「最近、親の食が細くなった」「なんだか痩せてきた気がする」など、ご高齢のご家族の栄養状態に不安を感じていませんか。
それは「PEM(タンパク質・エネルギー欠乏症)」と呼ばれる低栄養状態のサインかもしれません。PEMは単なる食欲不振や体重減少ではなく、免疫力の低下や寝たきりのリスクを高める深刻な問題です。
この記事では高齢者に見られるPEMの正体から、その原因、見逃しやすい症状、そして医療機関で行う診断基準(GNRI, MNA)までを詳しく解説します。
早期発見と適切な対策で、大切なご家族の健康を守りましょう。
高齢者に見られる低栄養「PEM」とは
PEMは高齢者の健康を脅かす静かなる危険因子です。まずはPEMがどのような状態なのかを正しく理解しましょう。
PEM(タンパク質・エネルギー欠乏症)の概要
PEM(Protein-Energy Malnutrition)とは、体を動かすエネルギー源となる炭水化物や脂質と、筋肉や臓器の材料となるタンパク質の両方が慢性的に不足している状態を指します。
単に食事量が少ないだけでなく、栄養の質的な問題も含まれます。高齢者では本人が気づかないうちに進行していることが少なくありません。
なぜ高齢者で問題になるのか
加齢に伴い、食欲が自然と低下したり、消化吸収能力が落ちたりするため、高齢者はPEMに陥りやすい傾向があります。
低栄養状態になると体の様々な機能が低下し、病気にかかりやすくなる、体力が落ちて活動性が低下するなど、負の連鎖が始まってしまいます。
サルコペニアやフレイルとの関連
PEMは筋肉量が減少し筋力が低下する「サルコペニア」や、心身の活力が低下し要介護状態に移行しやすい「フレイル」の大きな原因となります。
栄養状態の悪化が、直接的に自立した生活を脅かすことにつながるのです。
低栄養が引き起こす負の連鎖
段階 | 状態 | 影響 |
---|---|---|
第一段階 | PEM(低栄養) | エネルギーとタンパク質が不足 |
第二段階 | サルコペニア | 筋肉量が減少し、筋力が低下 |
第三段階 | フレイル | 活動量が減り、心身の機能が虚弱化 |
PEMが引き起こす深刻な健康リスク
PEMを放置すると体に様々な悪影響が及びます。単なる「痩せ」と軽視してはいけません。
免疫力の低下と感染症
栄養状態が悪いと免疫細胞の働きが鈍くなり、体の抵抗力が低下します。
このため、風邪や肺炎、尿路感染症などの感染症にかかりやすくなり、一度かかると重症化しやすくなります。
筋力低下による転倒・骨折リスク
PEMはサルコペニアを助長し、筋力を著しく低下させます。歩行が不安定になり、些細な段差でも転倒しやすくなります。
高齢者の転倒は大腿骨骨折などの重篤な怪我につながり、そのまま寝たきりになるケースも少なくありません。
創傷治癒の遅延(褥瘡など)
皮膚や組織を修復するためには、タンパク質やビタミン、ミネラルなどの栄養素が必要です。PEMの状態ではこれらの栄養素が不足するため、傷の治りが悪くなります。
特に寝たきりの方では皮膚への圧迫でできる「褥瘡(床ずれ)」が発生しやすく、一度できると治りにくいという問題が生じます。
PEMがもたらす主な健康リスク
リスク | 具体的な内容 |
---|---|
感染症リスク | 肺炎、尿路感染症などの発症・重症化 |
転倒・骨折リスク | 筋力低下による歩行不安定、骨粗鬆症の悪化 |
創傷治癒の遅延 | 褥瘡(床ずれ)の発生・悪化、手術後の回復遅延 |
PEMに陥る主な原因
高齢者がPEMに陥る原因は一つではなく、身体的、精神的、社会的な要因が複雑に絡み合っています。
食事摂取量の減少(加齢による変化)
加齢とともに基礎代謝が低下し、自然と食欲が減退します。
また、味覚や嗅覚が鈍くなることで食事の楽しみが減ったり、歯の問題(義歯が合わないなど)で硬いものが食べられなくなったりすることも食事量の減少につながります。
消化・吸収能力の低下
胃腸の働きも加齢とともに衰え、食べたものを消化・吸収する能力が低下します。
同じ量を食べても、若い頃のように効率よく栄養を体に取り込めなくなるのです。
慢性疾患や服用薬の影響
糖尿病、心臓病、腎臓病などの慢性疾患を抱えていると体内の栄養素の需要が高まったり、食事制限が必要になったりして低栄養のリスクが高まります。
また、服用している薬の副作用で食欲が低下したり、味覚が変わったりすることもあります。
社会的・心理的な要因
一人暮らしによる孤食や経済的な問題、うつ状態や認知症による食事への関心の低下なども、PEMの引き金となります。
食事は単なる栄養補給ではなく、生活の質とも深く関わっています。
- 独居や老老介護による調理の負担
- 経済的困窮
- 抑うつ気分や認知機能の低下
見逃しやすいPEMのサインと症状
PEMはゆっくりと進行するため、本人も周囲も気づきにくいことがあります。日常の些細な変化に注意を向けることが早期発見の鍵です。
体重減少と衣服の変化
最も分かりやすいサインは意図しない体重減少です。「半年間で体重が2~3kg以上減った」「以前着ていたズボンやスカートがゆるくなった」といった場合は注意が必要です。
定期的に体重を測定する習慣が大切です。
皮膚や髪のトラブル
栄養状態は皮膚や髪にも現れます。
皮膚がカサカサする、傷が治りにくい、髪が細く抜けやすくなった、爪がもろくなったなどの変化は、タンパク質やビタミン、ミネラルが不足しているサインかもしれません。
