健康診断の結果表に並ぶ「FBS(空腹時血糖)」と「HbA1c(ヘモグロビンA1c)」。

どちらも血糖値に関わる重要な検査項目ですが、この二つの数値の関係性や、それぞれが何を示しているのかを正確に理解している方は少ないかもしれません。

「片方の数値は正常なのに、もう片方は高いのはなぜ?」といった疑問を持つ方もいるでしょう。

この記事ではFBSとHbA1cのそれぞれの意味と関係性、そして健康診断の結果から読み取れる糖尿病のリスクについて、専門医が詳しく解説します。

健康診断の重要指標「FBS」と「HbA1c」

FBSとHbA1cはどちらも血糖コントロールの状態を知るための指標ですが、見ている時間軸が異なります。

この違いを理解することが、ご自身の体の状態を正しく把握する第一歩です。

FBS(空腹時血糖値)とは?「その瞬間」の血糖値

FBS(Fasting Blood Sugar)は検査当日の朝、食事を摂る前の「空腹時」の血液中に含まれるブドウ糖の濃度を測定したものです。

これは検査した「その瞬間」の血糖値をピンポイントで示しています。直前の食事の影響を排した、体の基礎的な血糖状態を評価します。

HbA1c(ヘモグロビンA1c)とは?「過去1〜2か月」の平均点

HbA1cは赤血球の中にあるヘモグロビンに、血液中のブドウ糖がどのくらいの割合で結合しているかを示したものです。

赤血球の寿命は約120日であるため、HbA1cを測定することで過去1〜2か月の血糖値の平均的な状態を把握できます。

直前の食事や運動の影響を受けにくく、より長期的な血糖コントロールの指標となります。

FBSとHbA1cの役割の違い

検査項目見ている時間軸何を示しているか
FBS(空腹時血糖値)検査した「点」(その瞬間)基礎的な血糖値の状態
HbA1c過去1~2か月の「線」(平均)長期的な血糖コントロールの状態

なぜこの2つの数値が重要なのか

FBSは「今現在の血糖値」を、HbA1cは「血糖値の通信簿」のようなものと考えると分かりやすいでしょう。短距離走のタイムとマラソンの平均ペースのような関係です。 

この時間軸の異なる2つの指標を組み合わせることで血糖コントロールの状態をより立体的かつ正確に評価し、糖尿病のリスクを判断することができるのです。

FBS(空腹時血糖値)が示す血糖状態

FBSはあなたの体が食事をしていない安静な状態で、血糖値をどのくらいに保てているかを示す基本的な指標です。

FBSの基準値(正常・境界型・糖尿病型)

健康診断の結果では測定されたFBSの値がどの範囲にあるかによって、正常型、境界型(糖尿病予備群)、糖尿病型のいずれかに分類されます。

FBSの診断基準

判定FBS値(mg/dL)
正常型109以下
境界型110~125
糖尿病型126以上

FBSが高くなる原因

空腹時の血糖値が高くなる主な原因はインスリンの分泌量が不足していたり、インスリンの効きが悪くなっていたり(インスリン抵抗性)することです。

これにより肝臓から放出される糖の量が過剰になり、血糖値が下がりにくくなります。

空腹時血糖値が上昇する主な要因

  • インスリン分泌能力の低下
  • インスリン抵抗性(肥満、運動不足)
  • 肝臓での糖新生の亢進
  • ストレスや睡眠不足

FBSだけでは見えない「食後高血糖」

FBSが正常範囲内であっても安心はできません。食後に血糖値が急上昇し、なかなか下がらない「食後高血糖(血糖値スパイク)」が隠れている可能性があるからです。

これはインスリン分泌のタイミングが遅れるなど血糖コントロールの初期異常で見られます。健康診断のような空腹時の検査だけでは見つけることが難しいため、「隠れ糖尿病」とも呼ばれます。

