GLP-1製剤の歴史は、食事に反応して腸から分泌されるホルモンの研究から始まりました。体内ですぐ分解されるGLP-1をそのまま薬にするのは難しく、長く働かせる工夫が重ねられています。

転機になったのは、ドクトカゲの口の分泌物から見つかったエキセンディン4です。この成分を基にしたエキセナチドが最初のGLP-1受容体作動薬となり、1日2回の注射から1日1回、週1回の製剤へと選択肢が広がりました。

現在は飲み薬も加わり、GLP-1だけでなくGIPも同時に刺激する薬が実用化されています。さらに、3種類の受容体を1つの分子で刺激する薬は研究開発の段階にあり、承認済みの治療薬とは分けて捉える必要があります。

この記事では、GLP-1の発見から複数の受容体を狙う薬に至る流れと、各時代に解決された課題を解説しています。

GLP-1の歴史は消化管ホルモンの研究から

出発点は、食事を口から取ったときに腸が血糖調節を助けるという観察です。膵臓だけを見ていては説明できなかった反応から、インクレチンというホルモン群の研究が進みました。

同じ糖でも口から取ると反応が変わる

ブドウ糖を飲んだ場合は、同じ程度まで血糖値を上げるよう静脈から投与した場合より、インスリンの分泌が大きくなります。食べ物が腸を通ると、膵臓へ合図を送る物質が放出されるためで、この現象はインクレチン効果と呼ばれます。

インスリンは血液中のブドウ糖を細胞へ取り込ませ、血糖値を下げる方向に働くホルモンです。インクレチンは血糖値が上がった場面で、その分泌を後押しします。

腸で作られるGLP-1が見つかった

GLP-1は、グルカゴンに似た配列を持つペプチド、つまり短い鎖状のたんぱく質として同定されました。主に小腸から大腸にあるL細胞から分泌され、膵臓の受容体という合図の受け口に結合します。

GLP-1はインスリン分泌を助けるほか、胃から腸へ食べ物が移る速さや、脳が受け取る満腹の合図にも関係します。血糖と食欲の両面に関わる性質から、薬の標的になりました。

体内のGLP-1を治療に利用するには、受容体への合図を残しながら分解されにくくする必要があります。そこで、天然ホルモンを増やす発想から、同じ受容体をより長く刺激できる分子を設計する発想へ転換しました。体内のGLP-1と医薬品に求められた性質の違いを整理すると、次の通りです。

項目体内のGLP-1医薬品で求められた性質
分泌のきっかけ食事に反応決めた時刻に投与
作用時間数分と短い数時間から数日
開発上の課題速やかに分解受容体への作用を保って長時間化

天然のGLP-1は数分で分解される

体内で作られたGLP-1は、DPP-4という分解酵素の働きを受けます。そのため、血液中に保たれる時間はごく短くなります。この短さは食後の合図としては合理的でも、一定時間作用する医薬品には大きな壁でした。

ドクトカゲ由来の成分はどう薬になった?

天然GLP-1の短い作用時間を乗り越える手掛かりは、哺乳類ではなくアメリカドクトカゲから得られました。エキセンディン4というペプチドが、GLP-1受容体を刺激しながら分解されにくい性質を持っていたためです。

口の分泌物から似た働きの成分を発見

エキセンディン4は、アメリカドクトカゲの口の分泌物から分離されたペプチドです。ヒトのGLP-1とは配列が異なるものの、共通するアミノ酸配列を持ち、GLP-1受容体に結合します。

動物由来という説明に驚く方もいるでしょう。実際の医薬品は分泌物をそのまま注射するものではなく、エキセンディン4と同じ配列を持つ成分を管理された条件で製造したものです。

分解されにくい性質が薬への道を開いた

エキセンディン4は、DPP-4によって速やかに切断される天然GLP-1とは配列の一部が異なります。受容体を刺激する性質を保ちつつ体内で長く残るため、反復して投与できる候補になりました。

この発見は、珍しい生物から物質が見つかったという話を超え、薬の設計に新しい方向を与えました。体内のホルモンを完全に複製せずとも、受容体へ必要な合図を送り、作用時間を延ばせると示したためです。

