糖尿病の治療を続けているのに、急に胸がドキドキする――そんな動悸に不安を感じたことはありませんか?

糖尿病の方に起こる動悸は、低血糖時の交感神経の興奮、糖尿病性自律神経障害による心拍調節の乱れ、さらには心房細動や心筋症といった心臓の病気まで、原因が多岐にわたります。

血糖値の上下だけでなく、神経や心臓そのものにダメージが及んでいる場合もあるため、動悸の原因を正しく知ることが大切です。

この記事では、糖尿病と動悸が結びつく代表的な原因を一つひとつ整理しながら、受診の目安やご自身で気をつけられるポイントまでわかりやすく解説します。

目次

糖尿病で動悸が起きやすい理由は血糖変動と神経障害にある

糖尿病の方が動悸を感じやすい背景には、血糖値の急激な変動と、長期的な高血糖がもたらす神経のダメージという2つの要因が存在します。どちらか一方だけではなく、両方が絡み合って症状を引き起こすことも珍しくありません。

動悸の原因主な特徴起こりやすい場面
低血糖冷や汗・手の震え・空腹感をともなう食事の遅れ、運動後、薬の効きすぎ
高血糖・血糖急変動口渇・だるさ・頻尿をともなう食後の急上昇、シックデイ
自律神経障害安静時の頻脈、立ちくらみ長年の血糖コントロール不良

低血糖時のアドレナリン放出が動悸を引き起こす

血糖値がおよそ70mg/dL以下に下がると、体は危険を察知して交感神経を活性化させます。そのときに大量に分泌されるアドレナリンが心拍数を一気に押し上げ、動悸として自覚されるのです。

この反応は、低血糖に対する体の防御システムといえます。冷や汗や手の震え、強い空腹感とセットで現れることが多く、ブドウ糖の補給で速やかに改善する点が他の動悸との見分けポイントになるでしょう。

高血糖や血糖値の急上昇でも動悸は起こる?

動悸というと低血糖ばかりが注目されがちですが、実は高血糖状態や食後の急激な血糖上昇も心臓に影響を及ぼします。高血糖では血液の浸透圧が高まり、脱水傾向になることで心拍が速まりやすくなります。

加えて、血糖値が大きく上下する「血糖スパイク」は、血管内皮を傷つけて酸化ストレスを増大させることが知られています。こうした変動の繰り返しが自律神経のバランスを崩し、動悸の出やすい体質をつくってしまう場合もあるのです。

慢性的な高血糖は自律神経そのものにダメージを与える

糖尿病の罹病期間が長くなると、高血糖が末梢の神経線維を少しずつ傷つけていきます。手足のしびれとして気づかれることが多い末梢神経障害ですが、心臓を制御する自律神経も同じように障害を受けます。

自律神経が傷むと、心拍を適切に調整する力が弱まり、安静にしていても脈が速くなったり不規則になったりすることがあります。これが糖尿病特有の動悸の正体であり、血糖コントロールが良好でないほど進行しやすいといえるでしょう。

低血糖による動悸を「体からの警報」として軽視しない

「少し動悸がしただけ」と思っていても、低血糖が引き金になっている場合は放置が危険です。とくにインスリンやスルホニル尿素薬(SU薬)で治療中の方は、動悸を感じた時点で速やかに血糖値を確認する習慣をつけてください。

インスリンやSU薬を使う方は低血糖の動悸に要注意

インスリン注射やSU薬は血糖値を確実に下げてくれる一方、食事量の減少や運動量の増加によって効きすぎると低血糖を起こします。動悸に加えて指先の震え、異常な発汗があるときは、血糖値が急降下しているサインかもしれません。

こうした症状を感じたら、まずブドウ糖や糖分を含む飲料を口にしてください。自己血糖測定器をお持ちの方は測定値を記録し、次回の受診時に主治医へ共有することが再発防止に役立ちます。

夜間の低血糖が動悸や不整脈を招くって本当?

