インスリン治療を始めたけれど、「インスリンの投与量はどうやって決まるの?」「自分で計算する方法はあるの?」「単位の決め方がよくわからない」といった疑問をお持ちではありませんか。

適切なインスリン投与量は良好な血糖コントロールと安全な治療継続のために非常に重要です。

この記事ではインスリン投与量の基本的な考え方から、医師がどのように投与量を決定し調整していくのか、そして患者さん自身が知っておくべきポイントについて糖尿病内科の視点から分かりやすく解説します。

インスリン治療と投与量の基本

まず、インスリン治療における投与量の基本的な考え方と、なぜそれが重要なのかを理解しましょう。

インスリンの役割と血糖コントロール

インスリンは膵臓から分泌され、血液中のブドウ糖(血糖)を細胞に取り込ませることで血糖値を下げる唯一のホルモンです。

糖尿病ではこのインスリンの作用が不足したり、効きが悪くなったりするため血糖値が高くなります。

インスリン治療は不足しているインスリンを外部から補うことで血糖値を適切な範囲にコントロールすることを目的とします。

なぜ適切なインスリン投与量が重要なのか

インスリンの投与量が少なすぎると血糖値が十分に下がらず高血糖状態が続き、長期的には糖尿病合併症のリスクが高まります。

逆に投与量が多すぎると血糖値が下がりすぎて低血糖を引き起こし、意識障害や昏睡といった危険な状態に陥る可能性があります。し

従って個々の患者さんの状態に合わせた適切なインスリン投与量を設定して維持することが、安全かつ効果的な治療のために極めて重要です。

「単位」とは何か インスリンの量を示す指標

インスリンの量は「単位(U)」という独自の指標で表します。これはインスリンの生物学的な作用の強さを示すもので、重さや体積ではありません。

インスリン製剤の多くは1mLあたり100単位のインスリンが含まれるように調整されています(U-100製剤)。注射器やペン型注入器の目盛りも、この「単位」で表示されています。

インスリン投与量の個別性

必要なインスリン投与量は患者さんの年齢、体重、食事内容、運動量、血糖値のパターン、インスリン感受性(インスリンの効きやすさ)、腎機能の状態など多くの要因によって大きく異なります。

そのため画一的な投与量はなく、一人ひとりの状態に合わせて医師が慎重に決定して調整していく必要があります。

インスリン投与量を決定する主な要素

医師がインスリン投与量を決定する際には様々な情報を総合的に評価します。どのような要素が考慮されるのでしょうか。

血糖値のパターンと目標値

血糖自己測定(SMBG)などによって得られる、空腹時、食前、食後、就寝前といった様々なタイミングでの血糖値のパターンは、インスリン投与量を決定・調整する上で最も重要な情報の一つです。

また、個々の患者さんごとに設定された血糖コントロールの目標値(例:HbA1c、食前・食後血糖値の目標範囲)も考慮します。

食事の内容と量(特に炭水化物量)

食事、特に炭水化物の摂取は血糖値を上昇させる主な要因です。1日に摂取する総エネルギー量や炭水化物の量、食事のタイミングや回数などがインスリン投与量に影響します。

最近では食事中の炭水化物量に応じてインスリン量を調整する「カーボカウント」という考え方も用いられています。

身体活動量と運動習慣

運動は血糖値を下げる方向に働くため、日常的な身体活動量や運動習慣もインスリン投与量に影響します。

運動の種類、強度、時間などによって必要なインスリン量が変わることがあります。運動前後の血糖値の変動も考慮します。

患者さんの背景(体重、年齢、合併症など)

体重(特に肥満の有無)、年齢、腎機能や肝機能の状態、糖尿病合併症の有無や程度、併用している他の薬剤などもインスリンの必要量や感受性に影響を与えるため、投与量決定の際に重要な要素となります。

