、次から通常通り高血糖に注意し、血糖測定を行う
判断に迷う場合必ず主治医に相談する自己判断で倍量注射は絶対にしない

絶対に自己判断で2回分を打たない

打ち忘れたからといって、次の機会に2回分をまとめて注射することは絶対にやめてください。インスリンが過剰に作用し、命に関わる重篤な低血糖を引き起こす危険性が非常に高いです。

忘れた分は「1回休み」と考え、次の回から元に戻すのが原則です。

持効型インスリン使用中の注意点

安全に治療を続けるために、インスリン使用中に起こりうる副作用や体調不良時の対応について知っておきましょう。

低血糖の症状と対処法

インスリン治療で最も注意すべき副作用が低血糖です。

持効型インスリンは作用が緩やかなため、重い低血糖は起きにくいとされていますが、可能性はゼロではありません。

  • 強い空腹感、冷や汗
  • 手足のふるえ、動悸
  • 頭痛、目のかすみ

これらの初期症状を感じたら、すぐにブドウ糖や砂糖、糖分を含むジュースなどを摂取してください。

注射部位の硬結(しこり)を防ぐには

毎回同じ場所に注射を続けると、その部分の皮下脂肪が硬く盛り上がったり、逆にへこんだりすることがあります。

この「リポハイパートロフィー」と呼ばれる状態になるとインスリンの吸収が不安定になり、血糖コントロールが乱れる原因になります。

注射部位の観察とローテーションを徹底することが予防の鍵です。

シックデイ(体調不良時)の対応

発熱や嘔吐、下痢など他の病気で体調を崩した時を「シックデイ」と呼びます。

このような時は食事 が摂れなくてもストレスホルモンの影響で血糖値が上がりやすくなるため、自己判断でインスリンを中断してはいけません。

原則として持効型インスリンは継続しますが、必ず主治医に連絡し、その日の対応について指示を受けてください。

シックデイルールの基本

項目対応
インスリン注射自己判断で中止しない。必ず主治医に相談。
水分補給脱水を防ぐため、こまめに水分を摂る。
血糖測定普段より頻回に行い、状態を把握する。

持効型インスリンに関するよくある質問

最後に、患者様からよくいただく質問についてお答えします。

Q
なぜ食前ではなく決まった時間なのですか?
A

持効型インスリンの役割は食事による血糖上昇を直接抑えることではなく、1日を通して分泌されるべき基礎インスリンを補うことだからです。

そのため、食事の時間とは切り離し、毎日決まった時間に注射することで薬の血中濃度を一定に保ち、安定した効果を得ることができます。

Q
打ち忘れるとどうなりますか?
A

基礎インスリンが体から不足した状態になるため、次の注射までの間、血糖値が徐々に上昇していきます。特に朝の空腹時血糖値が高くなる傾向があります。

1回の打ち忘れで直ちに危険な状態になることは稀ですが、血糖コントロールが乱れる原因になります。

打ち忘れが続く場合は、注射時間を変更するなど主治医と対策を相談しましょう。

Q
薬の保管方法はどうすれば良いですか?
A

未使用のインスリン製剤は凍結を避け、冷蔵庫(2〜8℃)で保管します。現在使用中のペン型注入器は、冷蔵庫から出して室温(30℃以下)で保管します。

冷たいままのインスリンを注射すると痛みが強くなるため、使用するものは室温で保管するのが一般的です。

ただし、夏場の車内など高温になる場所には絶対に放置しないでください。

インスリン製剤の保管方法

状態保管場所注意点
未使用冷蔵庫(2〜8℃)凍結させないこと(ドアポケットは避ける)
使用中室温(30℃以下)高温や直射日光を避ける

以上

参考にした論文

ODAWARA, Masato, et al. Effectiveness and safety of insulin glargine 300 unit/mL in Japanese type 2 diabetes mellitus patients: a 12-month post-marketing surveillance study (X-STAR study). Expert opinion on pharmacotherapy, 2020, 21.14: 1771-1780.

WATADA, Hirotaka, et al. Efficacy and safety of 1: 1 fixed-ratio combination of insulin glargine and lixisenatide versus lixisenatide in Japanese patients with type 2 diabetes inadequately controlled on oral antidiabetic drugs: the LixiLan JP-O1 randomized clinical trial. Diabetes Care, 2020, 43.6: 1249-1257.

ONISHI, Y., et al. Superior glycaemic control with once‐daily insulin degludec/insulin aspart versus insulin glargine in Japanese adults with type 2 diabetes inadequately controlled with oral drugs: a randomized, controlled phase 3 trial. Diabetes, Obesity and Metabolism, 2013, 15.9: 826-832.

BROD, Meryl; RANA, Azhar; BARNETT, Anthony H. Adherence patterns in patients with type 2 diabetes on basal insulin analogues: missed, mistimed and reduced doses. Current medical research and opinion, 2012, 28.12: 1933-1946.

NISHIMURA, Akiko, et al. A large difference in dose timing of basal insulin introduces risk of hypoglycemia and overweight: a cross-sectional study. Diabetes Therapy, 2017, 8.2: 385-399.

ITO, Hiroyuki, et al. Efficacy of dulaglutide after switching from incretin-related drugs in patients with type 2 diabetes and inadequate glycemic control. Diabetology international, 2022, 13.1: 91-100.

KANETO, Hideaki, et al. Efficacy and safety of insulin glargine/lixisenatide fixed‐ratio combination (iGlarLixi) in Japanese patients with type 2 diabetes mellitus inadequately controlled on basal insulin and oral antidiabetic drugs: the LixiLan JP‐L randomized clinical trial. Diabetes, Obesity and Metabolism, 2020, 22: 3-13.

INOUE, Kosuke, et al. Association between industry payments and prescriptions of long-acting insulin: an observational study with propensity score matching. PLoS Medicine, 2021, 18.6: e1003645.

MATSUHISA, Munehide, et al. Use of iGlarLixi for management of type 2 diabetes in Japanese clinical practice: SPARTA Japan, a retrospective observational study. Diabetes Therapy, 2023, 14.1: 219-236.

TAKASAWA, Kei, et al. Growth Hormone Injection Log Analysis with Electronic Injection Device for Qualifying Adherence to Low-Irritant Formulation and Exploring Influential Factors on Adherence. Patient preference and adherence, 2023, 1885-1894.