インスリン療法は糖尿病治療において血糖コントロールを良好に保つために重要な治療法の一つです。しかし、毎日の注射に痛みを感じて負担に思っている方も少なくありません。
「インスリン注射は痛いもの」と諦めず、痛みを和らげる工夫を知ることが大切です。
この記事ではインスリン注射の痛みの原因を探り、注射針の選び方、痛くない打ち方のコツ、心理的なケアなど痛みを軽減するための具体的な方法を詳しく解説します。
少しでも快適に治療を続けられるよう、参考にしてください。
なぜインスリン注射は痛いと感じるのか
インスリン注射の痛みの感じ方には個人差がありますが、いくつかの要因が関係しています。痛みの原因を知ることで対策を立てやすくなります。
皮膚の痛点について
皮膚には痛みを感じる神経の末端である「痛点」が分布しています。痛点の密度は体の部位によって異なり、痛点が多い場所に針が刺さると、より強く痛みを感じることがあります。
注射部位を選ぶ際に、この痛点の分布を意識することも痛みを和らげる一つの考え方です。
針の太さや形状の影響
注射針が太いほど、また針先の形状が鋭利でないほど、皮膚を通過する際の抵抗が大きくなり痛みを感じやすくなります。
近年技術の進歩により、非常に細く、痛みを軽減するように工夫された形状の注射針が登場しています。使用する針の種類も痛みに影響する重要な要素です。
針の特性と痛みの関係
針の特性 | 痛みの感じやすさ | 理由 |
---|---|---|
太い針 | 痛みを感じやすい | 皮膚への刺激が大きい |
細い針 | 痛みを感じにくい | 皮膚への刺激が小さい |
針先の形状 | 特殊加工で痛みが軽減されることがある | 皮膚への挿入抵抗が少ない |
注射部位による違い
注射する場所によっても痛みの感じ方は異なります。一般的に脂肪が厚く、神経の末端が比較的少ないとされる腹部や太もも、上腕の外側、お尻などは、痛みを感じにくい部位とされています。
毎回同じ場所に注射するのではなく、部位を変えることも大切です。
心理的な要因
注射に対する不安や恐怖心といった心理的な要因も痛みを強く感じさせる一因となります。
「痛いだろう」と思うと体が緊張し、より痛みを感じやすくなることがあります。リラックスして注射に臨むことも痛みを和らげる上で重要です。
痛みを減らす注射針の選び方
注射針の選択はインスリン注射の痛みを軽減するための重要なポイントです。
現在では様々な種類の針がありますので、自分に合ったものを選ぶことが大切です。
注射針の種類と特徴
インスリン注射に用いる針は主にペン型注入器用とシリンジ(注射筒)用があります。
現在、多くの患者さんがペン型注入器を使用しており、その針も様々な長さや太さ(ゲージ:G)のものがあります。ゲージ数が大きいほど針は細くなります。
主な注射針のゲージと太さ
ゲージ (G) | 針の外径 (mm) | 特徴 |
---|---|---|
34G | 0.18 | 現在利用可能な最も細い針の一つ |
32G | 0.23 | 広く使われている細い針 |
31G | 0.25 | 標準的な細さの針 |
より細く短い針の利点
一般的に針は細ければ細いほど、短ければ短いほど、皮膚に刺入するときの痛みや抵抗が少なくなります。
特に32Gや34Gといった極細の針や、長さが4mmや5mmといった短い針は、痛みの軽減に効果が期待できます。
ただし、皮下脂肪の厚さによっては短い針が適さない場合もあるため、医師と相談が必要です。
針の交換頻度と痛み
注射針は毎回新しいものに交換することが原則です。