インスリン投与量に影響する主な因子

因子カテゴリ具体的な項目例
血糖関連血糖値のレベルと変動、HbA1c値、低血糖の既往
食事関連総摂取カロリー、炭水化物量、食事のタイミング・回数
生活習慣関連運動の種類・強度・時間、睡眠時間、ストレス度合い
身体的要因体重、BMI、年齢、性別、腎機能、肝機能、妊娠の有無
その他使用するインスリン製剤の種類、併用薬、感染症の有無

インスリン投与量の一般的な計算と設定(医師の考え方)

インスリン投与量の計算や設定は専門的な知識と経験を持つ医師が行います。

ここでは医師がどのような考え方で投与量を設定していくのか、その一端を紹介します。決して自己判断で計算・調整しないでください。

基礎インスリンと追加インスリン

インスリン治療では多くの場合、1日を通して持続的に作用する「基礎インスリン」と、食事による血糖上昇を抑えるために毎食前に注射する「追加インスリン(ボーラスインスリン)」を組み合わせて使用します(強化インスリン療法)。

基礎インスリンの役割と投与量設定

基礎インスリンは食事をしていない間(空腹時や夜間)の血糖値を安定させるために必要なインスリンです。持効型溶解インスリンや中間型インスリンが用いられます。

投与量は患者さんの体重やインスリン感受性、空腹時血糖値などを考慮して決定し、通常は1日に1回または2回注射します。

追加インスリンの役割と投与量設定

追加インスリンは食事によって上昇する血糖値を抑えるために毎食前に超速効型または速効型インスリンを注射します。

投与量はその食事で摂取する炭水化物の量や食前の血糖値、インスリン効果値(1単位のインスリンでどれだけ血糖値が下がるか)などを考慮して決定します。

カーボカウントの考え方

カーボカウントは食事に含まれる炭水化物の量を計算し、それに見合った量の追加インスリンを投与する方法です。

炭水化物10gまたは15gを1カーボ(単位)とし、1カーボあたりに必要なインスリン単位数(糖質/インスリン比)をあらかじめ設定しておき、食事ごとに計算します。

より柔軟な食事療法が可能になりますが、炭水化物量の正確な把握と計算が必要です。

カーボカウントの簡単な流れ

  • 食事の炭水化物量を把握する(例:ご飯1杯は約55g = 5.5カーボなど)
  • 自分の糖質/インスリン比を確認する(医師が設定)
  • 必要なインスリン単位を計算する(例:炭水化物量 ÷ 糖質/インスリン比)

インスリン投与量計算の注意点

カーボカウントやインスリン効果値を用いた計算は専門的な知識と指導が必要です。

患者さん自身がこれらの計算式だけを頼りにインスリン量を決定することは非常に危険です。必ず医師や管理栄養士、糖尿病療養指導士の指導のもとで行ってください。

初期投与量の設定と微調整

インスリン治療を開始する際の初期投与量は患者さんの状態(糖尿病のタイプ、血糖値、体重など)を考慮し、一般的には少量から開始します。

その後、血糖自己測定(SMBG)の結果や体調の変化を見ながら数日~数週間かけて医師が慎重に投与量を調整していきます。

インスリン単位の決め方は、この微調整の繰り返しによって行われます。

インスリン投与量の調整 日常生活でのポイント

医師によって設定されたインスリン投与量は日々の生活状況によって微調整が必要になることがあります。ただし、これも医師の指示範囲内で行うことが原則です。

血糖自己測定(SMBG)の重要性と記録

血糖自己測定(SMBG)はインスリン治療の効果を確認し、投与量を適切に調整するための最も重要な情報源です。

測定した血糖値、食事内容、運動量、体調などを記録し、受診時に医師に見せることで、より的確なアドバイスを受けることができます。

測定タイミング(食前、食後、就寝前など)は医師の指示に従いましょう。

食事内容・量に合わせた調整(医師の指示範囲内で)

カーボカウントを導入している場合など医師から食事内容に応じたインスリン量の調整方法について指示が出ている場合は、その範囲内で調整を行います。

例えば炭水化物量が多い食事の際は追加インスリンを少し増やす、少ない場合は減らすといった具合です。

ただし自己判断での大幅な変更は避け、不明な点は必ず医師に確認してください。

運動時のインスリン調整と低血糖予防

運動は血糖値を下げるため、運動の種類や強度、時間によってはインスリンの量を減らしたり、運動前に補食を摂ったりするなどの調整が必要になることがあります。

特に普段行わないような長時間の運動や激しい運動をする場合は低血糖を起こしやすいため注意が必要です。事前に医師と相談し、運動時の対応について指導を受けておきましょう。

