糖尿病がある方が抜歯を受けるとき、いちばん効き目があるのは、歯科と内科のあいだで情報がきちんと行き来している状態を先に作っておくやり方です。

血糖の状態、のんでいる薬、これまでの合併症は、歯科が抜歯の進め方を組み立てるための土台になりますが、当日の口頭説明だけでは伝わりきらない場面も残ります。

とくに抗血栓薬をのんでいる方が抜歯を前に自己判断で薬を止めると血栓のリスクが上がるため、休薬の要否は処方した医師と歯科医師が相談して決めます。

準備できるのはお薬手帳と直近の検査結果、そしてかかりつけの内科の連絡先という、どれも手元にあるものばかりです。

目次

糖尿病がある人の抜歯で歯科が慎重になる理由

歯科が慎重に構えるのは、抜歯そのものが難しいからではなく、傷がふさがるまでの数日から数週間に、治りの遅さと感染のしやすさ、出血の止まりにくさが重なりやすいためです。

高い血糖が続くと抜歯後の穴がふさがるまで時間がかかる

歯を抜いたあとの穴は、血のかたまりが土台になり、そこへ新しい組織が入り込んで少しずつ埋まっていきますが、糖が多い環境ではこの流れが滞りやすくなります。

抜歯窩の治癒を扱った総説では、高血糖の環境が生理・炎症・免疫・内分泌・神経といった複数の側面から回復期に影響すると整理されています。

同じ総説は、治りを助けるとして挙げられている薬剤や材料の多くが動物実験の段階にとどまり、そのまま診療へ持ち込めるとは限らないとも述べています。つまり、確実な近道はまだ見つかっていません。

歯周病と糖尿病はお互いを悪くしあう関係にある

抜歯にいたる背景として歯周病が絡んでいることは多く、そこには血糖との双方向のつながりが指摘されてきました。台湾の全人口規模の記録を15年さかのぼって調べた研究が、その両方向を数字で示しています。

重度の歯周病がある人が2型糖尿病を発症する調整後ハザード比は1.94(95%信頼区間1.49〜2.63)、軽度では1.72(同1.24〜2.52)と報告されました。

逆向きに見ると、2型糖尿病のある人が歯周病を起こすハザード比は1.99(同1.42〜2.48)でしたが、重度の歯周病に限った値が2.08(同1.50〜2.66)だったのに対し、軽度では0.97(同0.38〜1.57)で差が出ませんでした。

著者らは、両者のつながりは重い歯周病との間に見られると述べています。軽い段階まで同じ話にはなりません。

歯の本数が減ると血糖にも響くのでしょうか?

日本の健診と歯科レセプトを結びつけた大規模な追跡でも、残っている歯の本数と血糖の関わりがうかがえます。歯周病と診断された約110万人を対象に、翌々年の健診結果を見た調査です。

26〜28本ある人と比べたとき、20〜25本の調整後オッズ比は1.03(95%信頼区間1.02〜1.05)、15〜19本で1.06(同1.03〜1.09)、1〜14本で1.07(同1.04〜1.11)でした。

差そのものは大きくなく、著者らも因果関係までは決められないと断っています。それでも、口の中の状態と血糖を切り離さずに見る姿勢には根拠があるといえるでしょう。

気をつける側面起きやすい変化歯科と内科で確かめる点
傷の治り抜歯後の穴がふさがるまでに時間がかかる直近の血糖の状態と抜歯の規模
感染腫れや痛みが長引きやすくなる受診の目安と連絡の取り方
出血のんでいる薬の影響が重なる薬の種類と休薬の要否

