健康診断や病院の血液検査の結果で「HOMA-β」という項目を目にしたことはありますか。
血糖値やHbA1cほど馴染みがないため、数値を見てもどのような意味を持つのか分からず、不安に感じる方もいるかもしれません。
HOMA-βは、私たちの体で血糖値を下げる唯一のホルモン「インスリン」を分泌する、膵臓の能力を評価するための重要な指標です。
この数値を知ることでご自身の膵臓がどれだけ頑張って働いているのか、その疲弊度を推し量ることができます。
この記事ではHOMA-βが示すものや計算方法、数値の目安、そして膵臓の機能を守るためのポイントを分かりやすく解説します。
HOMA-βが示す膵臓の「インスリン分泌能」
HOMA-βを理解するためには、まず血糖値をコントロールする主役である「インスリン」と、それを生み出す「膵臓のβ細胞」の働きを知ることが大切です。
血糖値を下げるインスリンの働き
食事を摂ると、食べ物に含まれる糖質が分解されてブドウ糖となり、血液中に入って血糖値が上昇します。この上昇した血糖値を下げるために、膵臓からインスリンというホルモンが分泌されます。
インスリンは血液中のブドウ糖を筋肉や脂肪細胞に取り込ませてエネルギーとして利用させたり、肝臓で蓄えさせたりすることで、血糖値を一定の範囲に保つ役割を担っています。
インスリンを分泌する膵臓のβ細胞
インスリンは膵臓の中にある「ランゲルハンス島」という組織に存在する「β細胞」で作り出されます。このβ細胞は血糖値の上昇を感知すると、必要な量のインスリンを血液中に放出します。
つまり、β細胞の機能が正常であることが良好な血糖コントロールの基本となります。
HOMA-βでわかること
HOMA-β(ホーマ・ベータ)は、この膵臓β細胞がどのくらいの量のインスリンを分泌する能力を持っているか(インスリン分泌能)を空腹時の血糖値とインスリン値から推定する指標です。
この数値を見ることで、インスリンの「生産能力」がどの程度保たれているかを評価できます。
血糖コントロールに関わる主な要素
要素 | 役割 | 評価指標の例 |
---|---|---|
膵臓β細胞 | インスリンを製造・分泌する | HOMA-β |
インスリン | 血液中のブドウ糖を細胞に取り込ませる | 血中インスリン濃度 |
筋肉・脂肪細胞 | インスリンの作用でブドウ糖を利用・貯蔵する | HOMA-IR(インスリン抵抗性) |
HOMA-βの計算方法と評価の目安
HOMA-βは特別な検査を必要とせず、通常の血液検査の項目から計算で算出することができます。ご自身の検査結果があれば、電卓一つで簡単に知ることが可能です。
HOMA-βの計算式
HOMA-βは空腹時に採血した血液中のインスリン値(IRI)と血糖値(FPG)を用いて、以下の式で計算します。
HOMA-β = 空腹時インスリン値 × 360 ÷ (空腹時血糖値 – 63)
この計算式からわかるように、HOMA-βは血糖値に対してどれだけのインスリンが分泌されているかのバランスを示しています。
検査で必要な項目
HOMA-βを計算するためには、「空腹時」の血糖値と血中インスリン濃度の2つのデータが必要です。
健康診断などではインスリン濃度を測定しないことも多いため、HOMA-βを知りたい場合は事前に医療機関で測定可能か確認すると良いでしょう。
HOMA-βの算出に必要な検査データ
検査項目 | 略称 | 注意点 |
---|---|---|
空腹時血糖値 | FPG | 10時間以上の絶食後に採血 |
空腹時インスリン値 | IRI | 血糖値と同時に測定 |
HOMA-βの基準値と解釈
HOMA-βには明確な正常値というものは定められていませんが、一般的に健康な人の平均値は100%前後とされています。
数値の解釈は個々の状態によりますが、大まかな目安として参考にしてください。
- 70%以上 比較的良好なインスリン分泌能
- 40~70% 軽度の分泌能低下
- 40%未満 分泌能の低下が疑われる
- 30%未満 明らかな分泌能の低下
膵臓β細胞の機能が低下する主な原因
インスリンを分泌するβ細胞の機能は様々な要因によって低下します。機能が低下すると食後の血糖値が下がりにくくなり、やがて糖尿病の発症や進行に繋がります。
遺伝的な要因と体質
インスリンの分泌能力には生まれ持った遺伝的な要因が関わっています。
ご家族に糖尿病の方がいる場合、体質的にインスリン分泌能が低い、あるいはβ細胞がダメージを受けやすい可能性があります。
インスリン抵抗性によるβ細胞の疲弊
肥満や運動不足などにより、インスリンの効きが悪くなった状態を「インスリン抵抗性」と呼びます。
インスリンが効きにくいと体はそれを補うためにより多くのインスリンを分泌しようとします。この状態が長く続くとβ細胞は過労で疲弊し、やがて十分なインスリンを分泌できなくなってしまいます。
高血糖によるダメージ(糖毒性)
高血糖の状態が続くこと自体が膵臓のβ細胞にダメージを与え、さらにインスリン分泌を悪くするという悪循環を引き起こします。これを「糖毒性」と呼びます。
高血糖を放置することが、β細胞を直接傷つけてしまうのです。
β細胞を疲弊させる主な要因
要因 | β細胞への影響 |
---|---|