HbA1cが示す平均血糖状態

HbA1cは日々の血糖値の変動をならした「平均点」です。血糖コントロールの善し悪しを判断する上で最も信頼性の高い指標の一つです。

HbA1cの基準値と意味

HbA1cもその数値によって正常、境界型、糖尿病型に分類されます。また、糖尿病治療におけるコントロール目標としても用いられます。

HbA1cの診断基準とコントロール目標

状態HbA1c値(%)
正常値5.5以下
境界型(糖尿病予備群)5.6~6.4
糖尿病型6.5以上
合併症予防のための治療目標7.0未満

なぜHbA1cは平均値を示すのか

血液中のブドウ糖は赤血球の中にあるヘモグロビンと自然に結合する性質があります。血糖値が高い状態が続くほど、多くのブドウ糖がヘモグロビンと結合します。

一度結合すると、その赤血球が寿命を迎えるまで(約120日間)離れません。このため、HbA1cを測定することで、採血時点から過去1〜2か月の血糖値の平均的なレベルが分かるのです。

HbA1cが高くなる生活習慣

HbA1cの値は長期的な生活習慣を反映します。糖質やカロリーの多い食事、運動不足、肥満、ストレスなどが続くと平均血糖値が上昇し、HbA1cも高くなります。

この数値を改善するためには日々の地道な生活改善が重要です。

FBSとHbA1cの関係性|なぜ数値がずれるのか

「FBSは正常なのにHbA1cが高い」あるいはその逆のケースがあります。この数値の「ずれ」から、体の状態をより深く読み解くことができます。

FBSは正常なのにHbA1cが高いケース

これは空腹時の血糖値は正常でも食後に血糖値が大きく上昇している「食後高血糖」が強く疑われるパターンです。

食後の高い血糖値が平均値を押し上げ、HbA1cが高くなります。糖尿病の初期段階でよく見られ、「隠れ糖尿病」の典型例です。

FBSは高いのにHbA1cが正常に近いケース

このパターンは比較的最近になって血糖コントロールが悪化し始めた可能性を示唆します。

例えば、ここ1か月ほどの不摂生で空腹時血糖値は上がっているものの、まだ長期的な平均値であるHbA1cには十分に反映されていない状態です。

このまま放置すれば、やがてHbA1cも上昇してきます。

両方の数値を合わせて見ることの重要性

このように、FBSとHbA1cはそれぞれ異なる側面から血糖状態を捉えています。片方だけを見て「正常だから大丈夫」と判断するのは危険です。

両方の数値を組み合わせ、その関係性を見ることによって初めて食後高血糖の有無や、血糖コントロールが悪化し始めたタイミングなどを推測し、的確な対策を立てることができるのです。

FBSとHbA1cの乖離から推測されること

パターン推測される状態注意点
FBS正常、HbA1c高値食後高血糖(隠れ糖尿病)の可能性動脈硬化が進行しやすい
FBS高値、HbA1c正常ごく最近、血糖コントロールが悪化した可能性生活習慣をすぐに見直す必要がある

数値の異常が示す将来の健康リスク

FBSやHbA1cの異常は単なる検査結果の異常ではありません。それは将来の深刻な病気につながる体からの警告サインです。

動脈硬化と心血管疾患

高血糖の状態、特に食後の血糖値スパイクは血管の内壁を傷つけ、動脈硬化を強力に促進します。

動脈硬化が進行すると血管が狭くなったり詰まったりして、心筋梗塞や脳梗塞といった命を脅かす病気を引き起こします。

糖尿病の三大合併症

血糖コントロールが悪い状態が長く続くと全身の細い血管が障害され、糖尿病特有の合併症が現れます。

これらは一度進行すると元の状態に戻すのが難しいものが多く、生活の質を大きく損ないます。

三大合併症の概要

  • 網膜症:目の網膜が障害され、失明に至ることがある。
  • 腎症:腎臓の機能が低下し、人工透析が必要になることがある。
  • 神経障害:手足のしびれや痛み、感覚の麻痺などが起こる。