一度使用した針は針先が曲がったり微細な傷がついたりして切れ味が悪くなり、痛みの原因となります。また、感染のリスクも高まります。必ず一回ごとに交換しましょう。
医師や薬剤師への相談
どの針が自分に適しているかは自己判断せず、必ず医師や薬剤師に相談しましょう。
現在の痛みについて伝え、より痛みの少ない針がないか、変更が可能かなどを尋ねてみることが大切です。
針の長さや太さを変更する際には、医師の指示に従ってください。
痛くない注射部位の選び方とローテーション
注射する場所を工夫することも、痛みを軽減し、インスリンの効果を安定させるために重要です。
推奨される部位を知り、毎回場所を変える「ローテーション」を実践しましょう。
痛点分布と推奨部位
インスリン注射は皮下組織に行います。痛点が少なく、皮下脂肪が十分にある部位が適しています。
一般的に推奨されるのは以下の部位です。
推奨される注射部位
- 腹部(おへその周りを除く)
- 太もも(外側または前面)
- 上腕(外側の中央部)
- 臀部(お尻の上部外側)
これらの部位の中でも特に腹部は範囲が広くローテーションしやすいため、多くの場合第一選択となります。
部位による吸収速度の違い
注射する部位によってインスリンが吸収される速さが異なります。一般的に腹部が最も速く、次いで上腕、太もも、臀部の順で遅くなります。
血糖コントロールを安定させるためには毎回同じ部位(例えば、いつも腹部)に注射し、その中で場所をずらしていく方法が推奨されます。
部位別インスリン吸収速度の目安
注射部位 | 吸収速度 | 主な特徴 |
---|---|---|
腹部 | 速い | 範囲が広く自己注射しやすい |
上腕 | やや速い | 自己注射がやや難しい場合がある |
太もも | やや遅い | 範囲が広くローテーションしやすい |
臀部 | 遅い | 自己注射が難しい場合がある |
注射部位ローテーションの重要性
毎回同じ場所に注射を続けると、その部分の皮下脂肪が硬くなったり(硬結)、逆に増えすぎたりすることがあります。これをリポハイパートロフィー(脂肪織過形成)やリポアトロフィー(脂肪織萎縮)と呼びます。
これらの変化が起こるとインスリンの吸収が不安定になり、血糖コントロールが悪化する原因となりますまた、硬くなった部分への注射は痛みを感じやすくなります。
このような状態になるのを防ぐために、注射部位を毎回2~3cmずつずらすローテーションが重要です。
腹部のローテーション例
週 | エリア | ずらし方 |
---|---|---|
1週目 | 右下腹部 | エリア内で毎回2-3cmずらす |
2週目 | 右上腹部 | エリア内で毎回2-3cmずらす |
3週目 | 左上腹部 | エリア内で毎回2-3cmずらす |
4週目 | 左下腹部 | エリア内で毎回2-3cmずらす |
硬結(しこり)を避ける
注射部位を定期的に自分で触って確認し、硬くなっている場所や痛みのある場所には注射しないようにしましょう。
もし硬結を見つけたら、その場所への注射を避け、医師や看護師に相談してください。
痛みを軽減する注射手技のコツ
注射針や部位の選択だけでなく、注射の手技そのものにも痛みを和らげるコツがあります。正しい手順を身につけて実践しましょう。
注射前の準備(消毒、室温)
注射前には必ず石鹸で手を洗い、清潔にしましょう。
注射部位はアルコール綿で消毒し、完全に乾いてから注射します。アルコールが乾かないうちに注射すると、しみるような痛みを感じることがあります。