睡眠中は低血糖に気づきにくく、気づかないうちに血糖値が大幅に下がっているケースがあります。研究では、夜間の低血糖時に心拍の乱れ(徐脈や期外収縮)が増えることが報告されています。

朝起きたときにパジャマが汗でぐっしょり濡れている、頭痛やだるさが残っているといった場合は、夜間低血糖の可能性を疑いましょう。持続血糖モニター(CGM)を活用すると、就寝中の血糖値の推移を可視化できます。

低血糖を繰り返すと動悸という警報が鳴りにくくなる

低血糖を何度も経験すると、体がその状態に慣れてしまい、アドレナリンの分泌反応が鈍くなることがあります。医学的にはこれを「低血糖無自覚症(hypoglycemia unawareness)」と呼びます。

動悸や冷や汗といった前兆なしに、いきなり意識がもうろうとする重症低血糖に陥る危険性が高まるのです。1型糖尿病の方の約40%にこの傾向がみられるとも報告されており、定期的に低血糖の頻度を主治医と見直すことが欠かせません。

動悸を感じたときのセルフチェックポイント

動悸が起きたとき、すぐにできるのは「血糖値を測る」「脈拍を数える」「症状の持続時間を記録する」の3つです。血糖値が70mg/dL以下であれば低血糖による動悸の可能性が高く、ブドウ糖15gを摂取して15分後に再測定してください。

血糖値が正常範囲であるにもかかわらず動悸が続く場合は、自律神経障害や心疾患など別の原因を考える必要があります。動悸が5分以上おさまらないとき、胸の痛みや息苦しさをともなうときは早めに医療機関を受診しましょう。

糖尿病性自律神経障害は心臓のリズムを静かに乱していく

心臓の自律神経障害(CAN:Cardiac Autonomic Neuropathy)は、糖尿病合併症のなかでも見落とされやすい病態です。初期には自覚症状がほとんどないまま進行し、気づいたときには安静時の頻脈や起立時のめまいとして現れます。

心臓自律神経障害(CAN)は「沈黙の合併症」

CANとは、心臓に分布する交感神経と副交感神経が糖尿病によって傷つき、心拍の調節がうまくいかなくなる状態を指します。末梢神経障害に比べて検査の機会が少なく、診断が遅れがちなことから「沈黙の合併症」とも呼ばれています。

2型糖尿病患者を対象とした大規模研究では、CANのある方は心不全の発症リスクが約2.7倍に高まるとの報告があります。動悸だけでなく、長期的な心臓のリスクにも直結する問題です。

安静時の頻脈と起立性低血圧が代表的な症状

自律神経障害の初期段階では、副交感神経(迷走神経)の機能が先に低下します。交感神経の活動が相対的に優位になるため、じっとしていても脈拍が100回/分を超える「安静時頻脈」が出現しやすくなります。

さらに進行すると交感神経も障害され、立ち上がったときに血圧が急に下がる「起立性低血圧」が加わります。立ちくらみとともに動悸を感じる場合は、CAN が進んでいるサインと考えてよいでしょう。

  • 安静時の脈拍が持続的に100回/分を超える
  • 立ち上がった直後にめまいやふらつきを感じる
  • 運動をしても心拍数が十分に上がらず、息切れだけが強い
  • 深呼吸をしても脈拍の変動(呼吸性洞性不整脈)が少ない

上記のような自覚があるときは、心電図検査や心拍変動(HRV)検査で自律神経の状態を評価してもらうことをおすすめします。

自律神経障害を早期に見つけるための検査

CAN の診断には、深呼吸時の心拍変動テストやバルサルバ試験、起立時の血圧・心拍反応といった検査が用いられます。いずれも痛みのない検査で、循環器内科や糖尿病専門外来で受けることができます。

血糖コントロールが長期間不良な方、すでに末梢神経障害を指摘されている方は、症状がなくても一度はCANの検査を受けておくと安心です。早い段階で見つかれば、血糖管理の強化や生活習慣の改善によって進行を遅らせることが期待できます。

「動悸=低血糖」とは限らない――合併する心臓の病気を見落とさないで

糖尿病の方が動悸を訴えると「低血糖では?」と考えがちですが、心房細動や糖尿病性心筋症、冠動脈疾患など、心臓そのものに原因がある場合も少なくありません。低血糖の対処をしても動悸が改善しないときは、心臓の精密検査を検討する段階といえます。

心房細動と糖尿病は互いに発症リスクを高め合う

心房細動は、心臓の上の部屋(心房)が不規則にけいれんする不整脈で、脈が飛ぶ感覚やドキドキする動悸として自覚することが多い不整脈です。糖尿病がない方と比べて発症リスクが高く、高血糖による心房の線維化や炎症がその背景にあると考えられています。

心房細動が怖いのは、血栓(血の塊)が心房内にでき、それが脳に飛んで脳梗塞を引き起こす可能性がある点です。糖尿病で動悸を感じた際に脈が不規則であれば、心房細動を念頭に心電図検査を受けてください。

