糖尿病治療中の方、特にインスリン投与を受けている方にとって、「ケトン体」という言葉は注意すべき重要な指標です。
ケトン体が高い状態は、体がエネルギー源として脂肪を分解しているサインであり、これがインスリン不足によって引き起こされている場合、深刻な合併症「糖尿病ケトアシドーシス」につながる危険があります。
この記事では、インスリンとケトン体の関係、ケトアシドーシスの危険な症状、そしてインスリン投与を含めた正しい対処法について、分かりやすく解説します。
ケトン体とは何か インスリンとの深い関係
ケトン体の役割と生成
ケトン体は、私たちの体がエネルギー源としてブドウ糖(血糖)を利用できない時に、代わりに脂肪を分解して作り出す物質です。
通常、食事から摂取した糖質はブドウ糖に分解され、インスリンの働きによって細胞に取り込まれ、エネルギーとして利用されます。
しかし、絶食時や糖質制限時など、利用できるブドウ糖が不足すると、体は肝臓で脂肪を分解し始め、その過程でケトン体が生成されます。
ケトン体は、脳や筋肉などでブドウ糖の代わりのエネルギー源として機能します。
ケトン体の主な種類
| ケトン体の種類 | 特徴 |
|---|---|
| アセト酢酸 | 最初に生成されるケトン体の一つ。 |
| β-ヒドロキシ酪酸 | 血液中で最も多く存在するケトン体。 |
| アセトン | 呼気や尿から排出される。特有の甘酸っぱい匂い(アセトン臭)の原因。 |
糖尿病患者にとってのケトン体
糖尿病患者、特に1型糖尿病やインスリン投与が必要な2型糖尿病の方にとって、ケトン体の増加は重要な警告信号です。
健康な人の場合、ケトン体が増加してもインスリンが適切に作用し、一定レベル以上に増えすぎないよう調節されます。しかし、糖尿病でインスリンの作用が極端に不足すると、この調節が効かなくなります。
インスリン不足がケトン体を増やす理由
インスリンには、血糖値を下げる働きの他に、脂肪の分解を抑制し、ケトン体の生成を抑える働きもあります。
インスリン投与が不足したり、インスリンがうまく作用しなくなったりすると、体は「エネルギーが足りない」と誤解します。
この誤解により、細胞はブドウ糖を利用できないまま、肝臓は大量の脂肪を分解し、ケトン体の生成が過剰に進んでしまいます。
「インスリンケトン体」の状態が示すこと
「インスリンケトン体」という言葉は、インスリンの不足によってケトン体が増加している状態を指すことがあります。これは、体がエネルギー危機に陥っているサインです。
血糖値が非常に高いにもかかわらず、インスリン不足で細胞がブドウ糖を使えないため、体はエネルギーを得ようと必死に脂肪を分解し続けます。
この悪循環が、次に説明する危険な状態「糖尿病ケトアシドーシス」を引き起こすのです。
危険なサイン 糖尿病ケトアシドーシス(DKA)とは
糖尿病ケトアシドーシス(DKA)の定義
糖尿病ケトアシドーシス(DKA)とは、インスリンの極端な不足によって引き起こされる、糖尿病の深刻な急性合併症の一つです。
インスリンが不足すると、血糖値が著しく上昇(高血糖)するだけでなく、前述の通りケトン体が血液中に大量に蓄積します。ケトン体は酸性の物質であるため、血液が酸性に傾いてしまいます(アシドーシス)。
この「高血糖」「ケトン体高値」「アシドーシス」が揃った状態を、糖尿病ケトアシドーシスと呼びます。
なぜDKAは緊急事態なのか
DKAは、迅速な治療が必要な緊急事態です。血液が酸性になると、体中の細胞や臓器の機能が正常に働かなくなります。高血糖による脱水症状も加わり、全身の状態が急速に悪化します。
治療が遅れると、意識障害や昏睡に至ることもあり、命に関わる危険性があります。適切なインスリン投与と点滴による治療を、一刻も早く開始しなくてはなりません。
高血糖だけではない DKAのリスク
DKAの危険性は、単に血糖値が高いことだけではありません。高血糖は著しい脱水を引き起こし、血液をドロドロにします。この状態は血栓(血の塊)ができやすくなる原因となります。
さらに、血液が酸性になることで体内の電解質(ナトリウムやカリウムなど)のバランスが大きく崩れます。特にカリウムの異常は、心臓の働きに重大な影響を与え、不整脈を引き起こす可能性があります。