インスリン抵抗性 | 過剰なインスリン分泌を強いられ、疲弊する |
高血糖(糖毒性) | β細胞に直接的なダメージを与え、機能を低下させる |
高脂肪食(脂肪毒性) | 遊離脂肪酸がβ細胞に悪影響を及ぼす |
インスリン分泌能を維持・改善するための生活習慣
一度失われたβ細胞の機能を完全に取り戻すのは難しいとされています。
しかし、残されたβ細胞をいたわり、これ以上疲弊させないように生活習慣を改善することで機能の維持、さらにはある程度の改善が期待できます。
食事療法の基本
β細胞を休ませるための食事の基本は血糖値を急激に上げないこと、そして過剰なエネルギー摂取を避けることです。
- 規則正しい食事: 1日3食をなるべく決まった時間にとり、まとめ食いを避ける。
- バランスの良い内容: 主食・主菜・副菜をそろえ、食物繊維を先に食べる(ベジファースト)。
- 適切なカロリー :食べ過ぎに注意し、腹八分目を心がける。
運動療法の効果
定期的な運動はインスリン抵抗性を改善し、インスリンの効きを良くする効果があります。このことにより、β細胞は少ないインスリンで血糖をコントロールできるようになり、負担が軽減されます。
ウォーキングやジョギングなどの有酸素運動が特におすすめです。
適正体重の維持
特に内臓脂肪が増加すると、インスリン抵抗性が強くなります。肥満気味の方は適正体重を目指して減量することがβ細胞を保護する上で非常に効果的です。
数パーセントの減量でも、血糖値の改善が期待できます。
β細胞をいたわる生活習慣のポイント
項目 | 具体的な行動 | 期待される効果 |
---|---|---|
食事 | ベジファースト、1日3食、腹八分目 | 血糖値の急上昇を抑える |
運動 | 週に150分程度の有酸素運動 | インスリンの効きを良くする |
体重管理 | 適正体重を維持する | インスリン抵抗性を改善する |
糖尿病治療におけるHOMA-βの役割
HOMA-βは糖尿病の診断や治療方針を決定する上で、医師にとって重要な情報の一つとなります。
ご自身のインスリン分泌能の状態を知ることは、治療への理解を深める助けにもなります。
HOMA-IRとの関係
HOMA-βと対になる指標として、「HOMA-IR」があります。これはインスリン抵抗性の程度を示す指標で、数値が高いほどインスリンが効きにくい状態を意味します。
糖尿病の病態を把握するためには、この2つの指標を組み合わせて評価することが重要です。
HOMA-βとHOMA-IRの比較
指標 | 示すもの | 数値が高い場合 |
---|---|---|
HOMA-β | インスリンの分泌能力 | 分泌能力が比較的保たれている |
HOMA-IR | インスリンの効きにくさ | インスリンが効きにくい(抵抗性あり) |
治療薬選択の判断材料として
例えば、HOMA-βが低くインスリン分泌が低下している方にはインスリン分泌を促進する薬が有効な場合があります。
一方で、HOMA-βは比較的保たれているもののHOMA-IRが高い方にはインスリン抵抗性を改善する薬が第一選択となることが多いです。
このように、病態に合わせて適切な薬剤を選択するためにHOMA-βは役立ちます。
治療効果のモニタリング
食事療法や運動療法、薬物治療によって、HOMA-βの数値が改善することがあります。
定期的に測定することで現在の治療がβ細胞の保護に繋がっているかを確認し、治療方針を継続または見直すための客観的な指標となります。
HOMA-βに関するよくある質問
最後に、HOMA-βに関して患者様からよくいただく質問についてお答えします。
- QHOMA-βが低いと必ず糖尿病になりますか?
- A
HOMA-βが低いことはインスリン分泌能が低下しており、将来的に糖尿病を発症するリスクが高い状態であることを示唆します。
しかし、すぐに糖尿病と診断されるわけではありません。この段階で生活習慣の改善に取り組むことで発症を防いだり、遅らせたりすることが可能です。
HOMA-βの数値と状態の目安
HOMA-β インスリン分泌能 考えられる状態 70%以上 良好 正常範囲 40%未満 低下傾向 糖尿病予備群、または糖尿病
- QHOMA-βの数値を改善させることはできますか?
- A
はい、改善の可能性はあります。
特に過食や運動不足によって疲弊していたβ細胞は、体重を減らしたり血糖コントロールを良好に保ったりすることで、負担が軽くなり機能が回復することがあります。
糖毒性の状態を解除することがβ細胞の機能回復に繋がります。
ただし、長年の経過で破壊されてしまったβ細胞を再生させることは困難なため、早期からの対策が重要です。
- QHOMA-βの検査はどのくらいの頻度で受ければ良いですか?
- A
測定の頻度は、その方の血糖コントロールの状態や治療内容によって異なります。
糖尿病の診断時や治療方針を決定する際には重要ですが、コントロールが安定している場合は、毎回の診察で測定する必要はありません。
主治医が病状の変化を評価したいタイミングなどで検査を提案しますので、その指示に従ってください。
以上
参考にした論文
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