1型糖尿病の治療法の一つである「インスリンポンプ(CSII)」。名前は聞いたことがあっても、具体的な仕組みやご自身の生活にどう影響するのか分からない点も多いのではないでしょうか。

この記事ではインスリンポンプ療法(CSII)の基本的な知識からペン型注射器との違い、導入のメリット・デメリット、具体的な導入方法と費用について、1型糖尿病の患者さんに向けて詳しく解説します。

ご自身にとってより良い治療選択の助けとなる情報を提供します。

インスリンポンプ(CSII)の基本的な仕組み

インスリンポンプ療法(CSII: Continuous Subcutaneous Insulin Infusion)は、血糖コントロールをより細かく行うための治療法です。

携帯型の小さなポンプを使い、インスリンを持続的に皮下へ注入します。

CSIIとは何か

CSIIは1日に何度も注射をする代わりに、ポンプにプログラムした量のインスリンを24時間自動で注入し続ける治療法です。

これにより、健康な人の膵臓から分泌されるインスリンのパターンに近い状態を再現することを目指します。

食事の際には自分でボタンを操作して、必要な量のインスリンを追加で注入します。

ペン型注射器との違い

従来のペン型注射器による頻回注射法(MDI)とCSIIは、インスリンの注入方法に大きな違いがあります。

MDIでは1日に数回、効果の持続時間が異なるインスリンを注射しますが、CSIIでは超速効型インスリンのみを使用し、注入量を細かく調整します。

ペン型注射器(MDI)とCSIIの比較

項目ペン型注射器(MDI)インスリンポンプ(CSII)
使用インスリン持効型と超速効型の2種類超速効型の1種類のみ
注入方法1日数回の自己注射持続的な自動注入+食事時の追加注入
調整の柔軟性注射単位での調整0.025単位など非常に細かく調整可能

CSIIの構成要素

インスリンポンプはいくつかの部品から成り立っています。それぞれの役割を理解することが安全な治療には重要です。

ポンプシステムの主な構成要素

構成要素主な役割備考
インスリンポンプ本体インスリンを送り出す機器。注入量を設定する。ポケットに入れたり、ベルトに装着して携帯する。
リザーバーインスリンを充填しておく容器。数日分(200~300単位)のインスリンを入れる。
注入セットポンプと身体をつなぐチューブとカニューレ。カニューレ(柔らかい管)を皮下に留置する。

インスリンポンプ(CSII)のメリット

CSIIを導入することで血糖コントロールの改善だけでなく、生活の質(QOL)の向上も期待できます。ここでは主なメリットを解説します。

血糖コントロールの安定化

CSIIは、基礎インスリンを少量ずつ持続的に注入するため、夜間や早朝の血糖変動を抑えやすいという特徴があります。

時間帯ごとに注入レートを設定できるため、個々の生活リズムや血糖パターンに合わせた、より生理的なインスリン補充が可能です。

生活の自由度の向上

ペン型注射器の場合、食事の時間がある程度決まってしまいますが、CSIIでは食事の直前にボタン操作でインスリンを注入できるため、食事時間の柔軟性が高まります。

急な外食や食事量の変更にも対応しやすくなります。

CSIIによる生活の変化(例)

場面ペン型注射器での対応CSIIでの対応
食事決まった時間に注射する必要がある。好きな時間に食事をとり、その場で注入できる。
運動低血糖を避けるため、事前の補食やインスリン調整が必要。運動中は基礎レートを一時的に減らすなど柔軟に対応できる。
旅行時差や環境の変化に対応したインスリン調整が複雑。ポンプの設定変更で時差にも対応しやすい。

低血糖リスクの軽減

特に夜間の重い低血糖のリスクを減らすことが期待できます。

また、運動時や体調がすぐれない時など状況に応じて基礎インスリンの量を一時的に減らす「テンポラリーベーサル」機能を使うことで、低血糖を予防しやすくなります。

注射回数の削減

1日に4~5回行っていた注射が、2~3日に1回の注入セット交換に変わります。

これにより、注射に伴う痛みや心理的な負担を軽減できます。

インスリンポンプ(CSII)のデメリットと注意点

多くのメリットがある一方で、CSIIにはデメリットや自己管理で注意すべき点も存在します。導入前に十分理解しておくことが大切です。

常に機器を装着する必要性

インスリンポンプは入浴などを除くほぼ24時間、身体に装着し続ける必要があります。

機器の装着に慣れるまでは、違和感や不便さを感じることがあります。

カニューレ交換の手間

注入セット(カニューレ)は感染予防やインスリン吸収の安定化のため、2~3日ごとに自分で交換しなくてはなりません。

交換の手技を習得し、定期的に行う必要があります。

皮膚トラブルの可能性

カニューレを留置する部位やカニューレを固定するテープによって、かゆみ、かぶれ、しこりなどの皮膚トラブルが起こることがあります。

留置部位を毎回変える、保湿をしっかり行うなどの対策が重要です。

主な皮膚トラブルと対策

トラブルの種類原因対策
かぶれ・かゆみ固定用テープの粘着剤や蒸れ皮膚保護剤の使用、低刺激性のテープへの変更
硬結(しこり)同じ部位への長期間の留置毎回穿刺部位を変更する(ローテーション)
感染不潔な操作、長期間の留置交換時の手指消毒、定期的なセット交換

