膵臓の一部または全部を摘出すると、インスリンをつくる細胞が減り、多くの方が術後に糖尿病を発症します。この糖尿病は一般的な1型・2型とは仕組みが異なり、低血糖と高血糖の両方が起こりやすい点が大きな特徴です。

だからこそ、血糖値の動き方を正しく把握し、食事・インスリン・消化酵素の補充を組み合わせた管理が欠かせません。この記事では、膵臓摘出後に生じる血糖変動の仕組みから、日々の食事や運動の工夫まで、臨床経験をふまえてわかりやすく解説します。

目次

膵臓を摘出すると糖尿病になるのはなぜか

膵臓の摘出後に糖尿病が発症する最大の原因は、インスリンを分泌するベータ細胞(β細胞)が手術によって失われることにあります。膵臓全摘の場合は100%、部分摘出でも残された組織の量や術前の膵臓の状態によって、多くの患者さんが術後に血糖コントロールの問題を抱えることになります。

ベータ細胞の喪失がインスリン不足を招く

膵臓にはランゲルハンス島と呼ばれる細胞の集まりがあり、その中のベータ細胞がインスリンを産生しています。手術で膵臓の組織が取り除かれると、ベータ細胞の数が減少し、体が必要とするインスリンを十分に供給できなくなります。

とくに膵臓全摘術を受けた場合は、体内のインスリン産生能力がゼロになるため、手術直後から外部からのインスリン投与が必須となります。

グルカゴンも同時に失われる怖さ

膵臓にはベータ細胞だけでなく、血糖値を上げるホルモンであるグルカゴンを分泌するアルファ細胞(α細胞)も存在します。膵臓を摘出するとグルカゴンの分泌も低下あるいは消失し、低血糖時に血糖値を回復させる力が弱まります。

このグルカゴン欠乏が、膵臓摘出後の糖尿病を1型や2型の糖尿病よりもコントロールしにくくしている大きな要因の一つです。

膵臓摘出後に起こる主なホルモン変化

ホルモン変化影響
インスリン減少~消失血糖値が上がりやすい
グルカゴン減少~消失低血糖から回復しにくい
膵ポリペプチド減少肝臓でのインスリン感受性が低下

膵臓全摘と部分摘出で糖尿病リスクはどう変わるか

膵臓全摘術を受けた場合は、術後にほぼ確実に糖尿病を発症します。一方、膵頭十二指腸切除術(すいとうじゅうにしちょうせつじょじゅつ)や膵体尾部切除術(すいたいびぶせつじょじゅつ)などの部分切除では、残った膵臓の機能によって糖尿病の程度は大きく異なります。

術前にすでに耐糖能異常(たいとうのういじょう、糖尿病予備群の状態)がある方は、部分切除であっても術後に糖尿病を発症するリスクが高くなるため、手術前の評価が大切です。

3c型糖尿病という分類を知っておく

膵臓の病気によって生じる糖尿病は「3c型糖尿病」と分類されます。1型のように自己免疫で起こるのでも、2型のように生活習慣が主因でもなく、膵臓そのものの構造的・機能的な障害が原因で発症する点が特徴です。

3c型糖尿病は内分泌機能の低下だけでなく、消化酵素の分泌低下(外分泌不全)も同時に起こるケースが多く、栄養吸収障害への対応も求められます。

膵臓摘出後の血糖値は1日の中でどう動くのか

膵臓摘出後の血糖値は、健康な方と比べて変動幅が非常に大きく、1日の中で高血糖と低血糖を繰り返す「ブリットル糖尿病(不安定型糖尿病)」と呼ばれる状態になりやすいことが分かっています。

食後血糖の急上昇が起きやすい

膵臓を摘出すると、食事に応じてインスリンを即座に分泌する力が失われます。そのため、食後に血糖値が急激に上昇しやすくなります。とくに炭水化物を多く含む食事を一度に摂った場合、食後1~2時間の間に血糖値が大きく跳ね上がるケースが多く見られます。

外部からインスリンを注射していても、自然なインスリン分泌のような細かな調整は難しいため、食事の内容やタイミングとインスリン投与のバランスが非常に重要になります。

夜間や空腹時の低血糖に要注意

膵臓摘出後の患者さんが最も気をつけなければならないのは、予期しない低血糖です。グルカゴンの分泌がないため、血糖値が下がり始めても体が自力で引き上げることができません。

とくに夜間は食事を摂らない時間が長く、インスリンの効果が持続している間に血糖値が危険な水準まで下がってしまうことがあります。冷や汗、動悸、手の震えなどの症状が出たらすぐにブドウ糖を摂取する必要があります。

