インスリンポンプ(CSII)療法は、より厳格な血糖コントロールを目指すための有力な治療選択肢です。

しかし、「自分に合っているのだろうか」「デメリットはないの?」といった不安や疑問を感じる方も少なくありません。

治療法を決定する上でメリットだけでなく、デメリットや注意点、費用についてもしっかりと理解しておくことが重要です。

この記事ではインスリンポンプ療法の基本的な仕組みから、具体的なメリットとデメリット、導入の流れと費用、そして注意点までを詳しく解説します。

後悔のない治療選択のために、ぜひお役立てください。

インスリンポンプ(CSII)療法とは

インスリンポンプ療法(CSII: Continuous Subcutaneous Insulin Infusion)は、ペン型注射器による1日数回の注射の代わりに、携帯型の小さなポンプを使って24時間持続的にインスリンを皮下に注入する治療法です。

ペン型注射器との基本的な違い

ペン型注射器では、効果の長いインスリン(持効型)と短いインスリン(超速効型)を組み合わせて注射します。

一方、CSIIでは超速効型インスリンのみを使用し、ポンプが基礎分泌にあたる量を少量ずつ自動で注入し続けます。

食事の際は自分でボタンを操作して必要な量を追加注入(ボーラス注入)します。

ペン型注射(MDI)とポンプ(CSII)の比較

項目ペン型注射(MDI)インスリンポンプ(CSII)
基礎インスリン持効型インスリンを1日1~2回注射超速効型インスリンを少量ずつ持続注入
追加インスリン食事ごとに超速効型を注射食事ごとにボタン操作で注入
注射回数1日4~5回2~3日に1回のカニューレ交換

より生理的なインスリン補充を目指す

健康な人の膵臓は血糖値に応じてインスリンを細かく分泌調整しています。

CSIIは、この自然なインスリン分泌パターンをより忠実に再現することを目指した治療法です。このことにより、血糖コントロールの安定化が期待できます。

SAP療法とAIDシステムへの進化

近年ではCSIIに持続血糖測定器(CGM)を連携させたSAP(Sensor Augmented Pump)療法や、血糖値に応じてインスリン注入量を自動調整するAID(Automated Insulin Delivery)システムも登場し、治療の選択肢はさらに広がっています。

インスリンポンプ療法のメリット

CSIIを導入することで血糖コントロールの改善だけでなく、生活の質の向上にも繋がる多くのメリットが期待できます。

厳格な血糖コントロールの実現

基礎インスリンの注入量を0.025単位といった非常に細かい単位で、時間帯ごとに設定できます。

このため、夜間や早朝の血糖変動(暁現象など)を抑えやすく、日中の血糖値も安定させやすくなります。結果として、HbA1cの改善が期待できます。

低血糖リスクの軽減

特に夜間の重症低血糖のリスクを減らすことができます。

また、運動や体調不良など状況に応じて基礎インスリン量を一時的に減らす「テンポラリーベーサル」機能を使うことで、予測される低血糖を未然に防ぎやすくなります。

生活の自由度の向上

ペン型注射の場合、食事の時間が決まってしまいがちですが、CSIIなら食事の直前にボタン操作で対応できるため、食事時間の柔軟性が格段に向上します。

急な外食や食事量の変更にも対応しやすいのが大きな利点です。

CSIIによる生活の変化

場面メリット
食事食事時間や量の変更に柔軟に対応できる
運動低血糖を予防しながら安全に運動しやすい
睡眠夜間・早朝の血糖変動が安定し、睡眠の質が向上

インスリンポンプのデメリットと注意点

多くのメリットがある一方、インスリンポンプ療法には特有のデメリットや、自己管理で注意すべき点が存在します。

導入を検討する上で、これらの点を十分に理解しておくことが重要です。

常に機器を装着する必要がある

最大のデメリットは、ポンプ本体と注入セットをほぼ24時間、体に装着し続けなければならないことです。

入浴時などを除き、常に体の一部に機器がある状態に慣れるまでは違和感や不便さを感じるかもしれません。

カニューレ交換の手間と皮膚トラブル

注入セットのカニューレは感染予防やインスリン吸収を安定させるため、2~3日ごとに自分で交換する必要があります。この手技を習得し、定期的に行うことが求められます。

また、穿刺部位の選定や固定テープにより、かゆみ、かぶれ、しこり(硬結)などの皮膚トラブルが起こる可能性があります。

主な皮膚トラブルと対策

トラブル原因対策
かぶれ・かゆみ固定用テープの粘着剤や蒸れ皮膚保護剤の使用、低刺激性テープへの変更
硬結(しこり)同じ部位への長期間の留置毎回穿刺部位をずらす(ローテーション)
感染不潔な操作、長期間の留置交換時の手指消毒、定期的なセット交換

