いつもと違う咳が続くと、「ただの風邪だろうか」「何か悪い病気だったらどうしよう」と不安に思うものです。

ほとんどの咳は時間とともに治まりますが、中には身体が発する重大な警告サインである場合があります。特に、呼吸困難や血痰、高熱などを伴う咳は、迅速な医療機関の受診が必要です。

この記事では、どのような咳が「危険なサイン」なのか、具体的な症状を挙げながら詳しく解説します。ご自身の症状と照らし合わせ、適切な行動をとるための一助としてください。

重度の喘鳴を伴う呼吸困難

呼吸をするたびに「ヒューヒュー」「ゼーゼー」という音が聞こえ、息苦しさを感じる場合、それは気道が狭くなっている重要なサインです。

この状態を喘鳴(ぜんめい)と呼び、特に呼吸困難を伴う場合は注意が必要です。

喘鳴とは何か?ヒューヒュー、ゼーゼーという音の正体

喘鳴は、空気の通り道である気道(気管や気管支)が何らかの原因で狭くなることで発生する異常な呼吸音です。狭くなった気道を空気が無理に通過しようとするときに、笛を吹くような音が生じます。

この音は、自分自身で聞こえることもあれば、聴診器を使わないと聞こえない場合もあります。

喘鳴が聞こえるということは、気道に炎症やむくみが生じたり、異物が詰まったりしている可能性を示唆します。

喘鳴が起こる主な原因

考えられる病気主な特徴緊急性の目安
気管支喘息発作的に起こる。アレルギー体質の人に多い。夜間や早朝に悪化しやすい。中〜高
アナフィラキシー特定の物質(食物、薬、蜂の毒など)に触れて数分〜数時間以内に発症。じんましんや血圧低下を伴う。極めて高い
異物誤嚥食事中や遊んでいる最中に突然むせ込み、咳や喘鳴が始まる。特に小児や高齢者に多い。極めて高い

なぜ喘鳴と呼吸困難が同時に起こるのか

気道が狭くなると、呼吸音が変化するだけでなく、肺へ空気を送り込むこと自体が困難になります。これが呼吸困難です。

身体は十分な酸素を取り込もうと、呼吸の回数を増やしたり、肩を上下させたりして必死に呼吸しようとします。

喘鳴と呼吸困難が同時に起きている状態は、身体が酸素不足に陥りかけている危険な状態であり、速やかな対応が求められます。

考えられる主な病気

喘鳴と呼吸困難を引き起こす病気は多岐にわたります。最も一般的なのは気管支喘息の発作です。アレルギー反応によって気道が急激に狭くなり、激しい咳と呼吸困難が生じます。

また、重篤なアレルギー反応であるアナフィラキシーでは、喘鳴のほかに血圧低下や意識障害を伴うことがあり、命に関わるため一刻を争います。

その他、心臓の機能が低下する心不全では、肺に水がたまることで喘鳴(心臓喘息)が起こることもあります。

小児では、クループ症候群というウイルス感染症で、犬が吠えるような特徴的な咳とともに喘鳴が見られます。

緊急受診が必要な判断基準

喘鳴と呼吸困難がある場合、以下の症状が見られたら、ためらわずに夜間や休日であっても救急外来を受診するか、救急車を要請することを検討してください。

救急要請を検討するサイン
・唇や顔色、爪の色が青紫色(チアノーゼ)になっている
・息苦しくて横になれない、座らないと呼吸ができない
・呼吸が速く、肩で息をしている
・話すのが途切れ途切れになる
・意識がもうろうとしている

血痰・喀血

咳をしたときに痰に血が混じる、あるいは血液そのものを吐き出す症状は、多くの人が不安を感じるサインです。

少量であっても、その背景に重大な病気が隠れている可能性があるため、自己判断で放置するのは危険です。

血痰と喀血の違いを理解する

まず、言葉の定義を整理しましょう。「血痰(けったん)」は、痰に血液が混じっている状態を指します。痰に糸状の血が混じる程度から、全体がピンク色や錆びた色になるまで様々です。

「喀血(かっけつ)」は、血液そのものを咳とともに吐き出す状態で、血痰よりも出血量が多い場合を指します。どちらも気管支や肺など、呼吸器からの出血を示唆する重要な所見です。

痰に混じる血液の色の違い

血液の色考えられる状態主な原因の例
鮮やかな赤色(鮮血)比較的新しい出血。気道内の血管が破れた可能性。気管支拡張症、肺がん
暗い赤色・錆びた色少し時間が経過した出血。肺炎、肺結核
ピンク色の泡状の痰肺水腫(肺に水がたまった状態)の可能性。急性心不全