PEMの初期サイン
分類 | 具体的な変化の例 |
---|---|
身体的な変化 | 意図しない体重減少、筋肉の減少、皮膚の乾燥 |
行動の変化 | 食欲不振、食事を残す、活動量の低下 |
精神的な変化 | 元気がない、物事への関心が薄れる |
活力の低下と倦怠感
「最近、疲れやすくなった」「外出するのが億劫になった」「すぐに横になりたがる」といった活力の低下もエネルギー不足の現れです。
単なる加齢のせいと片付けず、低栄養の可能性を疑うことが重要です。
医療機関で行うPEMの診断基準
医療機関では問診や身体測定に加えて、客観的な指標を用いてPEMの評価を行います。代表的なものに「GNRI」と「MNA®」があります。
血液検査による評価(アルブミン値)
血液検査では血清アルブミン値を測定します。アルブミンは肝臓で作られるタンパク質の一種で、体内の栄養状態を反映する指標です。
アルブミン値が低い場合はタンパク質の摂取不足や、体内でタンパク質が作れていない可能性を示唆します。
GNRI(老年者栄養リスク指数)を用いた評価
GNRI(Geriatric Nutritional Risk Index)は、血清アルブミン値と体重のデータから高齢者の栄養状態とそれに関連するリスクを評価する計算式です。
客観的な数値でリスクを分類できるため、広く用いられています。
GNRIによる栄養リスク評価
GNRIスコア | 栄養リスク |
---|---|
98以上 | リスクなし |
92以上98未満 | 低リスク |
82以上92未満 | 中等度リスク |
82未満 | 高リスク |
MNA®(簡易栄養状態評価表)とは
MNA®(Mini Nutritional Assessment)は、質問票形式のスクリーニングツールです。
過去3ヶ月間の食事量の変化、体重減少、身体活動、精神状態などに関する質問に答えることで栄養状態を評価します。
短時間で簡便に行えるのが特徴です。
家庭でできるPEMの予防と対策
PEMの予防と改善の基本は日々の食事です。少しの工夫で栄養状態は大きく改善できます。
バランスの取れた食事の基本
体を動かす「主食」、体を作る「主菜」、体の調子を整える「副菜」を毎食揃えることを意識しましょう。
特に高齢者は、あっさりしたものを好み、主食(ごはん、パン)中心の食事になりがちなので、主菜(肉、魚、卵、大豆製品)をしっかり摂ることが重要です。
タンパク質を意識して摂取する工夫
筋肉を維持するためにタンパク質は最も重要な栄養素です。毎食、手のひら1枚分くらいの量のタンパク質食品を取り入れることを目標にしましょう。
一度にたくさん食べられない場合は間食にヨーグルトや牛乳、チーズなどを加えるのも良い方法です。
手軽にタンパク質を補給できる食品
食品カテゴリ | 具体例 | ポイント |
---|---|---|
乳製品 | 牛乳、ヨーグルト、チーズ | カルシウムも同時に摂取できる |
大豆製品 | 豆腐、納豆、豆乳 | 柔らかく食べやすい |
その他 | 卵、ツナ缶、ちりめんじゃこ | 調理が簡単で食事に加えやすい |
食事を楽しむ環境づくり
誰かと一緒に話をしながら食事をする「共食」は食欲を増進させ、食事の満足度を高めます。家族や友人と食卓を囲む機会を作ったり、デイサービスなどを利用したりすることも有効です。
また、彩りを良くしたり、季節の食材を使ったりして食事への関心を高める工夫も大切です。
よくある質問(Q&A)
最後に、高齢者の低栄養に関してよくいただく質問にお答えします。
- Q食が細い家族にどう接すれば良いですか?
- A
無理強いはせず、「なぜ食べられないのか」を一緒に考える姿勢が大切です。義歯が合わない、飲み込みにくい、味がしないなど、原因を探りましょう。
一度の食事量を減らして回数を増やす、食べやすいように調理法を工夫する(刻む、とろみをつけるなど)、本人の好きなものを優先するなどの対応が有効です。
- Q栄養補助食品は使っても良いですか?
- A
食事だけで十分な栄養を摂るのが難しい場合は栄養補助食品を上手に活用するのも良い方法です。ドラッグストアなどで手に入るドリンクタイプやゼリータイプのものがあります。
ただし、これらに頼りすぎると食事量が減ってしまうこともあるため、あくまで補助として利用し、使用する際は医師や管理栄養士に相談することをお勧めします。
- Q糖尿病の食事療法と両立できますか?
- A
はい、両立は可能ですし、むしろ重要です。糖尿病の高齢者では血糖コントロールを気にするあまり食事制限が厳しくなり、PEMに陥るケースが少なくありません。
必要なエネルギーとタンパク質を確保しながら血糖コントロールを行う、バランスの取れた栄養管理が必要です。
自己判断で食事を減らさず、必ず主治医や管理栄養士に相談して、個々の状態に合った食事計画を立てましょう。
- Qどのくらい体重が減ったら受診すべきですか?
- A
明確な基準はありませんが、一般的に「意図せず半年間で体重が5%以上減少した場合」は、医療機関への受診を検討するサインです。例えば体重60kgの方なら3kgの減少が目安となります。
体重だけでなく、この記事で紹介したような他のサイン(活力の低下、皮膚のトラブルなど)が見られる場合も、早めに相談してください。
以上
参考にした論文
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