また、冷蔵庫で保管していたインスリン製剤は注射前に室温に戻しておきましょう。冷たいまま注射すると痛みを感じやすくなります。
注射前のチェックポイント
項目 | 確認内容 | 理由 |
---|---|---|
手指衛生 | 石鹸で手を洗う | 感染予防 |
インスリン製剤 | 室温に戻っているか確認 | 冷たいと痛みを感じやすい |
消毒 | アルコール綿で消毒し、乾かす | 感染予防、しみる痛みの防止 |
針の刺し方(角度、速さ)
針を刺すときは、ためらわずに、皮膚に対して垂直(90度)に、または医師の指示に従った角度で、素早く刺すのがコツです。ゆっくり刺すと、かえって痛みを感じやすくなります。
皮膚をつまむ必要がある場合(皮下脂肪が薄い方など)は医師や看護師の指導に従ってください。
インスリンの注入速度
インスリンを注入する際はゆっくりと時間をかけて注入しましょう。急いで注入すると皮下に圧力がかかり、痛みや液漏れの原因になることがあります。
注入ボタンを押し切ってから数秒(5~10秒程度)待ってから針を抜くと確実に全量が注入され、液漏れも防ぎやすくなります。
抜針時の注意点
針を抜く場合も刺した時と同じ角度で、まっすぐ素早く抜きましょう。
針を抜いた後に注射部位を揉む必要はありません。揉むとインスリンの吸収が速くなりすぎたり、内出血の原因になったりすることがあります。軽く押さえる程度にしましょう。
注射時の皮膚の状態を整える
注射部位の皮膚の状態を良好に保つことも痛みの軽減につながります。日頃からのスキンケアが大切です。
皮膚の清潔と乾燥
注射部位は常に清潔に保ちましょう。入浴時には石鹸で優しく洗い、清潔なタオルで水分を拭き取ります。ゴシゴシこすりすぎると皮膚を傷つける可能性があるので注意が必要です。
消毒後はしっかり乾燥させることが、痛みの軽減と感染予防の両面で重要です。
保湿による皮膚の柔軟性維持
皮膚が乾燥していると硬くなり、針が刺さるときの抵抗が大きくなって痛みを感じやすくなります。
特に入浴後などは刺激の少ない保湿剤(ローションやクリーム)を塗って、皮膚の潤いを保ち、柔軟性を維持するよう心がけましょう。
ただし、注射直前の保湿剤の使用は避け、注射部位には塗らないようにしてください。
冷やすことの効果と注意点
注射前に注射部位を短時間冷やす(保冷剤をタオルで包んで当てるなど)と皮膚の感覚が鈍くなり、痛みが和らぐことがあります。
ただし、冷やしすぎると血行が悪くなり、インスリンの吸収に影響が出る可能性も考えられます。
試す場合はごく短時間にとどめ、事前に医師に相談するとよいでしょう。
心理的な痛みの緩和策
注射への不安や恐怖心が強いと痛みを感じやすくなることがあります。リラックスして注射に臨むための工夫も試してみましょう。
リラックスできる環境づくり
注射をする際は時間に余裕を持ち、落ち着ける場所で行いましょう。
深呼吸をする、好きな音楽を聴くなど、自分がリラックスできる方法を見つけることが大切です。
リラックスのための工夫例
- 深呼吸をする
- 好きな音楽をかける
- 落ち着ける場所で行う
- 時間に余裕を持つ
注意をそらす工夫
注射の瞬間に意識を集中しすぎると痛みを感じやすくなります。
テレビを見ながら、家族と話しながらなど、何か他のことに注意を向けながら注射を行うと痛みが気になりにくくなることがあります。
痛みを記録することの意味
いつ、どこに注射して、どの程度の痛みがあったかを簡単に記録しておくと、痛みの傾向(特定の部位で痛みが強い、体調による変化など)が分かり、対策を立てやすくなります。
