「最近、妙に口が渇くな」「夜中に何度もトイレに起きるようになった」。そんな症状に心当たりはありませんか。
もしかするとそれは糖尿病が原因で起こる「口渇(こうかつ)」や「多飲多尿(たいんたにょう)」のサインかもしれません。これらの症状は血糖値が高い状態が続いていることを示している可能性があります。
この記事では、なぜ糖尿病で口が渇きトイレが近くなるのか、その危険性、自分でできるチェック方法、そして医療機関を受診する目安について詳しく解説します。
口の渇き(口渇)と頻尿(多尿) なぜ起こる?
口の渇きやトイレの回数増加は日常生活でしばしば経験する症状ですが、これらが続く場合は注意が必要です。
特に糖尿病との関連を理解しておくことが大切です。
口渇とはどんな状態か
口渇とは口の中が乾燥し、強い渇きを感じる状態を指します。水分を摂取してもすぐにまた喉が渇いたり、口の中がネバネバしたり、舌がヒリヒリしたりすることもあります。
単なる水分不足だけでなく、何らかの病気のサインである可能性も考えられます。
多飲・多尿とはどんな状態か
多飲とは異常に多くの水分を摂取してしまう状態のことです。口渇感が強いために結果として水分摂取量が増えます。
一方、多尿とは尿の量や回数が異常に多い状態を指します。一般的に1日の尿量が3リットル以上、排尿回数が10回以上(夜間2回以上)の場合に多尿と判断されることがあります。
ただし、水分摂取量や体質によって個人差があります。
糖尿病と口渇・多飲多尿の関連性
糖尿病の代表的な初期症状として、「口渇」「多飲」「多尿」が挙げられます。
これらは血糖値が高い状態(高血糖)が続くことによって引き起こされます。血糖値が高いと体は余分な糖を尿として排出しようとします。
このとき、糖と一緒に多くの水分も排出されるため尿量が増え(多尿)て体内の水分が不足しやすくなり、強い喉の渇き(口渇)を感じ、結果として多くの水分を飲む(多飲)ようになるのです。
口渇・多飲・多尿の関連サイクル
段階 | 体の状態 | 主な症状 |
---|---|---|
1. 高血糖 | 血液中のブドウ糖濃度が高い | 初期は自覚症状なしも |
2. 浸透圧利尿 | 腎臓が尿へ糖を排出し、水分も一緒に排出 | 多尿(トイレが近い、尿量が多い) |
3. 脱水傾向 | 体内の水分が不足する | 口渇(喉が渇く) |
4. 水分摂取増加 | 口渇を補うために水分を多く摂る | 多飲 |
血糖値と浸透圧利尿の関係
健康な状態では腎臓は尿を作る際にブドウ糖を再吸収し、体内に保持します。
しかし、血糖値が一定以上(通常160~180mg/dL程度)を超えると腎臓の再吸収能力を超えてしまい、ブドウ糖が尿中へ漏れ出てきます(尿糖)。尿中にブドウ糖が多くなると尿の浸透圧が高まります。
このため、体は尿の濃度を薄めようとして、より多くの水分を尿として排出しようとします。これを「浸透圧利尿」と呼び、多尿の主な原因となります。
糖尿病で口が渇き、トイレが近くなる詳しい理由
高血糖がどのようにして口渇や多尿といった症状を引き起こすのか、その体の変化をもう少し詳しく見ていきましょう。
高血糖が引き起こす体の変化
糖尿病はインスリンというホルモンの作用不足や抵抗性により、血液中のブドウ糖(血糖)が細胞にうまく取り込まれず、血糖値が高い状態が続く病気です。
高血糖状態が続くと血管や神経にダメージを与え、様々な合併症を引き起こす可能性があります。
初期の段階では体が過剰な糖を排出しようとする防御反応として、口渇や多尿が現れます。
浸透圧利尿の具体的な働き
前述の通り、高血糖により尿中のブドウ糖濃度が上昇すると浸透圧利尿が起こります。腎臓の尿細管では通常、原尿(尿のもと)から必要な水分や電解質、ブドウ糖などが再吸収されます。
しかし、血糖値が非常に高いと尿細管でのブドウ糖の再吸収が追いつかず、尿中に多くのブドウ糖が残ります。
この尿中のブドウ糖が水分を引き寄せるため、結果として尿量が増加するのです。
脱水状態と口渇の悪循環
多尿によって体内の水分が大量に失われると脱水状態に陥りやすくなります。体が水分不足を感知すると脳の渇中枢が刺激され、強い喉の渇き(口渇)を感じるようになります。
この口渇を癒すために水分を多く摂取しますが(多飲)、高血糖が改善されない限り浸透圧利尿は続くため、再び多尿となり、脱水が進むという悪循環に陥ることがあります。
口 渇や多尿といった症状はこの悪循環の典型的なパターンです。
糖尿病以外の口渇・多飲多尿の原因
口渇や多飲多尿は糖尿病の代表的な症状ですが、他の原因でも起こることがあります。例えば尿崩症、腎臓の病気、心因性の多飲、薬剤の副作用(利尿薬など)などが考えられます。
自己判断せずに症状が続く場合は医療機関を受診し、原因を特定することが大切です。