糖尿病性心筋症による心臓ポンプ機能の低下と動悸

糖尿病性心筋症は、冠動脈の狭窄や高血圧がなくても、糖尿病だけで心筋が硬く厚くなり、ポンプ機能が落ちる病態です。慢性的な高血糖が心筋細胞のエネルギー代謝を乱し、線維化や酸化ストレスを進めることで発症します。

心臓の拍出量が減ると、それを補おうとして心拍数が増えやすくなります。日常的な動悸に加えて、軽い運動でも息切れがする、足がむくむといった症状があれば、心エコー検査で心臓の動きを確認してもらいましょう。

冠動脈疾患(狭心症や心筋梗塞)が隠れている場合

糖尿病の方は動脈硬化が進みやすく、冠動脈(心臓を栄養する血管)が狭くなったり詰まったりする冠動脈疾患のリスクが高い傾向にあります。とくに注意が必要なのは、糖尿病性自律神経障害があると、胸の痛みを感じにくい「無痛性心筋虚血」が起こりうる点です。

典型的な胸痛がないまま動悸だけが現れるケースもあるため、糖尿病歴が長い方や複数の生活習慣病をお持ちの方は、定期的な心電図や運動負荷試験を受けることをおすすめします。

心疾患の種類動悸の特徴注意すべき併存症状
心房細動脈が不規則に飛ぶ息切れ、脱力感
糖尿病性心筋症安静時にもドキドキする足のむくみ、息切れ
冠動脈疾患労作時に強まる胸部圧迫感(ない場合も)

甲状腺の病気が重なると糖尿病の動悸はさらに強まる

甲状腺機能の異常は、糖尿病患者において一般の方よりも高い頻度で見つかります。動悸の原因として血糖値や心臓ばかりに目が向きがちですが、甲状腺が関わっている可能性も見逃せません。

糖尿病と甲状腺異常はなぜ合併しやすいのか

1型糖尿病は自己免疫疾患であり、同じく自己免疫で発症するバセドウ病や橋本病と共通の遺伝的素因をもちやすいことがわかっています。2型糖尿病でも、インスリン抵抗性や慢性炎症が甲状腺機能に影響を及ぼすと報告されています。

研究によると、糖尿病患者における甲状腺機能障害の有病率は約20%に達し、一般人口と比較して明らかに高い数字です。なかでも潜在性甲状腺機能低下症が多くを占めますが、機能亢進症が動悸の直接原因になるケースもあります。

甲状腺機能亢進症で動悸が起こる仕組み

バセドウ病などで甲状腺ホルモンが過剰に分泌されると、基礎代謝が異常に高まり、心臓は安静時でもフル稼働の状態になります。脈拍が常に速くなるだけでなく、心房細動を合併することもあるため、動悸は非常に強く感じられるでしょう。

糖尿病と甲状腺機能亢進症が重なると、血糖コントロールもさらに難しくなります。インスリンの分解が促進され、血糖値が急に上がりやすくなるため、二重の理由で動悸が増幅されるのです。

甲状腺の状態動悸への影響
機能亢進(バセドウ病など)脈拍増加・心房細動のリスク上昇
機能低下(橋本病など)心拍出量の低下により代償性頻脈が起こる場合あり

定期的な甲状腺検査で動悸の原因を絞り込む

甲状腺の異常は、血液検査でTSH(甲状腺刺激ホルモン)やFT4(遊離サイロキシン)を測定すれば比較的簡単に見つけられます。糖尿病で動悸がある方は、一度は甲状腺機能をチェックしておくとよいでしょう。

とくに1型糖尿病の方や、糖尿病歴が5年を超える方は、自覚症状がなくても年に1回は甲状腺検査を受けておくと安心です。早期発見できれば、内服薬で甲状腺ホルモンを調整するだけで動悸が改善する場合があります。

糖尿病の治療薬が動悸を引き起こす場合の見極め方

服用中の薬が動悸の原因になっているかどうかは、薬の種類や飲み始めた時期と症状の出現タイミングを照らし合わせることで見えてきます。ただし、自己判断で薬を減量・中止するのは血糖コントロールを大きく乱す恐れがあるため、必ず主治医に相談してください。

インスリン治療中の低血糖関連の動悸

インスリンの量や注射のタイミングが合っていないと、食間や運動後に低血糖を起こしやすくなります。これが動悸の最も多い薬剤性の原因です。持効型インスリンと超速効型インスリンの配分を調整したり、カーボカウント法を取り入れたりすることで低血糖の頻度を減らせる場合があります。