運動時の一般的な注意点

運動前運動中運動後
血糖値を確認(低すぎたり高すぎたりする場合は中止・延期)必要に応じて補食(ブドウ糖など)を携帯血糖値を確認し、必要に応じて補食
インスリン注射部位を運動する筋肉から離す(吸収が早まるのを防ぐため)水分補給をこまめに行う遅発性低血糖(運動後数時間~半日後)に注意

シックデイ(体調不良時)の対応

風邪や発熱、下痢、嘔吐などで体調が悪い時(シックデイ)は、血糖値が不安定になりやすいです。

食事が摂れない場合でも自己判断でインスリンを中断すると高血糖やケトアシドーシスといった危険な状態になることがあります。

シックデイの際のインスリンの調整方法や食事の摂り方、医療機関を受診する目安などについてあらかじめ医師とよく相談し、「シックデイルール」を確認しておくことが大切です。

インスリン投与量調整で特に注意すべきこと

インスリン投与量の調整は血糖コントロールを良好に保つために重要ですが、誤った調整は危険を伴います。

自己判断による大幅な変更の危険性

血糖値が高いからといって自己判断でインスリンの量を大幅に増やしたり、逆に低いからといって急に減らしたりすることは重篤な高血糖や低血糖を引き起こす可能性があり非常に危険です。

投与量の変更は必ず医師の指示に基づいて行ってください。不安なことや疑問点は遠慮なく医師や医療スタッフに相談しましょう。

低血糖の症状と正しい対処法

低血糖はインスリン治療中に起こりうる最も注意すべき副作用の一つです。

主な症状には冷や汗、動悸、手の震え、強い空腹感、めまい、脱力感などがあります。重症化すると意識障害やけいれん、昏睡に至ることもあります。

低血糖の症状が現れたら速やかにブドウ糖(5~10g)やブドウ糖を含むジュースなどを摂取し、安静にします。

その後症状が改善しても、なぜ低血糖が起きたのかを振り返り、必要であれば医師に相談しましょう。

低血糖時の一般的な対処法

  • すぐにブドウ糖(または砂糖)を摂取する
  • 安静にする
  • 15分程度しても症状が改善しない、または血糖値が低いままなら再度摂取
  • 意識がない場合は周囲の人に救急車を呼んでもらう

高血糖が持続する場合の対応

インスリンを打っているにもかかわらず高血糖が持続する場合はインスリンの量が不足している、注射手技に問題がある、インスリン製剤が劣化している、感染症などのシックデイである、といった様々な原因が考えられます。

自己判断でインスリンを増量するのではなく、まずは血糖値を記録して早めに医師に相談してください。

特に吐き気や腹痛、強い口渇、頻尿、意識がもうろうとするなどの症状がある場合は糖尿病ケトアシドーシスなどの危険な状態の可能性もあるため、直ちに医療機関を受診する必要があります。

定期的な受診と医師・医療スタッフとの連携

インスリン治療は医師、看護師、管理栄養士、薬剤師といった医療スタッフとの連携のもとで行うチーム医療です。

定期的に受診し、血糖コントロールの状態や体調の変化、日常生活での困りごとなどを正直に伝え、適切なアドバイスや指導を受けることが安全で効果的な治療を続けるために大切です。

インスリン投与量に関する疑問がある場合も遠慮なく相談しましょう。

医師に相談すべきタイミング

状況相談内容の例
低血糖が頻繁に起こる原因の特定、インスリン量や食事の見直し
高血糖が続く、改善しないインスリン量の調整、他の原因の検索
シックデイになったインスリン量の調整、食事の摂り方、受診の目安
旅行や特別なイベントがあるインスリンの調整方法、持ち物などの準備
注射手技や器具のことで不安がある正しい手技の再確認、器具の選択

