意識がない、呼びかけに反応できない、飲み込めないといった低血糖では、口から糖分や水分を与えず、家族が処方済みのグルカゴン製剤を使って救急車を呼びます。グルカゴンは肝臓に蓄えられた糖を血液中へ出させ、血糖を上げる救急薬であり、その後の医療機関での処置も必要です。

呼吸の有無を確かめ、呼吸があるなら体を横向きにして気道を守ります。処方された点鼻薬または注射薬を説明どおりに使い、使用時刻を記録したうえで救急隊へ伝えるまでが一連の対応です。

この記事では、重い低血糖を疑う場面で家族が取る行動、グルカゴン製剤の違い、使用後の観察、普段から整えておく備えを解説しています。

意識がない低血糖では口から何も与えない

反応がない人に食べ物や飲み物を与えると、気管へ入り窒息や誤嚥性肺炎を起こす危険があります。まず安全と呼吸を確認し、グルカゴンを使える状態なら投与して救急要請へ進みます。

反応と呼吸を短時間で確かめる

肩を軽くたたきながら大きな声で呼びかけ、普段どおりの返答や動きがあるかを見ます。反応がなければ胸や腹の動きを見て、正常な呼吸かどうかを短時間で確認してください。

呼吸がない、または判断できないときは、直ちに119番へ電話し、通信指令員の案内に従います。近くに人がいれば、救急要請、自動体外式除細動器の手配、グルカゴンの準備を分担できます。

飲み込めない状態を見逃さない

目を開けていても、受け答えが成り立たない、指示に従えない、むせて飲み込めない状態なら、自力摂取は危険です。液体やゼリーを流し込む行為も避け、頬の内側へ糖分を塗る対応もしないでください。

見えている状態口からの糖分家族の行動
会話できて安全に飲み込める本人が自分で摂取決められた通常の対処
反応が鈍い、飲み込めない与えないグルカゴンと救急要請
意識がなく呼吸はある与えない横向き、投与、救急要請
正常な呼吸がない与えない119番と通信指令員の案内

呼吸があれば横向きに寝かせる

意識がなくても正常に呼吸しているなら、床など安全な場所に横向きで寝かせ、上側の膝を曲げて姿勢を安定させ、顔を少し下へ向けると、吐いた物が気道へ流れ込む危険を減らせます。

きつい衣服を緩め、そばを離れず、呼吸の変化を見守ります。けいれん中は体を押さえつけたり、口へ指や物を入れたりせず、周囲の硬い物を遠ざけて頭を守ります。

グルカゴンは肝臓から糖を出させる救急薬

グルカゴンは体内にもあるホルモンで、救急薬として投与すると肝臓から糖が放出され、血糖を上げる方向にはたらきます。本人が飲食できない重い低血糖で、周囲の人が救急処置として使う薬です。

糖分を食べる対処との違い

意識がはっきりして安全に飲み込める段階では、本人が糖分を摂る通常の対処が基本です。一方、飲み込めない段階では口からの対処が危険になるため、家族が使えるグルカゴン製剤が選択肢になります。

血糖測定器がすぐ見つからなくても、インスリン治療中の人に重い低血糖を疑う症状があり、処方時に教わった使用条件に当てはまるなら、測定より救急対応を優先します。低血糖でなかった場合も含め、救急隊へ症状と投与の事実を正確に伝えます。

グルカゴンは、意識が保たれていて本人が糖分を摂れるときの通常の対処を置き換える薬ではありません。また、低血糖を予防する薬でもないため、使った後に血糖が上がったように見えても対応を終えず、再発の有無を医療者に確認してもらいます。本人と家族は「自分で飲み込める段階」と「助けがなければ対処できない段階」の境目を、処方時に具体的な症状で確認しておくことが大切です。

効き始めるまで見守りが要る

投与直後に必ず意識が戻るとは限らず、反応が改善しない可能性もあります。そのため、薬を使った時点で対応を終えず、救急車の到着まで呼吸と反応を継続して観察する必要があります。

低血糖の危険が高い人には、より扱いやすいグルカゴン製剤を用意し、家族など使用する人へ教える方針が海外の臨床指針で示されています。国内で処方を受けるかどうかは、治療内容や生活状況を踏まえて主治医と決めます。