持続血糖モニタリング(CGM)で変動パターンを可視化する

近年は、皮膚にセンサーを貼り付けて24時間血糖値を測定できるCGM(持続血糖モニタリング)が普及しています。膵臓摘出後の患者さんにとって、CGMは自分の血糖変動パターンを目で確認できる心強い味方です。

CGMを活用すれば、食事の前後や運動後、就寝中にどのように血糖値が動くかを把握でき、インスリンの量やタイミングを調整する判断材料が得られます。主治医と一緒にデータを見ながら治療方針を微調整していくことが推奨されます。

血糖変動が大きくなる主な場面

場面血糖への影響対策の例
食後急激な上昇食前のインスリン注射と食事量の調整
夜間・空腹時低血糖のリスク就寝前の補食、基礎インスリンの調整
体調不良時予測困難な変動シックデイルール(体調不良時の対応策)に従う
運動後遅れて低血糖が発生運動前後の血糖測定と補食

インスリン治療の基本と膵臓摘出後ならではの注意点

膵臓を摘出した後のインスリン治療は、1型糖尿病の治療に似ていますが、必要なインスリン量が少ないことや低血糖が重症化しやすいことなど、固有の特徴に合わせた慎重な対応が必要です。

基礎インスリンと追加インスリンの使い分け

インスリン治療では、1日を通じてゆっくり効く「基礎インスリン(持効型インスリン)」と、食事のたびに使う「追加インスリン(速効型・超速効型インスリン)」を組み合わせるのが一般的です。

膵臓摘出後の患者さんは、1型糖尿病の方に比べてインスリンの総量が少ない傾向にあります。しかし、グルカゴンが不足しているぶん少量のインスリンでも低血糖を起こしやすいため、投与量の微調整が治療の鍵を握ります。

インスリンポンプ療法も選択肢の一つ

インスリンポンプは、小型の機器を体に装着し、あらかじめ設定したプログラムに従って持続的にインスリンを皮下投与する治療法です。食事の量や時間が不規則になりがちな方にとって、きめ細かな投与調整ができる点が大きなメリットでしょう。

インスリンの種類と特徴

種類効果発現主な用途
超速効型約15分食事直前の血糖上昇抑制
速効型約30分食事前の注射
持効型1~2時間1日の基礎インスリンとして

低血糖への備えは万全にしておく

膵臓摘出後の低血糖は、グルカゴンによる防御が働かないため重症化しやすいという特徴があります。ブドウ糖タブレットやジュースを常に携帯し、低血糖の症状を感じたらすぐに対応できるようにしましょう。

自分自身で対処できないほどの重症低血糖に備えて、家族や身近な方に対処法を伝えておくことも大切です。グルカゴン注射キットの処方を主治医に相談しておくのもよいでしょう。

HbA1cの目標値は主治医と一緒に決める

一般的に糖尿病の管理ではHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)7.0%未満が目標とされますが、膵臓摘出後は低血糖リスクが高いため、やや緩やかな目標設定が適切な場合もあります。厳しすぎる目標を設定すると低血糖の頻度が増えてかえって危険です。

自分の生活スタイルや体の状態に合わせて、主治医と相談しながら無理のない目標を立てていきましょう。

消化酵素の補充が血糖コントロールを左右する

膵臓摘出後の糖尿病管理では、インスリン治療だけに注目しがちですが、同時に起こる消化酵素の不足(膵外分泌不全)への対応が血糖コントロールに大きく影響します。

膵外分泌不全とは何か

膵臓は消化酵素を分泌して食べ物の消化・吸収を助ける臓器でもあります。膵臓を摘出するとこの消化酵素が不足し、脂肪やたんぱく質、炭水化物の吸収が不十分になります。

その結果、栄養不足や体重減少、脂肪便(しぼうべん、脂肪分を含んだ下痢気味の便)などの症状が現れるだけでなく、食事から摂った栄養素の吸収タイミングが不安定になり、血糖値の予測がさらに難しくなります。

消化酵素薬(PERT)の正しい服用方法

膵外分泌不全に対しては、膵消化酵素補充療法(PERT)が行われます。食事のたびにカプセル型の消化酵素薬を服用し、不足した消化酵素を補います。

服用のタイミングは食事の直前または食事中が基本で、間食のときも必要に応じて服用します。消化酵素の補充が適切に行われることで栄養の吸収が安定し、血糖値の変動も穏やかになるといえます。

