「インスリン分泌能検査ってどんな検査?」「インスリン負荷試験を受けるように言われたけど、何がわかるの?」
糖尿病の診断や治療方針を考える上で、ご自身のインスリンを分泌する能力(インスリン分泌能)を把握することは非常に重要です。
この記事ではインスリン分泌能検査、特にインスリン負荷試験と呼ばれる検査がどのようなものか、検査で何がわかるのか、そして検査を受ける際の注意点などについて糖尿病内科の視点から詳しく解説します。
インスリン分泌能検査とは?なぜ重要なのか
まず、インスリン分泌能検査がどのような目的で行われるのか、その基本的な意味と重要性を理解しましょう。
インスリン分泌能の基本的な意味
インスリン分泌能とは膵臓にあるΒ細胞(ベータさいぼう)が、血糖値の上昇などの刺激に応じてインスリンというホルモンをどれだけ作り出し、血液中に分泌する能力があるかを示すものです。
インスリンは血糖値を下げる唯一のホルモンであり、この分泌能力は血糖コントロールの状態を大きく左右します。
膵臓の役割とインスリン
膵臓は食べ物の消化を助ける消化酵素を分泌するほか、血糖値を調節するホルモンを分泌する内分泌機能も持っています。
インスリンはこの膵臓のランゲルハンス島という部分にあるΒ細胞から分泌されます。
食事を摂って血糖値が上がるとΒ細胞がそれを感知し、インスリンを分泌して血糖値を下げるように働きます。
なぜインスリン分泌能を調べる必要があるのか
インスリン分泌能を調べることは糖尿病のタイプ(1型か2型かなど)の鑑別、病状の進行度の評価、そして治療方針(薬物療法の選択やインスリン治療の必要性など)を決定する上で非常に重要な情報となります。
特に日本人を含むアジア人は欧米人と比較してインスリン分泌能が低い傾向があるため、この能力を正確に把握することが、より適切な糖尿病管理に繋がります。
糖尿病との関連性
2型糖尿病の発症にはインスリンの効きが悪くなる「インスリン抵抗性」と、インスリンを分泌する能力が低下する「インスリン分泌低下」の両方が関与します。
インスリン分泌能検査はこのうちインスリン分泌低下の程度を評価するのに役立ちます。
また、1型糖尿病では自己免疫などによりΒ細胞が破壊され、インスリン分泌能が著しく低下または消失します。
インスリン分泌能検査の主な目的
- 糖尿病の病型診断(1型、2型などの鑑別)
- インスリン分泌能力の程度の評価
- 治療方針の決定(経口薬の選択、インスリン導入の判断など)
- 病状の進行度や予後の予測
インスリン負荷試験 具体的な検査の種類と内容
インスリン分泌能を評価するための代表的な検査が「インスリン負荷試験」です。
これにはいくつかの種類があります。
経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)におけるインスリン測定
最も一般的に行われるインスリン負荷試験の一つが、経口ブドウ糖負荷試験(OGTT:Oral Glucose Tolerance Test)の際に同時にインスリン値やCペプチド値を測定する方法です。
空腹時に採血した後、75gのブドウ糖液を飲み、その後30分後、1時間後、2時間後などのタイミングで採血し、血糖値とインスリン(またはCペプチド)の値を測定します。
この検査でブドウ糖という負荷に対して膵臓がどれだけインスリンを分泌できるか、その反応パターンを見ることができます。
グルカゴン負荷試験
グルカゴンというホルモンを静脈注射し、その刺激によってΒ細胞からどれだけインスリン(またはCペプチド)が分泌されるかを評価する検査です。
グルカゴンはΒ細胞を強力に刺激する作用があるため、残存するインスリン分泌能を評価するのに有用です。
主にインスリン治療を開始するかどうかを判断する際や1型糖尿病の診断補助などに用いられます。
食事負荷試験
実際に決められた内容の食事(試験食)を摂取してもらい、食前および食後の血糖値とインスリン(またはCペプチド)の値を測定する検査です。
ブドウ糖液ではなく、より日常的な食事に近い状況でのインスリン分泌反応を見ることができます。インスリンの初期分泌や追加分泌のパターンを評価するのに役立ちます。
その他の関連検査(Cペプチドなど)