エキセナチドは1日2回投与から始まった

エキセンディン4を医薬品にしたエキセナチドは、2005年に米国で承認された最初のGLP-1受容体作動薬です。当初の製剤は朝食と夕食の前に1日2回皮下注射する設計で、短時間で消える天然GLP-1より作用を延ばしました。

ただし、最初の製剤には注射を続けやすくする課題が残りました。この課題が、同じ受容体を刺激する分子の改変や、ゆっくり放出する製剤の開発へつながりました。

研究の段階得られた知見次の課題
天然GLP-1の研究血糖と食欲に関わる受容体を特定分解の速さ
エキセンディン4の発見分解されにくい受容体作動物質医薬品としての製造と評価
エキセナチドの実用化1日2回の皮下注射投与回数の削減

GLP-1製剤は注射回数を減らしてきた

次の大きな流れは、受容体への作用を保ちながら体内に長くとどめ、注射回数を減らす改良です。分子そのものを変える方法と、薬を少しずつ放出する方法が使われてきました。

アミノ酸配列を変えて分解を遅らせる

ペプチドはアミノ酸が鎖のようにつながった分子です。アミノ酸の並び方が変わると、分解酵素からの見え方も変化します。受容体に結合する部分を保ちながら切断されやすい部分を調整すれば、作用時間を延ばせます。

とはいえ、分解を遅らせるだけでは十分ではなく、受容体への結合、製剤の安定性、体外へ排出される速さも調整が必要です。1つの改変で全条件が整うわけではないため、薬ごとに異なる設計が採用されています。

血中のたんぱく質を利用して1日1回へ

リラグルチドには脂肪酸の鎖が付けられ、血液中のアルブミンというたんぱく質と結び付きやすくなっています。腎臓から速やかに排出されにくく、注射した場所からの吸収もゆるやかになるため、1日1回の投与が可能になりました。

セマグルチドにも、アルブミンとの結合を利用して作用を長く保つ設計が使われています。加えて分解酵素の影響を受けにくい構造を備え、週1回という投与間隔につながりました。

ゆっくり放出する製剤で週1回へ

分子の改変とは別に、注射した薬を小さな粒子から徐々に放出させる方法もあります。エキセナチドの週1回製剤では、生体内で分解される素材に成分を封入し、同じ成分でも投与間隔を長くしました。

また、デュラグルチドは分子を大きくして体外への排出を遅らせる設計です。週1回製剤は単一の技術から生まれたのではなく、分子と剤形に対する複数の工夫が同じ使い方へ到達した結果といえます。

投与間隔の例代表的な薬長時間化の主な考え方
1日2回エキセナチドの初期製剤天然GLP-1より分解されにくい
1日1回リラグルチドアルブミンとの結合を利用
週1回セマグルチドなど分解と排出を遅らせる
週1回エキセナチドの持続性製剤注射部位から徐々に放出

飲み薬が投与経路を変えました

GLP-1受容体作動薬には、注射だけでなく経口セマグルチドという錠剤が加わりました。ペプチドは胃腸で分解されやすく吸収もされにくいため、飲み薬の実現には注射の長時間化とは別の工夫が必要でした。

ペプチドは胃から吸収されにくい

一般的な錠剤は消化管で溶け、有効成分が腸の壁を通って血液へ入ります。ところが、セマグルチドのようなペプチドは分子が大きく、消化酵素にも分解されやすいため、飲むだけでは十分な量が血液へ届きにくい性質です。

注射は皮膚の下へ薬を届けるので、消化管という障壁を避けられます。経口化では、その障壁を越える方法と、有効成分を分解から守る方法の両方が求められました。

吸収を助ける成分を同じ錠剤に配合

経口セマグルチドには、胃の中で成分を保護し、胃壁からの吸収を一時的に助ける吸収促進剤が一緒に配合されています。薬の分子だけを変更するのではなく、服用した場所の周辺環境を整える発想です。

吸収量は食事や水分の影響を受けます。そのため、起床時の空腹状態で少量の水とともに服用し、その後しばらく飲食やほかの内服を避けるという条件があります。処方された際は、電子添文と薬剤師の説明に沿った服用が大切です。

