インスリン自己注射を毎日続けていると、「今日は痛かった」「昨日は全く痛くなかった」と感じることがあるのではないでしょうか。この痛みの違いは、偶然ではありません。
注射針の扱い方、注射する場所、インスリンの温度など、いくつかの要因が重なって痛みを感じやすくなることがあります。毎日のことだからこそ、少しでも痛みやストレスを減らしたいものです。
この記事ではインスリン注射で痛みを感じる時と感じない時の違いは何か、その原因を詳しく探ります。そして、痛みを軽減するための具体的な手技のコツや準備について分かりやすく解説していきます。
インスリン注射で痛みを感じる根本的な理由
まず、なぜインスリン注射で痛みを感じることがあるのか、その基本的な理由を理解することが大切です。痛みの原因を知ることで、対策も立てやすくなります。
なぜ毎回痛みの感じ方が違うのか
注射の痛みが日によって違うのは、針が刺さる場所の状態が毎回異なるためです。
皮膚には痛みを感じる「痛点」が分布していますが、その密度は均一ではありません。偶然、痛点に針が当たってしまうと強く痛みを感じ、痛点を避けることができれば痛みはほとんど感じません。
これが、痛い時と痛くない時がある大きな理由の一つです。
痛みの原因となる皮膚の「痛点」
痛点とは、皮膚の表面近くに点在する、痛みという刺激を感知する神経の末端です。
非常に小さく目には見えませんが、体中に無数にあります。注射針が細ければ細いほど、痛点に当たる確率は低くなります。
現在のインスリン注射針は極細に作られており、痛点に当たりにくくはなっていますが、完全に避けることは難しいのが現状です。
痛みの感じ方を左右する主な要因
要因 | 説明 |
---|---|
痛点への接触 | 針先が偶然、痛みを感じる神経の末端に当たると強い痛みを感じる |
注射部位の皮膚の状態 | 乾燥や炎症がある皮膚は刺激に敏感になり、痛みを感じやすい |
精神的な状態 | 緊張や不安が強いと痛みに対して過敏になることがある |
針の物理的な刺激と薬液の化学的な刺激
注射の痛みは、針が皮膚を通過する時の「物理的な刺激」だけではありません。インスリンの薬液が皮下組織に注入される際の「化学的な刺激」も痛みの原因となり得ます。
薬液のpH(酸性・アルカリ性の度合い)や浸透圧が体液と異なると、刺激となって痛みを感じることがあります。
また、冷たい薬液を注入すると、その温度差が刺激になることもあります。
注射が痛い時に考えられる手技上の原因
日々の自己注射の中で、無意識に行っている手技が痛みを強くしている可能性があります。
ここでは、痛みにつながりやすい具体的な手技上の原因を見ていきましょう。
注射針の再利用による針先の劣化
注射針は、一度使用するだけで目に見えないレベルで針先が曲がったり、コーティングが剥がれたりします。同じ針を再利用すると、劣化した針先が皮膚組織を傷つけ、強い痛みの原因となります。
また、感染症のリスクも高まるため、注射針は必ず毎回新しいものに交換することが重要です。
針を再利用するリスク
- 注射時の痛みの増大
- 皮下組織の損傷
- 感染症のリスク
- 針の内部でのインスリン結晶化
冷たいインスリンの注入による刺激
冷蔵庫から出したばかりの冷たいインスリンをそのまま注射すると体温との温度差が刺激となり、注入時に痛みを感じやすくなります。
インスリンは注射する前に室温に戻しておくことで、この種の痛みを和らげることができます。
誤った筋肉内への注射
インスリンは皮下組織に注射するのが基本です。しかし、針が長すぎたり、刺す角度が深すぎたりすると、皮下脂肪の下にある筋肉層まで針が達してしまう「筋肉注射」になることがあります。
筋肉には血管や神経が豊富なため、筋肉注射は強い痛みを伴いやすく、さらにインスリンの吸収が速くなりすぎて低血糖のリスクも高まります。
筋肉注射になりやすい状況
状況 | 説明 |
---|---|
痩せている方 | 皮下脂肪が薄いため、針が筋肉まで届きやすい |
長すぎる針の使用 | 特に4mm針など短い針が推奨される部位で8mm針などを使用する |
不適切な皮膚のつまみ方 | 皮膚と一緒につまんだ筋肉に注射してしまう |
消毒用アルコールが乾く前の注射
