インスリン治療を行っている方にとって、「インスリン1単位で血糖値がどれくらい下がるのか」は大変気になる点だと思います。

血糖コントロールを良好に保つためにはインスリンの効果を理解し、ご自身の状態に合わせて調整することが重要です。

しかしインスリンの効果には個人差があり、一概に「1単位で〇〇mg/dL下がる」と断言することは難しいのが現状です。

この記事ではインスリン1単位の血糖降下効果の一般的な目安や効果に影響を与える様々な要因、そしてご自身のインスリン効果を把握するためのポイントについて分かりやすく解説します。

インスリン治療の基本を理解する

インスリン治療は糖尿病治療における重要な選択肢の一つです。まず、インスリン治療の基本的な知識について確認しましょう。

インスリンの役割とインスリン治療

インスリンは膵臓から分泌されるホルモンで、血液中のブドウ糖(血糖)を細胞に取り込ませることで血糖値を下げる働きがあります。

糖尿病になると、このインスリンの分泌が不足したり、インスリンが効きにくくなったり(インスリン抵抗性)します。

インスリン治療は不足しているインスリンを体外から補充することで血糖値をコントロールし、合併症の発症や進行を防ぐことを目的とします。

インスリン治療の主な目的

  • 血糖値の安定化
  • 糖尿病合併症の予防・進行抑制
  • QOL(生活の質)の維持・向上

インスリン製剤の種類と特徴

インスリン製剤には効果が現れるまでの時間や持続時間によっていくつかの種類があります。

患者さんの血糖値のパターンやライフスタイルに合わせて医師が適切な製剤を選択します。

主なインスリン製剤の種類と作用

種類作用発現時間最大作用時間作用持続時間
超速効型約10~20分約1~3時間約3~5時間
速効型約30分~1時間約2~4時間約5~8時間
中間型約0.5~3時間約4~12時間約18~24時間
持効型溶解約1~4時間ほぼなし(平坦)約24時間またはそれ以上
配合溶解(各成分の特性による)

これらのインスリン製剤を単独で、あるいは組み合わせて使用します。

インスリンの「単位」とは何か

インスリンの量は「単位」という独自の指標で表します。これはインスリンの生物学的な作用の強さを示すもので、重さや体積ではありません。

医師は患者さんの血糖値や食事量、活動量などに応じて注射するインスリンの単位数を指示します。この単位数を正確に守ることが、安全で効果的なインスリン治療を行う上で非常に大切です。

インスリン1単位の血糖降下効果の目安

インスリン1単位でどれくらい血糖値が下がるかは多くの患者さんが知りたい情報です。

しかし前述の通り、この効果には個人差が大きいことをまず理解してください。

一般的な目安としての考え方

あくまで大まかな目安としてインスリン感受性が平均的な成人の場合、超速効型または速効型インスリン1単位で血糖値が約50mg/dL程度下がると言われることがあります(「50の法則」や「1800ルール」をインスリン量で割る考え方などもありますが、ここでは簡略化して説明します)。

しかしこれは非常に単純化した目安であり、全ての人に当てはまるわけではありません。

血糖降下効果の目安(超速効型・速効型インスリン)

インスリン感受性1単位あたりの血糖降下目安 (mg/dL)備考
高い(効きやすい)50以上少量で大きく下がる可能性
平均的約30~50一般的な目安
低い(効きにくい)30未満多くの量が必要な可能性

この表はあくまで概念的なものであり、実際の数値は個人によって大きく異なります。

インスリンの種類による違い

血糖値を下げる効果を期待して使用するのは主に超速効型や速効型インスリンです。これらは食後の血糖上昇を抑えるために食事の直前や食前に注射します。

一方、持効型インスリンは1日を通して基礎的なインスリン分泌を補い、血糖値を安定させることを目的とするため、「1単位でどれだけ下がるか」というよりは、空腹時血糖を目標範囲に保つために単位数を調整します。

個人差が大きいことを常に意識する

インスリン1単位の効果は後述する様々な要因によって大きく変動します。

一般的な目安は参考程度にとどめ、ご自身の体で実際にどの程度の効果があるのかを血糖測定を通じて把握していくことが何よりも重要です。

血糖降下効果に影響を与える個人差の要因

インスリン1単位の血糖降下効果には、なぜこれほど個人差が生じるのでしょうか。その主な要因について解説します。

体重とインスリン感受性

一般的に体重が多い方や肥満傾向にある方はインスリンが効きにくい「インスリン抵抗性」の状態にあることが多く、同じ1単位のインスリンでも血糖降下効果が小さくなる傾向があります。

