インスリン治療を受けている方、あるいはこれから始める方の中で、「トレシーバ」という名前を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。

トレシーバはインスリンデグルデクを有効成分とする「超長時間作用型」の基礎インスリン製剤です。その最大の特徴は1日1回の注射で効果が長く安定して持続することにあります。

この記事ではトレシーバがどのような薬なのか、その効果や副作用、他のインスリン製剤との違いについて専門医が分かりやすく解説します。

インスリンデグルデク(トレシーバ®)とは?

トレシーバ®は、1日を通して安定した血糖コントロールを目指すための「基礎インスリン」の一つです。その中でも特に新しい世代の薬に位置づけられます。

1日1回の注射で効果が持続する基礎インスリン

私たちの体は食事をしていない時でも肝臓から糖が放出されるため、常に少量のインスリンを必要としています。この基礎的なインスリン分泌を補うのが「基礎インスリン」です。

トレシーバ®はこの基礎インスリンとして、1日1回の注射で24時間以上にわたり安定した効果を発揮します。

「超長時間作用型」と呼ばれる理由

インスリン製剤は効果が持続する時間によって分類されます。トレシーバ®の有効成分であるインスリンデグルデクはその作用時間が42時間以上と非常に長いことから、「超長時間作用型」に分類されます。

この長い作用時間こそが、トレシーバ®の様々なメリットを生み出す源泉となっています。

インスリン製剤の作用時間による分類

分類主な役割代表的な薬剤
超速効型食後の血糖上昇を抑えるノボラピッド®、ヒューマログ®
持効型(長時間作用型)1日の基礎インスリンを補うランタス®、レベミル®
超長時間作用型1日の基礎インスリンを補うトレシーバ®

血糖値を安定させるその働き

トレシーバ®の役割は食事以外の時間帯(夜間や食間など)の血糖値を目標範囲内に安定させることです。

このベースとなる血糖値が安定することで毎食前の追加インスリンの効果も安定し、1日を通した血糖コントロールの改善が期待できます。

トレシーバ®が効果を発揮する仕組み

トレシーバ®の長い作用時間は、皮下注射後のユニークな働きによって実現されています。

皮下で形成される「デポ」

トレシーバ®を皮下に注射するとインスリンデグルデクの分子が長くつながり合い、「デポ」と呼ばれるインスリンの貯蔵庫を形成します。

このデポが、薬の効果を長く持続させるための鍵となります。

ゆっくりと安定して吸収される

デポからはインスリンデグルデクの分子が一つひとつゆっくりと溶け出すようにして、安定した速度で血液中に吸収されていきます。

この仕組みにより、従来の持効型インスリンに見られたような、時間帯による効果の強弱(ピーク)がほとんどなく、平坦で安定した効果が長時間持続するのです。

なぜ日々の血糖変動が小さくなるのか

トレシーバ®の効果は日によって大きくばらつくことが少ないのが特徴です。毎日同じ時間に注射することで、血中濃度が非常に安定します。

この安定した作用が日々の血糖値の変動幅を小さくし、予測しやすく、コントロールしやすい血糖状態をもたらします。

他の基礎インスリンとの違いを比較

トレシーバ®は従来の持効型インスリン(ランタス®、レベミル®など)と比較して、いくつかの優れた特徴を持っています。

作用時間の圧倒的な長さ

最大の違いはその作用時間の長さです。従来の持効型インスリンの作用時間が約24時間であるのに対し、トレシーバ®は42時間以上と、これを大きく上回ります。

この長い作用時間が、安定した効果と注射タイミングの柔軟性につながります。

基礎インスリンの作用時間比較

種類代表的な薬剤作用持続時間(目安)
持効型ランタス®、レベミル®約24時間
超長時間作用型トレシーバ®42時間以上

血糖値の変動(ゆらぎ)の小ささ

トレシーバ®は作用が平坦で安定しているため、日内および日々の血糖値の変動(ゆらぎ)が、従来の持効型インスリンよりも小さいことが多くの研究で示されています。

血糖値の乱高下が少ないことは体への負担を減らし、合併症予防の観点からも重要です。

夜間低血糖のリスク低減

インスリン治療における大きな課題の一つが夜間の低血糖です。

トレシーバ®は日内での効果のばらつきが少ないため、特に夜間から早朝にかけての重篤な低血糖を起こすリスクが従来の持効型インスリンに比べて低いことが報告されています。

