「インスリンが血糖値を下げる」ということは広く知られていますが、体の中で具体的にどのような働きをしているのかご存知でしょうか。

その鍵を握るのが、「インスリン受容体」と「GLUT4」という存在です。この二つの働きを理解することは、ご自身の糖尿病治療への理解を深め、前向きに取り組むための助けとなります。

この記事ではインスリンが血糖値を下げる一連の仕組みを細胞レベルで分かりやすく解説します。少し専門的な内容ですが、ご自身の体で起きていることを知る良い機会としてください。

血糖値とインスリンの基本的な関係

まず、私たちの体で血糖値とインスリンがどのように関わり合っているのか、その基本をおさらいしましょう。

食事による血糖値の上昇

食事で摂取した炭水化物は、消化・吸収されてブドウ糖となり、血液中に入ります。このため、食後は誰でも一時的に血糖値が上昇します。

このブドウ糖は、私たちが活動するための重要なエネルギー源となります。

血糖値を下げる唯一のホルモン「インスリン」

血糖値が上がると、膵臓のβ細胞からインスリンというホルモンが分泌されます。インスリンは血液中のブドウ糖を筋肉や脂肪などの細胞に取り込ませる働きを持ちます。

この働きによって血糖値は正常な範囲に保たれます。インスリンは体内で血糖値を下げることができる唯一のホルモンです。

血糖調節に関わる主なホルモン

ホルモン名主な働き分泌場所
インスリン血糖値を下げる膵臓(β細胞)
グルカゴン血糖値を上げる膵臓(α細胞)
アドレナリン血糖値を上げる副腎髄質

なぜ血糖値の安定が重要なのか

高血糖状態が続くと血管が傷つき、糖尿病の三大合併症(網膜症、腎症、神経障害)や心筋梗塞、脳梗塞などの動脈硬化性疾患のリスクが高まります。

インスリンの働きを理解し、血糖値を安定させることが、これらの合併症を防ぐ上で非常に重要です。

インスリンが働くための鍵「インスリン受容体」

インスリンは単独で細胞に作用することはできません。細胞の表面にある「インスリン受容体」という名の”鍵穴”に結合することで、初めてその働きを発揮します。

インスリン受容体とは何か

インスリン受容体は主に筋肉や脂肪、肝臓の細胞の表面に存在するタンパク質です。

インスリンという”鍵”にぴったり合う”鍵穴”のような構造をしており、インスリンを特異的にキャッチする役割を担っています。

細胞のドアホンとしての役割

インスリン受容体を細胞のドアホンのようなものだと想像してみてください。

インスリンがこのドアホン(受容体)を押すことで初めて、細胞の中に「ブドウ糖を取り込んでください」という情報が伝わります。

ドアホンがなければ、いくらインスリンがあっても細胞は反応できません。

インスリンとの結合で始まる連鎖反応

インスリンがインスリン受容体に結合すると受容体の構造が変化し、スイッチがオンになります。このスイッチオンをきっかけに、細胞の中でドミノ倒しのように次々と情報が伝達されていきます。