機器トラブルと対処の必要性

ポンプは精密機器であるため、故障や不具合のリスクがゼロではありません。チューブの閉塞や電池切れ、カニューレの抜けなど様々なトラブルが起こり得ます。

アラームが鳴った際に原因を特定し、適切に対処する自己管理能力が必要です。

高血糖(ケトアシドーシス)のリスク

CSIIでは超速効型インスリンしか使用しないため、何らかの理由でインスリン注入が中断されると体内のインスリンが急速に枯渇します。

この状態が数時間続くとペン型治療よりも速やかに高血糖状態となり、重篤な糖尿病ケトアシドーシスに陥る危険性があります。

トラブル発生時に迅速に対応することが極めて重要です。

インスリンポンプ導入の流れ

インスリンポンプの導入は医師と相談の上で計画的に進めます。安全に使いこなすため、通常は入院して操作方法などを学びます。

導入の適応となる患者さん

CSIIは、以下のような方に特に良い適応となります。

  • ペン型治療では血糖変動が激しい方
  • 頻繁な低血糖、特に夜間低血糖に悩んでいる方
  • 暁現象が著しい方
  • 不規則な生活で、より柔軟な治療を望む方

入院による導入教育

多くの医療機関では、1~2週間程度の教育入院を行います。

この期間にポンプの基本的な操作、注入セットの交換手技、トラブルシューティング、そしてポンプ療法に合わせた食事療法(カーボカウント)などを集中的に学びます。

導入入院の主な内容

学習項目内容
機器操作ポンプの基本操作、アラーム対応
手技注入セットの交換、インスリンの充填
自己管理トラブル対処法、シックデイルール

導入後の外来フォローアップ

退院後も定期的に外来を受診し、血糖コントロールの状態やポンプのデータを確認します。

日々の血糖値や生活状況をもとに、医師や医療スタッフと一緒に基礎レートやボーラス設定などを微調整していきます。

インスリンポンプ療法の費用

CSIIは健康保険が適用される治療法ですが、ペン型注射器による治療よりも月々の費用は高くなります。

導入時にかかる初期費用

導入時の教育入院にかかる費用が必要です。

入院期間や医療機関によって異なりますが、高額療養費制度を利用することで自己負担額を抑えることができます。

毎月のランニングコスト

ポンプ本体は医療機関から貸与されますが、注入セットやリザーバーなどの消耗品は毎月購入します。

これらは在宅自己注射指導管理料として保険適用されます。

CSIIの月間費用(消耗品)の目安(3割負担)

項目費用(月額・目安)
在宅自己注射指導管理料(CSIIの場合)約4,000円
消耗品加算(注入セットなど)約4,000円
インスリン製剤・血糖測定チップ使用量に応じて変動

※上記に診察料や検査料が加わります。ペン型治療に比べ、月々5,000円~10,000円程度の自己負担増となるのが一般的です。

医療費助成制度の活用

経済的な負担を軽減するために様々な公的制度が利用できます。ご自身が対象となるか、医療機関の相談窓口や自治体の役所で確認してみましょう。

利用できる可能性のある主な制度

制度名主な対象者
高額療養費制度医療費の自己負担が上限額を超えた方
小児慢性特定疾病医療費助成18歳未満の1型糖尿病のお子さんなど
その他自治体独自の助成、障害者手帳関連など

よくある質問(Q&A)

最後に、インスリンポンプ療法に関して患者さんからよく寄せられる質問にお答えします。

Q
運動や入浴、睡眠時はどうするのですか?
A

運動や睡眠時も基本的には装着したままです。

ただし、水泳や入浴など水に濡れる活動の際は一時的にポンプを取り外します。取り外す時間は1~2時間程度であれば問題ありませんが、必ず主治医の指示に従ってください。

接触の激しいスポーツの場合は破損を防ぐため取り外すか、保護ケースを使用します。

Q
機器の操作は難しいですか?
A

現在のポンプはスマートフォンなどと同様に、直感的に操作できるよう工夫されています。

導入時の入院で医療スタッフが丁寧に指導しますし、退院後も電話サポートなどが利用できるため、多くの方が問題なく使いこなしています。

手先の器用さに自信がない方でも、まずは相談してみてください。

Q
ポンプが故障したらどうなりますか?
A

万が一の故障に備え、各メーカーは24時間対応のサポートデスクを設けています。トラブル発生時には電話で指示を仰ぎ、必要であれば代替機が送られてきます。

また、ポンプが使えない緊急時に備え、ペン型注射器とインスリン製剤を常に携帯しておくことが重要です。

Q
誰でもポンプ治療を受けられますか?
A

CSIIは優れた治療法ですが、全ての方に適しているわけではありません。

機器の操作やトラブル対応など、ある程度の自己管理能力が求められるため、患者さん本人の強い治療意欲が大切です。また、家族の理解やサポート体制も重要になります。

最終的な適応は血糖コントロールの状態やライフスタイルなどを総合的に評価し、主治医が判断します。

以上

参考にした論文

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