この安全性は患者さんにとって大きな安心材料となります。

注射タイミングの柔軟性

作用時間が非常に長いため、毎日の注射タイミングにある程度の柔軟性があります。

通常は毎日決まった時間に注射しますが、やむを得ず注射時間がずれてしまう場合でも8時間以上の間隔をあければ注射が可能です。

このことは旅行や不規則な勤務など、生活リズムが変動しやすい方にとって大きなメリットです。

トレシーバ®の主な効果とメリット

トレシーバ®を使用することで、血糖コントロールにおいて多くの良い効果が期待できます。

安定した空腹時血糖値の実現

トレシーバ®の安定した作用により、朝起きた時の血糖値(空腹時血糖値)が安定しやすくなります。

朝の血糖値が安定すると、その日1日の血糖コントロールの土台が整い、日中の血糖管理も行いやすくなります。

低血糖、特に夜間低血糖のリスク低減

前述の通り、低血糖、特に就寝中に起こる夜間低血糖のリスクが低いことはトレシーバ®の最も優れたメリットの一つです。

低血糖を恐れて食事を余分に摂ったり、インスリン量を控えめにしたりする必要性が減り、より積極的な血糖コントロールを目指せます。

トレシーバ®がもたらす主なメリット

メリット具体的な内容
血糖コントロールの改善日々の血糖変動が小さくなり、HbA1cの改善が期待できる
安全性の向上夜間低血糖などのリスクが低減される
生活の質の向上注射タイミングの柔軟性が高く、生活リズムに合わせやすい

副作用と使用上の注意点

優れた薬剤であるトレシーバ®ですが、インスリン製剤である以上、副作用や注意すべき点もあります。

低血糖への注意は引き続き重要

低血糖のリスクが低いとはいえ、全く起こらないわけではありません。食事量が少なかったり、予定外の激しい運動をしたり、追加インスリンの量が多かったりすれば低血糖は起こり得ます。