口渇・多飲多尿の主な原因(糖尿病以外)
原因疾患・状態 | 簡単な説明 |
---|---|
尿崩症 | 抗利尿ホルモンの異常により、腎臓での水分再吸収が障害される |
腎性尿崩症 | 腎臓が抗利尿ホルモンに反応しにくくなる |
心因性多飲症 | 精神的な要因から過剰に水分を摂取してしまう |
薬剤の副作用 | 利尿薬、一部の精神科治療薬など |
口渇・多飲多尿以外の糖尿病のサイン
糖尿病の初期症状は口渇や多飲多尿だけではありません。他にも注意しておきたいサインがあります。
体重減少(食べているのに痩せる)
食事量は変わらない、あるいはむしろ増えているのに体重が減る場合は注意が必要です。
糖尿病ではブドウ糖がエネルギーとしてうまく利用できないため、体は代わりに脂肪や筋肉を分解してエネルギー源にしようとします。このため、体重が減少することがあります。
全身の倦怠感・疲れやすさ
ブドウ糖が細胞に十分に取り込まれず、エネルギー不足になるため体がだるく感じたり、疲れやすくなったりします。
十分な休息をとっても疲労感が抜けない場合は糖尿病の可能性も考慮します。
目のかすみ・視力障害
高血糖の状態が続くと、目のレンズ(水晶体)の浸透圧が変化し、一時的に屈折異常が起こり、目のかすみやピントが合いにくいといった症状が出ることがあります。
これは糖尿病網膜症とは異なる初期の症状です。
手足のしびれや感覚の鈍化
高血糖は末梢神経にもダメージを与えます(糖尿病神経障害)。
初期には手足の指先がジンジンとしびれたり、感覚が鈍くなったり、逆にピリピリとした痛みを感じたりすることがあります。
糖尿病のその他の初期サイン
- 皮膚の乾燥、かゆみ
- 感染症にかかりやすい(膀胱炎、歯周病など)
- 傷が治りにくい
糖尿病を放置する危険性 怖い合併症とは
糖尿病は初期には自覚症状が乏しいこともありますが、放置すると全身に様々な合併症を引き起こす可能性があります。
これらの合併症は生活の質を著しく低下させるため、早期発見・早期治療が重要です。
糖尿病の三大合併症
糖尿病の細小血管合併症として特に重要なものは以下の3つです。「しめじ」と覚えることもあります。
- しんけい障害(糖尿病神経障害)
- め(網膜症)(糖尿病網膜症)
- じん症(糖尿病腎症)
糖尿病網膜症(失明の危険)
目の奥にある網膜の血管が障害され、視力低下や失明に至る可能性があります。
初期には自覚症状がないことが多いため、定期的な眼科検診が必要です。
糖尿病腎症(人工透析の可能性)
腎臓のフィルター機能が障害され、進行すると腎不全となり、人工透析が必要になることがあります。
これも初期には自覚症状が乏しいことが多いです。
糖尿病神経障害(足の壊疽など)
手足のしびれや痛み、感覚鈍麻などが起こります。
足の感覚が鈍くなると怪我ややけどに気づきにくく、そこから細菌感染を起こして潰瘍や壊疽(組織が死んでしまうこと)に至り、最悪の場合、足を切断しなければならないこともあります。
動脈硬化の進行と心血管疾患リスク
高血糖は太い血管の動脈硬化も促進します。動脈硬化が進行すると心筋梗塞や狭心症といった心臓の病気、脳梗塞や脳出血といった脳血管の病気のリスクが高まります。
これらの病気は命に関わることがあります。
動脈硬化による主な合併症
合併症 | 主な症状・危険性 |
---|---|
心筋梗塞・狭心症 | 胸痛、胸部圧迫感、突然死のリスク |
脳梗塞・脳出血 | 麻痺、言語障害、意識障害、後遺症のリスク |
末梢動脈疾患 | 足の冷感、しびれ、間欠性跛行(歩くと足が痛む) |
自分でできる糖尿病セルフチェックと予防法
糖尿病は生活習慣と深く関わっています。
気になる症状がある方やリスクが高いと感じる方はセルフチェックを行い、生活習慣を見直すことが大切です。
糖尿病危険度チェックリスト
以下の項目に当てはまるものが多いほど糖尿病のリスクが高いと考えられます。あくまで目安であり、正確な診断は医療機関で行います。
糖尿病リスクチェック
- 家族(親や兄弟姉妹)に糖尿病の人がいる
- 肥満気味である(BMI25以上)
- 最近、急に太った、または体重が増加傾向にある
- 甘いものや脂っこいものが好きでよく食べる
- 野菜をあまり食べない
- 運動不足である、またはほとんど運動しない
- ストレスが多い生活を送っている
- 高血圧や脂質異常症(高コレステロールなど)を指摘されたことがある
- 妊娠中に妊娠糖尿病や巨大児出産を経験したことがある(女性の場合)
食生活の見直しポイント
バランスの取れた食事が基本です。主食・主菜・副菜をそろえ、野菜やきのこ、海藻など食物繊維を多く含む食品を積極的に摂りましょう。食物繊維は血糖値の急上昇を抑える効果があります。