GLP-1受容体作動薬やSGLT2阻害薬と動悸

GLP-1受容体作動薬は低血糖を起こしにくい薬ですが、導入初期に吐き気や消化器症状をともなう動悸を訴える方がいます。一方、SGLT2阻害薬は脱水による循環血液量の減少から頻脈を感じることがあるため、十分な水分摂取が大切です。

いずれも重篤な副作用は多くありませんが、動悸が長く続く場合は薬の種類を変更したほうがよいこともあります。症状の記録をつけて受診時に報告しましょう。

  • インスリンやSU薬:低血糖を介した動悸が多い
  • GLP-1受容体作動薬:導入初期の消化器症状にともなう動悸
  • SGLT2阻害薬:脱水・循環血液量低下による頻脈
  • メトホルミン:動悸の報告は少ないが、乳酸アシドーシス時に頻脈あり

動悸が気になっても自己判断で薬をやめない

動悸が薬のせいかもしれないと思うと、つい飲むのをためらってしまう気持ちは自然なことです。しかし、自己判断で糖尿病治療薬を中断すると、高血糖やケトアシドーシスなど命に関わる急性合併症を引き起こすリスクがあります。

まずは主治医に「動悸があること」「いつ・どのくらい続くか」を具体的に伝えてください。薬の量や種類を見直すことで動悸を軽減しつつ、血糖管理を維持する方法を一緒に見つけることができます。

よくある質問

Q
糖尿病の動悸はどのくらい続いたら受診すべきですか?
A

低血糖が原因と思われる動悸であれば、ブドウ糖を摂取して15分ほどで落ち着くのが一般的です。それでもおさまらない場合や、血糖値が正常なのに動悸が5分以上続く場合は、心臓や甲状腺など別の原因が考えられますので、早めに医療機関を受診してください。

胸の痛みや冷や汗、息苦しさをともなう場合は緊急性が高いため、我慢せずに救急対応が可能な施設に連絡することをおすすめします。日常的に動悸を繰り返している場合も、次回の定期受診を待たずに主治医へ相談しましょう。

Q
糖尿病で動悸がするとき自分でできる応急処置はありますか?
A

まず落ち着いて座るか横になり、深呼吸を数回行ってください。自己血糖測定器があれば血糖値を確認し、70mg/dL以下であればブドウ糖15gまたはジュース150mLほどを摂取します。15分後に再測定して改善を確認しましょう。

血糖値に問題がないのに動悸が続くときは、脈拍の回数とリズム(規則的か不規則か)を記録してください。記録した情報は受診時に医師が原因を特定する手がかりになります。カフェインやアルコールの摂取直後であれば、それらの刺激が動悸を誘発している可能性もあるので控えるようにしましょう。

Q
糖尿病の動悸と貧血による動悸はどう見分けられますか?
A

貧血による動悸は、酸素を運ぶヘモグロビンの不足を補おうとして心拍が速まることで起こります。階段を上るなど軽い動作で動悸が出やすく、顔色が青白い、まぶたの裏が白っぽいといった所見がある場合は貧血を疑うとよいでしょう。

糖尿病で起こる動悸は、低血糖時の冷や汗や震え、あるいは安静時の頻脈など特徴的な症状が手がかりになります。ただし、糖尿病性腎症が進むと腎性貧血を合併し、両方の原因が重なることも珍しくありません。血液検査でヘモグロビン値と血糖値の両方を確認することが鑑別につながります。

Q
糖尿病の治療薬を変えると動悸が改善することはありますか?
A

薬が動悸の原因になっている場合は、種類や量を調整することで症状が軽くなるケースがあります。たとえば、SU薬からDPP-4阻害薬やGLP-1受容体作動薬に切り替えると低血糖のリスクが下がり、動悸の頻度が減ることが期待できます。

ただし、動悸の原因が薬ではなく自律神経障害や心疾患にある場合は、薬を変えただけでは改善しません。原因をきちんと診断したうえで治療方針を立てることが大切ですので、自己判断で薬を変更せず、主治医と相談のうえで進めてください。

Q
糖尿病で動悸がある場合でも運動をしてよいですか?
A

運動は血糖コントロールの改善に有効ですが、動悸の原因によっては運動の種類や強度を調整する必要があります。自律神経障害で安静時頻脈がある方は、急に激しい運動を始めると心臓に大きな負担がかかることがあるため、ウォーキングなど軽い有酸素運動から始めるのが安全です。

心房細動や冠動脈疾患が疑われている場合は、運動負荷試験を受けてから安全な運動の範囲を確認してください。主治医の許可を得たうえで、血糖測定をしながら運動を行うと、低血糖による動悸も防ぎやすくなります。

参考にした文献