この3つは別々に起きるわけではなく、出血が長引けば傷口も汚れやすくなり、感染が加われば治りはさらに遅れるという形でつながっています。

糖尿病の抜歯前に歯科へ伝えておきたい情報と持ち物

歯科へ持っていくものは限られていて、お薬手帳と直近の検査結果、かかりつけの内科の連絡先の3つがそろえば、話がかなり早く進みます。

  • お薬手帳
  • 直近の血液検査の結果
  • かかりつけの内科の診療時間と連絡先
  • 過去の抜歯で出血や腫れが長引いた経験のメモ

お薬手帳は飲み合わせを伝える近道になる

記憶を頼りに薬の名前を口で伝えると、似た名前どうしが混ざったり、去年やめた薬が残ったりして、歯科側の判断材料がぼやけてしまいます。

お薬手帳なら、糖尿病の薬だけでなく、血圧や脂質、骨に関わる薬まで一度に見てもらえるため、抜歯で気をつける点を歯科が拾い上げやすくなります。

複数の医療機関にかかっている方ほど、手帳を1冊にまとめておく利点は大きくなります。

市販薬やサプリメントも、覚えている範囲で伝えておくと判断の材料が増えます。手帳に貼っておく方法でもかまいません。

直近の検査結果はそのまま見せるのが確実

血糖に関わる数字は、覚えて伝えようとすると桁や単位が入れ替わりやすいので、内科で受け取った用紙を持参してそのまま見てもらう方法が確実です。

口の中の手術を予定する人を対象に文献を集めた総説でも、処置の前には直近のHbA1cと血糖の測定値の両方を評価するよう述べられています。

用紙が見当たらないときは、内科の受診時に控えをもらっておくと、次の歯科の予約に間に合います。

かかりつけの内科の連絡先を歯科に渡しておく

歯科と内科が直接やり取りできる状態にしておくと、判断に迷う場面で確認の一手間が省け、抜歯の日程を組み直さずに済むことがあります。

診療情報提供書を書いてもらう流れになる場合もあるため、抜歯をすすめられた時点で内科の受診予定を前倒しできないか相談しておくと動きやすくなります。

渡す情報は多いほどよいわけでもありません。医院名と電話番号、通院の間隔、担当医の名前があれば十分です。手帳の余白に書き添えておくと、なくしにくくなります。

歯科を受診する習慣そのものが途切れやすい

米国で2008年から2020年まで行われた調査では、糖尿病のある成人が推奨される予防的な医療を受けた割合は項目ごとに32.6%から89.9%まで開きがありました。

全体の傾向はインフルエンザワクチン以外ほぼ横ばいで、無保険の人では歯科受診の割合が下がっていたと報告されています。2020年には推奨された項目を一つも受けていない人が8.2%(95%信頼区間4.5〜11.9)いました。

医療の仕組みが異なる海外の数字なのでそのままは当てはまりませんが、血糖の通院が続いていても歯科は後回しになりやすいという点は共通しています。

糖尿病の抜歯で血糖値の基準はどこまで決まっているのか?

抜歯を受けられるかどうかを一律に線引きする数値は、広く共有された形では定まっていません。歯科は数字だけでなく、抜歯の規模や全身の状態を合わせて判断しています。

一律の数値で可否が決まるわけではない

口腔外科の処置を前にした対応を22件の文献から整理した総説は、推奨の内容が文献ごとに大きく幅を持ち、専門家の意見に基づくものが多いと結論づけています。

言い換えれば、どの数字を超えたら見送るという共通の線が、根拠のある形ではまだ引かれていません。施設や術式によって挙げられる目安が違うのは、そのためです。

インターネットで見かけた数値をそのまま自分に当てはめると、必要な抜歯を先延ばしにしたり、逆に安心しすぎたりする方向へ傾きます。

HbA1cと当日の血糖は別々の情報

同じ「血糖の状態」と呼ばれていても、HbA1cと処置当日の血糖では見ている時間の幅が違うため、歯科は両方を並べて確かめます。

見ている数字何を映しているか抜歯の相談で役立つ場面
HbA1cおよそ1〜2か月の血糖の平均的な状態治りにくさや感染の起こりやすさを見込むとき
当日の血糖処置に向かうその時点の値低血糖や極端な高血糖を避けたいとき

片方だけを見ていると、平均は落ち着いているのに当日だけ下がっていた、という食い違いに気づけません。両方を持って行く意味はここにあります。

同じ数値でも判断が分かれるのはなぜ?

ぐらついた歯を1本抜く処置と、埋まった親知らずを骨に触れながら取り出す処置では、傷の大きさも出血の量も変わってきます。

腎臓や心臓の状態、通っている透析の有無、口の中に強い炎症があるかどうかも判断に加わるため、検査値が同じ2人で結論が違っても不思議ではありません。

先ほどの総説は、血糖の調節がうまくいっていない状態では抜歯後に重い感染へ進む場合があるとも指摘しており、数字を軽く見てよいという話ではありません。

自分の目安は歯科と内科の両方で確かめる

知りたいのは一般論ではなく、自分の場合はどうかという一点でしょう。それに答えられるのは、実際に口の中を見た歯科医師と、血糖の経過を追ってきた内科の主治医です。

抜歯をすすめられた段階で「どのくらいの数値なら予定どおり進められますか」と尋ねておけば、次の内科の受診で何を確かめればよいかがはっきりします。

抜歯後の感染を減らすために糖尿病の人が歯科と確かめる点

抜歯のあとに変化が出たとき、すぐ連絡できる先を決めておけば、感染が広がる前に手を打てます。傷口を刺激しない毎日の過ごし方も、同じくらい効いてきます。

予防的な抗菌薬をめぐる見解はまとまっていない

糖尿病のある人へ口腔外科の処置前に抗菌薬を予防的に使うべきかを検討した総説では、集めた22件のあいだで推奨が食い違い、有効性を示す科学的な証拠は見あたらなかったと述べられています。