間食やジュース、糖分の多いお菓子は控えめにし、食べる時間や量にも注意が必要です。
適度な運動習慣のすすめ
運動は血糖値を下げる効果やインスリンの働きを良くする効果があります。
ウォーキング、ジョギング、水泳などの有酸素運動を、1回30分以上、週に3~5日程度行うのが目標です。
食後1時間くらいに行うと血糖値の上昇を抑えるのに効果的です。ただし、合併症がある場合は医師に相談してから行いましょう。
定期的な健康診断の重要性
糖尿病は初期には自覚症状がないことが多いため、定期的な健康診断で血糖値やHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー:過去1~2ヶ月の平均血糖値を反映する指標)をチェックすることが早期発見につながります。
特に40歳以上の方や上記のリスクチェックで当てはまる項目が多かった方は、積極的に健診を受けましょう。
健康診断での主なチェック項目
検査項目 | 基準値の目安(空腹時) | 糖尿病が疑われる値 |
---|---|---|
血糖値 | 110mg/dL未満 | 126mg/dL以上 |
HbA1c (NGSP値) | 5.5%以下 | 6.5%以上 |
※基準値は検査機関や状況により異なる場合があります。必ず医師の診断を受けてください。
口渇・多飲・多尿に気づいたら 医療機関での検査
口 渇や 多 尿といった症状が続く場合は自己判断せずに医療機関を受診し、適切な検査を受けることが大切です。
医療機関を受診するタイミング
口の渇きやトイレの回数・量の増加が気になり始めたら、早めに内科や糖尿病専門医を受診しましょう。
特にこれらの症状に加えて体重減少や倦怠感など他の糖尿病のサインが見られる場合は、速やかな受診が必要です。
健康診断で血糖値の異常を指摘された場合も必ず精密検査を受けてください。
糖尿病の診断で行う主な検査
医療機関では問診や診察に加えて以下のような検査を行い、総合的に糖尿病かどうかを診断します。
糖尿病診断のための主要検査
検査名 | 何がわかるか |
---|---|
血糖検査 | 採血時の血液中のブドウ糖濃度(空腹時、食後、随時) |
HbA1c検査 | 過去1~2ヶ月の平均的な血糖コントロール状態 |
尿検査 | 尿中の糖やケトン体の有無(ケトン体は体がエネルギー不足のサイン) |
経口ブドウ糖負荷試験(OGTT) | ブドウ糖液を飲んだ後の血糖値の変動を調べ、隠れた糖尿病を見つける |
呼吸器内科と糖尿病の関係性
糖尿病は全身の血管や神経に影響を与えるため、呼吸器系にも間接的に影響を及ぼすことがあります。
例えば糖尿病患者さんは免疫力が低下しやすく、肺炎などの呼吸器感染症にかかりやすくなったり、重症化しやすくなったりすることが知られています。
また、糖尿病性神経障害が呼吸筋に影響を与えることもまれにあります。
当クリニックでは糖尿病のコントロール状況も考慮しながら、呼吸器症状の診療にあたっています。
糖尿病の治療と日常生活での心がけ
糖尿病と診断された場合でも適切な治療と生活習慣の改善により、良好な血糖コントロールを維持し、合併症の発症や進行を防ぐことが可能です。
糖尿病治療の基本方針
糖尿病治療の基本は、「食事療法」「運動療法」「薬物療法」の三本柱です。
患者さん一人ひとりの状態やライフスタイルに合わせて、医師や管理栄養士、看護師などの医療スタッフが連携して治療計画を立てます。
糖尿病治療の三本柱
- 食事療法(栄養バランス、適切なエネルギー量)
- 運動療法(有酸素運動、レジスタンス運動)
- 薬物療法(血糖降下薬の内服、インスリン注射など)
血糖コントロールの目標
血糖コントロールの目標値は年齢、合併症の有無、低血糖のリスクなどを考慮して個別に設定します。
一般的には、HbA1c値を7.0%未満に保つことが目標とされますが、より厳格な管理が必要な場合や高齢者などで緩やかな目標が設定されることもあります。
医師とよく相談し、自分の目標値を理解しておくことが大切です。
定期的な通院と検査の継続
糖尿病は長く付き合っていく病気です。定期的に通院し、血糖値やHbA1c、血圧、脂質などの検査を受け、体の状態をチェックすることが重要です。
検査結果に基づいて治療内容を調整したり、合併症の早期発見に努めたりします。
フットケアや口腔ケアの重要性
糖尿病患者さんは足のトラブル(潰瘍や壊疽)や歯周病のリスクが高いため、日頃からのフットケア(足を清潔に保ち、傷がないか観察する)や口腔ケア(丁寧な歯磨き、定期的な歯科受診)も非常に大切です。
よくある質問
糖尿病やその症状に関して、患者さんからよく寄せられる質問とその回答をまとめました。
- Q口が渇くだけでも糖尿病の可能性はありますか?