血が混じる咳の原因

血痰や喀血の原因は様々です。激しい咳が続いたことで喉や気管支の粘膜が傷つき、一時的に少量の出血が見られることもあります。これは比較的心配の少ないケースです。

しかし、気管支炎や肺炎などの感染症、気管支拡張症、肺結核、そして肺がんといった、専門的な治療を必要とする病気が原因であることも少なくありません。

特に喫煙歴のある方や、体重減少、長引く微熱などの他の症状を伴う場合は、慎重な検査が必要です。

少量でも注意が必要な理由

「ほんの少し血が混じっただけだから」と軽視してはいけません。特に肺がんの初期症状として、少量の血痰が唯一のサインであることがあります。

早期に発見し治療を開始するためには、この小さなサインを見逃さないことが非常に重要です。

また、結核のような感染症の場合、早期の診断は本人の治療だけでなく、周囲への感染拡大を防ぐ上でも大きな意味を持ちます。

どのような場合にすぐ病院へ行くべきか

血痰や喀血に気づいたら、基本的には医療機関の受診を推奨します。特に以下のような場合は、緊急性が高いと考え、速やかに受診してください。

緊急受診を要する血痰・喀血のサイン

項目注意すべき内容
出血量ティースプーン1杯以上の明らかな喀血がある。
持続期間一度だけでなく、繰り返し血痰が出る。
伴う症状胸の痛み、呼吸困難、高熱、急な体重減少などを伴う。

高熱を伴う激しい咳

38度以上の高熱とともに、胸に響くような激しい咳が出る場合、それは単なる風邪ではなく、肺や気管支で強い炎症が起きているサインかもしれません。

特に、インフルエンザや肺炎などの感染症を疑う必要があります。

なぜ高熱と咳が同時に出るのか

ウイルスや細菌などの病原体が体内に侵入すると、免疫システムがこれを排除しようと働きます。この防御反応の一つとして「発熱」が起こります。

体温を上げることで、免疫細胞の働きを活発にし、病原体の増殖を抑えるのです。

同時に、気道に感染が及ぶと、炎症によって気道粘膜が刺激され、異物(病原体や過剰な分泌物)を排出しようとして「咳」が出ます。

高熱と激しい咳が同時に起こるのは、身体が感染症と全力で戦っている証拠と言えます。

疑われる感染症とその特徴

高熱と咳を主症状とする代表的な感染症には、インフルエンザや肺炎があります。インフルエンザは、急な高熱、全身の倦怠感、筋肉痛や関節痛を伴うことが特徴です。

一方、肺炎は、肺の中で細菌やウイルスが増殖して炎症を起こす病気で、激しい咳や膿のような色のついた痰、胸の痛み、呼吸困難などが現れます。

風邪と異なり、これらの病気は重症化するリスクがあり、適切な治療が必要です。

主な感染症の特徴

疾患名特徴的な症状注意点
インフルエンザ38℃以上の急な発熱、悪寒、頭痛、関節痛、筋肉痛抗インフルエンザ薬による早期治療が有効。
肺炎激しい咳、色のついた痰、胸痛、呼吸困難原因菌に応じた抗菌薬の投与が必要。
マイコプラズマ肺炎乾いた咳が長く続く。熱は微熱から高熱まで様々。若年層に多く、しつこい咳が特徴。

市販薬で様子を見ても良い場合との境界線

症状が比較的軽く、全身状態も良好であれば、市販の解熱剤や咳止め薬を使いながら自宅で安静にすることも選択肢の一つです。

しかし、以下のリストに当てはまる場合は、自己判断で様子を見るのではなく、医療機関を受診してください。

  • 38.5℃以上の高熱が3日以上続く
  • 息苦しさや胸の痛みがある
  • 水分や食事がほとんど摂れない
  • 色のついた痰(黄色、緑色、錆び色など)が出る

子どもや高齢者で特に注意すべき点

乳幼児や高齢者は、免疫力が成人と比べて弱い、あるいは低下しているため、感染症が重症化しやすい傾向があります。

肺炎になっても、典型的な高熱や激しい咳が出にくく、「なんとなく元気がない」「食欲がない」「呼吸が速い」といった、分かりにくい症状で始まることもあります。

周囲の人が「いつもと様子が違う」と感じた場合は、早めに小児科やかかりつけ医に相談することが大切です。

特に高齢者の場合、肺炎は命に関わる重篤な状態につながりやすいため、迅速な対応が重要です。

呼吸困難と胸痛を伴う咳

咳に加えて、「息が吸えない」「胸が痛い」といった症状が重なっている場合、それは肺や心臓、あるいは大きな血管に関わる、命の危険を伴う病気のサインである可能性が極めて高いです。