回復しても救急処置は続く

呼びかけに反応しただけでは十分な回復と判断するには早いため、会話の内容、手足の動き、飲み込みの状態が戻ったかを見ながら、再び反応が悪くならないか注意します。

本人が完全に目を覚まし、自分で確実に飲み込める状態になった後は、救急隊や医療者から受けた指示に従います。自己判断で立たせたり、1人で歩かせたりするのは避けてください。

家族が使える点鼻薬と注射薬

救急用グルカゴンには、鼻から投与する点鼻薬と、皮下などへ投与する注射薬があります。処方された製品ごとに操作が違うため、家族は実物と説明書を一緒に見ながら練習しておく必要があります。

点鼻薬は吸い込む力を必要としない

バクスミーなどの点鼻薬は、本人が息を吸い込めない状態でも鼻の粘膜から薬を届ける製剤です。1回分が専用容器に入っており、使用前に試し押しすると薬が失われるため、練習では実物の押しボタンを作動させません。

実際には容器から器具を取り出し、先端を片方の鼻孔へ入れて、表示が変わるまで押し切ります。製品によって外観や確認方法が異なるので、処方時に渡された説明書の図と手元の器具を照合してください。

注射薬は製品ごとの準備が違う

注射薬には、投与前の準備が必要な製品と、すぐ使えるよう設計された製品があります。注射する部位や器具の扱いも同じとは限らないため、別製品の手順を記憶だけで当てはめるのは危険です。

家族が注射薬を扱う場合は、薬液の確認、器具の準備、投与部位、使用後の針の扱いまで、処方された製品に沿って医療者から説明を受けます。緊急時に説明書を初めて開く状態を避けるため、未使用の器具を手に取って確認する機会を設けましょう。

確認点点鼻薬注射薬
投与する場所片方の鼻孔製品指定の注射部位
本人の吸気不要関係しない
使用前の操作試し押しをしない製品別に確認
家族の事前準備開封と押し方の確認準備から廃棄までの確認

使いやすさは実物で確かめる

模擬の救急場面で点鼻薬と注射薬を比べた複数の研究では、点鼻薬のほうが短時間で正しく扱われやすいという結果が報告されています。

ただし、実際の低血糖発作ではなく模擬環境の成績なので、どの家庭でも同じ結果になるとは断定できません。

器具への受け止め方を調べた質的研究でも、準備の手間や注射へのためらいが使用時の負担として挙げられています。選ぶ際は薬の効果だけでなく、実際に使う家族が迷わず操作できるかも主治医や薬剤師へ伝えるとよいでしょう。

グルカゴンを使う人とタイミングを決めておく

グルカゴンは本人が自分で使う前提の薬ではなく、重い低血糖で助けが必要なときに家族など周囲の人が投与します。誰が取り出し、どの状態で使い、誰が119番へ連絡するかを普段から決めておくと、緊急時の迷いを減らせます。

使用の目安は自力で対処できない状態

呼びかけへの反応がない、意識がもうろうとして指示に従えない、けいれんしているなど、自分で安全に糖分を摂れない状態が使用を考える目安です。処方時に示された条件がある場合は、その内容を本人と家族で共有します。

「もう少し待てば目を覚ますかもしれない」と様子を見る間にも、低血糖は続くおそれがあります。重い症状を認めたら口から与える方法へ戻らず、準備してある救急薬と救急要請へ切り替えてください。

発見した人が1人なら119番を優先する

家族が1人で対応する場合は、まず反応と呼吸を確かめ、119番へ連絡して指示を受けます。電話をスピーカーにすれば、通信指令員と話しながら体を横向きにし、グルカゴンを準備できます。

複数人がいるなら、1人が救急要請し、別の人が薬を取りに行く分担が有効です。救急隊を迎える人も決め、玄関を開け、保険証やお薬手帳を手元にそろえると引き継ぎが円滑になります。

投与前後の時刻と変化を記録する

発見した時刻、最後に普段どおりだった時刻、グルカゴンを使った時刻をメモし、血糖値を測れた場合は数値と時刻も残しますが、測定を優先して薬の投与や119番通報を遅らせてはいけません。

