糖尿病治療でインスリン療法を行っている方にとって、毎日の食事の際に使用する超速効型インスリンは血糖コントロールの要です。

「ノボラピッド」や「アスパルト」といった名前を耳にすることが多いと思いますが、これらの違いを正確に理解している方は少ないかもしれません。実はこの二つは有効成分が同じインスリン製剤です。

この記事では、超速効型インスリンの基本的な役割から始め、「アスパルト」と「ノボラピッド」の正確な関係性、そして「アピドラ」など他の製剤との違いについて専門的な観点から分かりやすく解説します。

ご自身の治療への理解を深め、より良い血糖管理を目指しましょう。

超速効型インスリンの基本的な役割

超速効型インスリンは食事によって上昇する血糖値(食後血糖値)を速やかに抑えるために使用するインスリン製剤です。

健康な人の体内で食事の際に分泌される追加インスリンの働きを補うもので、血糖コントロールにおいて非常に重要な役割を担います。

食後血糖値をコントロールする働き

食事を摂ると、食べ物に含まれる糖質が分解・吸収され、血液中のブドウ糖濃度(血糖値)が上昇します。

超速効型インスリンは、この血糖値の上昇に合わせて効果を発揮し、ブドウ糖が細胞に取り込まれるのを助けることで血糖値を適切な範囲内に保ちます。

この働きにより、食後の高血糖を防ぎ、糖尿病の合併症リスクを低減します。

作用の発現時間と持続時間

「超速効型」という名前の通り、注射してから効果が現れるまでの時間が非常に短いのが特徴です。

一般的に注射後10〜20分で効果が出始め、1〜3時間で作用のピークを迎え、3〜5時間で効果が消失します。このスピーディーな作用が、食事による急激な血糖上昇に対応するために必要です。

超速効型インスリンの作用イメージ

項目時間(目安)説明
作用発現10~20分後注射してから血糖値を下げ始めるまでの時間。
作用ピーク1~3時間後最も強く血糖値を下げる時間帯。
作用持続3~5時間血糖値を下げる効果が続いている時間。

主な超速効型インスリン製剤の種類

現在、日本で使用されている主な超速効型インスリンには、インスリン アスパルト(製品名:ノボラピッドなど)、インスリン リスプロ(製品名:ヒューマログなど)、インスリン グルリジン(製品名:アピドラ)の3つの有効成分があります。

これらは作用時間にわずかな違いがあり、医師が患者様一人ひとりの状態に合わせて選択します。

「アスパルト」と「ノボラピッド」の正確な関係

多くの患者様が疑問に思う「アスパルト」と「ノボラピッド」の違いですが、結論から言うとこれらは基本的に同じものです。

「ノボラピッド」は製品名であり、その有効成分が「インスリン アスパルト」です。

有効成分は「インスリン アスパルト」

「アスパルト」は、インスリン製剤の有効成分(一般名)です。

一方、「ノボラピッド」は、ノボノルディスクファーマ社が製造・販売しているインスリン アスパルト製剤の製品名(商品名)です。

したがって、「ノボラピッドを注射する」ということは、「インスリン アスパルトという成分を注射する」ことと同じ意味になります。

名称の分類

分類名称
一般名(成分名)インスリン アスパルト薬の有効成分そのものの名前。
商品名(製品名)ノボラピッド製薬会社が付けた薬の名前。

先発医薬品と後発医薬品(バイオシミラー)

「ノボラピッド」はインスリン アスパルト製剤の先発医薬品です。特許期間が満了した後、他の製薬会社から同じ有効成分を持つ後発医薬品が開発・販売されることがあります。