機器の操作と自己管理

ポンプの操作方法を覚えて血糖値を見ながら自分でインスリン量を調整する判断力が求められます。

また、チューブの閉塞や電池切れなど機器のトラブルに気づき、対処する能力も必要です。

  • 血糖自己測定(SMBG)の継続
  • ポンプのアラームへの対応
  • 消耗品の残量管理
  • 緊急時の対応方法の理解

インスリンポンプ(CSII)の導入方法

CSIIの導入は医師と相談の上で計画的に進めます。一般的には入院して操作方法やトラブルの対処法などを学びます。

導入を検討するタイミング

ペン型注射器による治療で血糖コントロールが不安定な場合や、頻繁な低血糖に悩んでいる場合、あるいは生活の自由度を高めたいと強く希望する場合などが、導入を検討する主なタイミングです。

医療機関での相談と検査

まずは主治医にCSIIに関心があることを伝え、治療の適応があるか相談します。

適応があると判断された場合、導入に向けて必要な検査や説明を受けます。

入院による導入教育

安全にCSIIを使いこなすため、多くの医療機関では1~2週間程度の教育入院を行います。

この期間にポンプの操作、注入セットの交換、カーボカウント(炭水化物量の計算)、トラブルシューティングなどを学びます。

導入までの大まかな流れ

期間主な内容場所
導入前医師との相談、適応の判断、検査外来
導入時機器の操作指導、自己管理教育、インスリン量調整入院(1~2週間程度)
導入後定期的な受診、血糖値や設定の確認・調整外来

導入後のフォローアップ

退院後も定期的に外来を受診し、血糖コントロールの状態やポンプの設定が適切かを確認します。

日々の血糖データをもとに、医師や医療スタッフと一緒に設定を微調整していきます。

インスリンポンプ(CSII)にかかる費用

CSIIは健康保険が適用される治療法ですが、ペン型注射器による治療よりも費用がかかります。

ここでは費用の概要を説明します。

導入時の初期費用

教育入院にかかる費用が必要です。

入院期間や医療機関によって異なりますが、高額療養費制度を利用することで自己負担額を抑えることができます。

毎月のランニングコスト(消耗品)

ポンプ本体は医療機関からの貸与ですが、リザーバーや注入セットなどの消耗品は毎月購入します。

これらは在宅自己注射指導管理料として保険適用されます。

CSIIの月間費用(消耗品)の目安(3割負担の場合)

項目費用(月額・目安)備考
在宅自己注射指導管理料約3,500円~4,000円CSIIの場合の管理料
消耗品加算(注入セットなど)約3,500円~4,000円ポンプの種類や使用状況で変動
インスリン製剤・血糖測定チップ使用量に応じて変動ペン型治療と同様に必要

※上記はあくまで目安です。実際の費用は医療機関や処方内容によって異なります。

医療費助成制度の活用

1型糖尿病の患者さんは、小児慢性特定疾病医療費助成制度(18歳未満、条件により20歳未満まで)や、自治体独自の助成制度を利用できる場合があります。

加入している健康保険組合やお住まいの自治体の窓口に確認することをお勧めします。

  • 小児慢性特定疾病医療費助成制度
  • 指定難病医療費助成制度(1型糖尿病は対象外だが合併症による)
  • 各自治体の医療費助成制度

SAP療法とは?CSIIとの連携

近年、CSIIとCGM(持続血糖測定器)を連携させたSAP(Sensor Augmented Pump)療法が普及しています。これにより、さらに高度な血糖管理を目指します。

SAP療法の概要

SAP療法はCGMで測定した皮下のグルコース値をリアルタイムでポンプ画面に表示し、血糖の変動を可視化する治療法です。

血糖値のトレンド(上昇・下降)が矢印で表示されるため、早めの対処が可能になります。

CGM(持続血糖測定器)の役割

CGMは、お腹などに装着した小さなセンサーで皮下のグルコース濃度を5分ごとなど、継続的に測定する機器です。

指先穿刺による血糖自己測定(SMBG)では捉えきれない、食間や夜間の血糖変動を把握するのに役立ちます。

CSIIとCGMを連携させる利点

SAP療法では設定した上限・下限値に血糖値が達すると予測された際にポンプがアラームで知らせてくれます。

さらに、一部の機種では低血糖になる前に自動でインスリン注入を停止する機能(PLGS機能)も搭載されており、重症低血糖の予防に大きく貢献します。

CSII単独とSAP療法の機能比較

機能CSII単独SAP療法
インスリン注入
リアルタイム血糖値表示×
血糖トレンド表示×
予測アラート機能×
低血糖時インスリン自動停止×◯(一部機種)