また、診察時に医師や看護師に具体的な状況を伝えやすくなります。
痛みの記録項目例
記録項目 | 内容例 | 目的 |
---|---|---|
日時 | 5月1日 朝食前 | いつの注射か特定 |
注射部位 | 右腹部 | ローテーション管理、部位との関連確認 |
痛みの程度 | 少しチクッとした (10段階で2) | 痛みの傾向把握、改善度の確認 |
医療スタッフとの良好な関係
注射に関する悩みや不安は、一人で抱え込まず、医師、看護師、薬剤師などの医療スタッフに遠慮なく相談しましょう。
専門的なアドバイスを受けることで問題解決の糸口が見つかることがあります。信頼できる医療スタッフとの良好な関係は治療を続ける上での大きな支えとなります。
よくある質問
インスリン注射の痛みに関して患者さんからよく寄せられる質問にお答えします。
Q. 毎回同じ場所に注射してもいいですか?
A. いいえ、推奨しません。毎回同じ場所に注射を続けると皮膚の下にしこり(硬結)ができやすくなります。
硬結ができるとインスリンの吸収が悪くなったり、不安定になったりして血糖コントロールに影響が出ますし、注射時の痛みも感じやすくなります。
必ず毎回注射する場所を前回から2~3cmずらす「ローテーション」を行ってください。
Q. 針を刺すのが怖いのですが、どうすればいいですか?
A. 針を刺すことへの恐怖心は痛みをより強く感じさせる要因になります。まずはできるだけ細く短い針に変更できないか医師に相談してみましょう。
また、注射する際は深呼吸をしてリラックスし、テレビを見たり音楽を聴いたりして注意をそらす工夫も有効です。
ためらわずに素早く刺すこともコツの一つです。
どうしても怖い場合は注入器によっては針が隠れて見えないタイプのものや、自動で針を刺してくれる補助具などもありますので、医療スタッフに相談してみてください。
Q. 痛みが強い場合、何が考えられますか?
A. 痛みが通常より強い場合、いくつかの原因が考えられます。
①針が痛点に当たった
②針を再利用している(針先が鈍くなっている)
③アルコール消毒が乾かないうちに注射した
④インスリン製剤が冷たかった
⑤注射部位に硬結がある
⑥針が筋肉まで達してしまった(特に痩せている方)
などが考えられます。
痛みが続く場合や毎回強い痛みを感じる場合は注射手技や部位、針の種類などを見直す必要があるかもしれませんので、医師や看護師に相談してください。
Q. 痛くない針はありますか?
A. 残念ながら完全に「無痛」の針というものはありません。
しかし、技術の進歩により、針はどんどん細く、短く、そして針先の形状も痛みを軽減するように工夫されています。現在では34G(ゲージ)という極細の針も利用可能です。
どの針がご自身にとって最も痛みが少ないかは個人差もありますので、痛みが気になる場合は、より細い針や短い針に変更できないか、医師や薬剤師に相談してみることをお勧めします。
以上
参考にした論文
YOSHIOKA, Narihito, et al. Differences in physician and patient perceptions about insulin therapy for management of type 2 diabetes: the DAWN Japan study. Current Medical Research and Opinion, 2014, 30.2: 177-183.
HAYASHINO, Yasuaki, et al. Burden of Current Insulin Therapy and Expectations for Future Insulin Therapy: Results from INBEING, a Web-Based Survey in Japan. Diabetes Therapy, 2024, 1-19.
HARASHIMA, Shin-ichi; NISHIMURA, Akiko; INAGAKI, Nobuya. Attitudes of patients and physicians to insulin therapy in Japan: an analysis of the Global Attitude of Patients and Physicians in Insulin Therapy study. Expert Opinion on Pharmacotherapy, 2017, 18.1: 5-11.
ISHII, Hitoshi, et al. Quality of Life in Japanese People with Type 2 Diabetes Switching from Multiple Daily Insulin Injections to Once-Daily iGlarLixi: SIMPLIFY Japan. Diabetes Therapy, 2024, 15.11: 2381-2400.
NAKATANI, Yuki, et al. Improvement of glycemic control by re-education in insulin injection technique in patients with diabetes mellitus. Advances in therapy, 2013, 30: 897-906.
CHANTELAU, E., et al. What makes insulin injections painful?. BMJ: British Medical Journal, 1991, 303.6793: 26.
IWANAGA, Midori; KAMOI, Kyuzi. Patient perceptions of injection pain and anxiety: a comparison of NovoFine 32-gauge tip 6mm and Micro Fine Plus 31-gauge 5mm needles. Diabetes technology & therapeutics, 2009, 11.2: 81-86.
INAGAKI, Nobuya, et al. Efficacy and safety profile of exenatide once weekly compared with insulin once daily in Japanese patients with type 2 diabetes treated with oral antidiabetes drug (s): results from a 26-week, randomized, open-label, parallel-group, multicenter, noninferiority study. Clinical therapeutics, 2012, 34.9: 1892-1908. e1.
MIWA, Takashi, et al. Comparison of the effects of a new 32-gauge× 4-mm pen needle and a 32-gauge× 6-mm pen needle on glycemic control, safety, and patient ratings in Japanese adults with diabetes. Diabetes Technology & Therapeutics, 2012, 14.12: 1084-1090.
HANAS, Ragnar. Reducing injection pain in children and adolescents with diabetes: a review of indwelling catheters. Pediatric diabetes, 2004, 5.2: 102-111.
ISHII, Hitoshi, et al. Improvement of quality of life through glycemic control by liraglutide, a GLP-1 analog, in insulin-naive patients with type 2 diabetes mellitus: the PAGE1 study. Diabetology & metabolic syndrome, 2017, 9: 1-10.