錠剤と注射は使い方まで同じではない

同じセマグルチドを含んでいても、錠剤と注射では体内に入る経路、投与量、使う頻度が異なります。剤形だけを好みで置き換える行為や、自己判断による併用は危険です。

飲み薬の登場が示したのは、ペプチド医薬品でも吸収を補助すれば経口投与が成り立つという技術上の広がりです。注射が古く錠剤が新しいから優れるという順序ではなく、承認された適応と毎日の服用条件を含めて選択されます。

確認点経口製剤注射製剤
体内へ入る経路胃から吸収皮下から吸収
使い方への影響飲食や水分の条件がある製剤ごとに注射頻度が違う
共通点承認された目的と用量で使用承認された目的と用量で使用

GIPを組み合わせた2受容体作動薬とは?

薬の設計は、GLP-1受容体だけを刺激する段階から、別のインクレチン受容体も1つの分子で刺激する段階へ進みました。その代表が、GLP-1受容体とGIP受容体の2つに働く薬です。

GIPも食後に腸から分泌される

GIPは主に小腸上部のK細胞から分泌されるインクレチンで、食後の血糖値に応じたインスリン分泌を助けます。GLP-1とは別の受容体に結合しますが、どちらも食事の情報を膵臓などへ伝える消化管ホルモンです。

GIPとGLP-1は当初、それぞれの働きを薬に利用する方向で扱われていました。分子設計が進むにつれ、2種類の受容体へ届く1本のペプチドを作り、作用の組み合わせを臨床で評価する発想が現れました。

1つの分子で2つの受容体を刺激する

2受容体作動薬は、GLP-1製剤とGIP製剤を別々に同時使用する治療とは異なります。1つの分子のアミノ酸配列を調整し、GLP-1受容体とGIP受容体の双方に結合できるようにした薬です。

この考えを実用化したチルゼパチドは、週1回投与する2受容体作動薬です。単一受容体から複数受容体へという設計の変化を、研究上の構想から実際の治療へ移した節目に当たります。

受容体の数だけで薬の優劣は決まらない

刺激する受容体が2つになると、従来薬とは異なる分子設計になります。各受容体をどの程度刺激するか、薬が体内でどれほど保たれるかによって、1つの分子としての性質が決まります。

さらに、薬には承認された対象疾患と用量があり、同じ系統でも使える条件は薬ごとに違います。「受容体の数が多いほど上」という読み方を避け、自分の診断と治療目的に合うかを確認する視点が必要です。

3受容体作動薬はまだ開発段階

複数受容体を狙う薬の設計は、2種類から3種類へ広がっています。3種類に働く候補薬も開発されています。ただし、臨床試験で評価中の薬と、医療機関で通常処方される承認済みの薬では立場が異なります。

3つの合図を1本のペプチドにまとめる

3受容体作動薬も、3種類の薬を混ぜた注射ではなく、1つのペプチドが異なる3種類の受容体に結合するよう設計されています。アミノ酸配列の一部を調整し、各受容体への結合と体内での持続時間を両立させる考えです。

受容体が増えるほど設計の自由度は上がりますが、治療上の価値は組み合わせ以外の検証も含めて決まります。狙った受容体へどの程度働くかを基礎研究で確かめた後、ヒトを対象とした段階的な試験が必要です。

レタトルチドは3種類に働く研究薬

レタトルチドは、GLP-1、GIP、グルカゴンという3種類の受容体に同時に働くよう設計された、承認前の開発中の薬です。

公表された第2相試験は、候補薬をさらに大規模な試験へ進めるか判断する途中の情報です。論文に結果が載っているという理由だけで、処方できる薬になったと受け取らないよう注意が要ります。

臨床試験は段階ごとに問いが異なる

開発初期には、少人数から投与量や体内での動きを調べます。次の段階では候補となる用量で得られる反応と安全性を評価し、より大きな試験では対象を広げて結果の再現性を確かめます。

その結果、期待した作用が得られても開発が中止される場合があり、試験の完了と承認は区別されます。研究薬について読むときは、受容体の数より先に、試験段階と承認の有無を確かめる必要があります。