脂溶性ビタミンの不足にも気を配る

消化酵素が不足すると脂肪の吸収が悪くなり、脂溶性ビタミン(ビタミンA、D、E、K)が体内に取り込まれにくくなります。とくにビタミンDの不足は骨粗しょう症のリスクを高めるため、血液検査で定期的にチェックし、必要に応じてサプリメントを活用します。

消化酵素補充と血糖管理は切り離せない

消化酵素が十分に補充されていないと、食事で摂った糖質の吸収にムラが生じ、インスリンの効き方とのタイミングがずれてしまいます。インスリンが効いているのに糖質の吸収が遅れれば低血糖を招き、逆に吸収が急に進めば高血糖を招くことになります。

消化酵素の補充が血糖値に与える影響

状態血糖への影響
酵素補充が適切栄養吸収が安定し、血糖変動が穏やかに
酵素補充が不足吸収にムラが出て、低血糖・高血糖のリスク増
酵素を飲み忘れ脂肪便、栄養不良、体重減少の恐れ

膵臓摘出後の食事療法で押さえておきたいポイント

膵臓摘出後の食事は、血糖コントロールだけでなく、栄養状態の維持と消化器症状の軽減という複数の目的を同時に満たす工夫が求められます。「食べてはいけないもの」を覚えるよりも、「どう食べるか」のコツをつかむことが長続きの秘訣です。

少量頻回食で血糖の乱高下を防ぐ

1回の食事量を少なめにして、1日4~6回に分けて食べる「少量頻回食」が推奨されます。一度に大量に食べると食後の血糖急上昇を招きやすく、インスリンの調整も難しくなるためです。

食事の回数が増える分、それぞれの食事でインスリン量を調整する手間は増えますが、血糖値の波を小さく抑える効果が期待できます。

脂質は控えすぎず適量を心がける

消化酵素が不足している状態で脂肪を大量に摂ると、消化不良による腹部膨満感や下痢が起きやすくなります。かといって脂質を極端に制限すると、エネルギー不足やビタミンの吸収低下につながりかねません。

食事で意識したい項目

  • 炭水化物は食物繊維を多く含むもの(玄米、全粒パンなど)を選ぶ
  • 脂質は1食あたり適量にとどめ、消化酵素薬と一緒に摂る
  • たんぱく質は魚、鶏肉、豆腐など消化しやすい食材から確保する
  • アルコールは血糖の乱れを増幅させるため、主治医に相談して判断する

間食のタイミングで低血糖を予防する

膵臓摘出後は、食事と食事の間の時間が長くなると低血糖を起こしやすくなります。とくに午前10時頃や午後3時頃、就寝前など、血糖値が下がりやすいタイミングに少量の補食を取り入れることで、安定した血糖維持が期待できるでしょう。

補食としては、クラッカーとチーズ、ヨーグルトと果物など、炭水化物とたんぱく質を組み合わせたものが適しています。

管理栄養士と連携した食事プランづくり

膵臓摘出後の食事は個人差が大きく、同じ術式でも体質や残存膵機能によって適切な内容は異なります。病院の管理栄養士に相談し、自分に合った食事プランを作成してもらうと安心です。

運動と日常生活で血糖値を安定させる工夫

適度な運動は血糖コントロールに有益ですが、膵臓摘出後は運動による低血糖リスクが通常以上に高まるため、事前の準備とルールづくりが大切です。

有酸素運動はウォーキングから始める

術後の体力回復を兼ねて、まずは1日15~20分程度のウォーキングから始めるのがよいでしょう。急に激しい運動を行うと血糖値が大きく下がり、対処が間に合わないことがあります。

運動前には必ず血糖値を確認し、70mg/dL以下の場合は補食してから体を動かすようにしてください。運動中もブドウ糖やジュースを手元に用意しておくと安心です。

ストレスと睡眠不足が血糖を乱す

精神的なストレスや睡眠不足はコルチゾールなどのストレスホルモン分泌を増やし、血糖値を上昇させる方向に働きます。膵臓摘出後は自律的な血糖調節力が弱いため、ストレス管理と十分な睡眠の確保が血糖の安定に直結します。

規則正しい就寝・起床リズムを保ち、リラクゼーションの時間を意識的に設けることをおすすめします。

体調不良時のシックデイ対応は事前に決めておく

風邪や胃腸炎などで食事が摂れないとき(シックデイ)は、血糖コントロールが一気に崩れる危険があります。食事量に合わせてインスリンを減量するのか、こまめに血糖値を測ってどの数値で受診するのかなど、具体的なルールを主治医と事前に取り決めておきましょう。