注射部位を消毒用アルコール綿で拭いた後、アルコールが完全に乾かないうちに針を刺すと、針と一緒にアルコールが皮膚の中に入り込み、しみるような痛みを引き起こします。
消毒後はアルコールが自然に乾燥するのを数秒待つことが大切です。うちわなどで扇いで乾かす必要はありません。
痛みを減らすための注射前の正しい準備
注射そのものだけでなく、その前の準備段階を丁寧に行うことが痛みの軽減に大きく貢献します。
ここでは、すぐに実践できる準備のコツを紹介します。
インスリン製剤を室温に戻しておく
使用前のインスリンは冷蔵庫で保管しますが、注射する15分から30分前には冷蔵庫から出し、室温に慣らしておきましょう。
手のひらで軽く転がすように温めるのも良いですが、振ったり、急激に温めたりするとインスリンの品質が変わる可能性があるので避けてください。
毎回必ず新しい針に交換する
痛みを減らし、安全に注射を行うための基本中の基本です。
注射の直前に新しい針を開封し、ペン型注入器に装着する習慣をつけましょう。これにより、常に鋭利で清潔な針を使用でき、痛みと感染のリスクを最小限に抑えます。
針の交換を忘れないための工夫
工夫の例 | 具体的な方法 |
---|---|
注射の流れに組み込む | 「単位を合わせる前に針を付ける」など、自分なりの手順を決める |
使用済み針はすぐ外す | 注射が終わったら、すぐに針を外して安全な容器に捨てる |
注射部位の皮膚を清潔で柔軟に保つ
注射する部位の皮膚は常に清潔に保つことが大切です。入浴時には優しく洗い、乾燥が気になる場合は保湿クリームなどでケアしましょう。
皮膚が硬かったり乾燥していたりすると、針が刺さる時の抵抗が大きくなり、痛みを感じやすくなります。
心と体のリラックス
注射への恐怖心や緊張は体をこわばらせ、痛みを増幅させます。注射の前には深呼吸をする、好きな音楽を聴くなど、自分がリラックスできる方法を見つけることが大切です。
落ち着いた状態で注射に臨むことで筋肉の不要な緊張が解け、針がスムーズに入りやすくなります。
痛くない注射手技の具体的なコツ
準備が整ったら、次はいよいよ注射です。針の刺し方や注入の仕方など少しのコツを意識するだけで、痛みは大きく変わります。
針を刺す角度とスピード
針は皮膚に対して90度の角度で、ためらわずにまっすぐ刺します。
斜めに刺したり、ゆっくり恐る恐る刺したりすると、かえって皮膚の表面を傷つける範囲が広がり、痛みを感じやすくなります。
ダーツを投げるようなイメージで、リズミカルに刺すのがコツです。
皮膚の正しいつまみ方(つまみ上げ)
特に痩せ型の方や6mm以上の針を使う場合は、筋肉注射を避けるために皮膚をつまみ上げて注射します。このとき、親指と人差し指で皮膚と皮下脂肪だけを優しくつまみ上げます。
強くつまみすぎたり、筋肉まで一緒につまんだりすると、痛みや筋肉注射の原因になるため注意が必要です。
皮膚のつまみ方の比較
ポイント | 良い例 | 避けるべき例 |
---|---|---|
指の使い方 | 親指と人差し指(+中指)で優しく持ち上げる | 指全体でわしづかみにする |
つまむ強さ | 皮膚が白くならない程度の力 | 強く握りしめる |
インスリンの注入はゆっくりと
針を刺したら、注入ボタンを最後までゆっくりと押し込みます。急いで注入すると皮下組織に圧力がかかり、痛みや薬液の漏れの原因となります。
ご自身のペースで、5秒から10秒くらいかけて注入するのが目安です。
注入後に10秒数えてから針を抜く
注入ボタンを押し切った後、すぐに針を抜いてはいけません。ボタンを押したままの状態で、心の中でゆっくり10まで数えましょう。
この「待ち時間」により、インスリンが全量確実に注入され、針穴からの薬液の逆流を防ぎます。このひと手間が結果的に効果を安定させます。
注射部位の選び方と管理で痛みを減らす
どこに注射するかも痛みの感じ方を大きく左右する要素です。痛みが少なく、かつインスリンが安定して吸収される部位を選び、管理することが大切です。
痛点や神経が少ない場所を選ぶ
一般的に、腹部(おへそ周りを避ける)、大腿部の外側、上腕部の後ろ側(二の腕)、臀部(おしり)が注射に適した部位とされています。
これらの部位の中でも毎回同じ場所ではなく、少しずつ場所をずらして、見た目や触った感じで硬くなっていない、柔らかい場所を選びましょう。