低血糖の症状(冷や汗、動悸、手の震えなど)と、その対処法(ブドウ糖の摂取)についてはしっかりと理解しておく必要があります。

注射部位の反応

注射した部位に痛み、赤み、かゆみ、腫れなどが現れることがあります。これらの多くは一時的なものですが、症状が続く場合は医師に相談してください。

毎回同じ場所に注射するのを避け、注射部位をローテーションさせることが、このような反応を防ぐ上で重要です。

他の薬剤との併用に関する注意

他の病気の治療薬の中には血糖値に影響を与えるものがあります。

血糖値を下げる薬と併用すると低血糖のリスクが高まり、逆に血糖値を上げる薬(ステロイドなど)と併用するとトレシーバ®の効果が減弱することがあります。

他の医療機関を受診する際は必ずトレシーバ®を使用していることを伝え、お薬手帳を活用しましょう。

トレシーバ®の正しい使い方

薬の効果を最大限に引き出し、安全に治療を続けるための基本的な使い方を確認しましょう。

1日1回、毎日決まった時間に注射

トレシーバ®は1日1回、毎日なるべく同じ時間に皮下注射します。

食事の時間とは関係なく、ご自身の生活の中で最も忘れにくい時間帯(朝食前、夕食後、就寝前など)を主治医と相談して決めます。

注射部位のローテーション

毎回同じ場所に注射を続けるとその部分の皮下組織が硬くなったり(リポハイパートロフィー)、逆へこんだりして、インスリンの吸収が不安定になる原因となります。

腹部、大腿部、上腕部、臀部など、注射する部位を毎回2~3cmずつずらすようにしましょう。

注射部位のローテーション例

月曜日火曜日水曜日
お腹の右上お腹の左上太ももの右側

打ち忘れた時の対処法

打ち忘れに気づいた場合は慌てずに対応します。次の注射予定時刻まで8時間以上の間隔があれば、気づいた時点ですぐに注射し、その後はいつもの注射時刻に戻します。

もし次の注射時刻まで8時間未満しかない場合はその回の注射は行わず、次の決まった時刻に通常通りの単位数を注射します。

判断に迷う場合は自己判断せず、必ず医師や薬剤師に相談してください。

よくある質問

インスリンデグルデク(トレシーバ®)について、患者さんからよくいただくご質問にお答えします。

Q
注射時間は朝と夜、どちらが良いですか?
A

トレシーバ®は作用が平坦で安定しているため、朝に打っても夜に打ってもその効果に大きな差はないとされています。

大切なのはご自身が忘れずに継続できる時間帯を選ぶことです。生活リズムに合わせて主治医と相談して決めましょう。

Q
他のインスリンからの切り替えは簡単ですか?
A

はい、医師の指導のもとで安全に切り替えることが可能です。

多くの場合それまで使用していた基礎インスリンと同じ単位数から開始し、血糖値の変動を見ながら最適な量に調整していきます。

切り替えによって血糖コントロールがより安定する方が多くいらっしゃいます。

Q
体重は増えますか?
A

インスリン治療一般に言えることですが、血糖コントロールが改善すると、これまで尿中に捨てられていた糖が体内に留まるため、体重が増加することがあります。

トレシーバ®が特別に太りやすいというわけではありません。

食事療法や運動療法をきちんと併用し、摂取カロリーと消費カロリーのバランスを保つことが重要です。

トレシーバが特に推奨される方

  • 夜間や早朝の低血糖に悩んでいる方
  • 日々の血糖値の変動が大きく、不安定な方
  • 仕事や生活が不規則で、注射時間がずれがちな方
  • 従来の基礎インスリンでコントロールが難しい方

以上

参考にした論文

SHIMODA, Seiya, et al. Comparison of the efficacy and safety of once-daily insulin degludec/insulin aspart (IDegAsp) and long-acting second-generation basal insulin (insulin degludec and insulin glargine 300 units/mL) in insulin-naïve Japanese adults with type 2 diabetes: a pilot, randomized, controlled study. Endocrine Journal, 2019, 66.8: 745-752.

SUZUKI, Jun, et al. Efficacy and safety of insulin degludec U100 and insulin glargine U100 in combination with meal-time bolus insulin in hospitalized patients with type 2 diabetes: an open-label, randomized controlled study. Endocrine Journal, 2019, 66.11: 971-982.

OSONOI, T., et al. Insulin degludec versus insulin glargine, both once daily as add-on to existing orally administered antidiabetic drugs in insulin-naive Japanese patients with uncontrolled type 2 diabetes: subgroup analysis of a pan-Asian, treat-to-target phase 3 trial. Diabetology international, 2016, 7: 141-147.

DAVIS, Courtney S., et al. Ultra-long-acting insulins: a review of efficacy, safety, and implications for practice. Journal of the American Association of Nurse Practitioners, 2018, 30.7: 373-380.

ZHOU, Yi; TAKAGI, Tatsuya; TIAN, Yu-Shi. Safety, efficacy, and cost-effectiveness of insulin degludec U100 versus insulin glargine U300 in adults with type 1 diabetes: a systematic review and indirect treatment comparison. International Journal of Clinical Pharmacy, 2022, 44.3: 587-598.

DONG, Zhi-Yuan; FENG, Ji-Hua; ZHANG, Jian-Feng. Efficacy and tolerability of insulin degludec versus other long-acting basal insulin analogues in the treatment of type 1 and type 2 diabetes mellitus: A systematic review and meta-analysis. Clinical Therapeutics, 2022, 44.11: 1520-1533.

MOON, Shinje, et al. Efficacy and safety of insulin degludec/insulin aspart compared with a conventional premixed insulin or basal insulin: a meta-analysis. Metabolites, 2021, 11.9: 639.

LANGER, Jakob, et al. Short-term cost-effectiveness of switching to insulin degludec in Japanese patients with type 2 diabetes receiving basal–bolus therapy. Diabetes Therapy, 2019, 10: 1347-1356.

KAKU, Kohei; EID, Mohamed A. Safety, efficacy, and early clinical experience of insulin degludec in Japanese people with diabetes mellitus: A first‐year report from Japan. Journal of diabetes investigation, 2015, 6.6: 610-619.

HIROSE, Takahisa, et al. Clinical considerations for use of insulin degludec/insulin aspart in Japanese patients. Expert Opinion on Biological Therapy, 2018, 18.1: 77-85.