逆に痩せている方やインスリン感受性が高い方は少ないインスリン量でも血糖値が大きく下がることがあります。

インスリン感受性については後ほど詳しく説明します。

食事の内容と量

食事に含まれる炭水化物の量は食後の血糖値に最も大きな影響を与えます。炭水化物の量が多い食事をとれば、それだけ多くのインスリンが必要になります。

また、脂質の多い食事は血糖値の上昇が緩やかになったり、遅れて上昇したりすることがあり、インスリンの効果のタイミングとずれが生じることもあります。

食物繊維の多い食事は血糖値の急激な上昇を抑える効果が期待できます。

食事内容とインスリン効果への影響

食事要素血糖値への影響インスリン効果への影響
炭水化物量多いほど上昇大多く必要になる
脂質量上昇が遅れる、持続する可能性効果のタイミングに注意
食物繊維上昇を緩やかにする必要量が減る可能性

運動量と活動レベル

運動はインスリンとは独立した作用で血糖値を下げる効果があります。また、運動を継続することでインスリン感受性が高まり、インスリンが効きやすくなることも知られています。

このため運動の有無や強度によって同じインスリン量でも血糖降下作用が大きく変わることがあります。

特にインスリン注射後に普段より激しい運動をすると低血糖のリスクが高まるため注意が必要です。

ストレスや体調(シックデイなど)

精神的なストレスや睡眠不足、あるいは風邪や感染症などの体調不良(シックデイ)の際には血糖値を上げるホルモン(コルチゾールやアドレナリンなど)の分泌が増加し、インスリンが効きにくくなることがあります。

このような時は普段と同じインスリン量では血糖コントロールが難しくなることがあります。

シックデイの際の対応については事前に医師とよく相談しておくことが大切です。

シックデイの主な症状

  • 発熱
  • 下痢・嘔吐
  • 食欲不振

インスリン感受性とは何か

インスリンの効き具合を表す「インスリン感受性」はインスリン1単位の効果を左右する重要な要素です。

インスリンの「効きやすさ」を示す指標

インスリン感受性とは一定量のインスリンに対して体がどれだけ効率よく反応し血糖値を下げられるか、という「効きやすさ」の度合いを指します。

インスリン感受性が高い人は少ないインスリンでも血糖値がよく下がります。

逆にインスリン感受性が低い(インスリン抵抗性がある)人は多くのインスリンを使わないと血糖値が下がりにくくなります。

インスリン感受性が高い場合と低い場合

インスリン感受性が高い状態はインスリンが効率よく働いていることを意味します。適度な運動習慣がある人や標準体重を維持している人に多く見られます。

一方、インスリン感受性が低い状態(インスリン抵抗性)は肥満、運動不足、ストレス、遺伝的要因などによって引き起こされます。2型糖尿病の主要な原因の一つでもあります。

インスリン感受性の状態と特徴

状態インスリンの効き血糖降下関連要因例
感受性が高い良い少量で効果的運動習慣、標準体重
感受性が低い(抵抗性あり)悪い多くの量が必要肥満、運動不足、遺伝

インスリン感受性に影響を与える要素

インスリン感受性は固定されたものではなく、生活習慣などによって変動します。

体重管理(特に内臓脂肪の減少)、定期的な運動(有酸素運動・筋力トレーニング)、バランスの取れた食事、十分な睡眠、ストレス管理などがインスリン感受性を改善する上で重要です。

これらの生活習慣の改善はインスリン治療の効果を高めるだけでなく、糖尿病治療全体において大切な取り組みです。

自分のインスリン感受性を知る方法

自分のインスリン感受性を正確な数値で把握することは簡単ではありませんが、日々の血糖測定の結果やインスリンの使用量、体重の変化などを医師に伝え、相談することで、おおよその傾向を把握することができます。

医師はこれらの情報をもとに、患者さん一人ひとりのインスリン感受性を考慮しながらインスリン量の調整を行います。

インスリン効果を正確に把握するためのポイント

インスリン1単位の効果には個人差があるため、ご自身の体でどのように作用するかを把握することが血糖コントロールの鍵となります。

血糖自己測定(SMBG)の重要性

血糖自己測定(Self-Monitoring of Blood Glucose: SMBG)はインスリン効果を把握するための最も直接的で重要な手段です。

インスリン注射前後の血糖値や食事・運動後の血糖値を測定することでインスリンがどの程度血糖値を下げたか、食事や運動が血糖値にどう影響したかなどを具体的に知ることができます。

医師の指示に従い、適切なタイミングで測定しましょう。

記録をつけることの意義

測定した血糖値だけでなく、食事の内容や量、運動の種類や時間、インスリンの単位数、体調などを記録しておくことは非常に有益です。

これらの記録を見返すことで、ご自身の血糖値の変動パターンやインスリン効果に影響を与える要因が見えてきます。

この記録は医師が治療方針を決定する上でも貴重な情報源となります。

血糖自己測定の記録項目例

項目記録内容の例ポイント
測定日時月/日 時:分正確な時間を記録
血糖値〇〇 mg/dL食前・食後などタイミングも記載
インスリン種類、単位数、注射部位変更点があれば特記
食事内容、炭水化物量(概算)特に影響の大きそうなものを記録
その他運動、体調、低血糖症状など気づいたことをメモ

