医師から「インスリン依存状態です」と告げられ、まるで薬物などの“依存症”と同じような、やめられない怖いものというイメージを抱き、ショックを受けていませんか。

この「インスリン依存状態」という言葉は多くの方に誤解されがちですが、その医学的な意味は全く異なります。

これはあなたの体が生命を維持するために、インスリンを必要としているという生理的な状態を示す言葉です。

この記事では、その言葉の本当の意味と、なぜインスリンが必要なのか、そして今後の生活について不安を解消できるよう詳しく解説します。

「インスリン依存状態」という言葉の誤解

まず最も大切なことは「インスリン依存状態」と「依存症」は全くの別物であると理解することです。

この言葉の響きが、多くの患者さんに不要な不安を与えています。

“依存症”ではない医学的な状態

一般的に使われる「依存症」は、ある特定の物質や行為に対する精神的な渇望がやめられなくなる病的な状態を指します。

一方、医学で言う「インスリン依存状態」とは体内でインスリンを十分に作れなくなったため、生命を維持するために体の外からインスリンを補うことが必要不可欠な状態を指します。

これは生理的な必要性に基づくものであり、精神的な依存とは異なります。

「依存症」と「インスリン依存状態」の違い

項目依存症(例:薬物など)インスリン依存状態
性質精神的・行動的な渇望身体的・生理的な必要性
背景快感や多幸感を求める生命維持、血糖コントロール
治療離脱を目指す適切に補充し続ける

なぜ誤解が生まれやすいのか

「依存」という言葉が持つ、ネガティブな社会的イメージが誤解の主な原因です。

「薬に頼る」「やめられない」といった側面が強調され、インスリン治療そのものに対する抵抗感や恐怖心につながってしまうことがあります。

不安を感じる必要はない理由

インスリンは、もともと私たちの体の中にあるホルモンです。それが不足した分を、体の外から補っているに過ぎません。例えば、甲状腺ホルモンが足りない方がホルモン薬を飲むのと同じです。体にとって必要なものを補充する、という当たり前の医療行為であり、何も特別なことではないのです。

インスリン依存状態とは具体的にどんな状態か

では、医学的に「インスリン依存状態」とは、体がどのような状態になっていることを指すのでしょうか。

体内でインスリンが作れない状態

私たちの体は、食事で摂った糖をエネルギーに変えるためにインスリンを必要とします。

インスリン依存状態とは、そのインスリンを分泌する膵臓のβ細胞が破壊されたり著しく疲弊したりして、血糖値をコントロールするのに十分な量のインスリンを自力で分泌できなくなった状態のことです。

生命維持にインスリンが必須

インスリンがなければ、私たちの体は糖をエネルギーとして利用できず、血液中に糖が溢れてしまいます(高血糖)。

この状態が続くと体の細胞はエネルギー不足に陥り、代わりに脂肪や筋肉を分解し始めます。このことにより重篤な合併症である糖尿病ケトアシドーシスを引き起こし、命に関わる事態となります。

つまり、インスリンの補充は文字通り生命を維持するために必須なのです。

インスリンの主な働き

働き内容
血糖降下作用血液中のブドウ糖を筋肉や脂肪細胞に取り込ませる
グリコーゲン合成余ったブドウ糖を肝臓や筋肉に蓄える
脂肪・筋肉の分解抑制体組織がエネルギーとして分解されるのを防ぐ

1型糖尿病との関係

1型糖尿病は自己免疫などの原因で膵臓のβ細胞が破壊され、インスリンをほとんど、あるいは全く分泌できなくなる病気です。

そのため、1型糖尿病と診断された方は発症時点からインスリン依存状態にあり、生涯にわたるインスリン補充療法が必要です。

2型糖尿病でも起こりうる

生活習慣病として知られる2型糖尿病でも病気が進行するとインスリン依存状態になることがあります。

長年の高血糖により膵臓が疲弊し、インスリンを分泌する力が底をついてしまったり、飲み薬だけでは血糖コントロールが不可能になったりした場合です。

なぜインスリン依存状態になるのか

インスリンを自力で分泌できなくなる背景には、いくつかの原因があります。

1型糖尿病の発症

1型糖尿病はウイルス感染などをきっかけに、体の免疫システムが誤って自分自身の膵臓β細胞を攻撃してしまうことで発症すると考えられています。

生活習慣とは関係なく、ある日突然発症することが特徴です。

2型糖尿病の進行と膵臓の疲弊

2型糖尿病では初期にはインスリンの効きが悪くなる「インスリン抵抗性」が中心となります。

体は血糖値を下げようと、より多くのインスリンを分泌しようと頑張りますが、この過重労働が長く続くとやがて膵臓のβ細胞が疲れ果て、インスリンを分泌する能力自体が低下してしまいます。

2型糖尿病がインスリン依存状態に至るまで

段階体の状態
初期インスリン抵抗性が主体。膵臓は過剰にインスリンを分泌。
中期膵臓が疲弊し始め、インスリン分泌が低下してくる。
後期インスリン分泌が著しく低下し、インスリン補充が必要になる。