インスリン製剤の種類と投与量の関係

使用するインスリン製剤の種類によっても投与量の考え方やタイミングが異なります。

超速効型・速効型インスリン(追加インスリン)

主に食後の血糖上昇を抑えるために毎食前に使用します。

効果の発現が早く持続時間が短いため、食事の量や内容(特に炭水化物量)に合わせて投与量を調整しやすいのが特徴です。カーボカウントを行う場合はこのタイプのインスリンを用います。

中間型・持効型溶解インスリン(基礎インスリン)

1日を通して持続的に作用し、空腹時や夜間の血糖値を安定させるために使用します。通常、1日に1回または2回、ほぼ決まった時間に注射します。

食事の内容によって投与量を頻繁に変えることはあまりありませんが、全体的な血糖コントロールの状態や生活パターンの変化に応じて医師が投与量を調整します。

配合溶解インスリン

超速効型または速効型インスリンと、中間型または持効型インスリンがあらかじめ混合された製剤です。

1回の注射で追加インスリンと基礎インスリンの両方を補うことができますが、それぞれの成分の比率が固定されているため、細かな調整はしにくい面もあります。

主に1日に1回または2回注射します。

医師による製剤選択と投与計画

どの種類のインスリン製剤をどのくらいの量、どのタイミングで、どのように組み合わせて使用するかは、医師が決定します。

決定時には患者さんの血糖値のパターン、インスリン分泌能、インスリン抵抗性の程度、ライフスタイル、合併症の状況などを総合的に評価します。

治療開始後も定期的に効果や安全性を確認し、必要に応じて投与計画を見直していきます。

よくある質問

インスリン投与量に関するよくあるご質問にお答えします。

Q
インスリンの単位を間違えて多く打ってしまったらどうすればいいですか?
A

まず落ち着いて、すぐにブドウ糖や砂糖、ブドウ糖を含むジュースなどを摂取し、低血糖に備えてください。

そして、必ず主治医またはかかりつけの医療機関に連絡し、指示を仰いでください。自己判断で対処せずに専門家のアドバイスを受けることが重要です。

特に大幅に多く打ってしまった場合や低血糖症状が強い場合は救急受診が必要になることもあります。

Q
食事の量が少ない時、インスリンは減らしてもいいですか?
A

食事の量が通常より少ない場合、特に炭水化物量が少ない場合は追加インスリンの量を減らす必要があることがあります。

ただしどの程度減らすかは普段の食事内容やインスリンの種類、個人の血糖値の反応によって異なります。

事前に医師から、「食事量が少ない場合は〇単位減らしてください」といった具体的な指示が出ている場合はそれに従ってください。

指示がない場合や判断に迷う場合は自己判断で大幅に減らさずに食後の血糖値を測定し、記録しておき、次回の診察時に医師に相談しましょう。

基礎インスリンは食事の量に関わらず通常通り注射することが基本です。

Q
インスリンポンプを使っている場合の投与量設定は?
A

インスリンポンプは持続的に少量のインスリン(基礎レート)を皮下に注入し、食事の際にはボタン操作で追加インスリン(ボーラス)を注入する治療法です。

基礎レートやボーラス量は血糖値のパターン、食事内容(カーボカウント)、運動量などを考慮し、医師が非常に細かく設定・調整します。

患者さん自身も血糖値や食事内容に応じてボーラス量を調整するトレーニングを受けます。ポンプ使用時の投与量設定は、より専門的な知識と管理が必要です。

Q
インスリン投与量を自分で計算するアプリなどはありますか?
A

カーボカウントの計算を補助するアプリや血糖値やインスリン投与量を記録・管理するアプリは存在します。

これらのツールは日々の自己管理に役立つことがありますが、インスリンの最終的な投与量を決定するのはあくまで医師です。

アプリの計算結果を鵜呑みにせず必ず医師の指示に基づいて投与量を決定し、調整するようにしてください。アプリの利用についても、事前に医師に相談すると良いでしょう。

以上

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