医師や医療スタッフとの情報共有

血糖自己測定の記録やインスリン治療で困っていること、疑問に思うことは定期的な診察の際に必ず医師や看護師、管理栄養士などの医療スタッフに伝えましょう。

専門家からのアドバイスを受けることで、より安全で効果的な血糖コントロールが可能になります。

自己判断でインスリンの量を変更することは避け、必ず医師の指示に従ってください。

シックデイルールとインスリン調整

風邪や胃腸炎などで体調を崩した日(シックデイ)は、食事がとれなくても血糖値が上昇したり、逆に低血糖になったりと不安定になりがちです。

このような時のインスリンの調整方法(シックデイルール)については、あらかじめ主治医とよく相談し、指示を受けておくことが重要です。自己判断は危険を伴うことがあります。

インスリン治療における注意点

インスリン治療を安全かつ効果的に行うためにはいくつかの注意点を守ることが大切です。

低血糖のリスクと対処法

インスリン治療で最も注意すべき副作用の一つが低血糖です。インスリンが効きすぎたり、食事量が少なかったり、空腹時に運動したりすると起こりやすくなります。

低血糖の症状(冷や汗、動悸、手の震え、強い空腹感など)が現れたら、速やかにブドウ糖や砂糖を含む飲料・食品を摂取します。常にブドウ糖などを携帯するようにしましょう。

低血糖の主な症状

初期症状進行した場合の症状重症の場合
冷や汗、動悸、震え頭痛、目のかすみ、集中力低下意識障害、けいれん
強い空腹感、不安感眠気、めまい、脱力感昏睡

重症低血糖で意識がない場合はすぐに救急車を呼ぶか、周囲の人に助けを求めてください。

家族や周囲の人にも低血糖時の対応について理解してもらうことが大切です。

注射部位の管理

インスリンは毎回同じ場所に注射すると皮膚が硬くなったり(硬結)、脂肪組織が萎縮したり増殖したりすることがあり、インスリンの吸収が不安定になる原因となります。

これを避けるため、注射部位は毎回少しずつずらす(ローテーションする)必要があります。腹部、太もも、上腕部、臀部などが主な注射部位です。

インスリン注射部位のローテーション例

  • 腹部(おへその周りを避けて)
  • 太ももの外側
  • 腕の外側(肩から肘の間)
  • お尻

具体的なローテーション方法については医師や看護師に指導を受けてください。

インスリン製剤の正しい保管方法

インスリン製剤は温度変化に弱いため、適切な方法で保管することが重要です。

未使用のインスリンは凍結を避け、冷蔵庫(2~8℃)で保管します。現在使用中のインスリンは、室温(1~30℃程度、製品により異なる)で保管できますが、高温や直射日光を避けてください。

使用期限の切れたインスリンは使用しないでください。

インスリン製剤の一般的な保管方法

状態保管場所注意点
未使用冷蔵庫(2~8℃)凍結させない
使用中室温(製品の指示に従う)高温・直射日光・凍結を避ける

詳細は各製剤の説明書を確認してください。

定期的な受診の重要性

インスリン治療は定期的な医師の診察と検査に基づいて行います。血糖コントロールの状態や合併症の有無などを評価し、必要に応じて治療内容を見直します。

自己判断で治療を中断したり通院をやめたりすることなく、必ず定期的に受診してください。

よくある質問(Q&A)

インスリン1単位の効果やインスリン治療に関して、患者さんからよく寄せられるご質問とその回答をまとめました。

Q
インスリンの単位を自己判断で変更しても良いですか?
A

いいえ、絶対に自己判断でインスリンの単位数を変更しないでください。

インスリン量の調整は血糖値の変動や食事、運動、体調などを総合的に考慮して医師が行います。

自己判断による変更は高血糖や重篤な低血糖を引き起こす可能性があり危険です。変更したい場合は必ず主治医に相談してください。

Q
インスリン注射を忘れた場合はどうすれば良いですか?
A

インスリン注射を忘れた場合の対処法はインスリンの種類や次の食事までの時間などによって異なります。

基本的には気づいた時点ですぐに主治医に連絡し、指示を仰いでください。自己判断で2回分を一度に注射したりすることは絶対にしないでください。

忘れないように注射する時間やタイミングを決めておく、アラームをセットするなどの工夫も有効です。

Q
インスリン1単位で下がる血糖値がいつもと違う気がします。なぜですか?
A

インスリン1単位の血糖降下効果は食事内容、食事量、運動量、体調、ストレス、注射部位、インスリン感受性の変化など様々な要因で変動します。

いつもと違うと感じた場合はその時の状況(食事、運動、体調など)を記録し、血糖値を測定して主治医に相談してください。

原因を特定し、必要であればインスリン量の調整を検討します。

Q
旅行や外食時のインスリン調整はどうすれば良いですか?
A

旅行や外食時は普段と食事の内容や量、活動量が変わることが多いため、血糖値が変動しやすくなります。

事前に主治医と相談し、インスリン量の調整方法や食事の注意点、低血糖時の対処法などについて具体的な指示を受けておくことが大切です。

血糖測定器やブドウ糖なども忘れずに持参しましょう。

以上

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