インスリンのようなバイオテクノロジーを用いて製造される医薬品の後発品は、「バイオシミラー(バイオ後続品)」と呼ばれます。

「インスリン アスパルトBS」といった名称で処方されている場合、それはノボラピッドのバイオシミラーです。

製剤による添加物の違い

先発医薬品とバイオシミラーでは有効成分は同じですが、薬の効果を安定させたり、注射時の痛みを和らげたりするために含まれる添加物が異なる場合があります。

ほとんどの場合、この違いが効果に影響することはありませんが、ごくまれに添加物に対する体の反応が異なる方もいます。

もし製剤を変更してから何か変化を感じた場合は主治医や薬剤師に相談してください。

ノボラピッドと他の超速効型インスリンとの違い

ノボラピッド(アスパルト)の他にも、アピドラ(グルリジン)やヒューマログ(リスプロ)といった超速効型インスリンがあります。

これらは有効成分が異なり、作用の現れ方に微妙な違いがあるため、患者様のライフスタイルや血糖変動のパターンに合わせて使い分けます。

作用時間の微妙な個人差

以下の表は一般的な作用時間を示したものですが、薬の効果の現れ方には個人差があります。

同じインスリンでも、その日の体調や注射した部位によって効き方が少し変わることもあります。

ご自身の血糖値の動きを記録し、薬との相性を主治医と一緒に確認していくことが大切です。

主な超速効型インスリンの比較

製品名(一般名)作用発現時間作用ピーク時間
ノボラピッド(アスパルト)約10~20分約1~3時間
アピドラ(グルリジン)約10~20分約1時間
ヒューマログ(リスプロ)約15分約0.5~1.5時間

食生活や血糖パターンとの相性

例えば作用のピークが比較的シャープな製剤は、糖質の吸収が速い食事(白米やパンなど)が多い方に合う場合があります。

一方、作用がやや緩やかな製剤は食事に時間をかける方や、消化の遅い食べ物(食物繊維や脂質が多い食事)を摂る方の血糖パターンに適していることがあります。

このように、医師は患者様の食生活も考慮して処方を決定します。

注射タイミングの考え方

ほとんどの超速効型インスリンは食事の直前(15分以内)に注射することが推奨されています。

これはインスリンが効き始める時間と、食事の糖質が吸収されて血糖値が上がり始める時間を合わせるためです。

ただし、製剤の種類や個人差によって最適なタイミングは異なるため、必ず医師の指示に従ってください。

より速く効く「フィアスプ」という選択肢

近年、ノボラピッドの有効成分であるインスリン アスパルトに添加物を加えることで、さらに作用発現を速めた「フィアスプ」という製剤が登場しました。

食後血糖値をより厳密にコントロールするための新しい選択肢となっています。

ノボラピッドよりも速い作用発現

フィアスプはノボラピッドと比較して、注射後のインスリンが体内に吸収される速度が速くなるよう工夫されています。

このことにより、効果が出始めるまでの時間が短縮され、より自然なインスリン分泌パターンに近くなりました。

ノボラピッドとフィアスプの比較

製剤注射タイミング特徴
ノボラピッド食直前(15分以内)標準的な超速効型インスリン。
フィアスプ食事開始時(2分前)~食事開始後(20分以内)作用発現がより速く、投与タイミングの柔軟性が高い。

食事開始後でも投与が可能に

フィアスプの大きな特徴は食事を開始した後に注射できる点です。外食時など食事の量や内容が直前まで分からない場合でも、食べた量を確認してから注射することができます。

この柔軟性は、患者様の生活の質(QOL)向上に大きく貢献します。

ノボラピッドからフィアスプへの切り替え

ノボラピッドからフィアスプへ切り替える際は作用が速くなる分、食後早い時間帯の低血糖に注意が必要です。

切り替えの際は医師や薬剤師から詳しい説明を受け、血糖自己測定を丁寧に行いながら、ご自身の体調変化を確認することが重要です。

超速効型インスリンを正しく安全に使うために

インスリン治療の効果を最大限に引き出し、安全に使用するためには、いくつかの重要なポイントがあります。日々の実践が良好な血糖コントロールにつながります。

注射部位の選び方とローテーション

インスリンは皮下脂肪の多い場所に注射します。

主に腹部、太もも、腕、おしりが使われますが、毎回同じ場所に注射すると皮膚が硬くなることがあるため、部位を少しずつずらす「ローテーション」が必要です。

主な注射部位と特徴

注射部位インスリン吸収速度特徴
腹部速い吸収が安定しており、最も一般的に推奨される。
腕(上腕の外側)普通自分で注射しにくい場合がある。
太もも(外側)遅い吸収が緩やかなため、医師の指示で使用することがある。