インスリン分泌能の評価には、血中Cペプチド(CPR:C-peptide immunoreactivity)の測定も重要です。
CペプチドはインスリンがΒ細胞で作られる際にインスリンと1対1の割合で一緒に分泌される物質です。
インスリンそのものよりも血液中での安定性が高く、肝臓で代謝されにくいため、より正確なインスリン分泌能の指標となると考えられています。
空腹時や負荷試験時のCペプチド値を測定します。また、尿中Cペプチドを測定することもあります。
主なインスリン負荷試験の種類
検査名 | 負荷するもの | 主な評価ポイント |
---|---|---|
経口ブドウ糖負荷試験(OGTT) | ブドウ糖液(75g) | 糖負荷後のインスリン分泌パターン、初期分泌、総分泌量 |
グルカゴン負荷試験 | グルカゴン(静脈注射) | Β細胞の最大インスリン分泌予備能 |
食事負荷試験 | 標準的な食事(試験食) | より生理的な条件下でのインスリン分泌反応 |
検査前の準備と当日の流れ
インスリン分泌能検査、特にインスリン負荷試験を受けるにあたって、どのような準備が必要で、当日はどのように進められるのでしょうか。
検査前に注意すること(食事、運動、薬など)
正確な検査結果を得るためには検査前の準備が重要です。
検査前の主な注意点
- 食事:通常、検査当日の朝は絶食です(検査前10時間以上)。水やお茶など糖分を含まない水分は摂取可能な場合があります。前日の夕食も指示があれば軽めに済ませることもあります。
- 運動:激しい運動は検査値に影響を与える可能性があるため、検査前日や当日は控えるように指示されることがあります。
- 薬剤:普段服用している薬がある場合は事前に必ず医師に伝え、指示を仰いでください。血糖値に影響を与える可能性のある薬(血糖降下薬、ステロイドなど)は、一時的に中止するよう指示されることがあります。自己判断で中止しないでください。
- その他:喫煙やアルコールも検査値に影響するため検査前は控えるようにしましょう。
検査当日の一般的な流れ
検査の種類によって多少異なりますが、一般的な流れは以下の通りです。
- 受付後、問診や体調確認。
- 空腹時の採血(血糖値、インスリン値、Cペプチド値など)。
- 負荷(ブドウ糖液の飲用、薬剤の注射、食事の摂取など)。
- 負荷後、決められた時間(例:30分後、60分後、120分後など)に複数回採血。
- 検査終了。
検査中は安静にしていることが基本です。
検査にかかる時間
検査の種類や採血の回数によって異なります。経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)の場合、ブドウ糖液を飲んでから最後の採血まで通常2時間程度かかります。
グルカゴン負荷試験は比較的短時間(数十分程度)で終わります。
食事負荷試験も食事時間を含めて数時間かかることがあります。事前に検査にかかるおおよその時間を確認しておくと良いでしょう。
検査中の注意点
検査中は医師や看護師の指示に従い、安静を保ちましょう。負荷後に気分が悪くなったり、体調に変化があったりした場合はすぐにスタッフに申し出てください。
特に低血糖症状(冷や汗、動悸、手の震えなど)が現れた場合は注意が必要です。
インスリン分泌能検査でわかること 検査結果の見方
インスリン分泌能検査の結果から具体的にどのようなことがわかるのでしょうか。
結果の解釈は専門的な知識が必要ですが、基本的なポイントを説明します。
インスリンの基礎分泌と追加分泌
インスリンの分泌には空腹時にも持続的に少量分泌されている「基礎分泌」と、食事などの刺激に応じて一時的に大量に分泌される「追加分泌」があります。
インスリン分泌能検査ではこれらの分泌の状態を評価します。
特に食事やブドウ糖負荷後のインスリンの「初期分泌(食後すぐにドッと出るインスリン)」が重要で、この反応が鈍いと食後高血糖の原因となります。
インスリン分泌パターンの評価
負荷試験中の血糖値とインスリン値(またはCペプチド値)の推移を見ることでインスリン分泌のタイミングや量、持続時間といった「分泌パターン」を評価します。
健康な人では血糖値の上昇に反応して速やかにインスリンが分泌され、血糖値の低下とともにインスリン値も低下します。