- A
口渇は糖尿病の初期症状の一つですが、他の原因(ストレス、薬剤の副作用、シェーグレン症候群など)でも起こりえます。
口渇が続く場合は自己判断せずに一度医療機関で相談し、原因を調べてもらうことをお勧めします。
特に他の症状(多尿、体重減少など)も伴う場合は糖尿病の可能性が高まります。
- Qトイレが近いのは年齢のせいだと思っていました。
- A
加齢とともに頻尿になることはありますが、糖尿病や過活動膀胱、前立腺肥大症(男性の場合)など、他の病気が原因であることも少なくありません。
「年のせい」と決めつけずに特に急にトイレが近くなった、夜間に何度も起きるようになったなどの場合は医療機関を受診して原因を調べることが大切です。
- Q糖尿病は一度なると治らないのですか?
- A
残念ながら、現在の医療では糖尿病を完全に「治癒」させることは難しいとされています。
しかし、早期に発見して食事療法、運動療法、必要に応じた薬物療法を適切に行うことで血糖値を良好にコントロールし、健康な人と変わらない生活を送ることは十分に可能です。
大切なのは病気と上手く付き合い、コントロールを続けることです。
- Q家族に糖尿病の人がいると自分もなりやすいですか?
- A
はい、糖尿病には遺伝的な要因も関与していると考えられています。
ご家族(特に親や兄弟姉妹)に糖尿病の方がいる場合、そうでない人と比較して糖尿病を発症するリスクが高い傾向があります。
しかし、遺伝的要因だけで発症するわけではなく、食生活や運動習慣、肥満といった環境要因も大きく影響します。
リスクが高いことを自覚し、より一層、健康的な生活習慣を心がけることが予防につながります。
以上
参考にした論文
GREGORY, NANCY S. EXCESSIVE THIRST, HUNGER, AND URINATION IN DIABETES. Introduction to Clinical Pharmacology: From Symptoms to Treatment, 2023, 304.
FURUKAWA, Shinya, et al. Dietary intake habits and the prevalence of nocturia in Japanese patients with type 2 diabetes mellitus. Journal of Diabetes Investigation, 2018, 9.2: 279-285.
KUZUYA, Takeshi, et al. Report of the Committee on the classification and diagnostic criteria of diabetes mellitus. Diabetes research and clinical practice, 2002, 55.1: 65-85.
YOUSUF, Fakhir, et al. Urinary Clinical Manifestation In Type I And II Diabetes; An Observational Study. Journal of Pharmaceutical Negative Results, 2023, 14.4.
KATSUMATA, Kazumi; KATSUMATA, Kazuo. A Chinese patient presenting with clinical signs of fulminant type 1 diabetes mellitus. Internal medicine, 2005, 44.9: 967-969.
SEINO, Yutaka, et al. Report of the Committee on the classification and diagnostic criteria of diabetes mellitus: The Committee of the Japan Diabetes Society on the diagnostic criteria of diabetes mellitus. 2010.
HANEDA, Masakazu, et al. Japanese clinical practice guideline for diabetes 2016. Diabetology international, 2018, 9: 1-45.
IMAGAWA, Akihisa, et al. Fulminant type 1 diabetes: a nationwide survey in Japan. Diabetes care, 2003, 26.8: 2345-2352.
KOSAKA, Kinori. History of medicine and changes in concept of diabetes mellitus in Japan. Diabetes research and clinical practice, 1994, 24: S1-S5.
OHARA, Nobumasa, et al. A 75-year-old woman with a 5-year history of controlled type 2 diabetes Mellitus presenting with polydipsia and polyuria and a diagnosis of central diabetes insipidus. The American Journal of Case Reports, 2022, 23: e938482-1.