DKAの主な原因
| 主な原因 | 具体的な状況 |
|---|---|
| インスリン投与の中断 | 自己判断での注射の中止、インスリンポンプのトラブルなど。 |
| 感染症 | 肺炎、尿路感染症、インフルエンザなど。体が必要とするインスリン量が増加する。 |
| 他の病気 | 心筋梗塞、脳卒中、外傷、手術など。強いストレスがインスリンの働きを妨げる。 |
| その他 | 過度なストレス、暴飲暴食、一部の薬剤(SGLT2阻害薬など)の影響。 |
DKAになりやすい人の特徴
DKAは、インスリン分泌がほとんどない1型糖尿病の方に最も多く見られます。
しかし、2型糖尿病の方でも、インスリン投与が長期間必要な状態の方や、以下のような状況では発症するリスクがあります。
- インスリン注射を始めたばかりの方
- 重度の感染症にかかっている時
- 大きな手術や外傷を受けた時
- 清涼飲料水の多飲(ペットボトル症候群)
見逃さないで 糖尿病ケトアシドーシスの初期症状
体が発する初期の警告サイン
DKAは徐々に進行することもありますが、数時間から1日程度で急速に悪化することもあります。初期のサインを見逃さず、早期に対処することが非常に重要です。
インスリン不足による高血糖が続くと、体は余分な糖を尿として排出しようとします。このことにより、様々な初期症状が現れます。
DKAの初期症状チェック
| 症状 | 原因 |
|---|---|
| 極度の喉の渇き(口渇) | 高血糖による脱水 |
| 尿の量と回数が多い(多尿) | 体内の糖を排出しようとする働き |
| 全身のだるさ(倦怠感) | エネルギー不足と脱水 |
| 体重の急激な減少 | 脱水と脂肪分解の亢進 |
呼気の異変「アセトン臭」
DKAが進行すると、ケトン体の一種であるアセトンが血液中に増え、呼吸によって排出されます。
このため、呼気が「甘酸っぱい」「果物が腐ったような」と表現される特有の匂い(アセトン臭)を帯びることがあります。これはDKAの重要な兆候の一つです。
ご家族や周りの方がこの匂いに気づくこともあります。
消化器系の症状
ケトン体が血液中に増え、血液が酸性に傾くと、消化器系にも強い症状が現れます。これらの症状は、風邪や胃腸炎と間違えやすいので注意が必要です。
- 吐き気、嘔吐
- 食欲不振
- 腹痛(時に激しい痛みを伴う)
特に、インスリン投与中の方で、高血糖とともにこれらの消化器症状がある場合は、DKAを強く疑う必要があります。
意識レベルの変化
DKAがさらに進行すると、中枢神経系にも影響が及びます。頭痛や眠気(傾眠傾向)から始まり、徐々に意識がもうろうとしてきます。
呼びかけへの反応が鈍くなったり、つじつまの合わないことを言ったりする(意識混濁)ようであれば、非常に危険な状態です。
最終的には昏睡状態に陥る可能性があり、一刻も早い救急搬送と治療開始が求められます。
ケトン体が検出された時の緊急対処法
まず行うべきこと 自己血糖測定
「体調がいつもと違う」「DKAの初期症状かもしれない」と感じたら、まずはすぐに自己血糖測定器で血糖値を確認してください。
DKAの場合、血糖値は 250mg/dL 以上、しばしば 300~600mg/dL、あるいはそれ以上に上昇していることが一般的です。
血糖値が異常に高い場合は、インスリン投与が適切に行われているか(注射を打ち忘れていないか、インスリンポンプが正常か)を確認しましょう。
ケトン体の自己測定(尿または血液)
高血糖(特に 250mg/dL 以上)が確認された場合、次にケトン体を測定することが重要です。
市販の尿ケトン試験紙や、血糖測定器の中には血液中のケトン体(β-ヒドロキシ酪酸)を測定できる機種もあります。
尿ケトン試験紙で(+)以上、特に(2+)や(3+)を示す場合、または血中ケトン体が高値を示す場合は、インスリン不足によりDKAが進行している可能性が高い状態です。
すぐに医療機関に連絡すべき基準
インスリン投与を行っている方で、以下の状況に当てはまる場合は、自己判断で様子を見ず、直ちにかかりつけの医療機関に電話で指示を仰ぐか、夜間や休日の場合は救急外来を受診してください。
緊急受診の目安
| 項目 | 基準 |
|---|---|