糖尿病の患者さんではこのパターンに異常が見られることがあります。
インスリン分泌能の評価指標例(OGTT時)
指標 | 評価内容 | 低下している場合に考えられること |
---|---|---|
インスリン分泌指数 (Insulinogenic Index) | ブドウ糖負荷後30分のインスリン増加量を血糖増加量で割った値。インスリン初期分泌の指標。 | インスリン初期分泌の低下(2型糖尿病の早期の特徴) |
HOMA-β (Homeostasis Model Assessment of β-cell function) | 空腹時血糖値とインスリン値から計算される、基礎インスリン分泌能の指標。 | 基礎インスリン分泌能力の低下 |
Cペプチドインデックス (CPI) | 空腹時Cペプチド値を空腹時血糖値で割った値。インスリン分泌能の簡易的な指標。 | インスリン分泌能の低下 |
※これらの指標は、他の情報と合わせて総合的に判断します。
インスリン抵抗性の評価との関連
インスリン分泌能検査の結果はインスリン抵抗性(インスリンの効き具合)の評価と合わせて解釈することが重要です。
例えばインスリン値が高いにもかかわらず血糖値も高い場合はインスリン抵抗性が主体であると考えられます。
一方、血糖値が高いのにインスリン値が低い場合はインスリン分泌低下が主体であると考えられます。
検査結果から推測される病態(1型・2型糖尿病の鑑別など)
インスリン分泌能検査の結果は糖尿病の病型診断に役立ちます。例えば、1型糖尿病ではインスリンやCペプチドの値が著しく低いか、ほとんど検出されないことが多いです。
2型糖尿病では病気の進行度によってインスリン分泌能は様々ですが、初期には過剰なインスリン分泌が見られることもあれば、進行すると分泌が低下してきます。
これらの情報は治療方針を決定する上で非常に重要です。
検査結果は専門医による総合的な判断が必要
インスリン分泌能検査の結果は数値だけでなく、患者さんの年齢、体重、合併症の有無、他の検査結果などを総合的に考慮して専門医が判断します。
自己判断せず、必ず医師からの説明を受け、疑問点は質問するようにしましょう。
インスリン分泌能が低いと言われたら 考えられる原因
検査の結果、インスリン分泌能が低いと指摘された場合、その背景にはどのような原因が考えられるのでしょうか。
遺伝的要因と体質
インスリンを分泌する能力には、生まれ持った遺伝的な素因が大きく関わっています。家族に糖尿病の方がいる場合、インスリン分泌能が低い体質を受け継いでいる可能性があります。
特に日本人を含むアジア人は、欧米人と比較してインスリン分泌能が低い傾向があると言われています。
加齢による変化
年齢とともに膵臓のΒ細胞の機能も徐々に低下し、インスリン分泌能が衰えていくのが一般的です。
これは生理的な老化現象の一つですが、他の要因が加わることで、その低下が早まることがあります。
生活習慣の影響(肥満、運動不足、食生活)
長年の不適切な食生活(過食、高脂肪食、糖質の多い食事など)や運動不足、肥満はインスリン抵抗性を引き起こし、その結果としてΒ細胞に過剰な負担をかけ続けます。
この状態が長く続くとΒ細胞は疲弊し、インスリンを十分に分泌できなくなってしまいます(インスリン分泌低下)。
膵臓の病気や自己免疫疾患
慢性膵炎や膵臓がん、膵臓の手術など膵臓自体に何らかのダメージが加わるとΒ細胞の数が減少したり機能が低下したりして、インスリン分泌能が低下することがあります。
また、1型糖尿病のように自己免疫反応によってΒ細胞が破壊されてしまう病気も、インスリン分泌能の著しい低下を引き起こします。
インスリン分泌低下の主な原因
- 遺伝的素因
- 加齢
- 長期間のインスリン抵抗性(肥満、運動不足、不適切な食生活)
- 糖毒性・脂肪毒性(高血糖や高脂肪酸血症によるΒ細胞への直接的なダメージ)
- 膵疾患(膵炎、膵臓癌、膵切除など)
- 自己免疫(1型糖尿病など)
インスリン分泌能を保つためにできること 予防と対策
一度低下したインスリン分泌能を完全に元に戻すことは難しいとされていますが、残っている機能をできるだけ長く維持し、さらなる低下を防ぐための対策はあります。
