糖尿病の治療でインスリン注射を勧められた、あるいはすでに使用している方の中には、「種類が多くて違いがわからない」「なぜこの薬を使うのだろう」と疑問に思っている方も多いのではないでしょうか。
インスリン製剤には様々な種類があり、それぞれ作用の現れ方や持続時間が異なります。自分の体とライフスタイルに合った薬を正しく使い分けることが、良好な血糖コントロールには重要です。
この記事ではインスリン製剤の種類ごとの特徴や作用時間、正しい使い方について、専門医が徹底的に比較・解説します。
インスリン治療の基本と薬の役割
インスリン治療を理解するためには、まず健康な人の体でインスリンがどのように働いているかを知ることが大切です。
インスリン製剤は、その働きを補うために使います。
なぜインスリン注射が必要なのか
インスリンは、すい臓から分泌されるホルモンで、血液中のブドウ糖(血糖)を細胞に取り込ませ、エネルギーとして利用したり、蓄えたりする働きを担います。
このインスリンの分泌が不足したり、働きが悪くなったりするのが糖尿病です。
飲み薬では血糖コントロールが不十分な場合や、1型糖尿病のようにインスリン分泌がほとんどない場合には、体の外からインスリンを補う治療が必要になります。
体のインスリン分泌を再現する
健康な人のインスリン分泌には、2つのパターンがあります。一つは、食事によって上昇する血糖値を下げるために食後に分泌される「追加分泌」。
もう一つは食事に関係なく、常に少量ずつ分泌され、血糖値を一定に保つ「基礎分泌」です。
インスリン治療の目標は様々な種類のインスリン製剤を組み合わせることで、この2つの分泌パターンをできるだけ忠実に再現することにあります。
インスリンの2つの分泌パターン
分泌パターン | 役割 | 対応するインスリン製剤 |
---|---|---|
追加分泌 | 食後の血糖値上昇を抑える | 超速効型、速効型 |
基礎分泌 | 空腹時の血糖値を安定させる | 中間型、持効型溶解 |
追加インスリンと基礎インスリン
インスリン製剤は、その役割に応じて「追加インスリン」と「基礎インスリン」に大別します。
追加インスリンは主に食後の血糖上昇を抑える目的で使われ、作用が速く現れ、短時間で効果がなくなる超速効型や速効型がこれにあたります。
一方、基礎インスリンは、一日を通して血糖値の土台を安定させる目的で使われ、効果が長く続く中間型や持効型がこれにあたります。
【追加インスリン】超速効型・速効型インスリン製剤
食事に合わせて注射し、食後の血糖値をコントロールするのが追加インスリンの役割です。
作用発現までの時間によって、主に2つのタイプに分けられます。
超速効型インスリンの特徴と使い方
注射後10〜20分という非常に速い時間で効果が現れ始め、健康な人のインスリン追加分泌に最も近い作用を示します。
この速やかな作用発現により、食直前(食事のすぐ前)の注射が可能です。食事の内容に合わせて投与量を調整しやすく、現代のインスリン治療の中心的な役割を担っています。
速効型インスリンの特徴と使い方
超速効型が登場する以前から使われているタイプです。注射後30分〜1時間で効果が現れ、5〜8時間持続します。
効果が現れるまでに時間がかかるため、食事の30分前に注射する必要があります。この待ち時間が生活上の負担になることもあります。
超速効型と速効型の作用比較
種類 | 作用発現時間 | ピーク時間 | 作用持続時間 |
---|---|---|---|
超速効型 | 10~20分 | 1~3時間 | 3~5時間 |
速効型 | 30分~1時間 | 2~4時間 | 5~8時間 |
食事のタイミングとの関係
追加インスリンで最も重要なのは、注射のタイミングと食事の時間を合わせることです。
特に速効型の場合、注射から食事までの時間が空きすぎると食事の前に薬の効果がピークに達して低血糖を起こす危険があります。
逆に食後に注射すると血糖値のピークに薬の効果が間に合わず、食後高血糖の原因となります。
【基礎インスリン】中間型インスリン製剤
基礎インスリンの役割を担う製剤として、古くから使われているのが中間型インスリンです。
中間型インスリンの作用と特徴
注射後30分〜3時間で効果が現れ始め、作用のピークが4〜12時間後にあり、約24時間効果が持続します。
薬液が白く濁っているのが特徴で、基礎分泌を1日1回または2回の注射で補います。
効果に山(ピーク)があるため、ピークの時間帯に低血糖を起こしやすいという注意点があります。
注射前の混ぜ方(懸濁)の重要性
中間型インスリンは、注射前にペン型注入器を上下にゆっくり10回以上振るなどして、薬液を均一に混ぜる(懸濁する)必要があります。