糖尿病予備群(境界型)の段階から対策を

「境界型」と診断された段階は、まだ本格的な糖尿病ではありませんが、すでに動脈硬化は始まっています。

この段階で生活習慣を改善し、血糖値を正常化させることが将来の合併症を防ぐ上で極めて重要です。境界型は糖尿病への移行を防ぐための「最後のチャンス」とも言えます。

検査結果を改善するための生活習慣

FBSやHbA1cの数値を改善するためには日々の生活習慣を見直すことが最も効果的です。

食事療法の基本

バランスの取れた食事を規則正しく摂ることが基本です。特に血糖値の急上昇を抑える工夫が重要になります。

食事で心掛けたいポイント

ポイント具体的な方法
ベジファースト野菜や海藻など、食物繊維から先に食べる
糖質の選択白米より玄米、食パンより全粒粉パンを選ぶ
間食・飲料甘いお菓子やジュースを控え、水やお茶を飲む

運動療法のポイント

運動はインスリンの働きを良くし、血糖値を下げる効果があります。有酸素運動と筋力トレーニングを組み合わせるのが理想的です。

効果的な運動習慣

運動の種類目標
有酸素運動(ウォーキングなど)1回30分以上、週に3~5日
筋力トレーニング週に2~3回

ストレス管理と睡眠

強いストレスや睡眠不足は血糖値を上げるホルモンを分泌させ、血糖コントロールを悪化させます。

趣味の時間を持つ、湯船にゆっくり浸かるなど、リラックスできる時間を作り、十分な睡眠を確保しましょう。

健康診断で異常を指摘されたら

健康診断は病気の早期発見のための大切な機会です。結果を放置せず、次の一歩を踏み出しましょう。

なぜ放置してはいけないのか

糖尿病は自覚症状がないまま静かに進行する病気です。異常を指摘された時点で、すでにある程度病状が進んでいる可能性もあります。

早期に適切な対応を始めることが、その後の人生の健康を大きく左右します。

糖尿病内科で行う精密検査

医療機関では健康診断の結果に加え、より詳しい検査で体の状態を正確に評価します。 

特に食後高血糖の有無を調べる「75g経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)」は、隠れ糖尿病の診断に非常に重要です。

早期治療のメリット

境界型や糖尿病の初期段階で治療を開始すれば、食事療法や運動療法だけで血糖値を正常範囲に戻せることも少なくありません。

薬物治療が必要になった場合でも、早期から始めることで合併症の発症を効果的に防ぐことができます。

よくある質問

FBSやHbA1cについて、患者さんからよくいただくご質問にお答えします。

Q
健康診断の前日にお酒を飲んでしまいました
A

アルコールは血糖値に影響を与えるため、検査結果が不正確になる可能性があります。特に中性脂肪の値は大きく変動します。

正直に申告し、後日改めて検査を受けるか、今回の結果を参考値として捉え、次回の検査で正しく評価することが大切です。

Q
HbA1cだけが少し高いのですが、大丈夫ですか?
A

HbA1cが境界域にある場合、それは食後高血糖が起きているサインかもしれません。今は症状がなくても将来的に糖尿病へ移行するリスクが高い状態です。

大丈夫と自己判断せず、生活習慣を見直す良い機会と捉え、一度専門医に相談することをお勧めします。

Q
薬を飲まずに数値を下げることはできますか?
A

境界型や、ごく初期の2型糖尿病であれば、食事や運動といった生活習慣の改善だけでFBSやHbA1cの数値を正常化させることは十分に可能です。

まずは数か月間、生活改善に真剣に取り組んでみることが治療の第一歩となります。

Q
ストレスで数値は変わりますか?
A

はい、変わります。

強い精神的ストレスは血糖値を上げるホルモン(コルチゾールなど)の分泌を促すため、FBSやHbA1cを上昇させる原因になります。

血糖コントロールには体の健康だけでなく、心の健康も重要です。

以上

参考にした論文

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