生活習慣の改善(食事、運動)
最も基本となるのは健康的な生活習慣を心がけることです。
食事療法のポイント
バランスの取れた食事を規則正しく摂ることが大切です。過食や早食いを避け、腹八分目を心がけましょう。
食物繊維を多く含む野菜やきのこ類を積極的に摂り、糖質や脂質の多い食事は控えめにします。
急激な血糖上昇はΒ細胞に負担をかけるため、ゆっくりよく噛んで食べることも重要です。
運動療法のポイント
適度な運動はインスリン抵抗性を改善し、インスリンが効きやすい体質を作るのに役立ちます。これにより、Β細胞への負担を軽減することができます。
ウォーキング、ジョギング、水泳などの有酸素運動や、筋力トレーニングを継続的に行うことが推奨されます。
体重管理の重要性
肥満、特に内臓脂肪の蓄積はインスリン抵抗性を高め、Β細胞を疲弊させる大きな原因です。
適切な食事と運動によって体重をコントロールし、標準体重を維持することがインスリン分泌能を保つ上で非常に重要です。
ストレスコントロールと十分な睡眠
過度なストレスや慢性的な睡眠不足はホルモンバランスを乱し、血糖コントロールに悪影響を与える可能性があります。
十分な睡眠時間を確保し、自分に合ったリフレッシュ方法でストレスを上手に解消することも、間接的にΒ細胞を守ることに繋がります。
定期的な健康診断と早期発見
糖尿病やその予備群を早期に発見し、適切な対応を開始することがインスリン分泌能の低下を最小限に抑えるために大切です。
定期的な健康診断を受け、血糖値やHbA1cなどの値をチェックしましょう。
異常を指摘された場合は放置せずに必ず医療機関を受診してください。
インスリン分泌能維持のための生活習慣
項目 | 具体的な心がけ |
---|---|
食事 | バランス、適量、規則正しい時間、ベジファースト、ゆっくり食べる |
運動 | 有酸素運動と筋力トレーニングの継続、日常生活での活動量アップ |
体重 | 標準体重の維持、肥満の解消 |
その他 | 禁煙、節酒、十分な睡眠、ストレス管理 |
よくある質問
インスリン分泌能検査やインスリン負荷試験に関するよくあるご質問にお答えします。
- Qインスリン分泌能検査は痛いですか?副作用はありますか?
- A
検査の主な苦痛は採血時の注射針によるものです。採血の回数は検査の種類によって異なります。
経口ブドウ糖負荷試験ではブドウ糖液を飲むことになりますが、甘みが強いと感じる方もいます。
グルカゴン負荷試験では薬剤の注射に伴う一時的な吐き気や動悸などが起こることがまれにありますが、通常は軽度で短時間で治まります。
重篤な副作用は非常にまれです。心配な点は事前に医師や看護師に確認しましょう。
- Q検査結果はどのくらいでわかりますか?
- A
血液検査の結果が出るまでの時間は検査項目や医療機関によって異なります。
一部の項目は当日中に結果が出ることもありますが、インスリン値やCペプチド値などは外部の検査機関に依頼する場合もあり、数日から1週間程度かかることもあります。
結果については次回の診察時などに医師から説明があります。
- Qインスリン分泌能は一度低下すると、もう改善しないのでしょうか?
- A
1型糖尿病のようにΒ細胞自体が破壊されてしまった場合は残念ながら現在の医学では分泌能の回復は困難です。
しかし2型糖尿病の初期などでΒ細胞が疲弊しているもののまだ機能が残っている状態(糖毒性の解除など)であれば、厳格な血糖コントロールや生活習慣の改善によってある程度インスリン分泌能が改善する可能性はあります。
ただし完全に元通りになるわけではなく、低下した能力をできるだけ維持することが目標となります。
- Qどのくらいの頻度でインスリン分泌能検査を受けるべきですか?
- A
インスリン分泌能検査の頻度は患者さんの病状や治療内容、糖尿病のタイプなどによって異なります。必ずしも定期的に繰り返し行う検査ではありません。
糖尿病の診断時や治療方針を大きく変更する際、あるいは病状の進行度を評価する必要がある場合などに医師の判断で行われます。
疑問があれば主治医に相談してみましょう。
以上
参考にした論文
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