そのため、誰にでも一律に必要という前提では語れません。使うかどうか、どう使うかは、口の中の状態と全身の状態を見た歯科医師が個別に決めます。

手元に残っている薬を自分の判断でのみ始めるのは避け、疑問があれば処置の前に歯科へ尋ねておくのが安全です。

腫れや痛みが強まったときは早めに連絡する

抜歯の翌日ごろまでは腫れや痛みがあるのがふつうですが、そこから先に強くなる場合は、傷が予定どおりに進んでいない合図と受け取ります。

  • 腫れが翌日以降にかえって強くなる
  • 熱が出る、または全身のだるさが続く
  • 血の味が引かず出血が止まらない
  • 痛み止めを使っても痛みが引かない
  • 食事や水分が取れない状態が続く

こうした変化が出たら、次の予約を待たずに歯科へ連絡してください。血糖が大きく乱れているときは内科にも同じ内容を伝えておくと、対応が早くなります。

傷口を刺激しない食べ方と口の清潔さ

抜いた側で強く噛んだり、勢いよくうがいを繰り返したりすると、傷をふさいでいる血のかたまりがはがれ、痛みや出血が戻る場合があります。

反対側で静かに食べ、歯みがきは傷口を避けながら続けるのが基本になりますが、うがい薬の使い方や再開の時期は歯科の指示に合わせてください。

やわらかいものばかりが続くと栄養がかたよるため、食べられる範囲で品数を保つ工夫も役に立ちます。

喫煙と飲酒は、傷の治りにも血糖にも響きます。抜歯の前後だけでも控えられないか、歯科と内科の双方に相談してみる値打ちがあるでしょう。

抗血栓薬をのむ糖尿病の人が歯科の抜歯で自己判断の中断を避ける理由

血をさらさらにする薬を自分の判断で止めると、抜歯の出血は減るかもしれませんが、脳梗塞や心筋梗塞といった血栓のリスクが上がります。止めるかどうかは処方した医師と歯科医師が相談して決める事柄です。

薬を止めた先に待っているのは別のリスク

抗血栓薬は、心房細動や過去の血栓症といった事情があって続けているもので、数日抜くだけでも守りが薄くなる時間が生まれます。

出血への心配から中断が選ばれやすい現状は、専門家のあいだでも問題として取り上げられてきました。心房細動のある人を対象にした韓国の多施設研究も、そうした背景から始まっています。

その研究では、出血の危険が小さい処置に向けて、第Xa因子阻害薬の最後の1回を処置の24時間前に服用し、翌日から再開するという手順が組まれました。

続けたまま抜歯した場合を調べた研究の要点

抗血栓薬と抜歯の関係は、複数の研究をまとめる形で検討が重ねられてきました。ただし、対象になった薬も患者背景も研究ごとに違うため、結果は範囲を確かめながら読む必要があります。

調べた内容主な結果読み取れる範囲
経口抗凝固薬を続けた場合と中断した場合の比較(6件・591人)出血の起こりやすさに差は出なかった(リスク比1.31、95%信頼区間0.79〜2.14)組み入れられた研究の枠内での結果
抗血小板薬を服用中の抜歯(35件を精査し23件を統合)アスピリン単剤では抗血小板薬を使っていない対照と差が出ず、対照と比べた2剤併用では直後の出血が多かった(リスク比10.3)薬の組み合わせで出血の出方が変わる

先ほどの韓国の研究では、解析対象1902人のうち歯科処置が820件(43.1%)を占め、30日以内の重大な出血は全体で0.1%にあたる2人、血栓塞栓症は確認されませんでした。

いずれも「医師と歯科医師が手順を決めたうえで実施した場合」の数字であり、患者側が自分で止めたり続けたりした結果を示すものではありません。

出血が続いたときに歯科が行う手当て

抜歯後の出血には、縫合やガーゼでの圧迫に加えて、傷口に直接置くタイプの止血材が使われる場面があります。

17件の臨床試験をまとめた解析によると、抗血栓薬をのんでいる人では止血までの時間が短くなりました(標準化平均差−2.30、95%信頼区間−3.20〜−1.39)。

同じ解析は、対象全体で見ても止血材を使った側の出血の回数が少なく、リスク比が0.62(同0.44〜0.88)だったと報告しています。

薬を止めなくても打てる手があるという事実は、休薬の判断を落ち着いて相談するうえで支えになります。

休薬が要るかどうかは処方した医師と歯科医師が決める

薬の種類、続けている理由、抜歯の規模がそろって初めて、止めるか続けるかの判断ができます。そのどれもが、患者さん自身の手元にある情報だけでは決めきれません。

歯科で薬の話が出たら、その場で自分で結論を出さず、処方している医療機関に確認してもらうよう頼むのが安全な進め方でしょう。

確認には数日かかる場合もあります。抜歯の日程に余裕を持たせておけば、待つあいだも慌てずに済みます。急ぎの処置が要るときは、その事情も歯科へ伝えておきましょう。

糖尿病の抜歯当日から数日間に備えておきたい低血糖対策

抜歯の前後は食事のとり方が乱れやすく、いつもどおりに薬を使うと血糖が下がりすぎる場合があります。当日の薬の扱いは、事前に内科の主治医へ確認しておくと安心です。

場面確かめる相手伝える・聞く内容
抜歯の予約を取るとき歯科処置の規模と当日のおおよその所要時間
当日の薬の使い方内科の主治医食事が取りにくい日の扱い
帰宅後に具合が変わったとき歯科と内科連絡先と受診の目安