| 血糖値 | 300mg/dL 以上が続く |
| ケトン体 | 尿ケトン(++)以上、または血中ケトン体高値 |
| 症状 | 吐き気、嘔吐、腹痛、アセトン臭、意識がもうろうとする |
| 水分補給 | 嘔吐などで水分が全く摂れない |
医療機関に連絡する際は、「インスリン投与中の糖尿病であること」「現在の血糖値」「ケトン体の測定結果」「どのような症状があるか」を正確に伝えてください。
応急処置としての水分補給
医療機関の指示を待つ間、または移動中、もし意識がはっきりしており、吐き気がなければ、水分をこまめに補給してください。
高血糖とケトン体の影響で体はひどい脱水状態にあります。
ただし、糖分を含むジュースやスポーツドリンクは血糖値をさらに上げてしまうため、水やお茶など、糖分を含まない飲み物を選んでください。
糖尿病ケトアシドーシスの治療とインスリン投与
医療機関で行う緊急治療
DKAと診断された場合、入院による緊急治療が必要です。治療の主な目的は、「インスリンの補充」「脱水の補正」「電解質バランスの是正」「アシドーシスの補正」です。
これらを同時に、かつ慎重に進めていきます。
DKAの主な治療内容
| 治療法 | 目的 |
|---|---|
| インスリン持続静注 | 高血糖を是正し、ケトン体の生成を停止させる |
| 点滴(輸液) | 脱水状態を改善し、体内の水分量を回復させる |
| 電解質の補充 | 不足したカリウムなどを点滴で補充し、バランスを整える |
不足したインスリンの投与方法
DKA治療の中心は、不足しているインスリンを補うことです。この時、皮下注射ではなく、点滴(静脈内)から「持続的」にインスリンを投与する方法(持続静注)が取られます。
この方法により、インスリンの量を細かく調節しながら、安全かつ確実に血糖値を下げ、ケトン体の生成を抑制します。
血糖値が下がりすぎて低血糖にならないよう、頻繁に血糖値を測定しながら投与量を調整します。
水分と電解質の補正
DKAの状態では、大量の尿とともに水分と電解質(特にカリウム)が失われています。
インスリン投与を開始すると、血糖値が下がるのと同時に、血液中のカリウムが細胞内に移動するため、血中のカリウム濃度が急激に低下することがあります。
低カリウム血症は心臓に悪影響を及ぼすため、点滴(輸液)で水分を補いながら、カリウムの状態を注意深く監視し、必要に応じて補充します。
(参考)インスリン製剤の種類
| 種類 | 作用発現時間(目安) | 作用持続時間(目安) |
|---|---|---|
| 超速効型 | 約10~20分 | 3~5時間 |
| 速効型 | 約30分~1時間 | 5~8時間 |
| 持効型溶解 | 約1~2時間 | 約24時間(またはそれ以上) |
DKAの緊急治療では主に速効型(または超速効型)インスリンを点滴で使用しますが、状態が安定した後は、これらの様々な種類のインスリン投与を適切に組み合わせて再発を防ぎます。
治療後の経過観察と再発防止
DKAの治療により状態が安定し、食事が摂れるようになったら、点滴のインスリン投与から皮下注射によるインスリン投与へと切り替えていきます。
退院後も、DKAを再発させないことが非常に重要です。
なぜDKAに至ったのか(インスリン注射を中断した、感染症があったなど)原因を明らかにし、主治医や医療スタッフと共に、インスリン投与量の調整や生活習慣の見直しを行います。
予防が重要 ケトン体を増やさない日常生活
血糖コントロールの重要性
DKAの最も確実な予防法は、日頃からの良好な血糖コントロールです。血糖値が安定していれば、インスリンが適切に作用している証拠であり、ケトン体が異常に増えることはありません。
日々の自己血糖測定を欠かさず行い、ご自身の血糖値の変動パターンを把握することが大切です。
定期的なインスリン投与の遵守
インスリン投与は、血糖値をコントロールし、ケトン体の生成を抑えるために必要です。
「血糖値が低いから」「食欲がないから」といった自己判断でインスリン投与を中断することは、DKAの最大の引き金となります。
特に基礎インスリン(持効型)は、食事に関わらず体に必要な最低限のインスリンを補うものですので、体調不良時でも医師の指示なく中断してはいけません。