その他の原因

膵臓がんや慢性膵炎といった病気で膵臓の機能が失われたり、手術で膵臓を摘出したりした場合も、インスリンを分泌できなくなるため、インスリン依存状態となります。

インスリン治療の目的と重要性

インスリン治療は単に血糖値を下げるだけでなく、患者さんの長期的な健康と生活の質を守るための重要な治療です。

血糖値をコントロールする

第一の目的は不足しているインスリンを補うことで、血糖値をできるだけ正常な範囲に保つことです。

これにより、高血糖による様々な症状(口渇、多尿、倦怠感など)を改善します。

合併症の発症・進行を防ぐ

長期的な高血糖は全身の血管を傷つけ、様々な合併症を引き起こします。

良好な血糖コントロールを維持することはこれらの深刻な合併症を予防し、健康な人と変わらない寿命を目指す上で極めて重要です。

  • 細小血管障害:網膜症、腎症、神経障害
  • 大血管障害:心筋梗塞、脳梗塞、末梢動脈疾患

健康な人と変わらない生活を送るため

適切なインスリン治療を行うことで血糖値は安定し、食事や運動、旅行など日常生活を制限なく楽しむことが可能になります。

インスリン治療は生活を縛るものではなく、むしろ自由な生活を取り戻すための手段なのです。

インスリン治療の目標

短期的な目標長期的な目標
高血糖症状の改善合併症の発症・進展抑制
低血糖の回避健康寿命の延伸
QOL(生活の質)の維持・向上健常者と変わらない社会生活

インスリン依存状態と診断された後の生活

インスリン依存状態と診断されても悲観する必要はありません。正しい知識を身につけ、生活の一部として治療を組み込んでいくことが大切です。

治療は生涯続くのか

1型糖尿病や膵臓の機能が失われたことによるインスリン依存状態の場合、インスリン補充は生涯にわたって必要です。

2型糖尿病で膵臓が疲弊した場合も多くは継続的な治療が必要となります。しかし、これは「これから一生、病気に縛られる」ということではありません。

「一生、自分の体をケアする習慣を持つ」と前向きに捉えることが大切です。

自己管理の重要性

インスリン治療を成功させる鍵は、血糖自己測定(SMBG)に基づいた自己管理です。

日々の血糖値を知り、食事や運動、体調に応じてインスリン量を調整する技術を身につけることで、より良い血糖コントロールが可能になります。

精神的なサポートと向き合い方

生涯にわたる治療には、時に精神的な負担が伴います。

不安や悩みを一人で抱え込まず、主治医や看護師、栄養士などの医療スタッフ、あるいは同じ病気を持つ患者会などに相談することも重要です。

治療はチームで行うものです。

インスリン治療をやめるとどうなるか

インスリン依存状態にある方が自己判断でインスリン注射をやめてしまうと、命に関わる危険な事態を招きます。

高血糖が続く危険性

インスリンの補充がなくなると体は血糖を処理できなくなり、血糖値は危険なレベルまで上昇します。

これにより、極度の脱水や意識障害を引き起こす可能性があります。

糖尿病ケトアシドーシスのリスク

インスリンが欠乏すると体はエネルギー源として脂肪を分解し始め、その過程で「ケトン体」という酸性物質が血液中に蓄積します。

血液が酸性に傾くこの状態を「糖尿病ケトアシドーシス」と呼び、治療が遅れると昏睡状態に陥り、命を落とすこともある緊急事態です。

糖尿病ケトアシドーシスの主な症状

症状解説
著しい口渇、多飲、多尿高血糖による脱水症状
吐き気、嘔吐、腹痛消化器系の異常
深く大きい呼吸、息の甘酸っぱい匂いケトン体による特徴的なサイン

よくある質問(Q&A)

最後に、インスリン依存状態に関してよくある質問にお答えします。

Q
一度始めたインスリンはやめられないのですか?
A

1型糖尿病の場合は生涯必要です。

2型糖尿病の場合、例えば肥満の方が大幅な減量に成功したり、厳格な食事・運動療法で血糖コントロールが著しく改善したりした場合に、インスリンから離脱できる可能性はゼロではありません。

しかし、インスリン依存状態と診断された時点では膵臓の機能がかなり低下しているため、離脱は容易ではないのが実情です。

やめることを目標にするより、いかに上手に付き合っていくかを考える方が建設的です。

Q
インスリン注射は糖尿病の「末期」ということですか?
A

全く違います。これは非常によくある誤解です。

インスリン治療は病状の最終段階で行うものではなく、合併症を防ぎ、より良い生活を送るために最も効果的で必要なタイミングで開始する積極的な治療法です。

むしろ、治療の開始が遅れることの方が問題となります。

Q
インスリン依存状態でも普通の生活は送れますか?
A

はい、もちろんです。

適切な自己管理を行えば、食事、運動、仕事、学業、旅行、妊娠・出産など、ほとんど全てのことが健康な人と変わらず行えます。

現在では多くの優れたアスリートや社会的に活躍する方々が、インスリン治療を続けながら素晴らしい人生を送っています。

以上

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