食事を抜いたまま処置に向かわない

緊張していると食欲が落ちますが、薬をいつもどおり使ったまま食事だけを抜くと、待合室で気分が悪くなる原因になります。

予約の時間帯が食事とずれる場合は、その旨をあらかじめ歯科に伝え、内科からの指示があればそれも合わせて共有しておくと調整が利きます。

午前と午後のどちらが向くかも、人によって違います。ふだんの食事や薬の時間帯に近い枠を選べると、当日の負担が軽くなります。

ブドウ糖などをかばんに入れておく

血糖が下がりすぎたときにすぐ口にできるものを持っていると、移動中や待ち時間の不安がやわらぎます。何をどれだけ用意するかは、内科で聞いておいた内容に従ってください。

低血糖のときに出やすい症状は人によって違い、汗、動悸、手のふるえ、集中しにくさなど、いつもの自分の合図を思い出しておくと気づきが早まります。

付き添いの方がいるなら、その合図を一緒に共有しておくと心強いでしょう。

食べられない日が続くときの相談先

抜歯のあと数日は硬いものを避けるため、食事の量や内容がいつもと変わり、血糖の動きもふだんと違ってきます。

思ったより食べられない状態が続くときや、血糖の値がいつもの範囲から外れて戻らないときは、次の予約を待たずに内科へ相談してください。歯科の処置内容を一緒に伝えると話が早く進みます。

抜歯を終えたあとに歯周病の治療が続く場合もあり、そこには血糖の面からの見返りも期待できます。

歯周病の治療を受けた人のHbA1cを調べたコクランの解析では、治療から3〜4か月後の低下幅が0.43%(4.7 mmol/mol、95%信頼区間−0.59%〜−0.28%)と報告されました。

よくある質問

Q
糖尿病があると歯科で抜歯を断られるのですか?
A

糖尿病があるという理由だけで抜歯ができなくなるわけではありません。歯科は血糖の状態に加えて、抜歯の規模、口の中の炎症、全身の合併症を合わせて進め方を組み立てます。

時期をずらす判断が出る場合もありますが、その理由と次に確かめる点は必ず説明されます。納得できないまま帰らず、その場で尋ねておくと迷いが減ります。

Q
糖尿病の抜歯で守るべき血糖値の基準はありますか?
A

抜歯の可否を一律に分ける数値は、根拠のそろった形では定まっていません。口の中の手術前の対応を集めた総説でも、推奨は文献ごとに幅があると報告されています。

そのうえで、直近のHbA1cと当日の血糖の両方を確かめる点は共通しています。自分に当てはまる目安は、歯科医師と内科の主治医の双方に尋ねてください。

Q
糖尿病で血をさらさらにする薬をのんでいます。抜歯の前に自分で止めてよいですか?
A

自己判断での中断は避けてください。薬は血栓を防ぐために続けているもので、勝手に止めると脳梗塞や心筋梗塞のリスクが上がります。

休薬が要るかどうかは、薬の種類と続けている理由、抜歯の規模を踏まえて、処方した医師と歯科医師が相談して決めます。歯科でその話が出たら、確認を依頼してから予定を組みましょう。

Q
糖尿病があると抜歯した傷はどのくらいで治りますか?
A

治るまでの日数には個人差が大きく、血糖の状態、抜いた歯の位置や本数、口の中の炎症の程度によって変わります。ひとつの目安を当てはめるのは難しいのが実際です。

高血糖の環境では回復にかかる時間が延びやすいと総説で整理されており、経過の確認は歯科の指示どおりに受けてください。腫れや痛みが強まる場合は予約を待たずに連絡します。

Q
糖尿病の内科と歯科は抜歯にあたってどのように連携するのですか?
A

多くの場合、歯科から内科へ現在の血糖の状態や薬の内容を問い合わせ、必要に応じて診療情報提供書がやり取りされます。橋渡しの起点になるのは、患者さんが持参する情報です。

お薬手帳と直近の検査結果、内科の連絡先を歯科に渡しておくと、確認の往復が減って日程も決まりやすくなります。抜歯後の経過も、両方へ同じ内容を伝えておくと安心です。

参考にした文献