よくある質問(Q&A)

最後に、インスリンポンプを検討している方からよく寄せられる質問にお答えします。

Q
運動や入浴はどうすれば良いですか?
A

多くのポンプは防水ではないため、入浴や水泳など水に濡れる活動の際は一時的にポンプを取り外します。

取り外す時間は主治医と相談しますが、通常1~2時間程度であれば問題ありません。

その他の運動時はポンプを装着したまま行えます。

運動時のポンプの取り扱い

活動の種類ポンプの取り扱い注意点
ウォーキング、ジョギングなど装着したまま基礎レートを一時的に下げる(テンポラリー)設定を検討
水泳、入浴一時的に取り外す外す前後の血糖測定を推奨
接触の激しいスポーツ取り外すか、専用の保護ケースを使用機器の破損やカニューレの脱落に注意
Q
機器が故障した場合はどうなりますか?
A

ポンプ本体が故障した場合に備え、各メーカーは24時間対応のサポートデスクを設けています。トラブル発生時には電話で指示を仰ぎ、必要であれば代替機が送られてきます。

また、万が一に備えて、ペン型注射器を常に携帯しておくことが重要です。

Q
周囲の人に気づかれませんか?
A

ポンプ本体は小型で、衣服の下に装着すれば外見からはほとんど分かりません。チューブが見えないように工夫することも可能です。

ただし、学校や職場など、身近な人には病気とポンプについて説明し、理解を得ておくと緊急時に安心です。

Q
誰でもインスリンポンプを使えますか?
A

CSIIは強力な治療法ですが、全ての患者さんに適しているわけではありません。

機器の操作や自己管理が複雑なため、患者さん本人の治療意欲と、一定の自己管理能力が必要です。また、家族のサポート体制も大切になります。

最終的な適応は血糖コントロールの状態やライフスタイルなどを総合的に評価し、主治医が判断します。

以上

参考にした論文

MASUDA, Takafumi, et al. Comparison of continuous subcutaneous insulin infusion treatment and multiple daily injection treatment on the progression of diabetic complications in Japanese patients with juvenile‐onset type 1 diabetes mellitus. Journal of diabetes investigation, 2022, 13.9: 1528-1532.

MATSUOKA, Atsuko, et al. Effect of switching from conventional continuous subcutaneous insulin infusion to sensor augmented pump therapy on glycemic profile in Japanese patients with type 1 diabetes. Diabetology international, 2018, 9.3: 201-207.

MURATA, Takashi, et al. The relationship between the frequency of self‐monitoring of blood glucose and glycemic control in patients with type 1 diabetes mellitus on continuous subcutaneous insulin infusion or on multiple daily injections. Journal of diabetes investigation, 2015, 6.6: 687-691.

ABIRU, Norio, et al. Glycemic control status, diabetes management patterns, and clinical characteristics of adults with type 1 diabetes in Japan: Study of Adults’ Glycemia in T1DM subanalysis. Diabetology international, 2021, 12.4: 460-473.

MARUYAMA, Taro, et al. Insulin intervention in slowly progressive insulin-dependent (type 1) diabetes mellitus. The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism, 2008, 93.6: 2115-2121.

KOBAYASHI, Tetsuro, et al. The pharmacokinetics of insulin after continuous subcutaneous infusion or bolus subcutaneous injection in diabetic patients. Diabetes, 1983, 32.4: 331-336.

OHKUBO, Yasuo, et al. Intensive insulin therapy prevents the progression of diabetic microvascular complications in Japanese patients with non-insulin-dependent diabetes mellitus: a randomized prospective 6-year study. Diabetes research and clinical practice, 1995, 28.2: 103-117.

MATSUHISA, Munehide, et al. New insulin glargine 300 U/ml versus glargine 100 U/ml in Japanese adults with type 1 diabetes using basal and mealtime insulin: glucose control and hypoglycaemia in a randomized controlled trial (EDITION JP 1). Diabetes, Obesity and Metabolism, 2016, 18.4: 375-383.

KADOWAKI, Takashi, et al. Safety and efficacy of tirzepatide as an add-on to single oral antihyperglycaemic medication in patients with type 2 diabetes in Japan (SURPASS J-combo): a multicentre, randomised, open-label, parallel-group, phase 3 trial. The Lancet Diabetes & Endocrinology, 2022, 10.9: 634-644.

URAKAMI, Tatsuhiko, et al. Efficacy and safety of switching to insulin glulisine from other rapid‐acting insulin analogs in children with type 1 diabetes. Journal of Diabetes Investigation, 2015, 6.1: 87-90.