設計刺激する受容体歴史上の段階
単一受容体作動薬GLP-1複数の注射・経口製剤が実用化
2受容体作動薬GLP-1、GIP承認薬が登場
3受容体作動薬3種類を1分子で刺激候補薬を臨床試験で評価

GLP-1の歴史から現在の薬を読み分ける

薬の選択では、登場した新旧よりも、自分の診断との対応が基準になります。適応となる病気、投与方法、使う頻度、治療中に必要な確認を、診断に照らして整理するのが基本です。

長時間化は便利さを改善した技術

1日2回から週1回へ延びた投与間隔は、注射する回数を減らし、生活の中で治療を続ける負担を軽くする改良です。一方、長く効くという性質だけでは個人に合うかを判断する材料が不足します。

投与を忘れた際の扱いや、別の薬へ切り替える方法も製剤ごとに異なります。使用中の薬がある方は一般的な回数表だけで変更せず、製品名と最後に使った日時を処方元へ伝えて確認してください。

新しい設計が古い薬を無効にはしない

後から登場した薬は、投与間隔や投与経路、受容体の組み合わせに新しい特徴を持ちます。それでも、先に登場した薬で蓄積された使用経験や、個々の薬に定められた適応は維持されます。

薬の系譜は、効き目の順位表ではなく、どの課題にどの工夫が加わったかを示す地図として役立ちます。治療では、現在の健康状態と併用薬を確認したうえで、承認された選択肢から処方が検討されます。

受診時は製品名と治療目的をそろえる

「GLP-1の薬を使いたい」だけでは、糖尿病の血糖管理が目的なのか、肥満症の治療を検討しているのかが伝わりにくくなります。健診結果、これまでの病気、現在の薬を持参し、まず診断と治療目標をそろえましょう。

すでに使用している場合は、箱や処方内容が分かる記録も役立ちます。同じ成分名でも剤形や用量が違うため、通称や「週1回の薬」だけでなく製品名まで伝えると、重複や取り違えを避けやすくなります。

  • 受診の目的 … 健診結果の相談、血糖管理、肥満症の診断など
  • 治療歴 … これまで使った薬と中止した理由
  • 現在の薬 … 製品名、用量、最後に使用した日時
  • 健康状態 … 既往歴、妊娠の可能性、気になる症状

よくある質問

Q
GLP-1製剤はドクトカゲの毒をそのまま使っていますか?
A

毒液や唾液をそのまま注射しているわけではありません。最初の薬であるエキセナチドは、ドクトカゲから見つかったエキセンディン4と同じアミノ酸配列を持つ成分を、医薬品として管理された条件で製造しています。

Q
GLP-1とインクレチンは同じ意味ですか?
A

同じ意味ではなく、GLP-1はインクレチンに含まれるホルモンの1つです。インクレチンは食後に腸から分泌され、血糖値に応じたインスリン分泌を助けるホルモンの総称で、GLP-1のほかにGIPがあります。

Q
週1回の注射は毎日使う薬より強い薬ですか?
A

投与間隔だけでは薬の強さを比べられません。週1回製剤は、分解や排出を遅らせて作用を長く保つよう設計されており、1回量、体内での濃度、承認された治療目的が毎日使う薬とは異なります。

切り替えを希望する場合は、現在の製品名と最後に使った日時を処方元へ伝え、投与開始日と用量を確認してください。

Q
経口セマグルチドは注射薬と自由に交換できますか?
A

自己判断で自由に交換する薬ではありません。同じ成分でも経口製剤と注射製剤では投与量、使用頻度、承認された目的が異なり、経口製剤には空腹時などの服用条件もあります。

剤形の変更を考える場合は、現在の治療目的と用量を処方元へ伝え、変更後の開始時期と使い方を確認しましょう。

Q
古いGLP-1製剤はもう使われない薬ですか?
A

登場した年代だけを理由に、使われない薬になるわけではありません。薬ごとに適応、投与間隔、蓄積された使用経験が違うため、診断、健康状態、併用薬に合わせて承認済みの選択肢から検討されます。

現在の薬に不便や不安があっても中断はせず、製品名と困っている点を処方元へ伝えてください。

参考にした文献