このような症状が現れたら、迷わず救急医療機関を受診する必要があります。

咳、呼吸困難、胸痛の危険な組み合わせ

これら3つの症状が同時に現れるとき、体の中では緊急事態が起きていると考えられます。

例えば、肺の血管が詰まる「肺塞栓症(エコノミークラス症候群)」、肺が破れて空気が漏れる「気胸」、心臓の機能が著しく低下する「心不全」や「心筋梗塞」、胸部の大動脈が裂ける「大動脈解離」など、いずれも迅速な診断と治療が予後を左右する病気です。

心臓や肺の重大な病気の可能性

胸痛を伴う咳は、その痛みの性質によって原因をある程度推測できる場合があります。例えば、深呼吸や咳をしたときに強まる鋭い痛みは、肺を包む膜(胸膜)の炎症や気胸を疑います。

一方、胸の中央が締め付けられるような、あるいは圧迫されるような痛みは、心筋梗塞など心臓の病気を考えます。

背中に突き抜けるような激しい痛みは、大動脈解離の典型的な症状です。

痛みの特徴から考える病気

痛みの特徴考えられる主な病気その他の症状
突然の鋭い胸痛、息苦しさ気胸、肺塞栓症咳、動悸
締め付けられるような圧迫感心筋梗塞、狭心症冷や汗、左肩への放散痛
引き裂かれるような背中の激痛大動脈解離失神、血圧の左右差

痛みの特徴から原因を探る

痛みの場所も重要な手がかりです。胸の片側だけが痛む場合は気胸や胸膜炎、胸骨の裏側あたりが痛む場合は心臓疾患の可能性が高まります。

また、痛みが始まった状況も重要です。長時間同じ姿勢でいた後(長距離移動後など)に突然発症した場合は肺塞栓症を、激しい咳をした直後に胸痛が現れた場合は気胸などを疑います。

これらの情報を正確に医師に伝えることが、迅速な診断につながります。

すぐに救急車を呼ぶべき状況

咳、呼吸困難、胸痛が組み合わさった症状は、ためらうべきではありません。以下のチェックリストに一つでも当てはまる場合は、直ちに救急車を要請してください。

治療の開始が少しでも遅れると、後遺症が残ったり、命を落としたりする危険性があります。

救急車要請チェックリスト

症状チェック
突然発症した、今までに経験したことのない激しい胸痛
胸の痛みが背中や肩、顎に広がる
冷や汗が出て、意識が遠のく感じがする
安静にしていても息苦しさが改善しない

よくある質問

危険な咳の症状に関して、多くの方が抱く疑問にお答えします。

Q
危険な咳の症状がある場合、何科を受診すればよいですか?
A

咳や痰、喘鳴、呼吸困難など、呼吸に関する症状が中心の場合は、まず「呼吸器内科」の受診を検討するのがよいでしょう。

しかし、かかりつけの内科医がいる場合は、まずはそちらに相談するのも一つの方法です。胸痛が主症状であったり、心臓の病気が疑われたりする場合は「循環器内科」が専門となります。

どの科を受診すればよいか分からない場合は、総合内科や一般内科で最初の診察を受け、必要に応じて専門医を紹介してもらうのがスムーズです。

Q
夜間や休日に症状が出た場合はどうすればよいですか?
A

この記事で紹介したような緊急性の高い症状(強い呼吸困難、激しい胸痛、喀血など)が現れた場合は、時間帯にかかわらず、救急外来を受診するか、救急車の要請(#119)をしてください。

判断に迷う場合は、救急相談センター(#7119)に電話をすると、医師や看護師が症状を聞き取り、緊急性や受診の必要性について助言をしてくれます。

Q
咳の症状を医師に伝えるときのポイントは何ですか?
A

正確な診断のためには、ご自身の症状をできるだけ詳しく医師に伝えることが重要です。以下の点を整理しておくと、診察が円滑に進みます。

医師に伝えるべき情報

項目伝える内容の具体例
いつから「3日前の夜から」「昨日の朝、急に」
咳の種類「コンコンという乾いた咳」「ゴホゴホという痰の絡む咳」
症状が強くなる時「夜、布団に入ると」「体を動かした時」「特定の場所にいると」
伴う症状「熱、喉の痛み、鼻水、痰、胸の痛み、息苦しさ、体重減少」など
痰の状態「色は黄色か緑色か」「血は混じっているか」「量は多いか少ないか」
Q
診断にはどのような検査を行いますか?
A

症状や診察の結果に応じて、原因を特定するためにいくつかの検査を行います。一般的には、まず胸部X線(レントゲン)検査を行い、肺に肺炎や気胸、心不全の兆候がないかを確認します。

血液検査では、体内の炎症の程度や貧血の有無、特定の感染症の抗体を調べることができます。

さらに詳しい情報が必要な場合は、胸部CT検査で肺をより詳細に観察したり、呼吸機能検査で気道の狭さや肺活量を測定したりします。

血痰がある場合は、喀痰検査で細菌やがん細胞の有無を調べることもあります。

以上

参考にした論文

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