この操作が不十分だと毎回吸収されるインスリンの量がばらつき、血糖値が不安定になる原因となります。
低血糖のリスクと注意点
作用のピークがはっきりしているため、食事の時間がずれたり、食事量が少なかったりするとインスリンの効果が食事からの糖分吸収を上回り、低血糖を起こすリスクがあります。
特に夜間にピークが来る場合は、就寝中の低血糖に注意が必要です。
【基礎インスリン】持効型溶解インスリン製剤
中間型インスリンの欠点を改良し、より安定した基礎インスリン補充を可能にしたのが持効型溶解インスリンです。
持効型インスリンの安定した効果
持効型溶解インスリンは注射後にゆっくりと吸収され、作用に明確なピークがなく、ほぼ一日中安定した効果が持続します。
この平坦な作用により、健康な人の基礎分泌をより忠実に再現することができます。薬液は無色透明です。
1日1回の注射で24時間カバー
多くの場合、1日1回の注射で24時間にわたって安定した基礎インスリンレベルを維持できます。
毎日決まった時間に注射することで日々の血糖値の変動を小さくし、安定した血糖コントロールを目指します。
中間型と持効型の作用プロファイル比較
種類 | 作用のピーク | 作用持続時間 | 特徴 |
---|---|---|---|
中間型 | 明確な山(ピーク)がある | 約18~24時間 | 薬液が白濁、低血糖リスクあり |
持効型溶解 | ピークがほとんどない | 24時間以上 | 薬液が透明、低血糖リスクが低い |
夜間低血糖のリスクが低い理由
作用にピークがないため、中間型インスリンで問題となりやすかった夜間の低血糖のリスクが大幅に軽減されました。
これにより、患者さんはより安心して眠ることができ、生活の質(QOL)の向上にもつながっています。
混合型・配合溶解インスリン製剤
追加インスリンと基礎インスリンを、あらかじめ一つの製剤に混ぜ合わせたタイプです。注射回数を減らせるというメリットがあります。
混合型インスリンとは
速効型または超速効型インスリンと、中間型インスリンを一定の割合で混ぜ合わせた製剤です。例えば「混合型30」であれば、速効型(または超速効型)が30%、中間型が70%の割合で含まれています。
中間型インスリンを含むため、薬液は白く濁っており、注射前によく混ぜる必要があります。
配合溶解インスリンとの違い
配合溶解インスリンは超速効型インスリンと持効型溶解インスリンを組み合わせた新しいタイプの製剤です。
混合型と異なり、薬液が透明で、注射前に混ぜる必要がありません。それぞれの成分の作用特性を保ったまま効果を発揮します。
混合製剤の種類と特徴
種類 | 組み合わせ | 外観 |
---|---|---|
混合型 | 追加インスリン+中間型 | 白濁(懸濁) |
配合溶解型 | 追加インスリン+持効型 | 透明(溶解) |
注射回数を減らせるメリット
通常、追加インスリンと基礎インスリンを両方使う場合、1日に4回(毎食前+就寝前など)の注射が必要です。
混合型や配合溶解インスリンを使えば1日1〜3回の注射で両方のインスリンを補充できるため、注射の回数を減らし、患者さんの負担を軽減することができます。
インスリン製剤の正しい使い方と注意点
インスリン治療の効果を最大限に引き出し、安全に行うためには、正しい手技と知識が重要です。
注射部位の管理とローテーション
インスリンは、お腹、太もも、お尻、腕(上腕の外側)の皮下脂肪に注射します。
毎回同じ場所に注射し続けると、皮膚が硬くなったり脂肪がしこりのようになったりして(リポハイパートロフィー)、インスリンの吸収が悪くなり、血糖値が不安定になる原因となります。
注射部位は毎回2〜3cmずつずらす「ローテーション」を必ず行いましょう。
- お腹(腹部)
- 太もも(大腿部)
- お尻(臀部)
- 腕(上腕部)
保管方法と温度管理の重要性
インスリン製剤はたんぱく質でできているため、熱や光に弱い性質があります。
インスリン製剤の保管方法
状態 | 保管場所 | 注意点 |
---|---|---|
未使用の製剤 | 冷蔵庫(2~8℃) | 凍結させないこと(ドアポケットは避ける) |
使用中の製剤 | 室温(1~30℃) | 直射日光を避け、高温になる場所に放置しない |
低血糖の症状と対処法
インスリン治療で最も注意すべき副作用が低血糖です。血糖値が下がりすぎると、冷や汗、動悸、手の震えなどの症状が現れます。
このような症状を感じたら、我慢せずにすぐブドウ糖や砂糖、糖分を含むジュースなどを摂取してください。
意識が朦朧とするような重い低血糖の場合は周りの人に助けを求め、救急車を呼ぶ必要があります。
よくある質問
最後に、インスリン製剤に関するよくある質問にお答えします。
- Qインスリン注射は一度始めたらやめられないのですか?