この一連の反応が、最終的に血糖値を下げるための具体的なアクションを引き起こします。

インスリン受容体の働き

段階インスリン受容体の役割
①待機細胞表面でインスリンが来るのを待つ
②結合血液中のインスリンをキャッチする
③活性化細胞内に「仕事開始」の合図を送る

ブドウ糖の入り口「GLUT4」の働き

インスリン受容体からの指令を受けて、実際にブドウ糖を細胞内に取り込む実行役が「GLUT4(グルットフォー)」です。

GLUT4とは何か

GLUT4は「ブドウ糖輸送体4型(Glucose Transporter 4)」の略で、細胞の膜を通過してブドウ糖を運ぶ役割を持つタンパク質です。

普段は細胞の中に隠れていますが、インスリンの指令が出た時だけ細胞の表面に現れてブドウ糖の通り道となります。

インスリン刺激による細胞表面への移動

インスリンが受容体に結合すると細胞内でシグナルが伝わり、「GLUT4を細胞の表面へ移動させなさい」という命令が出ます。

この命令を受けて、細胞内に待機していた多数のGLUT4が一斉に細胞の膜へと移動します。

ブドウ糖を取り込む「扉」の役割

細胞の表面に移動したGLUT4は血液中のブドウ糖を取り込むための「扉」として機能します。

この扉が開くことで血液中にあったブドウ糖が細胞の中へスムーズに入ることができ、エネルギーとして利用されます。

この結果、血液中のブドウ糖が減り、血糖値が下がるのです。

GLUT4の働き方

状態GLUT4の場所ブドウ糖の取り込み
インスリンがない時細胞の中に待機できない
インスリンがある時細胞の表面に移動できる

インスリン作用の一連の流れ

これまでの内容をまとめ、インスリンが分泌されてから血糖値が下がるまでの一連の流れを見ていきましょう。

①膵臓からインスリンが分泌される

食事によって血糖値が上昇すると、膵臓からインスリンが血液中に分泌されます。

②インスリンがインスリン受容体に結合する

血液の流れに乗って全身に運ばれたインスリンが、筋肉や脂肪の細胞表面にあるインスリン受容体に結合します。

③細胞内にシグナルが伝わる

インスリン受容体が活性化し、細胞内に「ブドウ糖を取り込む準備をせよ」というシグナルを送ります。

④GLUT4が細胞表面へ移動し、糖を取り込む

シグナルを受けて細胞内にいたGLUT4が細胞膜へ移動し、扉となって血液中のブドウ糖を細胞内に取り込みます。

この一連の働きにより、血糖値が低下します。

血糖値が下がるまでの流れ

順番出来事
1食事で血糖値が上昇
2膵臓からインスリンが分泌
3インスリンが受容体に結合
4GLUT4が細胞表面へ移動し、糖を取り込む

インスリン抵抗性とは何か

2型糖尿病の大きな原因の一つに「インスリン抵抗性」があります。これは、インスリンの働きが悪くなっている状態を指します。

インスリンが効きにくくなる状態

インスリン抵抗性とはインスリンが分泌されているにもかかわらず、その作用が十分に発揮されず、血糖値が下がりにくくなっている状態です。

肥満や運動不足、ストレスなどが原因で引き起こされると考えられています。

インスリン受容体やGLUT4の働きの低下

インスリン抵抗性の状態ではインスリン受容体の数が減ったり、インスリンが結合してもシグナルがうまく伝わらなくなったりします。

また、指令が出てもGLUT4が細胞表面へ移動する数が減るなどブドウ糖を取り込む仕組み全体が効率悪くなっています。

インスリン抵抗性の原因

要因インスリンへの影響
肥満(特に内臓脂肪)インスリンの働きを妨害する物質を放出
運動不足筋肉での糖の利用が減り、GLUT4の働きが鈍る
ストレス血糖を上げるホルモンが分泌され、インスリンの働きを妨げる

2型糖尿病との深い関連

インスリン抵抗性が生じると、体は血糖値を下げようとしてさらに多くのインスリンを分泌しようとします(高インスリン血症)。

しかしこの状態が長く続くと膵臓が疲弊し、インスリンの分泌能力自体が低下してきます。このことが、2型糖尿病の発症と進行に深く関わっています。

運動が血糖値に与える良い影響

運動はインスリンの働きを助け、血糖コントロールを改善する上で非常に有効です。

運動によるGLUT4の活性化

運動の素晴らしい点は、インスリンの助けがなくても筋肉を動かすこと自体がGLUT4を細胞の表面に移動させる点です。

つまり運動中はインスリンとは別の経路で、筋肉が直接ブドウ糖を取り込んでエネルギーとして消費してくれます。

インスリン抵抗性の改善

定期的に運動を続けると筋肉でのインスリンの効きが良くなり、インスリン抵抗性が改善します。

少ないインスリンで効率よく血糖をコントロールできるようになるため、膵臓の負担を軽くすることにも繋がります。

  • 有酸素運動(ウォーキングなど):脂肪を燃焼し、インスリン抵抗性を改善する
  • 筋力トレーニング:筋肉量を増やし、糖の消費場所を増やす

よくある質問(Q&A)

最後に、インスリンの働きに関してよくある質問にお答えします。

Q
インスリン抵抗性は改善できますか?
A

はい、改善は可能です。インスリン抵抗性の主な原因は肥満(特に内臓脂肪)や運動不足です。

食事療法による減量や、定期的な運動習慣を取り入れることで、インスリンの効きは良くなります。生活習慣の改善が2型糖尿病治療の基本となるのはこのためです。

Q
GLUT4を増やす方法はありますか?
A

運動を継続的に行うことで筋肉内のGLUT4の量が増えることが分かっています。

筋肉内にGLUT4の在庫が増えれば、いざという時(インスリン刺激や運動時)により多くのブドウ糖を取り込めるようになります。

これが運動が血糖コントロールに良い影響を与える理由の一つです。

Q
1型糖尿病と2型糖尿病でインスリンの仕組みは違いますか?
A

インスリンが受容体に結合し、GLUT4を介して糖を取り込むという基本的な仕組み自体は1型でも2型でも同じです。違いはその仕組みのどこに問題があるかです。

1型糖尿病は主にインスリン分泌が枯渇する病気です。

一方2型糖尿病はインスリンの分泌が低下することに加えて、インスリン抵抗性(インスリンの効きが悪い状態)が大きな要因となります。

以上

参考にした論文

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