  • 発見時刻 … 反応がない状態を見つけた時刻
  • 投与時刻 … グルカゴンを使った時刻
  • 血糖値 … 測定できた場合の数値と時刻
  • 状態の変化 … 呼吸、返答、けいれん、嘔吐の有無

使用直後は救急要請と横向きの姿勢

グルカゴンを使った後は、意識が戻るのを待ってから連絡するのではなく、119番へ通報します。吐き気や嘔吐が起こる可能性があるため、呼吸がある人は横向きにして気道を守ります。

119番で伝える内容

「糖尿病でインスリンを使用しており、低血糖が疑われ、意識がない」と最初に伝えます。続いて住所、年齢、呼吸の状態、けいれんや嘔吐の有無、使用した製品名と時刻を答えます。

伝える項目具体的な内容
現在地住所、建物名、部屋番号
本人の状態反応、呼吸、けいれん、嘔吐
治療情報糖尿病、インスリン使用
救急薬製品名、投与時刻
測定値測れた場合の血糖値と時刻

意識が戻るまで口へ入れない

投与後に少し動いたり声を出したりしても、安全に飲み込めるとは限りません。名前や場所を答えられ、簡単な指示に従え、むせずに自分で飲み込める状態になるまでは、飲食物を口へ入れないでください。

嘔吐した場合は顔を横へ向け、口の中に見える吐物を無理のない範囲で取り除きます。呼吸が弱くなる、途切れる、普段どおりでなくなる変化があれば、すぐ通信指令員へ伝えて案内に従います。

2回目の投与は個別の指示に従う

反応が改善しないときに追加投与できるか、何分後に行うかは、処方された製品と事前に受けた指示で確認します。家族の判断だけで別の製品を組み合わせたり、使用済みの1回用器具を再び使ったりしません。

追加投与の準備があっても、救急車を待つ対応は変わりません。使用した容器や器具は捨てず、可能なら箱や説明書とともに救急隊へ渡すと、製品と投与量の確認に役立ちます。

救急隊が到着したら、発見してからの対応を時系列で伝えます。「何時ごろ発見し、どのような反応や呼吸だったか」「いつ、どの製品を使ったか」「その後に返答や嘔吐などの変化があったか」を短くまとめると引き継ぎやすくなります。家族が複数いる場合は、1人が本人のそばで観察を続け、もう1人が玄関で救急隊を案内すると、観察の中断を避けられます。

グルカゴンで回復した後も医療機関へ連絡

意識が戻って会話できるようになっても、低血糖が再び起こる可能性があるため救急要請を取り消す自己判断は避け、グルカゴンを使った事実を医療機関へ伝えて原因と今後の治療を確認します。

完全に覚醒してから飲食を判断する

本人が自分の名前や場所を答えられ、指示どおりに動け、安全に飲み込めると確認できた後で、救急隊や医療者の指示に沿って飲食を判断します。眠気や混乱が残るなら、口から与える段階ではありません。

回復後に再びぼんやりする、冷汗が出る、受け答えが乱れる変化は、すぐ救急隊へ伝えます。いったん良く見えても1人にせず、移動させる必要がある場合は支えて転倒を防ぎます。

医療機関へ共有する情報

グルカゴンの製品名と使用時刻、発見時の状態、回復までの変化、当日に使ったインスリンの種類と時刻を伝えます。お薬手帳、注射薬の記録、血糖測定器の履歴など、普段の治療が分かる資料も用意します。

  • 救急薬 … 製品名、使用量、使用時刻
  • 症状 … 発見時の反応、けいれん、嘔吐
  • 回復経過 … 返答が戻った時刻とその後の変化
  • 治療記録 … インスリン名、使用時刻、血糖履歴

治療内容を自己判断で変えない

重い低血糖の後は、原因を確認せずに次のインスリンを中止したり、量を変更したりしないでください。食事や体調、注射の記録をもとに、当日以降の投与について医療機関から具体的な指示を受けます。

救急用の薬を使った事実は、治療を見直す大切な情報です。再処方の要否、同居家族への再説明、保管場所の変更も含め、次に同じ状況が起きた際の対応を整えます。

受診時には、低血糖の前の食事量や食事時刻、運動量、飲酒、発熱・下痢・嘔吐などの体調変化も振り返ります。食事が予定より少なかった、普段より長く体を動かした、インスリンの時刻や量を取り違えた可能性があるといった情報は、原因を考える手掛かりです。記憶が曖昧でも推測で埋めず、本人や家族が確認できた事実と分からない点を分けて医療者へ伝えてください。