主な注射部位と痛みの感じやすさ(個人差あり)
部位 | 特徴 |
---|---|
腹部 | 皮下脂肪が厚く、範囲も広いため、痛みが少ないと感じる人が多い |
大腿部 | 自分で注射しやすいが、筋肉が発達していると筋肉注射になりやすい |
上腕部 | 皮下脂肪が薄いと痛みを感じやすいことがある |
注射部位のローテーションを徹底する
痛みを避けるため、そしてインスリンの効果を安定させるために、注射部位のローテーションは非常に重要です。
同じ場所に繰り返し注射すると皮膚の下が硬くなる「リポハイパートロフィー(脂肪織硬結)」を起こします。
この部分は痛みを感じにくいため、つい注射しがちですが、インスリンの吸収が極端に悪くなるので絶対に避けなければなりません。
リポハイパートロフィー(脂肪織硬結)を避ける
注射部位は毎回前回注射した場所から指2本分(約2-3cm)はずらすようにします。
「右上腹部→左上腹部→右下腹部→左下腹部」のように、部位を4分割して1週間ごとに場所を変えるなど、自分なりのルールを作ると管理しやすくなります。
定期的に注射部位を自分で触って、硬いしこりがないか確認する習慣もつけましょう。
道具の選択と工夫で痛みを軽減する
現在使用している注射針や注入器が、ご自身に合っていない可能性もあります。道具を見直すことも、痛みを減らす有効な手段です。
より細く短い注射針を検討する
注射針の技術は進歩しており、より細く、より短い針が開発されています。現在主流の針は直径0.2mm前後、長さ4mmといった極細・短針です。
もしこれより太い、あるいは長い針を使用していて痛みが気になる場合は、医師に相談の上、より細く短い針に変更できないか検討してみましょう。
注射針の太さ(G)と外径
ゲージ(G) | 外径(mm) | 特徴 |
---|---|---|
32G | 0.23-0.25 | 現在、広く使われている細い針 |
34G | 0.18 | 極細の針で、より痛みが少ないとされる |
電動式の注入補助具などを活用する
針を刺す瞬間のためらいや恐怖心が強い方のために、ボタンを押すだけで自動的に針の穿刺とインスリンの注入を行ってくれる電動式の注入補助具もあります。
手動での操作に不安がある場合や手先の震えなどがある場合には、このような補助具の活用も一つの選択肢です。かかりつけの医療機関で相談できます。
針の正しい保管方法
未使用の注射針は、清潔で乾燥した場所に箱に入れたまま室温で保管します。
極端に暑い場所や湿気の多い場所、直射日光が当たる場所は避けてください。品質の劣化は痛みの原因にもつながります。
インスリン注射に関するよくある質問
最後に、注射の痛みに関して患者様からよく寄せられる質問とその回答をまとめました。
- Q注射部位を冷やしたり温めたりするのは効果がありますか?
- A
注射する直前に注射部位を保冷剤や氷で数秒間冷やすと、皮膚の感覚が鈍くなり針を刺す時の痛みを和らげる効果が期待できます。ただし、冷やしすぎないように注意してください。
一方、注射部位を温めることは血行が良くなりインスリンの吸収が速まる可能性があるため、通常は推奨されません。
- Q注射後にマッサージをしてもいいですか?
- A
注射した後は、その部位をもんだりマッサージしたりしてはいけません。もむことによってインスリンが急激に吸収され、予期せぬ低血糖を引き起こす危険性があります。
注射後は針を抜いた場所を軽く押さえる程度にしてください。
注射後にしてはいけないこと
- 注射部位をもむ・こする
- すぐに激しい運動をする
- 注射後すぐに入浴する(特に熱いお湯)
- Qどうしても注射が怖い場合はどうすればいいですか?
- A
注射に対する恐怖心が強いことは決して珍しいことではありません。一人で抱え込まず、まずはかかりつけの医師や看護師、薬剤師にその気持ちを正直に話してみてください。
痛みを減らすための手技を一緒にもう一度確認したり、より痛みの少ない方法を検討したりすることで、気持ちが楽になることもあります。
専門のカウンセラーによるカウンセリングが有効な場合もあります。
以上
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