シックデイ(体調不良時)の対応ルール
糖尿病の方が、風邪、発熱、下痢、嘔吐などで体調を崩した時を「シックデイ(Sick Day)」と呼びます。
シックデイは、体がストレスを感じて血糖値が上がりやすく、インスリンが効きにくくなるため、DKAを引き起こしやすい危険な時期です。
シックデイの基本ルール
| 項目 | 対応 |
|---|---|
| 血糖測定 | 普段よりこまめに行う(例 1日4回以上) |
| インスリン投与 | 自己判断で中止しない(特に持効型)。医師の指示に従い調整する。 |
| 水分補給 | 脱水を防ぐため、こまめに(水、お茶、経口補水液など) |
| 食事(炭水化物) | 食欲がなくても、おかゆ、うどん、スープなどで摂取を試みる |
食事が全く摂れない場合や、高血糖が続く場合、ケトン体が検出される場合は、すぐに医療機関に連絡してください。
あらかじめ主治医とシックデイの際のインスリン投与量や食事の調整方法について相談し、「シックデイルール」を決めておくことが重要です。
シックデイの食事の工夫
- おかゆ、雑炊
- うどん(煮込み)
- 果物(バナナ、リンゴのすりおろしなど)
- ゼリー飲料
食事と運動のバランス
安定した血糖コントロールのためには、適切なインスリン投与とともに、バランスの取れた食事と適度な運動が基本となります。
極端な糖質制限は、インスリン投与中の方が自己判断で行うと、低血糖や、逆にケトン体の増加(飢餓ケトーシス)につながる可能性があります。
食事療法や運動療法についても、必ず主治医や管理栄養士の指導のもとで行いましょう。
ケトン体とインスリン投与に関するよくある質問
- Qケトン体はいつも悪いものですか?
- A
いいえ、必ずしも悪いものではありません。前述の通り、ケトン体はブドウ糖が利用できない時の大切な代替エネルギー源です。
例えば、厳しい糖質制限(ケトジェニックダイエットなど)や長時間の絶食によってもケトン体は増加します。糖尿病ではない健康な人の場合、これは「生理的ケトーシス」と呼ばれ、通常は問題ありません。
しかし、インスリン投与が必要な糖尿病患者さんの場合、ケトン体の増加は「インスリン不足」のサインである可能性が高く、危険な「糖尿病ケトアシドーシス」と区別する必要があるため、注意が必要です。
- Qインスリン投与量を自分で増やしても良いですか?
- A
自己判断でインスリン投与量を大幅に変更することは避けてください。
高血糖が続く場合、特にシックデイなどではインスリン量を増やす調整(補正インスリン)が必要な場合がありますが、その量は患者さん個々の状態やインスリン感受性によって異なります。
調整方法については、必ず事前に主治医と相談し、決められたルールに従ってください。インスリンを増やしすぎると、逆に危険な低血糖を引き起こす可能性があります。
不安な時は、まず医療機関に連絡して指示を仰ぎましょう。
- QSGLT2阻害薬とケトアシドーシスの関係は?
- A
SGLT2阻害薬は、尿から糖を排出させることで血糖値を下げる比較的新しいタイプの糖尿病治療薬です。
この薬剤は、時に血糖値がそれほど高くない(例 250mg/dL 未満)にもかかわらず、ケトアシドーシス(正常血糖ケトアシドーシス)を引き起こすことが報告されています。
SGLT2阻害薬を服用中に、吐き気、倦怠感、腹痛などの症状が出た場合は、血糖値が高くなくてもケトン体を測定し、医療機関に相談することが重要です。
- Q1型糖尿病と2型糖尿病でリスクは違いますか?
- A
はい、DKAのリスクは異なります。1型糖尿病は、自身の膵臓からインスリンがほとんど分泌されないため、インスリン投与が必須であり、DKAのリスクが最も高いです。
インスリン投与の中断やシックデイが直接DKAにつながりやすいです。一方、2型糖尿病は、インスリンの分泌が低下したり、効きが悪くなったりする状態です。
インスリン投与を行っていない軽症の方ではDKAのリスクは低いですが、治療が長期化しインスリン分泌が著しく低下している方、重度の感染症やストレス(シックデイ)が加わった場合、清涼飲料水の多飲(ペットボトル症候群)などで、2型糖尿病の方でもDKAを発症することがあります。