- A
1型糖尿病の場合は、生涯にわたるインスリン補充が必要です。2型糖尿病の場合は、一概には言えません。
例えば病状が悪化した際に一時的にインスリンを使用し、食事療法や運動療法、飲み薬の調整によって状態が改善すれば、インスリン注射をやめられることもあります。
しかし、自己判断で中断するのは非常に危険ですので、必ず主治医と相談してください。
- Q飲み薬とインスリン注射はどう違うのですか?
- A
糖尿病の飲み薬は主に自分のすい臓に働きかけてインスリンの分泌を促したり、インスリンの効きを良くしたりする薬です。
一方、インスリン注射は不足しているインスリンそのものを直接体の外から補う治療です。
インスリンを分泌する力が著しく低下している場合には、インスリン注射が必要となります。
- Q注射を忘れた場合はどうすればいいですか?
- A
注射を忘れた場合の対処法は、使っているインスリンの種類や忘れてから経過した時間によって異なります。
自己判断で2回分を一度に注射するようなことは絶対にしないでください。
あらかじめ、注射を忘れた場合の対処法を主治医に確認しておくことが大切です。
以上
参考にした論文
IKEDA, Shunya; CRAWFORD, Bruce; SATO, Masayo. Utilization patterns of insulin therapy and healthcare services among Japanese insulin initiators during their first year: a descriptive analysis of administrative hospital data. BMC Health Services Research, 2015, 16.1: 6.
FUKUSHIMA, M., et al. Insulin secretion and insulin sensitivity at different stages of glucose tolerance: a cross-sectional study of Japanese type 2 diabetes. Metabolism, 2004, 53.7: 831-835.
ARAI, Keiko, et al. Present status of insulin therapy for type 2 diabetes treated by general practitioners and diabetes specialists in Japan: Third report of a cross‐sectional survey of 15,652 patients. Journal of diabetes investigation, 2012, 3.4: 396-401.
CHENG, Alice YY, et al. Differentiating basal insulin preparations: understanding how they work explains why they are different. Advances in Therapy, 2019, 36.5: 1018-1030.
KODAMA, Keiichi, et al. Ethnic differences in the relationship between insulin sensitivity and insulin response: a systematic review and meta-analysis. Diabetes care, 2013, 36.6: 1789-1796.
SHIROI, Akira, et al. Identification of insulin-producing cells derived from embryonic stem cells by zinc-chelating dithizone. Stem cells, 2002, 20.4: 284-292.
ARAKI, Eiichi, et al. Japanese clinical practice guideline for diabetes 2019. Diabetology international, 2020, 11.3: 165-223.
TSUNEJI, Nagai, et al. Powder dosage form of insulin for nasal administration. Journal of Controlled Release, 1984, 1.1: 15-22.
HANEDA, Masakazu, et al. Japanese clinical practice guideline for diabetes 2016. Diabetology international, 2018, 9.1: 1-45.
ISHIDA, Masami, et al. New mucosal dosage form of insulin. Chemical and Pharmaceutical Bulletin, 1981, 29.3: 810-816.