食事量に応じた単位数の調整(カーボカウント)

食事に含まれる炭水化物(糖質)の量に合わせてインスリンの単位数を調整する方法を「カーボカウント」と呼びます。

この方法を学ぶことで食事の自由度が高まり、より柔軟な血糖管理が可能になります。

カーボカウントの導入については、専門の知識を持つ医師や管理栄養士の指導のもとで行う必要があります。

シックデイへの対応

シックデイとは風邪や胃腸炎などで体調を崩した日のことです。このような日は食事ができなくても血糖値が不安定になりやすいため、自己判断でインスリンを中断するのは危険です。

必ず事前に主治医にシックデイの際の対応(インスリンの調整方法や連絡の目安など)を確認しておきましょう。

注意すべき低血糖のリスクと対処法

インスリン治療を行う上で最も注意すべき副作用が低血糖です。インスリンが効きすぎて血糖値が下がりすぎる状態で、速やかな対処が必要です。

低血糖の主な症状

低血糖の症状は人によって様々ですが、代表的な初期症状を知っておくことが早期発見につながります。

もしこれらの症状を感じたら我慢せずにすぐに対応しましょう。

低血糖のサイン

  • 強い空腹感
  • 冷や汗、動悸
  • 手足のふるえ
  • 集中力の低下、生あくび

低血糖が起きた時の正しい対処

低血糖の症状を感じたら、すぐにブドウ糖やブドウ糖を含む飲料を摂取します。吸収の速い糖分を摂ることがポイントです。

通常、ブドウ糖であれば10g、飲料であれば150〜200mL程度が目安です。

低血糖時の補食の例

種類量の目安注意点
ブドウ糖10g薬局などで購入できる。携帯に便利。
砂糖20gブドウ糖より吸収は少し遅い。
ブドウ糖を含むジュース150~200mL果汁100%ジュースや清涼飲料水。

無自覚性低血糖の危険性

低血糖を繰り返していると体が低血糖状態に慣れてしまい、初期症状を感じにくくなる「無自覚性低血糖」という状態になることがあります。自覚症状がないまま重い低血糖に陥る危険があるため、定期的な血糖自己測定で自分の血糖値を確認する習慣が非常に重要です。

よくある質問

最後に、超速効型インスリンに関して患者様からよくいただく質問にお答えします。

Q
超速効型インスリンを打ち忘れたらどうすればよいですか?
A

食事の直後に打ち忘れに気づいた場合は、すぐに注射してください。

ただし、製剤の種類や食事からの経過時間によって対応が異なります。特にフィアスプの場合は食事開始後20分以内であれば投与が可能です。

時間が経ってしまった場合や、どうすべきか迷った場合は自己判断で注射せず、主治医に確認するか、次の食事前の血糖値を見て対応を判断します。

食後かなり時間が経ってから注射すると、次の食事前に低血糖を起こす危険があります。

Q
ノボラピッドからアスパルトのバイオシミラーに変更して効果は同じですか?
A

はい、有効成分は同じであり、国が同等性・同質性を厳しく審査した上で承認しているため、効果や安全性は基本的に同じと考えて問題ありません。

ただし、前述の通り添加物の違いなどから、ごくまれに使用感が異なると感じる方もいます。何か気になることがあれば、遠慮なく医師や薬剤師にご相談ください。

Q
自己判断でインスリンの単位数を変更しても良いですか?
A

医師の指示なく自己判断で単位数を変更することは高血糖や低血糖のリスクを高めるため、絶対にやめてください。

食事量に応じて単位数を調整するカーボカウントを行う場合も必ず医師の指導のもとでルールを学び、決められた範囲内で行います。

体調の変化や血糖値の変動で調整が必要と感じた場合は、まず主治医に相談することが安全な治療の基本です。

以上

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