処方前から保管と練習まで備える

救急用グルカゴンを備えるかどうかは、インスリンの使用状況、過去の低血糖、同居家族が対応できる時間などを主治医へ伝えて相談します。処方後は置くだけにせず、使う人、保管場所、期限、操作方法を定期的に確かめます。

主治医へ伝える生活上の条件

1人で過ごす時間、家族がそばにいる時間、過去に他人の助けを要した低血糖があったかを具体的に伝え、インスリン治療を始めたばかりで家族も対応に自信がない場合は、その不安も処方する製剤を選ぶ判断材料になります。

日本の処方データを調べた研究では、インスリン処方に比べてグルカゴンの処方が限られている状況が報告されています。これは個人に必要かどうかを決める研究ではないため、処方数だけで自分には不要だと判断せず、主治医と相談します。

保管場所と使用期限の見える化

製品の表示に従った温度で保管し、家族がすぐ取り出せる定位置を決めます。鍵のかかる場所や、本人しか分からない奥まった場所は、救急時の使用を遅らせる原因になります。

外箱に使用期限を書いた目印を付け、月に1回など無理なく続く間隔で確認します。高温や凍結を避けるなどの条件は製品ごとに異なるため、箱と添付の説明書を一緒に保管してください。

自宅以外で過ごす時間が長い人は、外出先で重い低血糖が起きた場合に誰が薬を取り出せるかも考えます。持ち運びの可否と保管条件を薬剤師に確認し、家族以外に対応を頼む場合は、本人の同意のもとで職場などの関係者に保管場所、119番を呼ぶ条件、口から飲ませてはいけない状態を伝えます。緊急連絡先や糖尿病治療中であることを記したカードも、救急隊への情報提供に役立ちます。

スペインで行われた選択実験では、効果が同程度という条件で、保管できる温度範囲や点鼻という投与経路が本人と介護者の選好に関係しました。海外の選好調査であり国内製品の優劣を示す結果ではありませんが、保管と操作のしやすさを相談項目に含める根拠になります。

家族全員で短い訓練を繰り返す

説明書を読むだけでなく、本人役と対応者役に分かれ、反応の確認から119番、薬の取り出し、横向きの姿勢、救急隊への報告まで声に出して練習します。点鼻薬は実物を押さず、練習用の器具や図を利用します。

確認する時期確認内容見直すきっかけ
処方を受けた日使用条件と操作製品の変更
定期的な確認日保管場所と期限期限まで残りが少ない
生活が変わった時使う人と連絡先同居状況の変化
使用した後再処方と対応の振り返り救急処置の経験

よくある質問

Q
意識がない人にジュースを飲ませてもよいですか?
A

飲ませてはいけません。気管へ入って窒息する危険があります。

呼吸があれば横向きにし、処方済みのグルカゴンを使って119番へ連絡してください。

Q
鼻が詰まっていても点鼻薬を使えますか?
A

鼻づまりがある場面を含めた使用可否は、処方された製品の説明書と処方時の指示で確認します。

緊急時に迷わないよう、本人に鼻の病気や鼻へ使う薬がある場合は、処方を受ける際に主治医や薬剤師へ伝えてください。

Q
グルカゴンを使えば救急車は呼ばなくてもよいですか?
A

救急車を呼ぶ必要があります。意識が戻らない可能性や再び低血糖になる危険があるためです。

投与後すぐ119番へ連絡し、呼吸と反応を見守りながら救急隊を待ちます。

Q
グルカゴンは本人が持ち歩く薬ですか?
A

持ち歩くかどうかは生活状況と製品の保管条件によって決めます。ただ持っているだけでは本人が意識を失ったときに使えないため、家族が場所と操作を把握し、必要時に取り出せる備えが大切です。

Q
使用期限が切れた製品しかない場合はどうしますか?
A

まず119番へ連絡し、期限切れの製品しかない事実を伝えて通信指令員の案内に従ってください。期限が切れる前に交換できるよう普段から確認し、交換方法は処方元または薬局へ相談します。

参考にした文献