日常生活で実践したい血糖管理の習慣

習慣期待される効果
毎食前後の血糖測定インスリン量の適切な判断材料になる
血糖記録ノートの活用変動パターンの把握と診察時の情報共有
ブドウ糖の常備低血糖時の迅速な対応
定期的な通院HbA1cや栄養状態の継続的な評価

膵臓摘出後の定期検査と医療チームとの付き合い方

膵臓摘出後の糖尿病管理は、患者さんが一人で頑張るものではなく、医師、看護師、管理栄養士、薬剤師など多職種のチームで支えていくものです。定期的な検査と医療チームとの連携が、長期にわたる健康維持の土台になります。

どのくらいの頻度で通院すればよいか

術後しばらくは月1~2回の通院で血糖値やインスリン量の調整を行い、安定してきたら1~3か月に1回のペースに移行するケースが多いです。HbA1cの測定は通常2~3か月ごとに行い、血糖コントロールの全体像を評価します。

定期的に確認しておきたい検査項目

  • HbA1c(2~3か月ごと)
  • 血中ビタミンD濃度と骨密度
  • 腎機能・肝機能の血液検査
  • 体重の推移と栄養状態の評価
  • 眼底検査(年1回以上)

主治医に伝えておきたい日常の記録

低血糖の頻度や起きた時間帯、食事の内容、運動量などを記録しておくと、診察時に主治医が治療方針を判断する大きな手がかりになります。CGMデータがある場合はそのレポートを持参するとさらに有用です。

困ったときに頼れる相談窓口を確保しておく

急な体調変化や判断に迷う場面は必ず出てきます。かかりつけの病院に電話相談できる窓口があるか、緊急時にどこに連絡すればよいかを事前に確認しておくと安心です。

よくある質問

Q
膵臓摘出後の糖尿病は一般的な糖尿病と何が違いますか?
A

膵臓摘出後に生じる糖尿病は「3c型糖尿病」と呼ばれ、インスリン不足に加えてグルカゴンという血糖を上げるホルモンも同時に失われる点が最大の違いです。そのため、高血糖だけでなく重い低血糖も起こりやすく、血糖値の振れ幅が大きくなります。

また、消化酵素の分泌も低下するため、栄養吸収の問題にも同時に対応する必要があり、1型や2型の糖尿病とは治療の組み立て方が異なります。

Q
膵臓を部分的に摘出した場合でも糖尿病になりますか?
A

膵臓の部分切除でも、手術で取り除かれた組織の量や術前の膵臓の状態によっては糖尿病を発症することがあります。研究報告によると、膵頭十二指腸切除術や膵体尾部切除術を受けた方の約20~50%に術後の耐糖能異常や糖尿病が認められています。

術前にすでに血糖値が高めだった方や、膵炎を長期間患っていた方はとくに発症リスクが高い傾向です。手術前の段階から血糖値のモニタリングを始めておくことが望ましいでしょう。

Q
膵臓摘出後の低血糖はどのように予防すればよいですか?
A

低血糖を防ぐためには、少量頻回食を実践し、食事と食事の間が空きすぎないようにすることが基本です。就寝前に少量の補食を取り入れると、夜間の低血糖リスクを下げられます。

加えて、インスリンの投与量を血糖値や食事量に合わせて細かく調整することが大切です。ブドウ糖タブレットやジュースを常に持ち歩き、低血糖の兆候(冷や汗、動悸、ふるえなど)を感じたらすぐに摂取してください。

Q
膵臓摘出後に消化酵素薬を飲み忘れるとどうなりますか?
A

消化酵素薬(膵消化酵素補充療法)を飲み忘れると、食事中の脂肪やたんぱく質が十分に消化・吸収されず、脂肪便や下痢、腹部膨満感などの消化器症状が出やすくなります。栄養素の吸収タイミングも乱れるため、インスリンとの釣り合いが崩れて低血糖や高血糖が起こりやすくなるでしょう。

飲み忘れを防ぐために、食卓やカバンの中など目につく場所に薬を常備しておく工夫が効果的です。

Q
膵臓摘出後の血糖管理で持続血糖モニタリング(CGM)は有効ですか?
A

持続血糖モニタリング(CGM)は、膵臓摘出後の血糖管理において非常に有効な手段です。皮膚に装着したセンサーが24時間血糖値を記録してくれるため、自己血糖測定だけでは見逃しがちな夜間低血糖や食後の急激な血糖上昇を検出できます。

CGMのデータを主治医と共有することで、インスリン量や食事内容の調整がより的確に行えるようになるため、活用を検討する価値は十分あります。

参考にした文献